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030 幼女の約束

 ピンポーン!

 この家にお客さんの第一号がやってきた。


「は~い!」


 社長が対応すると、インターホンの画面に映っていたのは、


『神宮寺さんがふたりのラブラブな時間を邪魔しにきたぜぃ!』


 カメラに向かってピースサインをつくる神宮寺だった。


「一階まで迎えにいくよ」

『そう? 悪いねえ』

「ちょっと待ってて」


 行こう、マサくん。

 社長がそういって手招きしてくる。


「あの様子だと、神宮寺さんは今日も出社していますね」

「たまには休むようにいっているんだけれどね。昔からなんだよ。まだ会社をスタートアップさせたときの気分が抜けないみたい」

「そういう社長は?」

「私にあの頃のエネルギーはないよ。当時は毎日が必死だったから。私も、あすかも、いま以上に働いていた」

「神宮寺さんもですか?! にわかには信じられないです」

「少しは落ち着いたかな。あの仕事中毒(ワーカーホリック)も」


 俺たちはエレベーターで地上階まで降りる。


「ごめん、待たせたね」


 すぐそこに神宮寺が立っていた。

 片手にビニール袋をさげて、片手をパーカーのポケットに突っ込んで、ご主人さまの到着を待つ子犬のようにニコニコしている。


 下の服装はミニスカートとニーソックスだ。

 今日も『絶対領域』の肌色がまぶしい。


 ひらり、と。

 神宮寺が一歩を踏み出したとき、スカートの裾が遊ぶように揺れた。


「部下を待たせるのは社長の特権だろう」


 さっそく神宮寺らしい軽口が飛び出す。


「まったく。あすかは口が悪いなあ。社長といっても、たった七人の仲間しかいないんだよ。そこそこの規模の会社なら、課長レベルでももっと大勢の部下を連れているよ。うちはまだ小世帯なんだから」

「須田ちゃんがいるんだから。たまにはビシッと威厳があるところを見せなよ。それもトップの務めだぜ」


 社長が困ったように笑っている。

 ここまでズケズケと指摘できるのは、七人いる社員の中でも、神宮寺だけだろう。


「須田ちゃんも何か言ってあげた方がいいよ」

「俺が、ですか?」


 神宮寺が悪戯(いたずら)っぽい視線を向けてくる。

 にやり、と笑った口元がちょっとだけセクシーだ。


「みんなの社長をせっかく占有しているんだから。神宮寺さんの待遇をもうちょっと改善するよう、社長の機嫌が良さそうなときに吹き込んでおいてよ」

「例えばどのような要求ですか?」

「使わない有給休暇を会社が買い取ってくれるとか。他の社員にもメリットがあるでしょ」

「気持ちが分からないでもないですが……。有給休暇の使い方を間違っていると思いますよ」

「そうかな?」


 遊び人のような格好からは想像できないが、神宮寺はなかなかの常識人だ。

 おそらく社長よりも大衆の感覚をわかっている。

・明るい

・頑張り屋

・面倒見がいい

 という茶髪キャラの良いところをギュッと凝縮させたような性格といえる。


 けっして功績を鼻にかけない。

 職場の空気を明るくさせてくれる存在。

 それも神宮寺が周りから尊敬される理由だろう。


 俺たちを乗せたエレベーターが七階に到着した。


「へえ、これが新しい家なんだ。けっこう広いんだね」


 神宮寺が家の中をひと通りチェックしていく。

 リビング。

 トイレ。

 寝室。

 そして足が止まったのは……。


「おお、お風呂が広い!」


 一番興味があるのはやっぱり浴室だ。

 神宮寺はバスタブの中に体を沈めて、その大きさを体感している。


「私がシャワーを借りにきてもいいの?」

「もちろん! そのために浴室が立派な家を選んだのだから」

「えっ?! 本当?! 申し訳ないな。私のためにそこまで配慮してもらって」


 神宮寺じゃないけれど、

 えっ?! 本当なの?!

 と俺も心の中でつっこんだ。


 社長がいうと何でもそれっぽく聞こえてしまう。

 これも一種の魔術だろう。


「どう? 少しは気に入った?」

「私には十分すぎるくらいかな」


 社長もバスタブの中に体を沈める。


「シャワーだけといわず、ゆっくり入浴していってもいいんだよ」

「そう……なの?」

「なんなら私が背中を流してあげようか? いつも頑張ってもらっているし」

「それはビジュアル的に問題があるだろ……ほら……お互いに社会人なんだし……あくまで上司と部下の関係なんだし……」


 神宮寺が歯切れ悪そうにいう。

 社長からこの手の誘いを受けると、部下としては断りにくい。


「でもさ、温泉に入るときは裸の付き合いでしょ。幼女同士なのだから」

「まあ、そうなるな……」

「だったら、恥ずかしがることはないよね?」

「でも気分というやつがあるだろ! その場の空気というやつが! こんなに狭い空間だとお互いのことを意識しちゃうし……うっかり雰囲気にでも流されちゃったら……」

「ねえ、あすか」


 社長がぐっと顔を近づける。

 逃げられない神宮寺は、ドンっと背中をバスタブにぶつけた。


 幼女と幼女の大接近。

 見ている俺まで恥ずかしくなる。

 実際に迫られている神宮寺ならば心拍数が急ピッチで上昇中だろう。


「私のことが好きなの? 嫌いなの?」

「おい、卑怯だぞ。そういう質問を須田ちゃんの前でするなよ」

「人として好きか嫌いかを尋ねているんだよ。ねえ、どっち? どっちなの?」

「くそぅ……」


 神宮寺と視線がぶつかった。

 その顔は真っ赤に染まっており、助けを求められたような気がするのだが……。


 ごめん、無理だ。

 先輩を見捨てるようで申し訳ない。


「すみません。俺は掃除の続きがありますので。社長と神宮寺さんはごゆっくりしていってください」


 そっと浴室のドアを閉めておいた。


「あ、逃げるな! 卑怯だぞ!」


 神宮寺の金切り声が追いかけてくる。


「ねえねえ、好きなの? 嫌いなの?」


 それを黙らせたのは社長の甘いささやき。


「ダメだって! 私たちは親友同士だろ!」

「もしかして想像しちゃった? いま絶対に想像したよね?」

「別に……想像してないし……いのりと一緒に入浴するシーンとか想像するわけ……」

「言葉にしている時点で想像しているよね? そういう概念が脳内にある証拠だよね? さっさと認めちゃえば楽になるのに」

「ああ! もう! わかったよ! 好きっていえばいいんだろ! 好きって! 立派なセクハラじゃねえか! これで満足か!」

「あすかは素直じゃないな。そこが可愛いのだけれどさ。いつか一緒に入浴しようね」

「別にいいけれど。本当に沼だよな。いのりは……」

「約束成立っと」


 お互いに幼女。

 だから温泉では裸の付き合い。


「まあ、社長のいうことに一理あるわな」


 俺はちょっとだけ想像してみる。

 社長に背中を流してもらうシーンを。


「いや、背中を流してもらう神宮寺さんも悪くないな。一番頑張っているのはあの人だし」


 引っ越しで出たゴミを片付けながら、ふたりの甘い会話に耳を傾けていた。

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