003 コンビニ
幼女ニュース Vol.002
とある経済アナリストの投稿。
「大手酒造メーカーの業績が悪化している。酒類の売り上げは一年後に65%減、二年後には80%減となることが予想されている。もはや合併は待ったなしだろう。清涼飲料事業の分社化が急がれる」
株価ニュース。
「麦酒メーカーのA社、株価が半世紀ぶりの安値を記録。幼女社員が大量に離職か?」
経済ニュース。
「タバコの消費量、戦後で最悪を記録?」
「幼女によるアンチ・タバコ運動が波及」
「コンビニ大手X社、棚からタバコを撤去」
かつて日本を変えようとした志士がいた。
ある者は散り……。
ある者は生き延び……。
ある者はそれを後世に伝えた。
彼らの足跡は『明治維新』として記録されることになる。
この国で二度目の維新。
いわば『幼女維新』というものを国民たちは目の当たりにしている。
※ ※
俺の名前は須田正臣。
どこにでもいる23歳のサラリーマン。
毎日一時間かけて神田の会社に出勤している。
出社の前にいつも立ち寄るコンビニがある。
緑と白の看板が目印の有名チェーン店。
そこにも変化の波は押し寄せていた。
「あれ、ない?」
俺が愛飲していた缶コーヒーの銘柄が消えていたのである。
単なる売り切れじゃない。
販売スペースそのものが無くなっている。
もしかして移動したのか?
店内を一周してみたが、どこにも見当たらない。
最近コーヒーやお酒の種類が減っているな、とは思っていた。
その手のニュースが報道されていることも知っていた。
いざ消えてしまうとショックだ。
「弱ったな……」
過去に日本で一番売れていたコーヒーブランドさえ滅びゆく運命らしい。
まるで成人男性の未来を暗示しているみたいだ。
俺は悄然とした気持ちでペットボトルのお茶を手に取る。
コーヒーの代わり勢力を伸ばしているのが乳酸菌飲料のようなもの。
炭酸が入っていなくて砂糖たっぷりのジュースが人気なのである。
それとアップルジュースやオレンジジュースも売れ筋か。
俺も幼少期はよく飲んでいた。
台頭してきたのは既存の飲料だけではない。
いま流行りの『バランス栄養ドリンク』というのがある。
幼女の成長に必要な栄養分がしっかりと詰まっているらしい。
一本あたり200円。
これが飛ぶように売れている。
俺も興味本位で飲んだことがある。
ミックスジュースをさらに濃くしたような味。
甘ったるくて口の中がドロドロに溶けるかと思った。
「兄ちゃん、すまねえが……」
会計のためレジカウンターへ並ぼうとしたとき、幼女から声をかけられた。
黒いリュックサックを背負っている、出勤前とおぼしき女の子だ。
「白いボトルのやつをとってくれないか?」
「ええと……これでしょうか?」
「助かるわ! ありがとな!」
幼女は棚の高いところに手が届かない。
だから俺のような成人男性はこういうシーンで重宝される。
あと相手の実年齢が分からないのはネックだな。
丁寧に話しかけてきたら同年代、ぶっきらぼうに話しかけてきたら年配と判断するしかない。
まったく、向こうは俺の年齢がわかるからいいよな。
「兄ちゃんは神田の会社で働いとるんか?」
「ええ、そうです。まだ一年ちょっとくらいの期間ですが」
「昔はサラリーマンの街やったのになあ。駅前の居酒屋もだいぶ潰れてしまったなあ」
「まあ、時代ですね」
やけにフレンドリーな性格の幼女だ。
俺はそんなことを考えながら話を合わせた。
「コーヒーの銘柄もかなり減ったなあ」
「ですね。俺の好きだったブランドもコンビニからは消えちゃって」
「俺も昔は毎日コーヒーを飲んでいた。どうもこの体になってからは……」
幼女は複雑な笑みを浮かべた。
こういう仕草には年齢がにじみ出ている。
「苦いものがダメなんよ。ついつい甘いものに手が伸びちまう」
「昔は好きだったのに変わっちゃうのですか?」
「うん、女の子の性ってやつだわ」
幼女の中身はおっさん。
最初は定説かと思われたが、徐々に崩れつつある。
どうやら嗜好がゆっくりと幼女化しているらしい。
お酒やタバコは売れなくなっているし、18禁の本なんかはコンビニから一掃された。
コーヒーが売れないのもそのせいである。
詳しい原因はわかっていない。
体内のホルモンバランスが男から女に傾いているから……。
アメリカの研究機関がそういう論文を発表し大きな論争を巻き起こしている。
もろに影響を受けたのはビジネスの世界だ。
その打撃は食べ物だけに留まらず、アパレル、映画産業、出版業界などを直撃した。
少し前までは少年誌が積まれていたスペースがある。
いまは少女向けの月刊誌が置かれていた。
そして羽が生えたように売れていく。
俺が好きだった漫画も打ち切りか。
最終回を心待ちにしていた一読者からすると残念の一言である。
まあ、こうなることは覚悟していた。
作家の先生が幼女になってしまったから。
同じような現象はどこの出版社でも起こっており、
『もう無理だ! 熱血バトル漫画は描けない! というか幼女の体で週刊連載を続けたら心身が滅びる!』
といって筆を折ってしまう先生が多いのだとか。
これからは幼女漫画家による幼女のための漫画誌が世にはびこるのだろう。
「お会計、247円になります」
「すみません、五千円で」
「五千円お預かりします。おつりが大きい方から……」
コンビニのレジ打ちも幼女である。
きっと向こうが年上……頭ではそれを理解していても幼女サイズのユニフォームが可愛らしい。
「ありがとうございました」
「どうも」
コンビニの前でペットボトルの封を切った。
ひと口飲んでからラベルを見つめる。
『変わらない……味がある』
逆説的だな。
変化しないことが売り文句になるなんて。
俺はお茶のキャッチコピーに背中を押されつつ、通勤のための歩行を再開した。