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028 甘い初体験

 続いて俺たちはダンボール箱の荷物を開封していった。


 こっから先はハードワークの繰り返し。

 つまり体格に優れている俺の独壇場というわけだ。


「マサくん、これをキッチンの上に仕舞ってくれないかな?」

「はい」


 高級そうなワイングラスを台所の棚につっこむ。


「これをクローゼットの上に置いてください」

「はいはい」


 次は防寒具が入った箱をクローゼットにつっこんだ。


「他に何かありますか?」

「この箱が重くて……キッチンまで運ぶのを手伝って……」


 社長を大苦戦させていたのは、調味料などをまとめたダンボール箱であった。

 塩。

 みりん。

 ごま油。

 しょうゆ。

 などなどのラベルが隙間なく詰まっている。


 誰もが認めるカリスマ社長なのに、荷物ひとつすら満足に運べないなんて。

 あまりの可愛さに呼吸を忘れそうになる。


「俺がやります」


 ちょっと気の毒になった俺は救いの手を差し伸べた。

 これは男のプライドと保護欲がくすぐられるシチュエーションといえるだろう。


「ごめん、助かるよ」


 苦役から解放された社長が、ふう、とひと息つく。


「いえいえ」


 ひ弱さと低身長の二点。

 こればかりは幼女に宿命づけられた弱点といえそうだ。


「重いものは俺に任せてください。そのための同居ですから」

「疲れた~。マサくんがいなかったら、明日は筋肉痛で動けなくなるところだったよ」

「力仕事はこっちが担当します。適材適所。社長がいつも口にしていることじゃないですか」

「まいったな。マサくんがここまで頼りになるなんて」


 俺はその頭をポンポンしてあげた。

 なんだか歳の離れた妹ができたみたいで嬉しい。


「本当なら職場でお役に立ちたいところですが……。俺には神宮寺さんや姫井さんみたいな才能が無いので、こういう場面でポイント稼ぎします」

「やっぱり男の子だね」


 社長はそういってナヨナヨと腰をおろす。


「5分だけ休憩」


 そういって糸が切れた人形のように座り込んだ。

 俺はそれを見てほっと安心する。


「心ゆくまで休んでください。社長はいつも頭の中が仕事ですよ」

「あれ? そうかな?」

「ほら、この前の夕食のときだって、幼コレのことばかり考えていたじゃないですか。理由がないと休まないタイプなのですよ。そういう点は神宮寺さんとそっくりです」

「あっはっは……そう見えちゃうか。ある意味、反面教師だよね」


 俺はテキパキと荷物を整理していった。

 休んでいる社長が負い目を感じることがないよう、嬉々として動くことを心がける。


「掃除機はどこに置きますか?」

「リビングの隅っこかな。すぐに取りだせた方が、部屋も散らからないだろうし」

「ゴミ箱は?」

「大きい方のゴミ箱は台所に置いてくれ。小さい方は脱衣所に置こう」

「了解っす」


 次の指示を仰ごうとしたときだ。


「ねえ、マサくん」


 社長がねっとりと絡みつくような視線を向けてくる。

 何かを期待させるような媚びる目つき。


「力仕事はお願いしてもいいんだよね?」

「指示をください。次は何を運びましょうか?」

「私の体を運んでくれると嬉しいかな? そこのソファまで。まあ、無理強いはしないけれども。ゆるい社長命令かな」


 そんな頼み方をされると断れるはずもなく、俺はやれやれと首を振った。


 遊ばれているのか?

 信頼されているのか?

 ちょっと判断に困ってしまう。


「別にいいですが……男性に体重を知られちゃうかも? みたいな心配はしないのですか?」

「平気だよ〜。もう何回も抱っこしてもらっているから」

「あぁ……なるほど」


 華奢(きゃしゃ)な体に腕をまわして、ひょい、と床から持ち上げる。

 俗にいうお姫様抱っこというやつだ。


 抱っこ。

 おんぶ。

 この二つは過去にもやったことがあるので、お姫様抱っこは新境地の開拓ともいえる。


「わ~い! 楽ちん!」


 社長がこちらの肩に腕を絡めてきて、バタバタと楽しそうに体を揺らした。


「あんまり暴れると落ちますよ」

「だって、楽しいもん! わ〜い! わ〜い!」

「それなら仕方がないですが……本当に自由な人なのですから」


 この時間が終わるのを惜しみつつ、社長をソファの上に解放してあげる。


 社長のペースに巻き込まれるのが楽しいだなんて、俺の頭もどうかしているな。


「ねえ、マサくん。いままで他の誰かにお姫様抱っこをした経験はあるの?」

「俺がそんなに甲斐性のある男に見えますかね? 絶対に『ない』という回答を期待していますよね?」

「ふ~ん、つまり初めてなんだ。初体験を奪っちゃって申し訳ないね。しかも気紛れの社長命令なんかでさ」

「言葉を返すようですが、社長だって初体験じゃないのですか? それとも俺以外の男からお姫様抱っこをしてもらった経験があるのですか?」

「いや、ないね」

「だったらお互い様じゃないですか」

「あっはっは! 一本取られちゃったな!」


 社長が大声で笑うものだから、俺も釣られて笑ってしまった。

 すると喉が渇いていることに気づく。


「一階の自販機で飲み物を買ってきます。社長は何を飲みたいですか?」

「お願いしていいの?」

「ええ、適材適所ですから」

「じゃあ、冷たいお茶をお願いします」


 社長が四角いクッションを抱きしめながらいう。

 ときどき『ですます調』でお願いされるの、俺としてはポイントが高かったりする。


「お茶にコーヒーと……」


 緑茶のペットボトルと缶コーヒーを持ち帰った。

 ソファで寝ている社長のおでこに、ペットボトルをピタッと押し当ててみる。


「ひゃっ、冷たい!」

「お待たせしました、お姫さま。買ってきましたよ」

「わ~い、マサくんのお茶だ。いただきます……って……あれ?!」


 社長はフタを開けるのに苦戦している。


「ぬぐぐぐぐっ……」


 顔を真っ赤にしているのに、ウンともスンとも反応しないペットボトル。


 気合いが空回りしている様子も可愛いな。

 俺はそんな不謹慎なことを考えてしまった。


「くそっ……左回しで……あっているはず……」

「俺がやりますよ。無理すると指を痛めますから」

「ごめん……マサくんに甘えたいとか、狙って演技しているとかじゃないから」

「知っていますってば!」


 俺はスマートフォンの検索エンジンに『幼女 握力』と打ち込んだ。

 気休めと知りつつ、それを社長に見せる。


「ほら、記事を読んでみてください。


『一般的な幼女の握力というのは約10~12kgしかありません。大人だった時と同じ感覚で生活すると、大怪我の原因になるので注意しましょう』


 とあるじゃないですか。社長だけが特別に弱いわけじゃないです」

「げぇ?! 私ってそんなに非力なんだ!」

「まあ、体格が体格ですから。その体つきで30kgの握力があったら、逆に怖いですよ」

「確かに。マサくんのいう通りだ」


 社長がまじまじと手を見つめる。


「別にいいじゃないですか。握力がなくても」


 俺はつい余計なことを口走ってしまった。


「えっ?」

「楽しそうですよ。社長も、神宮寺さんも。そりゃ、幼女なりの苦労があると思いますけれど。いまでも十分に楽しそうというか、下手したら昔より楽しそうに見えます」

「……マサくん」

「すみません。幼女化しなかった『12%』の感想ですから。気にしないでください」


 俺は照れを隠すため、缶コーヒーの中身を一気に飲み干す。


「この一年でかなり成長したね」

「まあ、お手本になる人たちが近くにいますから」

「それって私も含まれるのかな? 私もお手本ってことなのかな?」

「当然じゃないですか。恥ずかしいから言わせないでくださいよ。俺が一番尊敬する人物は社長ですから」

「そうなんだ。私は嬉しいよ。やっぱり成長したね」


 本日で二度目となる頬っぺチューが襲ってくる。

 そして不意を食らってしまう俺。

 成長しているのやら、成長していないのやら。


「ちょっと、心臓に悪いですってば!」

「部下の成長はその場で褒めないと」

「だからってキスはないでしょ!」

「え~、ダメかな?」

「……別にダメじゃ……ないです……けれど」

「可愛いものを見るとキスしたくなるんだよ」

「その発想はまあまあヤバいと思います。あと男に可愛いは禁句です!」


 やっぱりこの社長には敵わない。

 その認識を強くした俺は、くしゃくしゃと髪の毛をいじった。

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