026 新しい朝
幼女ニュース Vol.007
第12回インターネット調査結果。
「未婚の幼女2,000人を対象にアンケートを実施しました。
◆いま交際中の相手はいますか?
(1)いる 27%
(2)いない 62%
(3)無回答 11%
◆(1)と回答した方に質問です。交際中の相手はどれに該当しますか?
(1)男性 13%
(2)女性 47%
(3)幼女 33%
(4)無回答 7%
◆(1)~(3)と回答した方に質問です。結婚を前提に交際していますか?
(1)どちらかといえば考えている 49%
(2)分からない・どちらとも言えない 48%
(3)無回答 3%
ご協力ありがとうございました。
次回のアンケートにもご協力いただけると幸いです」
いま話題になっている結婚問題。
現行の法律が改正されない限り、『幼女』×『女性』以外の婚姻は認められない。
※ ※
今日は人生で一番楽しい日になるかもしれない。
ありふれた休日。
いつもの通勤電車。
窓ガラスに映っている顔を見つめながら、俺はしきりに前髪をいじっていた。
『……次は神田、神田、お出口は左側です。東京メトロはお乗り換えです。……』
もう何百回と耳にしてきたアナウンスが流れてくる。
俺は駅の窓口へと向かった。
幼女の駅員さんに声をかけて『有効期間が一ヶ月以上残っている定期券』を差し出す。
「定期の解約ですね。少々お待ちください……」
待つこと60秒。
戻ってきた現金を財布にしまう。
神田へやってきたのは仕事のためではない。
引っ越しのため。
今日から社長と一緒に暮らすためだ。
この決断に迷いがなかったといったら嘘になる。
相手は尊敬する上司だ。
そして俺の雇用主でもある。
神宮寺っぽい表現を借りるなら、
『骨の髄までたらし込まれる』
危険性がかなりある。
別にいいのだ。
あの人が俺のことを必要としてくれたから。
この申し出を断れば、一生後悔するだろうという、根拠のない確信のようなものが俺を突き動かした。
『いま神田駅につきました』
SNSのメッセージを送ってみる。
『うむ、わかった (。>﹏<。)』
すぐに返信がきた。
『楽しみに待っています』
とも。
楽しみか……。
スマートフォンを握りしめている社長の姿を想像すると、俺までワクワクするから不思議だ。
今日の主役はあくまで社長。
俺は間借りさせてもらうパートナー。
手土産になりそうなものを探すため、俺は駅の近くを歩いてみる。
パン屋のチェーン店ならすぐに見つかった。
しかし洋菓子屋のようなお店は望むべくもない。
立ち食いそば屋。
コンビニ。
ラーメン屋
消費者金融。
牛丼屋。
ドラッグストア。
いかにもビジネス街といった面々が並んでいる。
「あれは……」
俺の足が止まった。
視線の先にあるのは、おしゃれなフラワーショップであり、吸い込まれるように入り口をくぐる。
色とりどりのバラ。
白色と黄色が鮮やかなラン。
異国の香りをまとっているハイビスカス。
まさに都会のオアシスといった様相を呈している。
小さな店内を一周してみた。
レジ横のスペースでは観葉植物が背の高さを競っている。
俺が悩んでいると、幼女の店員さんが視線をくれた。
「すみませ~ん」
引っ越ししてきた知人へのプレゼントを探しています、と伝える。
「思い入れのある花はございますか?」
「花なら何でも好きだと思います」
「それでしたら……」
意外なことにお勧めしてくれたのはプリザーブドフラワー。
乾燥させたミニバラを鉢植えにしたものである。
「このタイプでしたら3年くらいは観賞用として使えますし、何よりお手入れが楽です。生花よりもコストパフォーマンスがいいので、忙しいサラリーマンやOLの方には人気がありますよ」
「花には疎くて……注意点とかはありますか?」
「いくつかございます」
水は与えないこと。
直射日光はなるべく避けること。
湿気が心配ならば透明のケースに入れておくこと。
「ちょうど在庫のセール中です。いまなら値札の価格から三割引きいたします」
その言葉に背中を押された俺は、
「じゃあ、ひとつください」
と定型文のように答えてしまう。
赤、ピンク、ベージュ。
三色セットの鉢植えをラッピングしてもらった。
「ありがとうございました」
フラワーショップをあとにした俺は歩くペースを20%増しにする。
マップを参考にしながら交差点を横切る。
ビジネスホテルの前を通過して、銀行のある角を右に曲がった。
そこから直進すること3分。
あった。
十二階建てのマンション。
その名を『幼女ハイツ』という。
第一印象は、けっこう現代風だな、のひと言に尽きる。
ベランダの部分がガラス張りになっており、都会人が好みそうな意匠といえるだろう。
引っ越し業者のトラックが一台。
俺と入れ替わるようにして走り去っていく。
俺はインターホンの前で一息ついた。
幼女ハイツ。
701号室。
教えられた数字を入力していく。
『は~い!』
「俺です。須田です」
『いま開けま~す!』
エレベーターに乗り込み、社長が待っているであろう七階を目指す。
会社のオフィスも七階。
新しい住居も七階。
心臓がバクバクと早鐘を打つ。
かなり昔のことになるが、はじめて会社に出勤した日も、似たような緊張感を抱えていた。
エレベーターを抜け出し、突き当りにあるコーナーを左折する。
「やっほ~!」
廊下の先にあるドアの中から、よく見慣れた社長が、まったく見慣れない格好で飛び出してきた。
「マサくん、こっち、こっち!」
社長の服装はいつも決まっている。
暖色系のジャケット。
タイトなスカート。
お気に入りのツインテール。
いわゆる戦闘モードというやつだ。
しかしこの日は違う。
ひざ丈の白いワンピースをまとい、腰の位置をリボンで固定し、まさに正統派のカワイイを演出している。
もちろん髪型はお似合いのツインテール。
結び目の高さで青色のリボンが揺れており、若干のアレンジをほどこしている。
プライベート専用のツインテールというべきか。
ワンピース姿も可愛いですね。
心の中でそういったつもりが、
「私服も可愛いですね」
本音がポロリと口をついてしまった。
「えっ?! そうかな~?」
「青色のリボンがいい感じです」
「そう? 初めてトライしてみたんだ」
社長の頬が少しだけ赤らむ。
まさかの照れ顔。
「いつもより大人びています。職場の社長とは雰囲気が違いますから」
「自分でもちょっと違和感があるんだけれどな」
脳内に選択肢が出てきた。
(1)俺のタイプです
(2)目の保養になります
(3)俺のお嫁さんにしたいです
社長が一番喜びそうなのは……。
「全然変じゃないですよ。社長の髪はきれいですし、白系統の服も似合うんじゃないかって、前からひそかに感じていました」
4つ目の選択肢をぶつけてみた。
「うわぁ! 私のことを見ていてくれたんだ! さすがマサくんだよ!」
とりあえず地雷は回避したらしい。
心の余裕を取り戻した俺は、手に提げているプレゼントの存在を思い出す。
「これ、社長へのお土産です。つまらない物ですが」
「もらっていいの?」
「気に入ってくれると嬉しいです」
社長の表情がぱあっと輝いた。
「すごい! お花だ!」
「生活の負担にならないよう、生花じゃないやつを選びました。プリザーブドフラワーといって、特殊な液体で乾燥させたミニバラです」
「お花を個人的にプレゼントしてもらうなんて、生まれて初めての経験だよ!」
かけるべき言葉を失った俺は、惚けたように社長を見つめる。
「ねえ、マサくん。お花を買ってくるアイディアは、あすかの入れ知恵かな?」
「いえ、これは俺の発案です」
「成長したなあ。私はすごく嬉しいよ」
社長がぐっと背伸びをしてくる。
チュッ。
俺の体にからみつき、頬の高さにキスをひとつ残した。
はい?
ほっぺチュー?
とっさの出来事を受けて心臓が狂ったように暴れだす。
一体どういう神経をしているのだろう。
ここはマンションの共有スペース……他の誰かが見ているかもしれないのに。
「部下の成長はその場で褒めろ。これが私の流儀なのです」
「ちょっと社長! 朝から心臓に悪いですよ! 不意打ちのキスなんて!」
「ごめんね。嬉しくて、つい体が動いちゃった。無意識にやったことだから許して」
社長が手を合わせながらいう。
その瞳に揺らいでいるのは、本当に申し訳なさそうな色。
「それなら……仕方がない……です」
今日は人生で一番楽しい日になるかもしれない。
キスの余韻にひたりながら、俺はそんなことを考えていた。




