表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/278

026 新しい朝

 幼女ニュース Vol.007



 第12回インターネット調査結果。


「未婚の幼女2,000人を対象にアンケートを実施しました。


◆いま交際中の相手はいますか?


(1)いる 27%

(2)いない 62%

(3)無回答 11%


◆(1)と回答した方に質問です。交際中の相手はどれに該当しますか?


(1)男性 13%

(2)女性 47%

(3)幼女 33%

(4)無回答 7%


◆(1)~(3)と回答した方に質問です。結婚を前提に交際していますか?


(1)どちらかといえば考えている 49%

(2)分からない・どちらとも言えない 48%

(3)無回答 3%


 ご協力ありがとうございました。

 次回のアンケートにもご協力いただけると幸いです」



 いま話題になっている結婚問題。

 現行の法律が改正されない限り、『幼女』×『女性』以外の婚姻は認められない。



        ※        ※



 今日は人生で一番楽しい日になるかもしれない。


 ありふれた休日。

 いつもの通勤電車。

 窓ガラスに映っている顔を見つめながら、俺はしきりに前髪をいじっていた。


『……次は神田(かんだ)、神田、お出口は左側です。東京メトロはお乗り換えです。……』


 もう何百回と耳にしてきたアナウンスが流れてくる。


 俺は駅の窓口へと向かった。

 幼女の駅員さんに声をかけて『有効期間が一ヶ月以上残っている定期券』を差し出す。


「定期の解約ですね。少々お待ちください……」


 待つこと60秒。

 戻ってきた現金を財布にしまう。


 神田へやってきたのは仕事のためではない。

 引っ越しのため。

 今日から社長と一緒に暮らすためだ。


 この決断に迷いがなかったといったら嘘になる。


 相手は尊敬する上司だ。

 そして俺の雇用主でもある。

 神宮寺っぽい表現を借りるなら、


『骨の(ずい)までたらし込まれる』


 危険性がかなりある。


 別にいいのだ。

 あの人が俺のことを必要としてくれたから。

 この申し出を断れば、一生後悔するだろうという、根拠のない確信のようなものが俺を突き動かした。


『いま神田駅につきました』


 SNSのメッセージを送ってみる。


『うむ、わかった (。>﹏<。)』


 すぐに返信がきた。


『楽しみに待っています』


 とも。

 楽しみか……。

 スマートフォンを握りしめている社長の姿を想像すると、俺までワクワクするから不思議だ。


 今日の主役はあくまで社長。

 俺は間借りさせてもらうパートナー。

 手土産になりそうなものを探すため、俺は駅の近くを歩いてみる。


 パン屋のチェーン店ならすぐに見つかった。

 しかし洋菓子屋のようなお店は望むべくもない。

 立ち食いそば屋。

 コンビニ。

 ラーメン屋

 消費者金融。

 牛丼屋。

 ドラッグストア。

 いかにもビジネス街といった面々が並んでいる。


「あれは……」


 俺の足が止まった。

 視線の先にあるのは、おしゃれなフラワーショップであり、吸い込まれるように入り口をくぐる。


 色とりどりのバラ。

 白色と黄色が鮮やかなラン。

 異国の香りをまとっているハイビスカス。

 まさに都会のオアシスといった様相を呈している。


 小さな店内を一周してみた。

 レジ横のスペースでは観葉植物が背の高さを競っている。


 俺が悩んでいると、幼女の店員さんが視線をくれた。


「すみませ~ん」


 引っ越ししてきた知人へのプレゼントを探しています、と伝える。


「思い入れのある花はございますか?」

「花なら何でも好きだと思います」

「それでしたら……」


 意外なことにお勧めしてくれたのはプリザーブドフラワー。

 乾燥させたミニバラを鉢植えにしたものである。


「このタイプでしたら3年くらいは観賞用として使えますし、何よりお手入れが楽です。生花(せいか)よりもコストパフォーマンスがいいので、忙しいサラリーマンやOLの方には人気がありますよ」

「花には疎くて……注意点とかはありますか?」

「いくつかございます」


 水は与えないこと。

 直射日光はなるべく避けること。

 湿気が心配ならば透明のケースに入れておくこと。


「ちょうど在庫のセール中です。いまなら値札の価格から三割引きいたします」


 その言葉に背中を押された俺は、


「じゃあ、ひとつください」


 と定型文のように答えてしまう。


 赤、ピンク、ベージュ。

 三色セットの鉢植えをラッピングしてもらった。


「ありがとうございました」


 フラワーショップをあとにした俺は歩くペースを20%増しにする。


 マップを参考にしながら交差点を横切る。

 ビジネスホテルの前を通過して、銀行のある角を右に曲がった。

 そこから直進すること3分。


 あった。

 十二階建てのマンション。

 その名を『幼女ハイツ』という。


 第一印象は、けっこう現代風だな、のひと言に尽きる。

 ベランダの部分がガラス張りになっており、都会人が好みそうな意匠といえるだろう。


 引っ越し業者のトラックが一台。

 俺と入れ替わるようにして走り去っていく。


 俺はインターホンの前で一息ついた。

 幼女ハイツ。

 701号室。

 教えられた数字を入力していく。


『は~い!』

「俺です。須田です」

『いま開けま~す!』


 エレベーターに乗り込み、社長が待っているであろう七階を目指す。


 会社のオフィスも七階。

 新しい住居も七階。

 心臓がバクバクと早鐘を打つ。

 かなり昔のことになるが、はじめて会社に出勤した日も、似たような緊張感を抱えていた。


 エレベーターを抜け出し、突き当りにあるコーナーを左折する。


「やっほ~!」


 廊下の先にあるドアの中から、よく見慣れた社長が、まったく見慣れない格好で飛び出してきた。


「マサくん、こっち、こっち!」


 社長の服装はいつも決まっている。

 暖色系のジャケット。

 タイトなスカート。

 お気に入りのツインテール。

 いわゆる戦闘モードというやつだ。


 しかしこの日は違う。

 ひざ丈の白いワンピースをまとい、腰の位置をリボンで固定し、まさに正統派のカワイイを演出している。


 もちろん髪型はお似合いのツインテール。

 結び目の高さで青色のリボンが揺れており、若干のアレンジをほどこしている。

 プライベート専用のツインテールというべきか。


 ワンピース姿も可愛いですね。

 心の中でそういったつもりが、


「私服も可愛いですね」


 本音がポロリと口をついてしまった。


「えっ?! そうかな~?」

「青色のリボンがいい感じです」

「そう? 初めてトライしてみたんだ」


 社長の頬が少しだけ赤らむ。

 まさかの照れ顔。


「いつもより大人びています。職場の社長とは雰囲気が違いますから」

「自分でもちょっと違和感があるんだけれどな」


 脳内に選択肢が出てきた。


(1)俺のタイプです

(2)目の保養になります

(3)俺のお嫁さんにしたいです


 社長が一番喜びそうなのは……。


「全然変じゃないですよ。社長の髪はきれいですし、白系統の服も似合うんじゃないかって、前からひそかに感じていました」


 4つ目の選択肢をぶつけてみた。


「うわぁ! 私のことを見ていてくれたんだ! さすがマサくんだよ!」


 とりあえず地雷は回避したらしい。

 心の余裕を取り戻した俺は、手に提げているプレゼントの存在を思い出す。


「これ、社長へのお土産です。つまらない物ですが」

「もらっていいの?」

「気に入ってくれると嬉しいです」


 社長の表情がぱあっと輝いた。


「すごい! お花だ!」

「生活の負担にならないよう、生花じゃないやつを選びました。プリザーブドフラワーといって、特殊な液体で乾燥させたミニバラです」

「お花を個人的にプレゼントしてもらうなんて、生まれて初めての経験だよ!」


 かけるべき言葉を失った俺は、(ほう)けたように社長を見つめる。


「ねえ、マサくん。お花を買ってくるアイディアは、あすかの入れ知恵かな?」

「いえ、これは俺の発案です」

「成長したなあ。私はすごく嬉しいよ」


 社長がぐっと背伸びをしてくる。

 チュッ。

 俺の体にからみつき、頬の高さにキスをひとつ残した。


 はい?

 ほっぺチュー?

 とっさの出来事を受けて心臓が狂ったように暴れだす。


 一体どういう神経をしているのだろう。

 ここはマンションの共有スペース……他の誰かが見ているかもしれないのに。


「部下の成長はその場で褒めろ。これが私の流儀なのです」

「ちょっと社長! 朝から心臓に悪いですよ! 不意打ちのキスなんて!」

「ごめんね。嬉しくて、つい体が動いちゃった。無意識にやったことだから許して」


 社長が手を合わせながらいう。

 その瞳に揺らいでいるのは、本当に申し訳なさそうな色。


「それなら……仕方がない……です」


 今日は人生で一番楽しい日になるかもしれない。

 キスの余韻(よいん)にひたりながら、俺はそんなことを考えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ