257 七月と夏休みと海合宿
窓の外でミンミンゼミが鳴いている。
クーラーの風が空気をかき回して、ガラスの風鈴を、ちりん、ちりん、と揺らしている。
真夏日である。
スイカを模したアイスキャンディーを食べたくなる季節だ。
「幼女向けの合宿ですか?」
「うんうん!」
七月がはじまったころ。
とある民間団体が配っている広告を、社長は嬉しそうに見せてくれた。
「今年はみんなのスケジュールを調整して、ちゃんと夏休みを取ろうと思うんだ。私としては、この合宿に参加したい。もちろんマサくんと一緒にね」
千葉県勝浦市にある保養所で、幼女とその関係者を集めたサマーキャンプが開かれるそうだ。
期間は二泊三日コースと三泊四日コースが用意されている。
応募条件のところには『フェーズ3』または『フェーズ4』の幼女が含まれているグループのみ申し込み可能、と記されていた。
「民間企業の保養所を借りるのですね」
「だから宿代はタダなんだよ。イベントも用意されていて、そっちは任意参加だから、料金が発生するみたいだね」
世話になっているお医者さんから、仕事の都合がつけば是非に、と勧められたそうである。
引きこもり姫井が興味を示しており、神宮寺としては、この機会に大自然のなかへ引っ張り出したいところ。
「いいですね。楽しそうです。海鮮バーベキューとか、スイカ割りとか、肝試しとか、よくよく考えると俺は人生初です」
「よしっ! じゃあ、あとで申し込みの手続きをしておこう!」
東京の暑さにウンザリしている愛猫ワトソンが、
(なにか楽しいことでもあるのかにゃ?)
と言いたそうな顔つきで社長のところへやってきた。
「ワトソンをどこかへ預ける必要がありますね」
「ペットホテルかな。早めに予約しておかないと」
秋葉原近辺のペットホテルを調べてみる。
サービス内容にもよるが、一泊あたりの宿泊料は人間とそこまで変わらない。
「ペットホテル、なかなか高いですね」
「まあ……この手のビジネスは自治体の認可がいるしね……」
ワトソンがキャットタワーの頂上まで駆けのぼり、社長のことを見下ろした。
(私はお屋敷育ちにゃ。大切に扱うにゃ)
アンテナのような髭をクシクシする姿が偉そうな上司みたい。
「ワトソン、誰かに似ていますね」
「たぶん姫ちゃんだね。安物のキャットフードは食べないし」
匂いと食感が気に入らないのか、安いキャットフードを口にしない猫は本当にいる。
ワトソンの場合、安物が嫌いというより、
(ゴネていたら高い猫缶をくれるにゃ。世の中はゴネたもん勝ちにゃ)
と信じている節がありそう。
このブルジョア猫め……。
「ワトソンのホテルはこの後予約するとして、他に必要なのは水着かな」
「俺は去年買ったやつがあります。社長は新調されます?」
「うむ、王道のスクール水着にしようと思う。海にはたくさん人がいるし。スク水はコスパがいいし。ネットで調べてみたのだけれども、一口にスク水といっても、バリエーションが豊富なんだ」
社長が水着ということは、神宮寺や姫井も水着なのか。
三人が幼女でいられるのも今のうちだから、貴重なスリーショットを拝めそうである。
あとは移動手段の車。
レンタカーを事前予約しておけば問題なさそう。
「夏休みに合宿とか、学生に戻った気分です」
「うむ、これは青春の1ページなのだよ」
去年より仕事が忙しくなったけれども、プライベートは充実している気がする。
……。
…………。
房総半島の海岸線を車でひた走っていく。
地元サーファーに人気のビーチがあり、美しいフォームで波を乗りこなす女性の影を見つけられた。
海岸から目と鼻の先に保養所はあった。
風光明媚という言葉がよく似合う。
空と海の青。
振り返れば木々の緑。
民間団体のサマーキャンプに申し込んで正解だったな、と一秒で確信した。
「着いたぞ。起きろよ」
神宮寺が気持ちよさそうに寝ている社長と姫井の体を揺すっている。
二人は肩をくっつけて熟睡しており、まぶたを持ち上げるのも同タイミングという仲の良さだ。
「はぅ……神宮寺さんが社長を妊娠する夢を見ました……」
姫井以外が『⁉︎⁉︎』の表情になる。
マタニティ神宮寺とは突き抜けた妄想力だな。
才能を別のことに活かせないものだろうか。
「ちょっと待て。どうやったら私がいのりを孕めるんだよ。そもそも夢の中の私は大人の体だったのか?」
「はい、神宮寺さんは色気ムンムンだったのです。生命感あふれるお腹の膨らみがラブリーでした。社長は赤子の姿で生まれてきたのですが、すぐに現在の大きさまで成長したのです」
「突っ込みどころ満載だな……」
「夢の第二ラウンドを見られなかったのが残念です。ここまで続きが気になる夢は久しぶりなのです」
「ダメだ……返す言葉がねえ……」
というわけで、俺たちの夏合宿は姫井の夢告白からスタートすることに。
「まずは受付を済ませて、部屋に荷物を置いてきます!」
泊まるのは和室の四人部屋である。
保養所の外観こそ大学のキャンパスみたいに地味だが、建物の内部はホテルのように手入れが行き届いている。
「おお! 部屋もきれいだ!」
旅館との違いといえば、お茶のティーバッグとおもてなしの茶菓子がないことくらい。
家からタオルを持参してきたのだが、フロント横でも借りられるようだ。
「では服の下に水着をきて海へいきます」
俺だけ脱衣所へ移動して、ハーフパンツの下に海パンを履いておく。
顔や首筋には忘れずにウォータープルーフの日焼け止めを塗っておく。
「もう出てきてもいいよ〜」
じゃじゃ〜ん♪
水着を着込んだ社長たちがお出迎え。
服装はさっきと変わらないのだけれども、下着を脱いだかと思うと少しエロい気分にさせられる。
「神宮寺さん、僕に胸を揉ませてください」
「却下だ!」
コメディーみたいな会話をしながら海の家を目指した。
まずは海鮮バーベキュー。
お金さえ払えば生ビールを飲めるのだが、あとで海に入るので、全員お茶にしておいた。
エビ、イカ、タコなどを金網の上であぶっていく。
アルミ容器に入っているホタテのバター醤油焼きが一番おいしそうであり、社長も鼻をクンクンさせていた。
「ほら、焼けましたよ」
最初の一口は社長にあげようと思ったのだけれども、社長は湯気が立ちのぼるイカにタレを絡ませると、
「マサくんに食べさせてあげるよ」
といって口まで運んでくれた。
「そうだな。須田ちゃんは仕事を頑張っているしな」
神宮寺からはタコを給餌してもらう。
「僕からも感謝の気持ちなのです。運転ありがとうございます」
さらには姫井まで。
背伸びをしてお箸を向けてくる姿がキュートである。
「……こちらこそ、ありがとうございます」
軽い感動シチュエーション。
社長はともかく神宮寺や姫井のことまで可愛く思えてきた。
「あ、エビが焦げそうだ!」
「ちょっと火が強いかもな」
「ホタテも煮えたぎっているのです!」
「急いで食べよう!」
「火傷するなよ〜」
「社長、そんなに近づいては髪が燃えるのです!」
「うにゃにゃにゃにゃあぁぁぁあ⁉︎ 何本か逝ってしまったぁ〜!」
という感じで最初のイベント、海鮮バーベキューは終始盛り上がっていた。
……。
…………。
全身に砂を感じる。
背中のところが冷たくて、足の先っぽが熱い。
須田古墳をつくろう、と言いだしたのが誰なのか、もう忘れてしまった。
「もう一息で完成だ〜!」
額のところに汗をかいた社長が、湿りっ気のある砂をペタペタと重ねていく。
俺は視線を下へ向けた。
頭以外はすべて砂の下に消えており、砂風呂でも楽しんでいる気分だ。
「貝殻を拾ってきたぜ〜!」
ピンク色の巻貝を二つ、神宮寺が俺の乳首がある位置にセットした。
今日の神宮寺はセパレート式のスクール水着をきている。
贅肉のないウエストが幼女とは思えないほど官能的だ。
「僕は海藻をとってきたのです!」
みそ汁とかに入っていそうな植物を、姫井が両手いっぱいに運んできた。
今日の姫井はフリル付きのスクール水着をきている。
あどけなくて元気そうな感じが、金髪のダブルお団子ヘアと似合っている。
「う〜む……」
姫井はしばらく熟考したかと思いきや、案の定、俺の股間がある位置に盛りつけた。
「ぷっぷっぷ、須田くんが卑猥な生き物みたいなのです!」
なんという屈辱……。
姫井アートの素材にされてしまった。
「ケッケッケ、写真に保存しといてやるよ」
いつもはブレーキ役の神宮寺も、海の開放感に酔っているのか、ちょっと意地悪なお姉さんになっている。
「できた! 須田古墳だ! 四人の最高傑作なのだ!」
嬉しさのあまりぴょんぴょん跳ねる社長は、一番オーソドックスなスクール水着をきている。
胸という概念がないボディは垂直に切り立った崖のよう。
水着のフチの白ラインを見つめていると、小学校でやったプールの授業を思い出した。
これも青春だな。
集合写真を撮っておいて、10年後とかに見返したら、あの頃は若かった! と驚く日がくるのであろう。
「社長、喉が渇きました。すみませんが水をください」
「あいあいさ〜!」
ペットボトルの口と、俺の口を交互に見比べている。
「その姿勢で飲むのは辛いよね。私が口移ししてあげよっか?」
「なるほど。悪くないアイディアです」
咽頭が水で塞がれると、空気の通り道がなくなって、むせるかもしれない。
「ゆっくりいくよ」
「お願いします」
まさかビーチで口づけされることになろうとは……。
社長から分けてもらった水は、冷気のなごりが伝わってきて、体に優しく染みてくれた。
「おお、アツアツだね〜」
「夫婦の共同作業なのです!」
潮騒の音に混じって、神宮寺たちの冷やかしも聞こえてくる。
「ありがとうございます。もう十分です」
「うん……」
砂がこびりついた肌が蠱惑的な色をしている。
黒真珠のような瞳には、何かを期待させるような妖しさがあって、恥知らずの心臓をドキドキさせてきた。
「海っていいね」
「みんながいるからです」
「そうだね」
俺たちの夏合宿。
まだ始まったばかりである。




