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256 神宮寺カルラとその周辺

 その日、神宮寺から個別に呼び出された。

 社長と姫井がアクティビティへ出かけた後、メンテナンス打ち合わせという名目だった。


「ぶっちゃけ、いのりの様子はどうなのよ?」

「毎日元気いっぱいですね。セラピーの効果は出ていると思います」

「心配なことはない? 小さな問題でもいいからさ」

「強いていえば……」


 時々、言葉が出てこなかったり、言葉の意味をド忘れすることくらい。

 シイナと会話している時、何回か起こった現象だ。


「姫井さんは?」

「相変わらずの変態っぷりだな。職場では自重しているが、家に帰るとヤバい」

「楽しくて刺激的な毎日を送っていれば、アリスシンドロームの進行は食い止められるのですよね?」

「巷ではそう説明されている。いのり、ゆり姫を観察している限り、二人の経過は良好といえそうだ」


 姫井の胃袋は小さくて、放っておくと野菜か果物ばかり食べる。

 タンパク質と脂質も摂取するよう、神宮寺があの手この手で工夫しているようだ。

 その甲斐もあってか、お医者さんから食生活を褒められている。


「とはいえ症状は横ばいですから。すぐに改善しないのが辛いですね」

「まあな。でも体が成長したという成果は目に見える。気休めだとしても、何もないよりマシだろう」


 神宮寺は窓の外へ目を向けると、眉間のところのシワをつまんで、マッサージするように指を動かした。


「神宮寺さん、ちょっと疲れていますか?」

「えっ⁉︎ そう見えちゃう⁉︎」

「まあ……やっぱり負担が大きいという心配はあります」

「まいったな……」


 原則、フェーズ4の幼女を一人にさせてはいけない。

 通勤だろうが通院だろうが買い物だろうが、誰かと一緒にいる方が望ましいとされている。


 恐るべきはフェーズ5の判定をもらうこと。

 そうなれば入院生活が待っているというプレッシャーは、社長や姫井でなければ理解できないだろう。


「介護疲れという言葉を思い出すな。フェーズ4の世話くらいで、介護なんておこがましいが、目を離したらいけないという緊張感は、仕事とは違った疲れをともなう」

「相手のことが好きだから、神宮寺さんも頑張りすぎちゃうのだと思います」

「なるほど。須田ちゃん、いいこというな。気分が楽になった」

「いえ……生意気をいってスミマセン」


 パートナーの介護か。

 成人男性の俺は平気だとしても、幼女の神宮寺には負担が大きいのではないだろうか。


「もしアレでしたら、一日か二日くらい姫井さんを預かりましょうか? 社長がいるので、一人も二人も変わりませんし。神宮寺さんだって自由に一日を過ごしたいのでは?」

「う〜ん……そうだな……リフレッシュしたくなったら検討してみるよ。いまのところ平気」


 俺と神宮寺のスマートフォンが同時に揺れた。

 これからオフィスへ戻ります、というメッセージが届いたのだ。


 ……。

 …………。


 いろいろと悩みが尽きない神宮寺だが、家族のことで朗報があったらしい。

 とある企業が主催している『全国中学生アプリケーション開発コンテスト』において、妹さんの名前が最終選考に残っていたのだとか。


 出品したのは『忙しい社会人のための家計簿アプリ』。

 クレジットカードを利用すると、品目ごとに勝手にカテゴリー分けしてくれる機能付きらしく、兄の神宮寺いわく『最終選考に残った他の学生たちが不憫(ふびん)になるほど完成度が高い』そうだ。


 本当に一人で開発したのか? 大人の技術者に協力してもらったのではないか? という疑念さえクリアできれば、グランプリ受賞は間違いない、下手すれば商用リリースもありえる、とのこと。


(俺ごとき頭脳だとアルゴリズムを理解できない……女子中学生エンジニアに完全敗北してしまった……)


 ちなみに妹さんは三年前の『全国小学生アプリケーション開発コンテスト』で優勝した経験の持ち主だ。

 さすが神宮寺の妹、いや、ご両親の教育が素晴らしいというべきか。


「妹さんもITの道に進むなんて、若いのにご立派ですね」

「ああ、カルラのこと? あいつ、勉強ができるってタイプじゃないんだけれども、熱中しだすと止まらないんだよな」


 この会社を立ち上げたばかりの頃。

 姫井がカルラちゃん(当時は小学生)に一目惚れして、39,800円もするホームベーカリーを買ってあげた……みたいな話を聞いたことがある。

 神宮寺家は巨乳の家系なのです、といって喜んでいたような……。


 近々、そのカルラちゃんと会えるらしい。

 コンテストの最終審査および授賞式が東京で予定されており、みんなで割烹へいって食事会をするのだ。


「兄妹二人だけで会わなくてもいいのですか? その……姫井さんなら我が家で預かりますが……」

「いいんだよ。いのりもゆり姫もカルラに会いたがっているから。むしろ須田ちゃんも付き合わせて悪いな」

「いえ、外出する口実ができてありがたいです。社長を散歩させる必要もありますし」

「猫を飼ったんだっけ? うちは犬にするかな。ゆり姫のやつ、本当に散歩しないから……番犬がわりにもなるし、真剣に考えてみるか……」


 ここまで想ってくれる人が恋人だなんて、姫井は果報者といえそうだ。


 ……。

 …………。


 待ち合わせ場所にやってきた女の子を一目見たとき、神宮寺の妹なんだな、と一瞬でわかった。


 髪の色素が薄くて、ほのかに茶色がかっている。

 そして中学生にしては胸が大きい。


 純白ブラウスとチェック柄スカートを組み合わせた女の子は、


「はじめまして、神宮寺カルラです」


 といって折り目正しく挨拶をしてくれた。


「はじめまして、お兄さんの会社で働いております、須田正臣と申します」


 なぜか年上の俺の方が硬くなってしまう。


「東京って人が多いですね。駅で迷っちゃって……三回くらい出口を訊ねちゃいました……」


 恥じらう表情がとても可愛らしい。

 兄のような軽薄さはなく、生真面目そうなオーラが出まくっている。


「移動で疲れたでしょう。旅行カバンは俺が運んであげるから」

「ありがとうございます! でも運んでいただくのは申し訳ないです!」

「東京って地方より物騒だから。旅行カバンを転がしている女子中学生は特に狙われやすい」

「そ、そうなんですか⁉︎」


 なんだ、この設定。


「すみません! お言葉に甘えさせていただきます!」

「いえいえ、お気になさらず……」


 俺たちのやり取りを、社長と神宮寺は笑いをこらえながら見守っていた。


「カルラちゃん! 会いたかったのです!」

「あ、姫井さんだ」


 小動物のように甘えてくる幼女を、カルラは発展途上の胸でぎゅっと抱きしめた。

 向こうが神宮寺の身内なのをいいことに、姫井はたっぷり深呼吸している。


「こんなにも成長してくれて、僕は嬉しいのです!」

「あれ? 背は人並みですけれども……」

「ノンノン! 女性は身長だけじゃないのです! 総合力が求められる時代なのです!」

「総合力? 体重と体脂肪のことかな? なんか恥ずかしい……」

「むっふっふ。恥じらう乙女こそ至高の存在。生中の双丘にチュッチュできるなんて、僕の運勢は宇宙一なのです」

「??? ナマチューのソウキュー???」


 周りの視線を気にした神宮寺が、パートナーのえり首をつかんだ。


「やめろ、ゆり姫。メノウと違って、カルラはまだ子どもなんだ。心を汚して楽しむな」

「はい……すみません……」


 神宮寺がわりと本気で怒っている。

 

「ねえ、お兄ちゃん、ナマチューのソウキューて何なの?」

「他人が触ったら拘置所にぶち込まれるところだな」

「大変! 姫井さんが牢屋に入れられちゃう!」

「おう……前科がないのが不思議なくらいだ……」


 天才妹カルラちゃんは筋金入りのピュアガールだった。


 ……。

 …………。


 これから五人で向かうのは和食料理屋さん。

 カニとかエビが好きなカルラのため、神宮寺が懐石料理のコースを予約したらしい。


 タクシーで移動すること約10分、日本家屋のような建物の前で降ろしてもらう。

 入り口で名前を告げると『七名でご予約の神宮寺様ですね』といわれたのが気になった。


「カルラ! 今日は祝いに来てやったのだ!」


 個室で待ち伏せしていたのはメノウだった。

 いまは婚約者となったクリスティナも一緒である。


「メノウちゃん! 久しぶり! 東京の大学に進学したんだね!」

「カルラも来年、東京の高校に進学すればいいのだ! そうしたら妹のように可愛がってやるのだ!」


 メノウが大宮に住んでいたとき。

 4歳年下のカルラと何回か遊んでおり、関西へ引っ越してからもメール友達を続けていたそうだ。


 カルラにとってメノウは憧れのお姉さんみたいな存在。

 一方、メノウにとっても、大宮時代からの貴重な友だちなのである。


「ほれほれ、今日は盛大に祝うぞ!」

「でも、まだコンテストの結果は出てないから、ちょっと気が早いような……」

「何を弱気なこと言っておるのだ! 最終選考の作品をすべてチェックしたが、カルラの圧倒的優勝は確定なのだ! それに……」

「それに?」

「昨年からあのコンテストには瀬古コンツェルンが協賛しておる! 実は、この私も審査員の一人なのじゃ!」

「えっ⁉︎ メノウちゃんも審査員だったんだ!」


 さすがメノウお嬢様。

 やることが大学生離れしていらっしゃる。


「私からもカルラを強く推しておく! だから大船に乗ったつもりで会場にくるがよい! なに、優勝すべき人間が優勝できるよう、少しばかり場をコントロールするだけなのじゃ!」

「ほぇ……メノウちゃん、本当にお嬢様なんだね……100円アイスを二人で半分こした時代が懐かしいね」

「おっほっほ!」


 若い才能を発掘しよう、という動きが瀬古コンツェルン内にはあるらしい。

 メノウも情報網を張り巡らしており、コンテストに協賛しようというアイディアだって、メノウの頭から出たそうだ。


「カルラにはこれをやる!」

「この紙は?」

「マキャベリー社の内定書なのだ! 来年度からその頭脳をマキャベリーのために役立てるのだ!」

「ええっ⁉︎ 来年度って、私はまだ高校生だよ!」

「才能に対する税金みたいなものなのじゃ。周りより優秀な人間は、どんどん社会の役に立つべきなのじゃ」

「ほぇ……メノウちゃん、考え方が大人だね……」

「うむ、高校生のくせに給料をもらっているなんて、周りの学友に自慢できるぞ。カルラが頑張ったら、私がいくらでもお金を払ってやる」

「うん! 私、メノウちゃんについていく!」


 カルラが瀬古コンツェルンの仲間になった。


 ……。

 …………。


 人数分の懐石料理が運ばれてきた。

 カニ鍋がメインディッシュのやつで、初めて目にする豪勢なお食事に、カルラは目を輝かせている。


「ねえねえ、カルラちゃん、エビのお刺身あげるから、出汁巻(だしまき)タマゴと交換しよう」

「かまいませんが……社長さん、本当にいいのですか?」


 社長とカルラが互いの好物をチェンジしている。


「私って甲殻類がそれほど好きじゃないから。いや、好きといえば好きなんだけれども、私より好きな人が食べるべきかなって」

「はぁ……なるほど……」


 鶏肉とか、卵とか、芋とか、社長は安いものが好きだったりする。

 貧乏育ちとかじゃなくて、味覚が生まれつき庶民的なのだ。


「カニかぁ……カニも食べようと思えば普通に食べられるのだけれども……」

「好きじゃないのですか?」

「いや、好きといえば好きだけれども、控えめな好きだったりする」

「へぇ……珍しいですね」


 というわけでカニ脚二本と里芋二つを交換している。

 なんという貿易赤字……。


「本当に食べちゃっていいのですか?」

「うん、カルラちゃんに食べてもらった方が、カニさんも幸せなんだよ」

「社長さんって考え方が可愛いですね」

「うにゃ? そうかな?」

「お兄ちゃんも似たようなことを言っていました。人として惚れる、みたいなことを」

「ほほう……」


 隣で聞いていた神宮寺が、恥ずかしさのあまりお茶を吹きそうになる。


「おい、カルラ。余計なことは言わなくていい」


 社長は(ほが)らかに笑ってから、もらった里芋に前歯を突き立てていた。

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