024 猫耳さん
ぱしゃり、というシャッター音で目を覚ました。
心地のよい眠りが破られて、ゆっくりと意識が戻ってくる。
ちょうど昼下がり。
穏やかな時間帯。
ここは職場の休憩エリアだ。
サンドイッチを食べてからの出来事を頭の中で再生していく。
神宮寺が軽やかにダッシュしていく。
とても愛くるしい社長の寝顔。
俺も釣られて気持ちよくなって……。
そうだ、社長は?
仕事でミスをしないよう、俺の手でコントロールしなければ……。
ぱりゃり。
またシャッター音が降ってくる。
俺はその正体を確かめるべく目を開けた。
「うわっ……」
驚くのも無理はない。
神宮寺がこちらにスマートフォンを向けて、ニタニタと笑みを浮かべて、俺と社長の寝顔を撮影していたのだ。
「やっほ~、なかなか気持ちよさそうだね」
「なんだ……神宮寺さんでしたか。びっくりさせないでくださいよ」
俺は目をこすりながらいった。
「社長と仲良くお昼寝しちゃってさ。ラブラブの新婚夫婦かよ。思わず寝顔を撮っちゃった」
「うぅ……それは肖像権の侵害なんじゃ……」
テーブルの上には洋菓子の箱が置かれている。
社長が大好きだという銀座の焼きプリン。
目的を達成してくれて何よりだ。
「ふたりの写真、須田ちゃんにも送ってあげるね」
「社長の寝顔だけでいいです。俺の顔はカットしてください」
「じゃあ、会社のファイルサーバにアップしておこうか。みんながアクセスできるように。社長オンリーと、須田ちゃんオンリーと、社長と須田ちゃんのアベック。この三パターンでどうよ」
神宮寺が指を三本立てながらいった。
その顔には悪魔のような笑みが貼り付いている。
「ちょ……さすがにそれは」
「え~、照れちゃうところ?」
「恥ずかしいですよ。常識的に考えて」
「ふむ、今回は見逃してあげるか。いまはホワイトな神宮寺さんだからね」
神宮寺がパーカーのポケットに手を差し込みながらいう。
俺はやれやれと首を振った。
「そうだ。プリンのお代はいくらですか? 交通費も含めて。俺も半分出しますよ」
「いいよ、いいよ。私が先輩なんだし」
「さすがに申し訳ないです。この一件については同罪じゃないですか?」
「あれ~、そういうことを気にしちゃう? 後輩の鑑だね。先輩の顔を見てみたいな〜」
こちらが黙っていれば神宮寺が全額負担しただろう。
優しすぎる性格の持ち主なのだ。
このギャルっぽい先輩は。
俺は財布を取るため立ち上がろうとしたのだが、神宮寺の手により制止させられる。
「次にご飯を食べにいったとき、須田ちゃんが多めに払ってよ。それで相殺しない?」
「以前にもそういって煙に巻かれた記憶があるのですが……」
「そうだっけ? 須田ちゃんの勝手な想像じゃなくて?」
「五回はありますね。こういう記憶力だけは自信がありますから」
「まいったな~」
じゃあ、1,000円でいいよ。
神宮寺はそういって指を一本だけ立てた。
本当なのか?
嘘なのか?
三秒だけ考える。
「わかりました。社長が目覚めたら清算します」
悲しいことに、俺は言い値に従うより他にない。
「いのりのやつ、なかなか目を覚まさないね」
「ですね。そろそろ一時間になります」
「ふむ、ちょっと可愛さをトッピングしてやるか」
「ダメですよ、神宮寺さん。また社長を遊びのおもちゃにするのは」
「まあまあ。須田ちゃんがそういっていられるのも今のうちだから。期待していなよ」
神宮寺が個人ロッカーの方へ消えた。
戻ってきたときその頭には……。
「じゃ~ん! どう? このアイテムはヤバいでしょ」
なんと二つの耳が生えている。
俗にいう猫耳カチューシャというグッズだろう。
秋葉原のディスカウント店で見かけたことはあるが、実際に所有している人を見るのは初めてである。
というか神宮寺さん。
職場に持ち込んでいるって……。
「寝ている社長に猫耳カチューシャを装備させて、写真を残しておこう」
「……」
「あれ? 須田ちゃんは乗り気じゃないの?」
「いや……やりましょう!」
これは千載一遇のチャンスだ。
瀬古いのり。
昼下がり。
仮眠中。
この三つの条件が揃うのは、皆既月食の発生と同じくらいレアな気がする。
というか俺も気になる!
瀬古いのりの猫耳カチューシャ!
「須田ちゃんは動かないでね。私がカチューシャを装着させるから」
「はい」
三角形が二つ。
寝ている社長の頭にふわふわの獣耳がトッピングされる。
控えめにいってすごく似合っている。
当たり前だ。
可愛さと可愛さの足し算なのだから。
お昼寝中の子猫そのものであるし、狙っていない感じが逆にキュートでもある。
いま目を覚ましたら本人はどんな反応をするだろう。
照れ顔か。
はにかんだ笑顔か。
つっけんどんな態度か。
それを実験できないことが心残りである。
上司を遊び道具にするなんて……。
この背徳感は控えめにいって最強だな。
「ふっふっふ。期待を裏切らないところがさすがだね。これは千代田区の宝物だよ」
「いや、日本の宝物です」
神宮寺がすかさずスマートフォンで保存する。
「これをSNSで世界中にばらまいてやるか」
「拡散しちゃうのですか? もったいない……」
「いかなる名画も一般人の目に触れないと感動を与えられないでしょ」
「まあ、一理ありますね。宝の持ち腐れになりますね」
「でしょ! いのり信者を増やしてやるのじゃ~」
神宮寺が慣れた手つきで文字をタイプしていく。
『今日のメニューは”いのり社長の猫耳カチューシャ添え”です。いいねと思った人は拡散よろしく』
送信をタップ。
社長の画像データは電子の海へ送られた。
「こういうのでフォロワーが増えるのですか?」
「増える、増える! 私の知り合いに雑誌の編集部の人間がいるんだけどさ、そいつが自分のフォロワーに布教してくれるのよ」
「その編集部の人もいのり信者だと?」
「そうそう。パンデミックと一緒。あとはどんどん感染者が増えるから。雪だるま式にね。まさにコストが要らない広告さ。他の会社が数百万円とか払っているのを、うちの場合は完全に無料だからね」
なんだよ、神宮寺さん。
ただの天才じゃねえか。
「そろそろ猫耳を外してやるか」
「SNSに気づいたら社長が驚きますかね?」
「いや、喜ぶと思うよ。人目を気にしないタイプでしょ。100%の無邪気みたいな」
「いえてます」
にしても可愛いな。
職場でくうくうと寝息を立てるなんて。
それに感動する俺も立派ないのり信者の一人だろう。
プリティーでキュアキュアな瀬古いのりの
『寝顔 with 猫耳カチューシャ』
は三分間でそのメタモルフォーゼを解除した。




