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021 幼TEC

 幼女ニュース Vol.006



 幼女新聞のコラム


「いま業界で流行している”幼TEC(ようテック)”という言葉をご存知でしょうか? ”幼女”と”IT(information TEChnology)”を組み合わせた造語となります。


 幼女コンサルタントのA氏によりますと、


(1)経営者が幼女である

(2)設立から十二年以内である

(3)幼女向けのITサービスを提供している


 この三条件を満たす日本企業を指すときに使われる用語、とのことです」



 別のコラム


「次のイノベーションは幼TECが起こす?!

 世界に通用する幼TEC企業の秘密に迫ります!!


◆第一章 ~幼女株式会社~

 ユーザーとの距離をゼロに?!

 幼コレが成功した10の理由!


◆第二章 ~カノープス・システムズ~

 幼女の未来は明るい?!

 幼女カメラが世界を席巻!!


 ……。

 …………」



 コラムの続き


「未来顔をシミュレーションできる?!

 幼女カメラの使い方を詳しく解説。

 …………。

 ……。


(中略)


 ……。

 …………。

 幼女カメラは、株式会社カノープス・システムズの商標または登録商標です」



 いま急成長中の幼TECたち。

 先行きが不透明な世界だからこそ、俺たちのように元気な会社が求められている。


        ※        ※


 ちゃらりらり~♪

 とスマートフォンのアラートが鳴った。


 神宮寺の指が伸びてきて、スクリーンをタップする。


「須田ちゃん、十二時になったね」

「もう十二時ですか。けっこう早いですね」

「まだ仕事しちゃう? それともお腹が空いちゃった?」

「それなりに空いていますが……社長と三人でご飯を食べに行きますか?」

「いや、わざわざ外食する必要はないよ」

「出前でも注文するのですか?」

「それも違う」

「?」


 神宮寺が断言するものだから、俺は首を(かし)げざるをえない。


「ご飯の方から勝手に歩いてくる」

「えっ?!」


 パソコンを操作する俺の手が止まった。

 待っていても飯が降ってくるなんて、まるで魔法みたいな話だ。


「ほらね」


 社長だった。

 楽しそうにツインテールを揺らしながら、ゆっくりと俺たちの席に近づいてくる。


 その右手には大きめのバスケット。

 その左手にはチェック柄のタンブラー。

 俺の食欲が何かを嗅ぎつけたらしく、ぎゅるり、とマヌケな音を立てた。


「今日はサンドイッチを持ってきたよ。一緒に食べよ」

「持参ということは、社長がわざわざ家で作ってきたのですか?」

「もちろん。あすかとマサくんが出社してくると思ったからね。ちょっとだけ早起きしたんだ」


 俺の胸がキュンと鳴った。


 知り合いに昼食を手作りしてもらうなんて何年ぶりの経験だろうか。

 しかも相手は母親じゃない。

 尊敬する幼女社長だ。


 ここは本当に職場だよな、休日に出勤してよかった、という不思議な感覚に襲われる。


「社長が振る舞ってくれることを知っていたのですか?」


 俺は照れくささを紛らわすため、隣にいる神宮寺を見つめた。


「いのりのやつ、最近は料理にハマっているから。前の土曜も弁当を持ってきたし。どうせ今日も何かを用意していると思って。社長が手作りしたサンドイッチか。ラッキーだね。私たちのために早起きしたってさ」


 神宮寺が満更(まんざら)でもない様子でいう。


 いいな、と思う。

 社長と神宮寺はもう十五年来の友人だ。

 血のつながりはなくとも肉親のような絆がある。

 そこに俺が割って入るなんて、差し出がましい気さえする。


「ほら、マサくん」

「ほら、須田ちゃん」


 ふたりの優しい声が重なった。


「はい!」


 俺は軽やかな足取りでその背中を追いかける。


「じゃじゃ~ん♪ 今日のサンドイッチはフレンチスタイルです!」


 休憩エリアのテーブルに社長のサンドイッチが並んでいく。


 フランスパン。

 あるいはライ麦パン。

 そこにフレンチ惣菜(そうざい)をサンドしたら、フレンチスタイルになるらしい。


 定番中の定番であるBLT。

 いかにも健康的な蒸し鶏と野菜のサンド。

 高級感あふれるアボカドとロースハムのサンド。


 料理本を参考にしたであろうことは、自信ありそうな社長の表情から推測できる。


 俺と神宮寺は食い入るように見つめた。

 クオリティでいうと、どれもコンビニの商品をはるかに上回っている。


「こっちはハーブティーね」


 社長がタンブラーの中身をコップに注いでいく。

 目の疲れを緩和させてくれそうな、お花畑の匂いが鼻をついてきた。


「いのり、どういう風の吹き回しだよ。食材を前日に買いそろえて、朝から料理したのか。お金も時間もかかるし、えらい気合いの入れようだな」


 神宮寺がハーブティーを口元へ運びながらいった。


「パンは今朝買ってきたんだ。近所のベーカリーでね」

「よくやるぜ」

「いいの、いいの。妥協しない方が楽しいから。これは世界で一つだけのサンドイッチだよ」


 そういう社長の顔は嬉しそう。


「マサくんも食べちゃってよ。量はあるからさ」

「いいのですか?」


 俺はつい遠慮してしまった。

 社長の好意を胃袋に納めるなんて、なんだか申し訳ない気がしたのだ。


「もちろん! 食べるために作ってきたのだから!」


 社長が天使のような笑みを浮かべる。

 嬉しさのあまり胃袋が暴走しそう。


「それじゃ、いただきます」


 アボカドとロースハムのサンドに手を伸ばす。


 美味しいのは食べる前からわかった。

 高級そうなハム、それもお中元用のハムを使っているからだ。


 ひと口ふた口とほおばると、じゅわっと肉の旨味があふれてきて、それがアボカドの果肉と混ざり合い、舌がとろけるような感覚に包まれる。


 これは素材コストを度外視したサンドイッチだ。

 旨いというレベルじゃない。

 絶品である。


「たまりませんな~」


 神宮寺も舌鼓を打つ。

 日本広しといえども、ここまで手間をかけたサンドイッチを振舞うのは、うちの社長くらいだろう。


 それから蒸し鶏と野菜のサンドとBLTもいただいた。

 どちらも文句なしの妙味といえよう。


「いままで食べたサンドイッチの中で一番おいしいです」

「本当?」

「掛け値なしで旨いです。これは優勝でしょう」

「ありがとう。頑張って作ってきた甲斐があったよ」


 社長が頬に手を当てながら喜んだ。


 三人前あったサンドイッチは十五分くらいで胃袋の中へ消えてしまった。

 しかし仕事には戻らない。

 たっぷりと食後の余韻(よいん)にひたるのだ。

 ハーブティーを職場でゆっくり味わえるなんて、この上なく贅沢な時間といえるだろう。


「持つべきものは羽振りがいい社長だね」


 ソースのついた指先を舐めながら、神宮寺がいった。


「ごちそうさまでした」


 俺は胸の前で手を合わせる。


「どういたしまして。お口に合って何よりです」


 そういう社長も楽しそう。


「社長は仕事が忙しいのに、料理の練習をしているのですね」

「うん、こんな体だから自分の健康くらいは自分で管理しようと思ってね。また作ってきてあげるよ」


 いつもの社長より三倍くらい可愛らしく思えてきた。

 食後の血糖値のせいかもしれないが……。


「そうだ! 前から気になっていたアプリがあるんだよね」


 神宮寺がパチンと指を鳴らした。

 差し出されたスマートフォンの上で一つのアプリが起動している。


「これこれ。食わず嫌いで避けてきたけどさ、周りが楽しんでいるのを見ていると、試してみたくなったんだ。さっきダウンロードしてみたよ」


 アプリ名は幼女カメラ。

 配信元はカノープス・システムズだ。

 幼TECの一つに数えられる、いま成長している会社である。


「俺も名前くらいは聞いたことがあります」

「でしょ。いま流行っているよね。幼女の未来顔がわかるやつ。ちょっと遊んでみようよ。須田ちゃんに撮影してもらってさ」

「いいですよ」

「いのりも興味があるよね?」


 神宮寺が水を向けたとき、社長の体が一瞬だけ震えた。


「え、何のこと?」

「だからさ、幼女カメラ。私たちの未来顔を予想してくれるアプリ」

「へぇ~、そんなツールが存在するんだ。すごいねえ。さすが幼TECの一角だね」


 社長は乗り気でない口ぶりだ。

 ずずずっ、とハーブティーをすする音がする。


「どうしたの? 新しい物が好きでしょ?」

「未来顔を予想するなんて、インチキに決まっているよ。興味ない、興味ない、私は興味ないから」

「う~ん、怪しい」


 じい、と下から睨みつける神宮寺。

 社長はかたくなに目を合わせようとしない。


「配信元がカノープス・システムズだから? ライバル心を燃やしているとか?」

「ばかっ! その会社、私たちの直接の敵じゃないというか、私たちとは毛色が違うというか……」

「なら、いいじゃん。……あ、わかった。須田ちゃんがいるから恥ずかしいんでしょ。未来の顔を見られるのが。まったく、乙女なんだから」

「違うもん!」


 社長が両拳を握りしめながら否定する。


「じゃあ、やろうよ。一回だけでいいから」

「それは……」

「ど~せ、そのうち社内で流行るから。みんなの前で(さら)すより、私と須田ちゃんの前で晒した方がいいでしょ。気分的にも楽なはずだし」

「うぅ……」

「問題の先送りは、傷口を広げるだけだって、いつも口を酸っぱくして注意してくるのは誰かな?」

「……それは、私だ」


 社長の口癖を逆手にとって、社長を追い詰める。


 いつも墓穴を掘っているイメージがあるが、神宮寺も弁が立つんだなと、俺はその器用さに舌を巻いた。

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