020 奇跡の一枚
社長のレコーディングが終わってから十五分後のオフィス。
「これをこうして……はい、完成!」
俺はツインテール同盟結成の瞬間に立ち会っていた。
期間は一日。
メンバーは社長と神宮寺のふたり。
ツインテールの素晴らしさをその身で体感する、というのが唯一の活動目的である。
デスクの上に置かれてある社長のポーチを見つめた。
ヘアゴム。
シュシュ。
櫛。
折りたたみ式の鏡。
その他、男の俺には馴染みのないアイテムが多数転がっている。
どれもカラフルで可愛らしいデザインの小物であり、所有者の美的センスが感じられる。
「うげぇ、やっぱり私にツインテールは似合わないよ」
「そんなことはない。ゆるふわ系のツインテールにしたから、普段のあすかより幼く見えるよ」
「幼女がこれ以上若くなったら乳幼児だし……」
「だったら、あすかちゃんだね。よしよし」
「悪ノリするなよ」
鏡の中の神宮寺は渋そうな表情をしている。
無理もない。
いままで避けてきたツインテールだ。
生まれて初めて胃カメラを突っ込まれるような違和感があるだろう。
「どう、かな?」
神宮寺が俺に意見を求めてきた。
「普段より活発そうな印象です。いつもの神宮寺さんはサバサバした雰囲気でしたが、これなら親近感があって男にも女にも好かれると思いますよ。新しい属性が増えましたね」
『幼女』×『ツインテール』なので戦闘力が上がるのは必然といえよう。
「それって喜んでいいの?」
「もちろん。パワーアップしましたから」
「なんか調子が狂うな~」
神宮寺はしきりに髪型を気にしつつも、その表情はどこか楽しそう。
「まあ、一日過ごせば良さに目覚めるよ」
社長が落ち着きのない神宮寺の肩を揉んであげた。
「ねえ、いのりはさ」
「ん?」
「私と違って黒髪だから、帽子とランドセルを装備したら小学校へ行けそうだよね」
「えっ? そういう属性を私に期待するの? 一式を購入しちゃうよ? 小学校デビューしちゃうよ?」
「写真館とかコスプレ問屋へいけば、学校の制服を貸してくれるところもあるでしょ。近場だとココとか」
神宮寺がスマートフォンを操作し、お店のマップを表示する。
「取り扱いアイテムは3,000点。制服あります、ランドセル貸します、だってさ」
「へえ~、レンタルとか写真撮影にも対応しているんだ」
「そうそう。外国人の観光客がたくさん訪れる一大スポットなのよ。SNSにも写真がいっぱい転がっている。幼女コスプレイヤーの聖地なのさ」
「それは見逃せない情報だよね」
「いのり社長、小学生バージョン、みたいな。SNSのネタとしては十分でしょ」
「派手に叩かれそう。教職の人から、けしからん! と怒られるやつだ」
「いえてる!」
神宮寺が腹を抱えて笑った。
どうやら普段の調子が戻ってきたらしい。
「さ~て、私は作業に戻るかな」
「俺も何か手伝えることがあればやります」
「そう? だっから一緒に動画の仕上げをやろうか。私が手を動かすから、須田ちゃんは映像と音声のズレをチェックしてちょうだい」
「はい」
神宮寺が音声ファイルの修正を始める。
ボリュームの調整。
ノイズの削除。
始点キーフレームと終点キーフレームの指定。
神宮寺はサクサクと手を動かしていく。
いちおう俺がチェックするわけだが、初めての作業なのでまともに口を挟めるわけもなく……。
「かなり手慣れていますね」
「学生時代に知り合いとゲーム実況をやっていたから。え〜と、私が配信するんじゃなくて、アルバイトとして雇われていた感じかな。あの時のスキルが社会人になってから役立つとは思わなかったよ」
仕事を手伝うつもりが、神宮寺にやり方を教えてもらう勉強会になった。
「とりあえず完了っと」
映像と音声がマッチする。
しかし大切な作業がもう一つある、と神宮寺はいう。
「このまま投稿してもいいんだけれど、今回はこの動画に字幕をつけるよ」
動画投稿サイトにある『字幕の管理』というページを開いた。
「まずは日本語。この作業がまあまあ面倒くさい。20分くらいの動画に字幕をつけている人がいるけれど、かなりの重労働だったろうね」
操作そのものはシンプルだ。
テキスト。
始点。
終点。
その三つをつらつらと入力していく。
「これが終わったら英語。幼コレはグローバル版をリリースしているから、英語圏のユーザもそれなりに存在する」
「神宮寺さんは社内で一番英語が上手いですよね。かなり勉強したのですか?」
「いや、気づいたら習得していた」
「……」
ただの天才かよ。
俺は内心でツッコミを入れる。
「英語が終わったら、次は中国語」
「ええっ?! 神宮寺さんは中国語にも対応しているのですか? というか中国に幼コレのユーザーが存在するのですか?」
「日本の幼女文化を甘くみない方がいい。これは世界最先端。ジャパン・アズ・ナンバーワン。いわば日本のお家芸なのさ。中国人も幼女が好きだよ。例えば……」
神宮寺はスマートフォンからSNSを立ち上げる。
「俺が見慣れないアプリです」
「中国には検閲システムが敷かれているからね。アメリカ産のSNSは制約を受けるのさ」
俺も存在くらいは知っている。
金盾。
あるいはグレート・ファイアウォールと呼ばれるアクセス制限のことだ。
「中国でビジネスをしている日本企業とか有名人がいるでしょ。あの人たちは中国産のSNSをつかっている」
「うちの会社もアカウントを開設していると?」
「そうそう」
神宮寺が画面をスライドさせながら説明を続ける。
「元々はアメリカ産のSNSだけを使っていたんだけれど、中には熱心な中国人もいて『いのり社長の投稿を中国からも見たいです』というリクエストがきたんだ。いまでは勝手にウチの会社の宣伝をしてくれている人たちだよ」
「フォロワー数もけっこう多いですね」
「日本の大人気タレントだと100万人を超えてくるかな。ウチはまだ数万人。そしてフォロワー数を急増させたのがこの写真。『奇跡の一枚』と私は勝手に呼んでいる」
神宮寺がピックアップしたのは社長のチャイナドレス姿であった。
背景はどこかの古寺だろう。
風雨でボロボロになった欄干と、大きな松の木が映っている。
深いスリットからのぞく白い脚。
あざとい感じさえする無垢な微笑み。
耳の後ろには白バラの花飾りが咲いており、佳人薄命というイメージを醸し出している。
瀬古いのり。
美しいドレス姿。
タイムスリップしたような古寺。
俺は思わず二度見……どころか七度見くらいしてしまった。
ビジネスシーンの社長も十分すぎる愛嬌があるとはいえ、チャイナ服のそれは化け物じみた可愛さがあるのだ。
「東京の千代田区で一番カワイイ社長、という売り出し方をしている。さすがに日本一だと炎上しそうだからね」
「いや、これは日本最強でもバチが当たらないレベルだと思います。清楚系の王道をいっていますし」
「社長が聞いたら喜ぶよ。あとで画像を送ってあげる。仕事で失敗したときに三分くらい眺めると元気になれるから」
「ありがとうございます!」
奇跡の一枚というだけあって、ユーザーの反応も良好だ。
『INORI公主殿下!』
『超可愛(・∀・)』
『好愛了~ kawaii』
いのり様、超カワイイ、といったニュアンスだろうか。
言葉は分からずともリスペクト精神は伝わってくる。
容姿だけで海外進出できるなんて……。
誇らしさのあまり口元か緩んだ。
「カワイイは国境を越えるというから。そして悪い気はしない。うちの社長が人気者というのは。自慢の身内みたいな感じがして」
「ちょっと鼻が高いです。俺が喜ぶのも変な話かもしれませんが」
「日本に興味がある若者は少なくないよ。例えばこのコメント」
神宮寺がひとつの書き込みをピックアップした。
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私は学生です。
いま日本語を勉強しています。
受験が終わったらアニメの聖地、飛騨を旅します。
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シンプルな日本語でそのように書き残している。
「岐阜の飛騨だってさ。中国の若者からすると大冒険だよね。須田ちゃんがひとりで四川省まで飛んで、三国志の聖地巡りをするようなものだよ」
「げぇ、迷子になりそうです。神宮寺さんが一緒じゃないと自信がないですね」
「私も須田ちゃんひとりを中国へ出張させるのは反対かな」
まだ青二才と思われているのやら、あるいは真剣に心配してくれているのやら。
すっかり機嫌をよくした神宮寺は、
「前から思っていたけれど、須田ちゃんと社長は相性ピッタリだよね。自然と波長が合うみたいな。さっさと恋人のポジションをキープした方がいいんじゃないの? あれは将来、すごい美人になるよ。贔屓目とかじゃなくてさ。それに内面だって90%は女の子に仕上がっているでしょ? たまにドジなところも可愛いしね。社長を他の男に取られちゃったら悔やんでも悔やみきれないと思うんだけどな〜。どうかな〜」
恥ずかしげもなく軽口を叩いて、俺を大赤面させてきた。




