002 幼女たちの国
幼女ニュース Vol.001
とある大物の政治家がカメラの前に立った。
業界のドンといわれて恐れられた強面の男。
だったのだが、いまは完全なる幼女体型になっている。
「我々は総理に反旗を翻すことを決意しました。これからは『幼女の幼女による幼女のための政治』にまい進して参ります。つきましては国民の皆様のご理解とご支援をたまわりますようお願い申しあげます」
かん高い声でマイクに向かって叫んでいる。
周りにいる記者たちが一斉にストロボ撮影し、パシャパシャというシャッター音がマシンガンのように響いた。
どうやら与党と野党を巻き込んだ政治の動きがあるらしい。
政党の再編は避けられないようだ。
とある政治評論家はいう。
年齢は62歳のはずなのだが、見た目はランドセルが似合いそうな幼女である。
「いまや有権者の四割は幼女ですからね。政治の改革が起こるのは必然でしょう」
とある経済評論家にカメラが切り替わる。
こちらも中身はおっさんなのだが、着ているのは幼女サイズのレディーススーツだ。
「これからは幼女人材の活用こそが日本経済の存続には欠かせません」
まさに幼女の嵐。
いまこの国は変革を迎えようとしている。
※ ※
俺の名前は須田正臣。
IT企業に勤めている23歳。
いまや貴重な存在となってしまった成人男性だ。
朝からほぼ満員の通勤電車に揺られている。
視界を埋め尽くしているのは幼女、幼女、OL、幼女、OL……そして幼女。
とにかく女性率が半端ない。
そして大人の男は肩身が狭かったりする。
「はぁ~」
幼女が幅を利かす社会というのは複雑だ。
可愛らしい外見をしているくせに、その中身はおっさんだから。
とある幼女は恥ずかしげもなく股を開いている。
白いショーツが丸見えであり、視線のやり場に困ってしまう。
別の幼女はスポーツ新聞を広げている。
イライラした表情から察するに虎党のようだ。
昨日は七点のリードをひっくり返されたから腸が煮えくり返っているだろう。
そして俺の横にいる幼女はタブレット端末を操作している。
会議用の資料でもつくっているのだろうか?
仕事モードの目つきがクールである。
早いものであの幼女化からもう一年が経つ。
金融ショック。
第三次の世界大戦。
先進国における財政破綻。
いずれかが99.8%の確率で365日以内に発生すると予想された。
結果はすべて外れ。
人々がパニックに陥ったのは最初の一週間くらいで、幼女化による直接の死傷者がなかったこともあり、すぐに社会インフラは復旧したのだ。
今日も電車は定時運行している。
たくさんのサラリーマンを職場へいざなうために。
それが日本の現状といえば、この国がいかに平和なのか、俺がどんな状況に置かれているのか、ある程度までは伝わるだろう。
電車がブレーキを踏んだとき、幼女の肘がぶつかってきた。
「おっと、失礼」
素っ気ない口調で謝られる。
「いえ……」
見た目は幼女。
なのに態度はサラリーマン的。
このギャップには一年経ったいまでも戸惑うことがある。
どうしたものかね、この世界は。
ほとんどの成年男性が幼女になってしまったが、元の体に戻る方法は分からずじまいである。
俺は選ばれしラッキー(?)な人間だ。
幼女化しなかった『12%』だから。
詳しいことは現在も研究中なのだが、遺伝子レベルでウィルスに対する抗体を持っていたらしい。
ハーレムなんじゃね?
なんてバラ色の話にはならなかった。
とにかく男は肩身が狭いのである。
幼女専用車両、幼女専用トイレ、幼女専用タクシーがすぐに登場した。
もはや日本社会は幼女ファースト。
さらには『幼女の日』を制定しようという動きもあり、法案が国会へ提出されたとか、提出されなかったとか。
電車のアナウンスが俺の意識を現実へと引き戻す。
『……次は神田、神田、お出口は左側です。東京メトロはお乗り換えです。……』
幼女の軍団に揉まれながらホームに降り立った。
これも毎日の光景なのだが、うっかり誰かの足を踏もうものなら大変なことになる。
『指の骨が折れたらどうしてくれるんだ! こちとら体のつくりが軟弱なんだよ!』
といって凄まれるか、
『びえぇん! 足が痛いよぅ! この人が踏んできたよぅ! 指の骨が折れちゃったかもしれないよぅ!』
といって号泣されるだろう。
気持ちだけは遊園地の怖いアトラクションと一緒なのだ。
『いまや有権者の四割は幼女ですからね』
とある政治評論家の声が悪夢のように頭をもたげた。
まあ、男性なんて有権者の一割もいない……。
『幼女の幼女による幼女のための政治』
次はとある政治家の顔が浮かんでくる。
わかる……それを連呼したら得票率は爆上げだろう。
この世はでっかい多数決。
つまり男が圧倒的に生きにくいのである。
「ん?」
駅前にちょっとした人だかりがあったので俺は足を止めた。
何かと思えば政治家の演説で盛り上がっている。
そのタスキにはピンク色の文字で『幼女の党』とプリントされていた。
連日のようにニュースで取り上げられる政党名だ。
結成から半年にもかかわらず、圧倒的な人気を誇っているらしい。
しかし注目すべきは熱狂している幼女、幼女、幼女の支持者たちの方であろう。
いまや政治は一種のブームとなり、エンターテインメントの様相さえある。
「単独過半数だ!」
「いやいや、議席の三分の二だ!」
「憲法の改正を急ぐべし!」
「幼女の党バンザイ!」
これはいわば闇の部分。
過激派といわれる幼女たち。
「朝からよくやるぜ……」
ほとんどの幼女は穏健な存在である。
むしろ俺が勤めている会社には優しい幼女しかいない。
その最右翼はなんといっても社長である。
まるで天使のような、いつも笑顔が輝いている、それでいて頼りになる幼女社長。
俺がこの人を支えないと。
そう考えていた時期もあったが、けっきょくは助けられることが多い。
都会という砂漠に咲いた一輪の花。
ちょっと気障な表現になるが、俺の心を癒やしてくれる存在なのだ。
「さっさと内閣は解散すべし!」
「国のリーダーが男なのは解せん!」
うわ、怖い怖い……。
もはやカルトじゃないか……。
俺は逃げるようにして会社への道を急いだ。
過激派の幼女たち。
女神のような幼女社長。
同じ幼女なのにここまで違うとは……。