019 幼女クイズ
好敵手。
そのように書いてライバルと読む。
ちょっと青臭い表現になるが、社長と神宮寺は紛うことなき好敵手だ。
社長には『人の上に立つ才能』がある。
神宮寺には『人の上に立つ才能』だけが欠けている。
この二人がフィールドを変えて対決したとき、勝つのは社長なのか、それとも神宮寺なのか、興味がないといったら嘘になる。
「くっくっく……今日こそいのりの足元をすくってやるのじゃ〜」
「やる気が満々ですね」
「もちろん!」
俺たちはさっそく台本の書き換えに取りかかった。
神宮寺が考えている段取りはこうである。
(1)台本にエロっちい表現をいくつか盛り込む。
(2)本番のレコーディングと偽って社長に読み上げさせる。
(3)恥ずかしさのあまりキョドる社長。
(4)ドッキリ大成功!
小学生のイタズラ。
あるいはバラエティ番組のボツ企画みたいだ。
乗り気じゃない俺をよそに、神宮寺の筆はスラスラと進んでいく。
「神宮寺さん、さすがに考え直した方がよくないですか? 相手はあの社長ですよ。俺たちが用意した罠をあっさりと見破る気がします」
それとなく中止を持ちかけてみた。
「なるほど。相手はあの瀬古いのりだ。他人の悪意に対してイヌのような嗅覚を発揮する」
神宮寺が前髪をかき上げる。
「やめますか?」
「いや、やる。挑戦しないことが、100%失敗する方法というでしょ」
「神宮寺さん、それは格言の使い方を間違っています」
「いいの、いいの。やらずに後悔するより、やって反省しろというしね」
「それはそうですが……」
流れるようにタイピングしていた神宮寺の指が止まる。
ぱん、と。
力強くエンターキーを叩いた。
「できた」
「早いですね。読ませてもらってもいいですか?」
「うん、何か意見があったら教えてよ」
「どれどれ」
俺は台本に目を通してみた。
前半パートについては、どこにも不自然な点がない。
一言一句たりとも手を加えなかったようだ。
そして後半パート。
神宮寺がトラップを仕掛けてくる。
あの社長を倒すために、恥もプライドもかなぐり捨てて。
『突然ですが、ここで幼女クイズです!
題して、イノリからの挑戦状!
一生懸命に考えてきた問題だから、真剣に回答してくれると嬉しいです』
おっ!?
これは面白そうなダミー企画だ。
俺はクイズの答えを予想しながら読み進めていく。
『それじゃ、いくね。
次の地名のうち、実際に存在するものはどれでしょうか?
(1)エロマンガ島
(2)キンタマーニ村
(3)パンティ山
(4)ボイン川
(5)チンポー湖
いやいや、下ネタじゃないんで。
放送禁止じゃないんで。
ガチですから!
とりあえず考える時間は10秒ね。
チクタクチクタクチクタク……。
ピッピィッ!
シンキングタイム終了!
みんな分かったかな?
幼女ファンなら余裕かな?
それじゃ、答えを発表します!
どぅるるるるる~♪
なんと(1)から(5)はすべて実在します!
え? 知ってた?
う~む、一発で分かった人はプロですな。
どれも一度は訪れてみたい土地だよね。
いや~、この地球は広い!
ということで幼女クイズでした!』
うわ、下衆っぽい!
あと悪意よりも遊び心が先行している。
そもそも『答えは全部です!』は反則まがいのグレーゾーンだろう。
重箱の隅をつつくようで申し訳ないが、『幼女クイズ』といいつつ『幼女』らしさが感じられないのも欠点といえる。
これを社長に読み上げさせる気なのか?
さすが神宮寺さんというべきか、いくら何でも無謀というべきか。
突き抜けていて、いっそ清々しい。
あと地名はすべてノンフィクションというのが衝撃だ。
(1)エロマンガ島
(2)キンタマーニ村
(3)パンティ山
(4)ボイン川
(5)チンポー湖
俺が知っているのは(1)くらいで、あとの四つは初耳だ。
特に(5)チンポー湖はインパクトが絶大といえよう。
「面白いクイズでしょ」
「即興で考えたにしては、よく出来ていると思います。これだと放送禁止にならないレベルですね」
「ふっふっふ。プロのアナウンサーでも噛まずに読み上げるのは難しい内容なのさ。あとは社長にこれをアテレコさせて、理性を保てなくしてやる」
「かなりリスキーな作戦ですけれど、成功しますかね?」
「もちろん。先輩を信じなさい」
神宮寺の指が『印刷する』のボタンをクリックする。
どうやら引き返すつもりは毛頭ないらしい。
「台本は須田ちゃんの手から渡してくれないかな? そっちの方が社長に怪しまれないと思うんだ。私とは前科の数が違うからね」
「前科って……まあ、いいですが」
俺はステープラーで紙の右辺を固定した。
こちらの害意を知らない社長は、さっきから黙々と資料をつくっている。
その手が止まったタイミングで声をかけた。
「社長、いまお時間をいただいてもよろしいですか?」
「ああ、マサくんにあすかか。二人揃ってどうしたんだい?」
「神宮寺さんがつくった動画のアテレコをお願いしたいのです。これがその台本となります。動画の尺は四分くらいです」
「へえ~、すごいね。そこまで用意したんだ」
「幼コレのプロモーションも兼ねていますから。ぜひ社長の音声でお願いしたいのです」
「いいよ」
社長が台本を受けとりながら席を立つ。
「レコーディングはどこでやるの?」
「雑音が入らないよう、会議室でセッティングしています」
「よし、すぐにトライしてみよう」
あっさりと罠に掛かってくれて、肩透かしを食らった気分になる。
「ここまでは順調だね」
神宮寺が小声でいう。
その眼に揺らいでいるのは100%の下心。
「須田ちゃんの任務はここまでだ。マイクとかの操作は私がやるから。あとは社長の顔から火が出るのを心待ちにしていなさい」
「引き返すのなら今のうちですよ。渡す台本を間違えた、という言い訳がききますから」
「社長のことを心配する気持ちは分かる。うん、分かるよ」
どちらかというと神宮寺のことを心配しているのだが……。
「でもさ、社長が赤面するところを見たいでしょ。『いやん、こんなセリフ、恥ずかしくて言えない』みたいな。乙女の恥じらいってやつをさ」
「それは立派なセクハラなんじゃ……」
「問題ない。それをいったら、社長が一番のセクハラ加害者だから。だから部下からセクハラされても文句はいえないのさ」
「あ~、なるほど。神宮寺さんが言っていること、すごく筋が通っている気がしてきました。まさに正論ですね」
「そう、これは正当な逆襲なのだよ」
会議室にはすでに機材がセッティングしてある。
パソコンが一台。
モニターが二台。
あとは外付けのマイクが一台。
社長と神宮寺が並ぶように立ち、俺は邪魔にならないよう入り口のところで待機している。
「いのり、音声と動作がズレても平気だから。私が編集で修正するよ」
「りょ~かい」
マイクのスイッチがONになった。
神宮寺が指で合図をして、社長のレコーディングがスタートする。
『やっほ~。幼女チャンネルの時間だよ~。今日は日本の東京からお届けするぜぃ!』
お、なかなか上手だ。
もちろんプロの声優には劣るけれど、ちゃんとアニメ声になっているし、素人らしい良さがある。
まずはイノリのプロフィール紹介。
身長と体重。
好きな食べ物。
嫌いな食べ物。
社長はここまで一回も噛んでいない。
神宮寺が手でOKのサインをつくる。
その先に待ち受けているのは地雷原の『幼女クイズ』なのだが……。
『それじゃ、いくね。
次の地名のうち、実際に存在するものはどれでしょうか?
(1)エロマンガ島
(2)キンタマーニ村
(3)パンティ山
(4)ボイン川
(5)チンポー湖
いやいや、下ネタじゃないんで……』
社長は危険な橋をあっさりとスルーしてしまう。
さも無邪気そうな顔をして。
一回もミスすることなく。
動揺する、という言葉を知らないのだろうか?
ちょっと、神宮寺さん!
俺は口の動きでそう伝えた。
話が違いますよ、と。
やばい!
神宮寺の顔にはそう書いてある。
しかし今さら社長をストップさせるわけにはいかない。
『以上、幼女チャンネルでした~。またね~。バイバイ!』
マイクのスイッチがOFFになる。
一通りの録音が終わり、社長がふうっと息を吐いた。
「意外としゃべれるものだね。もしかして及第点だったりするのかな」
社長はすごく嬉しそう。
「あの~、非常に申し上げにくいのですが~」
一方の神宮寺は魂が抜け落ちそうな顔をしている。
まさかのドッキリ大失敗。
一周回って新しい。
「いのりに渡す台本、間違えちゃった……」
「そうなの?」
「クイズのところ、ちょっとふざけちゃって。遊びで考えたんだけれど、本番用のは別にあるから……」
「十分に面白いよ。これで動画をアップしたらダメなの?」
「やめて! 社長の下ネタが世界中に流れちゃう!」
「それも芸風だよ。私はいいと思うけどな」
「でも、カリスマ幼女のイメージがあるでしょ!」
「それは勝手な幻想。私だって冗談の一つや二つくらい口にするし」
「これは汚いジョークだって!」
「別にいいじゃん」
神宮寺はぶんぶんと首を振った。
「やっぱりダメ! 私の方が恥ずかしい! きっと社員のみんなから軽蔑されちゃう!」
社長がその肩をポンを叩く。
「わかったよ。もう一回レコーディングしようか」
「チャンスをくれるの?」
「ただし条件がある」
「?」
「あすかは今日一日ツインテールで過ごすこと。私と二人でツインテール同盟だよ」
「えぇ……」
一瞬だけ安心した神宮寺は、ツインテールという単語を耳にした途端、露骨に恥ずかしそうな顔をした。
「いやぁ……それは……」
俺と社長の視線がぶつかる。
社長が、こくり、と頷いてきた。
これは『私に加勢しろ』という催促だろう。
「マサくんもあすかのツインテール姿を見てみたいでしょ」
「ええ、とっても似合うと思いますし、俺も神宮寺さんのツインテールが気になります」
「須田ちゃんの裏切り者!」
だから中止を持ちかけたのに。
神宮寺には申し訳ないが、社長を倒すのは十年くらい早い気がする。




