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018 ヤンデレ目

 先輩の名前は神宮寺あすか。

 ニーソックスが魅力のギャル幼女。

『VTuberイノリ』の基礎(ベース)をたった三日で完成させたスーパーエンジニアだ。


 あえて欠点を挙げるとすれば、調子に乗りすぎるあまり、墓穴を掘るシーンが目立つことか。


「ねえ、あすか……」


 俺たちは言葉を失った。


「これは一体どういうことかな?」


 死んだ魚のような目。

 あるいはヤンデレ目をした社長から問い詰められる。


 控えめにいってメチャクチャ怖い。

 30秒前までノリノリだった神宮寺の顔から、一切の血の気が失せてしまうくらいには。


「ごめんなしゃい、ごめんなしゃい、ごめんなしゃい……」


 神宮寺が震える声で謝罪を連発した。


「毎日遅くまで仕事をしているな、とは思っていたけれど、まさか私の3Dアバターをつくって、欲望のはけ口にしていたとはね。そうか、普段からそんな目で私を見ていたんだ。……でもそれって才能の無駄遣いだよね? でもそれって一種の自慰行為だよね?」


 社長が容赦のない言葉責めを浴びせる。


「いやいや……けっして下着を三種類つくったとか、スカートの中身をのぞけるとか、エロっちい仕様はありませんから!」

「ふ~ん、随分と手が込んでいるんだね」

「ぐはぁ!」


 見守るべきか、助けるべきか、俺は迷っていた。


 このままだと神宮寺が可哀想だ。

 会社のため、社長のためを考えて、今日まで作業をしてきたのだから。


 しかし、である。

 社長ともあろう人物が、そんな神宮寺の気持ちを見抜けないはずはない。

 その一点が俺の行動にブレーキをかけた。


「サーバーメンテナンスのために残業していたんじゃなかったの?」

「え~と、それは30分くらいで終わりまして、あとは3Dアバターの開発を……」

「嘘の申告だったのか。自由すぎるにも程がある。さすがに罰が必要だよね」

「ひぇ!」


 社長の手が伸びてきて、神宮寺の頬っぺたに触れた。

 手痛いビンタを食らわすためではない。

 逃げられないよう固定するためだ。


「じゃあ、私はあすかを欲望のはけ口にしちゃおうかな」


 サクランボのような社長の唇。

 それが怯えきった神宮寺の頬っぺたを襲う。

 威圧するだけ威圧しておいて、そこから一転、まさかの愛情表現なのである。


 ほっぺチュー。

 俺の体温がかあっと上がった。

 実際にキスをされた神宮寺ならば、平常心を保っていられないだろう。


「あすかのことだから、数日は家に帰っていないよね?」

「……うん」

「気持ちは嬉しいけれど、あんまり無理はするな。健康が第一。これは社長命令だから」


 社長はそれだけを言い残すと立ち去っていった。

 軽やかにツインテールを揺らしながら。


「……」


 俺は横目で神宮寺の顔色をうかがった。

 もちろん真っ赤だ。

 (ほう)けたようにキスの跡を押さえており、見ているこっちが恥ずかしくなる。


「ねえ、須田ちゃん」

「はい、何でしょうか?」

「さっき、社長が私の頬っぺたにキスをしたよね?」

「ええ、そうです」

「本当の本当に?」

「俺の知識を総動員すると、あれは100%キスです」


 たっぷりと10を数えるだけの沈黙が降ってくる。

 すると神宮寺が顔面を手でおおった。


「やばいよ、やばいよ、やばいよ……天然の人たらしなのは知っていたけどさ、不意打ちでほっぺチューするとか何者だよ。絶対に前よりパワーアップしている。ただでさえ私の好感度ゲージが96%くらいなのに、限界突破させてキュン死させる気かよ!」


 ぶんぶんと首を振る動きに合わせてゆるくウェーブした茶髪が揺れている。


「ちょっと、神宮寺さん?」

「ぐはぁ! 幸せホルモンが体内で暴れている。なんか呼吸が乱れてきた。息が……! 息がおかしい……!」

「落ち着きましょうよ!」

「もう無理。苦しい。心臓が破れそう。人は幸せで死ねるんだね。愛ゆえに死ぬよ。さらばなのじゃ~。これは殉職なのじゃ〜」

「戻ってきてください!」

「……天国の階段が見えてきた」


 崩れ落ちそうになった神宮寺の体を受け止めた。

 おとぎ話に出てくる王子様がするように。


「須田ちゃん、私のお願いを聞いてくれ。この体をハグしてほしいんだ」

「えっ?! ちょ?! 何のために?」

「幸せホルモンを須田ちゃんの体に移植する。私が生き延びる方法は、もうそれしか残されていない。一緒に喜びを消化してくれ」


 そんな非科学的な方法が存在するとは思えない。

 しかし神宮寺が虫の息であるのも事実だ。


 これも上司命令。

 そう思ってか細い体をぎゅっと抱きしめた。


 子犬のように頼りない手足がピクピクと痙攣(けいれん)している。

 軽いショック状態にある証だ。


 力を込めすぎると壊れてしまいそうな腰回り。

 雲の上の存在だった神宮寺が、いつもより小さく感じられる。


 これが社長のキスの威力か?

 というか幼女相手にここまで効くのか?

 もはや反則レベルの技だし、男性がターゲットなら一撃で理性をぶっ飛ばしちゃいそうだ。


 瀬古いのり。

 恐るべし。

 

「……効果ありますかね?」

「もちろん」

「……そろそろ解放した方がいいですか?」

「須田ちゃんだって嬉しいくせに。たま~に私のニーソックスを凝視しているでしょ」

「変なことは言わないでください! 男なら誰だってミニスカとニーソの間は見ちゃいますよ!」

「だよね~。私も鏡の前を通るたびに、自分のミニスカとニーソの間が気になるよ。残念ながら、肝心の社長には効果がないのだけれども」

「まったく、あなたって人は、なんて罰当たりな……」


 本日で二度目のボディタッチ。

 あの石鹸(せっけん)の香りがする。


 普段は意識しないようにしているが、神宮寺だって社長に負けないくらいの美幼女なのだ。

 均整のとれた顔つき。

 健康そうな肌の色。

 肉感のある手足。 


 社長は静とか柔。

 神宮寺は動とか剛。

 そういうベクトルの違いが目立つ。


「ぷはっ、助かった!」


 蘇生した神宮寺が大きく息を吸った。


「ありがとね。危うく命を落とすところだったよ」

「復活できて何よりです」

「やってくれたな、いのり。新しい手を生み出しやがって。怒ると見せかけてからのほっぺチューは危険だな。くそ、私としたことが油断した」

「なんか因縁のライバル関係みたいですね」

「まあね。お互いに高め合う存在なんだよ。とはいっても、私の方が圧倒的に劣勢かな」


 俺は思わず苦笑いする。

 劣勢と分かっていて勝負を挑むなんて。

 微笑ましいというか、ポジティブというか、なんだか応援したくなる。


「声の録音、社長にお願いしますか?」

「そうだ、忘れてた! でも頼みにくい空気だな」

「俺も一緒に頼んでみますから」

「え、いいの? 協力してくれるの?」

「スカートの中身の件、俺にも責任がありますので」

「須田ちゃん、いい男になったね。私が手塩にかけて育てた甲斐があったよ。よし、ならば次の作戦に移ろうじゃないか」

「作戦ですか?」

「いのりに台本を渡すでしょ。その中にエロっちいセリフを何個か入れて、どぎまぎする様子を楽しむのさ。くっくっく。神宮寺さんをキュン死させようとした仕返しなのじゃ~」


 神宮寺がデスクに手をのせて、猫のような仕草で伸びをした。


 また墓穴を掘りますよ。

 俺は心の中で声にならない忠告をする。

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