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017 3Dアバター

 神宮寺が立ち上げたのは3D動画の編集ソフトであった。


 すでに保存されている動画が一本。

 クリックすると再生がスタートし、会議室のような空間が映し出された。


『マイク、テス、テス、テス……。あ、もう放送が始まった』


 俺は、うお、と声を発した。


 画面の中で動いているのは瀬古いのりだ。

 より正確には、社長をイメージしてつくった3Dアバターである。


 ベージュ色のスーツ姿。

 トレードマークとなっているツインテール。

 イアリングのような小物まで忠実に再現されており、肌や髪にもなかなかの質感がある。


 この3Dアバターは歩いたり、手を振ったり、表情を変えたりできるらしい。

 単なる趣味レベルではない。

 もはや商業として十分通用するクオリティー。


『やっほ~。幼女チャンネルの時間だよ~。今日は日本の東京からお届けするぜぃ!』


 アバターの社長が3D空間の中ではしゃいでいる。

 本物よりかは一段だけ声のトーンが高い。

 俗にいうアニメ声になっている。


「これは社長の声を録音したのですか?」

「いいや、実は私の声をつかっている。機械で加工して社長に似せたんだ。まだ本人には秘密だからね」

「すごいです」

「でしょ。知り合いに手伝ってもらったんだけどさ、全部つくるのに三日くらいかかったよ」


 特注品のアバターかと思うと、俺のテンションも上がってくる。


『記念すべき第一回目の企画は……どぅるるるるる~♪』


 ドラムロールの音が流れてくる。

 なかなか芸が細かいといえるだろう。


『じゃじゃん! 自己紹介です! いや、待って待って。お前のプロフィールとか興味ねえよ、といわずに観ていってください。むしろ私が気になる』


 神宮寺のしゃべりも上手いな。

 俺はそんなことを考えつつ画面のテロップを眺めた。


『え~と、公式の情報によりますと……名前はイノリ(INORI)。カタカナかローマ字の表記なんだね。身長は123cm。体重は17kg。うわっ、軽っ! 自分の体重なのに自分が驚いちゃった! 誰だよ、設定したやつ……。あ、ちなみに現実世界のいのりとは別人というか、思念体がインストールされた存在なので、そこはご承知おきください。リアルの身長も123cmではありません!』


 画面の中のイノリがぺこりと頭を下げる。


『続きまして好きな食べ物! なんとゴーヤ! なんで私の好きな食べ物がわかった。や、やべえ、イギリスのMI6(諜報機関)からマークされているのか。きっと内通者がいるぜ……』


 イノリの顔に汗玉が浮かんでいる。

 神宮寺いわく、16パターンの表情を実装済みとのこと。


『そして嫌いな食べ物! え~と、豆類全般。あ、これ、内通者は確定だ。誰だ、私を売ったヤツ。だいたいの目星はついたし、容疑者は七人まで絞られたね。特に怪しいのはSかS……て、どっちもイニシャルSか。あっはっは!』


 笑いのアクションは三段階あるらしい。

 いま爆笑しているのは『笑い(大)』であり、顔文字でよく見かける『(≧∇≦)』の表情をしている。


『う~ん、豆類。困るよね、豆類。世の中にはさ、豆料理専門みたいなのは皆無に近いわけ。つまり、どこのお店へ行こうがヤツと出くわすリスクがあるのよね~』


 イノリが腕組みをしながら解説した。

 ちゃんとツインテールの揺れまで再現されており、製作者のこだわりが感じられる。


『だから注文するときに、豆は抜いてください、とお願いするの。これはインドカレーを食べに行った時の話なんだけどさ、ちょっと失敗談があってね。いま考えるとお店に申し訳ないことをしちゃったかな~』


 インドカレー。

 俺はつい思い出し笑いをしてしまう。


『日替わりカレーください、豆抜きでお願いします、と注文したんだ。そしたらその日の日替わりが豆カレーなわけ。キッチンの隅っこで、インド人の店員さんが、一生懸命になって豆をのけてくれているの。やっちまったね。豆抜き豆カレーの誕生さ。それでも美味しいのがインドカレーの偉大なところなんだけれど。……ねえ、最初にいってくれたら良かったのにね? なんか私が加害者みたいだよね? まあ、確認しなかった私にも落ち度はあったんだけどさ……』


 イノリの瞳から一切の光が消える。

 これはヤンデレ目というやつだろう。

 ちょっと怖いけれど、逆にそこが可愛くもある。


『なんかさ~、もうさ~、あの瞬間はマジでこの世の(カルマ)を感じたぜぃ!』


 ジャンプしながら拳を突き上げるイノリ。

 このテンションの高さは本物といえる。


「あ~、社長はそういうセリフが好きそうですよね」


 俺は思わず失笑した。


「でしょ~。この世のカルマ! 中学生かよ! 意味が分かりそうで分からない!」


 神宮寺が楽しそうに手を打つ。


「神宮寺さん、ひとつ訊いてもいいですか?」

「んん? なんだい?」

「スカートの中身は、秘密の花園になっていると思いますが、もしかして再現されているのですか?」

「ふっふっふ」


 神宮寺が勝ち誇ったように笑う。

 何よりも雄弁な答えといってもいいだろう。


「とあるアングルから、とあるアクションをしたときだけ、スカートの中がチラリと見えるようになっている」

「おお! さすがです、神宮寺さん!」

「ちなみに実装されている下着は三種類。いまは白パンティを着用しているね」


 神宮寺はコントローラーを取り出した。

 家庭用ゲーム機のように十字スティックと多数のボタンがついているやつである。


「この画面から3Dアバターを操作してだね……カメラの位置をこうして……社長をここに立たせると……」

「すごい背徳感がありますね!」

「それそれ! いまはブラック神宮寺さんなのよ。社長のピュアなボディを、私の欲望のはけ口にしてやるぜぃ!」


 画面を食い入るように見つめる俺たち。

 目の前のことだけに集中しており、とても無防備な状態だったと思う。

 同僚の誰かがやってきて、背後からそっと近づいてきても、少しも気づけないほどに。


 この場面を社長に見られたら……。

 そんな想像なんて一ミリもしていなかった。


「こら、あすか!」


 怒声。

 そして強い気配。


 空のペットボトルが降ってきて、神宮寺の頭を強打した。

 ぱこん! と乾いた音がする。


「私のキャラクターで勝手に遊ぶな!」


 俺たちが振り返ると、本物の瀬古いのりが腕組みをして、きれいな眉を逆立てていた。


 もちろん神宮寺にだけ怒っているのではない。

 俺と視線がぶつかったとき、キリッ、と睨まれてしまう。


 俺も共犯か?

 社長のパンツ事件……。

『雇用主のことを欲望のはけ口として利用する部下』というのは、脳みそが腐っていると指摘されてもやむを得まい。


 俺が『秘密の花園』とかいって神宮寺を(あお)ったから……。

 後悔してももう遅い。

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