014 フレンド対戦
社長と他愛のない話をしていたとき、それまで平静に受け答えしていた俺は、急に胸がドキドキする感覚に襲われた。
本日で二回目だ。
社長のことが猛烈に可愛く思えてくる。
くしゃりと笑う仕草。
お箸を握るときの手つき。
いまにも吸い込まれそうな黒い瞳。
どうしちゃったのだろう?
うちの社長が可愛いのは当たり前なのに。
とても仲間を大切にする瀬古いのり。
新卒二年目のペーペーなんかに破格の賞与を与えてくれた。
いつもご飯に誘ってくれる瀬古いのり。
俺が食事代を払おうとするとムキになって反論してきた。
一粒のチョコレートで倒れる瀬古いのり。
会社のみんなには弱い姿を見せたくないという意地っ張りな面もある。
もっと社長の役に立ちたい。
もっと男として頼られたい。
当然ともいうべき欲求が風船のように膨らんできた。
「どうしたの、マサくん?」
黒真珠のような瞳が問いかけてくる。
男心を誘惑するような、どこか色っぽい目つき。
そうだ。
俺は社長のことが好きだ。
「もしかして今日はお疲れなのかな?」
小さい舌がぺろりと唇を舐めた。
それだけの動作なのに俺の恋心を奪おうとしてくる。
違う。
奪われたいのだ。
学校に憧れの先輩がいたとして、たまたま二人きりになったときに、思わぬ急展開を期待しちゃうような淡い恋の気持ち。
「社長、あのですね……」
ずっと前から好きでした。
それをこの場で伝えないと。
俺の頭もどうかしている。
ただ仕事帰りに寄ったお店なのに。
場当たり的なシチュエーションで告白しようとするなんて。
「実はですね……」
社長の反応を知りたい。
可愛がっている部下から、好きです、と告白されたときの反応が。
それは来月じゃダメだ。
来週でもダメだ。
今日じゃないと。
この瞬間じゃないと。
理屈じゃなくて本能がそういっている。
「以前から……」
もう無理だ。
口が止まらない。
舌根に油をさしたように言葉が流れてくる。
「社長のことが……」
ずっと前から好きでした。
俺は譜面をなぞるように諳んじる。
しかし九割九分まで完成しかけた告白は、あまりにも空気を読まなさすぎる横槍によって、木っ端微塵に散ってしまうのである。
「私もずっと前からマサくんのことが好きだよ!」
「……すみません。いま何といいましたか?」
「だからマサくんのことが好きだって」
「……え〜と、それは……」
社長から?
告白されたのか?
いや、そうじゃない。
人として好きなのか?
異性として好きなのか?
俺が気にしないといけないのはその一点である。
「マサくんが知りたいのは、どういう背景で好きなのかってことかな?」
「そうです、そうです。原因と結果の法則みたいなやつです」
俺はこくこくと二回うなずく。
「だって大学のときの後輩なんだよ。しかも人生で一度きりの新卒切符を、幼女株式会社の前身となる、どこそれ? 何してる組織? 本当に大丈夫なの? というレベルの会社に使ってくれたから。つまり私の人生における一発目の新卒採用ということ。この座は最後までマサくんのものなんだから。……あえて宣言しよう。マサくんは特別。他のみんなとは違う。私が最初から最後まで面倒をみる。絶対に手放したくない。むしろ弟子みたいな存在だよね」
「はぁ……」
社長がとても誇らしげに言葉を並べていく。
俺としては気の抜けた返事をするのが精一杯だった。
この一行が全てを物語っている。
『最初から最後まで面倒をみるべき後輩』
俺のポジションとしては妥当な線かもしれない。
急に勢いを削がれた俺は、
「近ごろは幼コレが絶好調じゃないですか? 運営元としても。プレイヤーとしても」
スマートフォンを操作しながら話題を変えてみた。
俺はつくづく根性がない男だな。
空気を読まない社長の横槍に感謝している。
あのまま突っ走っていたら今ごろは玉砕していたかもしれない。
「あれ? 気づいちゃった? 空き時間にコツコツ強化させていたのだけれども」
社長もスマートフォンを操作しながらいう。
「気づきますよ。ランキングにプレイヤー名が出ていますから。社長のアカウント、今週は20位くらいの位置にいるじゃないですか。上位のユーザーは目立ちますから」
「パーティーの研究になるんだよね。一般のユーザーと切磋琢磨するのも楽しいしね。運営元としては簡単に負けるわけにもいかないしね」
運営スタッフは全員がそれぞれのアカウントを持っており、個人の給料から自由に課金している。
俺の場合は月々3,000円。
ギリギリ上級者に入るかどうかといった強さだ。
もちろん最強なのは社長である。
その課金額は公開されていないが、新キャラが実装されると、早ければその日のうちに、遅くとも週末までにはパーティーに組み込んでくる感じだ。
まさに運営元が用意したラスボス。
超一流を目指すプレイヤーたちの憧れ。
幼コレ愛好家たちから『一度は勝ってみたい……むしろ一度は対戦してみたい存在』として崇められている。
そんな社長でも1位の座を射止めたことはない。
理由は単純。
仕事が忙しくてプレイ時間が足りないのである。
もし平均的なサラリーマンくらいの自由時間があれば、社長が幼コレ界のナンバーワンに君臨するだろう。
「久しぶりに俺とフレンド対戦しませんか? ちょっとパーティーを考えてみたのです。今回はけっこう本気です。ぜひ社長クラスの人と戦ってみたいのです」
「マサくんの方から勝負を挑んでくるなんて珍しいね。知っていると思うけれど最近の私は絶好調だよ」
「むしろ望むところです。そして簡単に負ける気もないです」
「いいだろう。受けて立つよ」
バトルが始まるとすぐに社長の顔色が変わった。
こちらの露骨な最強パーティー対策……つまり社長対策に気づいたらしい。
「まさか……これは!」
最強クラスの社長にも弱点はある。
ずばり最強パーティーしか使わないこと。
こちらは社長のパーティー編成を100%予測できる。
そして幼コレというゲームの特性上、どのような最強パーティーにも弱点が一つは存在するのだ。
火には水を。
水には草を。
草には火を。
よくある三すくみの弱点をぶつければ、優位に立つことも夢ではない。
「俺の手持ちだと勝ち目は薄いですからね。卑怯かもしれませんが、俺なりにシミュレーションして、このパーティーなら社長に勝てると判断しました」
まさに卑怯。
まさに卑劣。
気分だけはスーパー戦隊シリーズの悪役である。
「すばらしい。限られたリソースを最大限に活用する。貪欲に結果を追求する。それでこそ私の社員だ」
社長の瞳がきらりと光る。
まずは手応えあり。
しかし社長は思いがけない提案をしてきた。
「マサくんと普通に勝負したのでは面白くないな」
「それってどういう意味ですか?」
「何か条件をつけようか。例えば……」
戦闘モードに入った社長がパチンと指を鳴らす。
「もしマサくんが勝ったら、私を一日好き放題にしていいよ。温泉旅行も良し。テーマパークも良し。近場の映画館でも、行楽地でも、あるいは自宅でも、一日中遊びの相手をしてあげるよ。どうだ? 楽しそうだろう? やる気が出るだろう?」
「社長を一日好き放題にする……それって男女のデートになりませんか?」
「解釈の問題かな」
社長が小首を傾げながらほほ笑んだ。
明らかに挑発されている。
大人気ないとわかっていても、ムラムラと闘志の火が燃えてくる。
「……わかりました」
俺はスマートフォンを握る手に力を込めた。
「その約束、絶対に後悔させますよ!」
「いいや、勝つのは私だね! 手抜きはしない! 格の違いを教えてあげるよ! 獅子は兎を捕らえるにも全力というからね!」
……。
…………。
………………。
その20分後。
俺は脱力したように机に伏せていた。
結果は俺からみて0勝5敗。
文字通りの完敗である。
さすがに情けなくなる。
こちらから勝負を挑んで、社長対策を施したにもかかわらず、返り討ちにあったのだから。
「あっはっは! 地力の差が出ちゃったね!」
「こんなはずでは……」
兎は兎。
獅子は獅子。
本来の力を発揮されたらワンサイドゲームということか……。
「ゲームバランスを調整しませんか? 社長クラスの人には手も足も出ないですよ」
「いやいや、マサくんの工夫が足りないのだよ。まあまあ熱戦だったしね」
「ですか……メチャ悔しいです」
社長との一日デート……。
実現したかったな……。
俺がそう思う理由は二つある。
一つは社長のことが好きで好きで仕方ないから。
できるものならプライベートの素顔とか服装を見せてほしい。
そしてもう一つは……。
「社長が最後に仕事を休んだのはいつですか?」
「う〜ん、今月は一日も休んでいないし……確か先月は……あれ? 先月も休んでいないから……先々月になるのかな?」
土日もずっと働きづめなのだ。
小さい会社の社長だから毎日働く。
ある意味、当たり前かもしれない法則。
しかし俺は考える。
いまは幼女の体なのだから、週に一回くらい休んでも良いのではないだろうか。
わかる。
社員たちの暮らしが社長の双肩にのしかかっている。
かくいう俺だって社長に養ってもらっている立場だろう。
計り知れない重圧があるはずだ。
いつもニコニコしている裏でどんな悩みを抱えているのか想像もできない。
だからこそ……。
俺のことをもっと頼ってほしい。
「う〜ん、ゲームバランスか。そういう意味だと……」
社長の頭は幼コレのことで一杯らしい。
困ったな。
会社が好き。
社員が好き。
そういって憚らない幼女社長を好きになってしまったのだから。
「そろそろ既存キャラの上方修正をしようかな。次回のアップデートに盛り込んじゃう形でさ。ユーザーアンケートの中でもまあまあ上位の要望なんだよね。使われなくなった既存キャラのテコ入れってさ。過去のキャラにも救済措置がある。そういう期待感をユーザに植えつけるのは運営の基本方針だよね」
社長がたっぷりの笑みを向けてくる。
『マサくんの意見も聞かせてほしいな』
幸せそうな顔にはそういうメッセージが込められていた。




