013 コラボ料理
殺し文句。
それは一撃で相手を陥落させるテクニック。
このスキルの持ち主は接客業に向いているといわれる。
「すまない。私の調べ物のせいで、会社を出るのが遅くなってしまったね」
「まだ八時半ですから。全然問題ありません」
俺たちは駅方面への道を歩きながら、よもやま話に花を咲かせていた。
周りには仕事を終えた幼女サラリーマンたちがいる。
これから家路につく者。
ちょっと寄り道をする者。
同僚たちと一杯ひっかける者。
早朝ようなピリピリした空気はなく、時間の流れがゆっくりに感じられた。
『うわ~、部長から電話だわ』
『電車ですってメールしよ〜』
『よ~し! 今日は飲むぞ!』
砕けた会話が聞こえたとき、隣にいる社長が小さく笑う。
「マサくんは私の電話をスルーしないでよね」
「いつも即行で出ます。電車のときは次の駅で降りますね」
「本当かな?」
「いや、過去に一度だけ……」
「ん?」
子猫のような社長の目が、ちらり、と俺を見上げてくる。
「社長が深夜に電話をくれたじゃないですか? もう一年前ですけれど。幼女の体になっちゃった日に」
「ああ……そんなことがあったね」
「すみません。びっくりして電話を切っちゃいました。知らない女の子の声でしたから」
「いいよ、いいよ。私も軽いパニック状態だったから」
初めは誰かのイタズラかと思った。
それから緊急ニュースをチェックし「なんじゃこりゃ~!」と叫んだ記憶がある。
信じられなかった。
他の先輩まで幼女化したなんて。
もっと信じられないのは、そこから会社の成長スピードが加速したことなのだが……。
俺も少しは成長しただろうか?
季節が一周するあいだの記憶がパラパラと蘇ってくる。
「この一年で倒産や吸収合併になった会社も多い。中には100年の歴史に幕となったところもある。明日は我が身と思った方がいい」
「うちは大丈夫ですよ。社長さえいれば」
「ううん」
社長がすぐに首を振る。
「誰か一人が欠けても痛手だよ。小さい会社だからね」
「ですかね?」
「マサくんも立派な戦力として計算している。まだまだ伸びるよ。ある意味一番期待しているから。これは私だけの意見じゃない。他のメンバーもそう思っている。もちろん私もね。だから他の先輩たちから多くのことを学んでほしい」
「……ありがとうございます」
社長は人を褒めるのがとても上手い。
俺の耳が幸せになり、体温がかっと上がった。
「そうだ。幼コレの600万ダウンロードを記念して、みんなで一回食事をしないとね。場所はどこにしようかな? いつも同じ店だと代わり映えしないかな?」
「いや、いいと思いますよ。いつものお店で祝うの。なんか伝統みたいですし」
「『またこの場所で祝杯をあげようね』といって解散する感じ?」
「そうそう、それです」
ダウンロード数の節目ごとに開かれる打ち上げ。
すべての食事代は社長持ちということもあり、楽しみにしている社員は少なくない。
バカみたいに飲み食いして。
喉がガラガラになるまでしゃべって。
あの時間だけは学生時代に戻ったような気分になれる。
「最近は毎月打ち上げをやっている気がします」
「それだけ幼コレに勢いがあるということさ。私としては嬉しい悲鳴だよ」
「社長でも悲鳴とか上げちゃうのですか? ちょっと意外です。いつも楽しそうな印象ですから」
「まったく。私はか弱い幼女だよ。マサくんが思っているより小さい存在だよ。ちょっとばかりやる気があるから社長をやっているだけさ」
「……なるほど」
俺と社長は『北海道&沖縄料理』の店へやってきた。
ここはとある夫婦が経営している料理屋だ。
旦那さんは北海道出身。
奥さんは沖縄出身。
だから北と南のコラボになっている。
俺たちは四人掛けのテーブルを挟むように座った。
一般人のように。
ごく自然に。
スムーズに。
どうやら昼の横並びは社長なりの冗談だったらしい。
「私はゴーヤチャンプルが食べたいかな。あとはマサくんが勝手に選んじゃってよ。何でも好きな料理をさ」
社長が運ばれてきた水に口をつける。
「そうですね。でしたら……」
サケのチャンチャン焼き。
ラム肉の野菜炒め。
テビチ(豚足)。
この辺りをチョイスしておけば100%間違いない、というメニューを俺はピックアップしていく。
「誰かと思えば、ふたつ結びがお似合いの瀬古さんと、その部下の人じゃない」
明るい声が降ってきた。
「ああ、奥さん」
「しばらく顔を見せないから、会社が大変なんじゃないかって、旦那と心配したわよ」
「いやいや、最低でも月に一度は食べにきてますってば」
社長をたじろがせているのはこの店の奥さんだ。
小麦色に焼けた肌。
シュッと引き締まったウエスト。
どちらも沖縄でサーフィンをやっていたときの名残だろう。
社長とはかれこれ三年の付き合いになるらしい。
南国の太陽を彷彿とさせる、底抜けに明るい人だ。
厨房ではクマのように大きな男性が真剣な目つきでフライパンを握っている。
野性味にあふれていて、サケを口でキャッチしそうな感じ。
こっちが北海道出身の旦那さん。
ちなみに旦那さんはいまでも成人男性だ。
俺と同じく幼女化しなかったラッキーな『12%』なのである。
「頑張れよ、若いの」
「いや、私と奥さんは同じ年齢のはずでは?」
「その顔で言われてもねえ……ドリンクを一杯サービスしておくから。早く背を伸ばしたまえ、リトルガール」
「あ、バランス栄養ドリンク! それではご厚意に甘えさせていただきます」
「一か月も顔を見せないことがあったら、承知しないからね!」
「は~い」
社長はチュウチュウとストローを吸い始めた。
あの奥さんの手にかかれば、社長も平凡な幼女といったところか。
「そういやさ、昨夜の夢を今でも覚えているんだけどさ」
「すごい記憶力ですね。印象的だったのですか?」
「うん、いま住んでいる家が火事になっちゃって」
俺は耳にすべての意識を集中させた。
面白そうな話をポロリと切り出せるところに、社長の対人スキルの高さが感じられる。
「気がついたら天井と壁まで燃えているの。もう真っ赤よ。このままじゃ死んじゃう、と思ってベッドから逃げようとするんだけれど、体が動かないんだよね。金縛りっていうのかな。意識だけがある感じ」
「なんか、ホラーみたいですね」
「もう無理だ、と諦めそうになったときに、外からドアが開いたんだ」
社長は迫真の演技でそのシーンを再現する。
外から助け?
つい都合のいいストーリーを期待してしまう。
「最初は父か母のどちらかだと思ったんだ。現実問題として、私の家の鍵を持っているし。でもどっちでもなくてね。驚くべきことに、助けにきてくれたのはマサくんだったんだよ」
「よりによって俺ですか?」
俺はポリポリと頭をかいた。
他人の夢に登場するのは不思議な感じがする。
「その瞬間に気づいたよ。これは夢なんだな、と。炎で焼け死にそうになっている私を、マサくんが助けにきてくれたんだ」
「俺にそんな度胸があるといいのですが……」
「まあまあ、私の夢だから」
社長はうっとりと微笑みながら話を続ける。
「私は嬉しかったね。妄想の中とはいえ、私のことを助けてくれる存在がいたから。カリスマ幼女とかいって、世間からは持てはやされているかもしれないけれど、結局ひとりじゃ何もできない存在なんだよ。……社員がいなければ社長は無力。社員あってこその社長。そういう心が私の中に残っている証拠だから。……ええと、何がいいたいんだっけ? そうそう、マサくんとの同居の件。急な話でびっくりさせたと思う」
「いえ……」
俺は思わずはっとした。
社長のことを猛烈に可愛いと感じたからだ。
嬉しかった。
助けてくれた。
言葉の一つひとつが優しい毒のように効いてくる。
大学の先輩であり、大切な上司なのに……。
俺はとても恥ずかしいことをした気分に襲われる。
「もしかして、火事になる夢を見たから引っ越しを急いでいるのですか?」
俺は照れを隠すため料理へと箸を伸ばした。
それはつまり社長が好きなことの裏返しであって……。
「そういうこと。これは神様からのメッセージで、さっさと引っ越してマサくんと同居しなさい、という天のお告げかもしれない。いや、きっとそうに違いない。まあ、夢見がちな幼女のたわごとなのだけれども……そういう意思決定が世の中に存在してもいいと思うんだ。……ごめん、照れちゃうよね、こんな話は」
社長がぺろりと舌を出した。
『ごめん』と謝られるとむしろ照れが倍加するわけであって……。
「なんだかメルヘンチックな発想ですね。俺としては社長の考えを全力で支持したいです」
「ありがとう。断られたら泣いちゃうところだったよ。マサくんに同居をお願いするの、かなり勇気がいったんだから」
「いや、断るはないっす。社長命令じゃないですか。社長のためじゃないですか。あの申し出を受けないと男が廃ります」
「うむ、それでこそ私が選んだ社員だよ。入居日が待ち遠しいね」
社長が楽しそうにツインテールを揺らす。
リアルの知り合いが夢に出てきた。
それが嬉しかった。
面と向かってその手の殺し文句をいわれると、俺の脳はとろけそうになる。




