012 600万DL
オフィスの時計が20時00分になったとき、俺は専用のサイトへアクセスし、幼コレのダウンロード数をチェックしていた。
「もしかしたら……」
最近、ユーザ数が伸びているのだ。
広告をたくさん打ったわけではなく、自然に幼コレの輪が広がっているらしい。
考えらえるのは一周年キャンペーン期間中ということか。
「おっ、600万ダウンロード」
500万ダウンロードの達成から一か月弱。
そこから100万ダウンロードの上積みに成功している。
よしっ!
俺は思わず拳を握りしめた。
これはかつてない成長スピードといえる。
ソーシャルゲームを運営していて思うのが、微課金のユーザは大切ということだ。
月々500円。
あるいは月々1,000円。
そういう低課金のユーザは一定の割合で存在しており、幼コレの場合、売上全体の五割くらいを占めている。
毎月三万円とか五万円とか課金するヘビーユーザ。
ここに依存するのは危なかったりする。
彼らは稼いでいるサラリーマンのケースが多い。
あるいはその配偶者か。
生活の変化によっていつゲームから手を引いてしまうのか、まったく予想がつかないのである。
もちろん金持ちのユーザはありがたい。
できれば長くプレイしてほしい。
だからといってイベントを乱発するのは控えよう、というのが先輩たちの方針だったりする。
これが大企業の子会社であれば、
『ユーザは財布』
『なるべく絞り取れ』
という金額目標を課せられていただろう。
するとぶっ壊れのキャラ(バランスブレイカー)を実装したくなる。
稼ぐのがビジネスの基本とはいえ、結果として寿命が短くなったタイトルを山ほど目にしてきた。
俺たちが考えているのは無課金でも、微課金でも、重課金でも楽しめるゲームだ。
だから社員の一人ひとりがゲームをプレイし、個人の給料から課金している。
俺の場合は月々3,000円くらい。
ユーザの気持ちを想像しながらプレイする。
青臭いきれいごとなのは理解している。
もっと稼ごうと思えば稼げたかもしれない。
『君たちの家族が課金しても恥ずかしくないゲームをつくろうよ』
社長のそういう方針がたまらなく好きなのである。
「これでよし」
俺は作業中のファイルをすべて保存した。
社長の様子をうかがうべく席を立つ。
「いのり社長、そろそろ食事にいきますか?」
「う~ん……どれにするか迷うな〜」
「もしかして取り込み中ですか?」
「ああ、マサくんか」
社長がはじかれたように顔をあげる。
どうやら調べ物に没頭していたらしい。
「そろそろ幼コレの600万ダウンロードが近いでしょ」
「それなら達成しましたよ」
「えっ、そうなの!」
「さっき俺がチェックしました。おめでとうございます。ちょうど今日で600万突破です」
「そうか……」
なぜか社長は難しそうな顔をした。
その予想外すぎる反応は俺をいささか困惑させる。
「嬉しくないのですか?」
「いや、すごく嬉しいよ」
「何か不都合でも?」
「100万ダウンロードの節目ごとに、自分へのプレゼントを設定していたんだ。現状に満足しちゃわないようにね。ある意味、それをモチベーションにして前進してきたともいえる」
100万ダウンロードの腕時計。
200万ダウンロードのスーツ。
300万ダウンロードの国内旅行。
などなど。
社長はそういうご褒美を自分に与えてきた。
「最近、ダウンロード数が急増していただろう」
「ええ、そうですね。かつてない勢いがありますよ」
「600万ダウンロード達成で何を買うのか、まだ具体的に決まっていなくて。もうちょっと先だと思っていたから……」
記念日は来たのにプレゼントは届いていない感覚か。
だったら喜びも半減だろう。
「ご褒美のジャンルは決まっているのですか?」
「うん、引っ越ししよと思うんだ。会社の近くの物件にね」
「この時期に引っ越しですか? まさか分譲住宅を買うつもりでは……」
「違う、違う! さすがに賃貸だよ。そんなお金は持っていないし。ずっと都心に住むかどうかわからないし」
社長は全力で手を振って俺の考えを否定する。
「まだ物件が決まっていないと?」
「そういうこと。魅力的なやつは複数あるんだけれど、なかなか一つに絞れなくてね」
社長のパソコンには不動産の情報が表示されていた。
東京の神田エリア。
築十五年以内の物件。
幼女にもオススメのマンション。
中には会社から徒歩三分くらいの物件もある。
ということは……。
「マサくんに愚痴をいうのもアレだけど、幼女の体は電車通勤がまあまあ大変なんだよ。だったら職場の近くに住んじゃおうかな、と」
「すごく合理的ですね」
「いまの家だと通勤が片道40分くらいかな。これを10分まで短縮できれば、毎日一時間を自由に使うことができる。いつまでも幼コレで稼ぐわけにはいかないし、次のサービスを軌道に乗せる必要があるだろう。だから、もうちょっと時間が欲しいんだよ」
俺の場合、一時間以上かけて通勤しているので、往復で毎日ニ時間をドブに捨てている計算だ。
だから職場の近くに住みたい、という社長の気持ちが分からなくはない。
「マサくんだって毎日の通勤は大変だろう」
「まあ、若干のストレスは感じますね。雨の日とか、電車が遅延した日とか」
「ここはひとつ相談なのだけれど……」
「?」
社長はピシッと人差し指を立てた。
かと思いきやツインテールの先っぽをいじくり始める。
クルクルと。
スパゲッティーで遊ぶみたいに。
「私が3DKくらいの部屋を借りるからさ、一緒に住まない? ルームシェアみたいな感じでさ」
「えっ?!」
社長のほっぺがリンゴ色に染まる。
いままで見たことのない可憐な表情だ。
「いや、家賃は私の方が多く負担するから」
か細い声で提案される。
きっと俺の顔も赤くなっているだろう。
「いまのマサくんの家は月々五万円か六万円だっけ。それなら月々四万円でいいよ。マサくんの生産性も上がるし、悪い話じゃないと思うんだ。その……家事とかも二人で分担できるし……」
正直、心がぐらりと揺れた。
この申し出を断る、という選択肢をこの世から抹消したいくらいには。
「それに幼女の独り暮らしというのは……」
髪をクルクルするスピードが早くなる。
それに釣られて俺の心臓の音もペースをあげる。
「ちょっと物騒だって、この前のニュースでいっていたから。私の場合は顔と名前が知られちゃっているし。何かあったら社員のみんなに迷惑かけちゃうし」
その言葉には100%の説得力があるだろう。
しかし普段の社長らしくない。
たっぷりの笑顔。
まあまあの自信。
ちょっとだけの意地っ張り。
それが俺の知っている瀬古いのりの姿だ。
ここにいるのはひとりの幼女だ。
50%の恥じらいと50%のか弱さで構成されている。
俺のことを必要としてくれる存在。
いつもの社長より頼りなく感じられる。
その分だけ可愛さも倍増しているのであって……。
「だからマサくんと一緒に住みたい……というのが私の下した結論なんだ」
社長がじいっと上目づかいで見つめてくる。
俺はちょっとだけ視線をそらした。
とても甘酸っぱい気持ち。
あえて表現するならば熟れかけたイチゴの味か。
いままで社長のことが好きだったけれど、好きの毛色が変わりそうになる。
「ダメかな?」
「いや、嬉しい……です……非常に……とても……この上なく……」
「よかったぁ!」
社長の笑顔がぱあっとはじけた。
「じゃあ、物件の下見は私が進めちゃうね。入居日が決まったら情報をシェアするから」
ええっ?!
もう決まりなの?!
俺は内心で悲鳴をあげた。




