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104 リリース日

 木曜日の朝。

 ちょっとした胸騒ぎで目覚めた俺は、どこかフワフワした気持ちで会社に顔を出した。


 あれから早くも三日である。


 カノープス・システムズ。

 代表取締役社長の流川マキ。


 とある条件付きで、俺が一年ほどレンタル移籍することを、向こうが望んできたのである。


 しかし心配なのは俺の将来よりも社長のメンタルだ。


 普段ならあり得ないようなミスを連発する。

 意味がないのに幼コレの売上を頻繁にチェックしている。


 社長をそんな状態に追い込んだ流川は、好きとか嫌いはともかくとして、なるべく敵に回したくない人物といえる。


「緊急の朝礼を始めます!」


 メンバーの全員が揃ったとき、姫井の凛とした声が響いた。

 今日は情熱的なワインレッドのドレスを着ており、見る者たちの闘志をかき立ててくる。


「今日が何の日なのか、皆さんもご存知かと思いますが……」


 俺はゴクリと生唾を飲んだ。


 カノープスが満を持して投入してきたタイトル。

 世間からも注目されているガーリッシュ・メモリーズ……通称ガルメモのリリース日なのである。


「今日が何の日かといいますと……」


 姫井がわざと勿体ぶってくる。

 らしくない所作(しょさ)に俺たちが戸惑っていると一冊の雑誌を取り出した。


「週刊幼女の発売日なのです!」


 その意味を理解できたのは社長と神宮寺だけだった。

 しばらくして俺も、


「あっ!」


 とマヌケな声をもらす。


『特別対談インタビュー』

『カノープス・システムズ社長 流川マキ』


 表紙の目立つ位置にそのような文字が印刷されていたのだ。


「よりによって今日です!」


 姫井の小さな手が雑誌の表紙をビシビシと叩く。


「ゲームのリリース日に社長のインタビュー! 明らかな作為を感じます! 気前よくカラー広告を出す代わりに、インタビューの掲載日を調整してくれ……そういう癒着(ゆちゃく)の匂いがプンプンします! 大学生のくせに出版社を抱き込むなんて、いい度胸なのです! 拝金主義に染まりきっている証拠なのです!」


 かなりご立腹という様子だ。

 それだけ向こうのやり口が巧妙といえよう。


「それで癒着って……民間企業は癒着だらけじゃねえか……」


 神宮寺は揚げ足を取りにいったが、かえって場の空気を重くするだけだった。


「この一件からも読み取れるように、カノープスはあらゆる手練手管を(ろう)してきます。勝利のために最善を尽くすといえるでしょう。積極的。効率的。先進的。一番相手にしたくない経営スタイルです。例えばこのページなんか……」


 姫井が開いたページには流川の私服姿……いわゆるグラビア写真が載っている。


 着ているのはピンク色のもこもこポンチョ。

 あのペルシャ猫を頭の上に乗せており、カメラに向かって自然な笑みを向けている。


 これは普通に可愛い。

 柔らかい服装のせいか、妹キャラのような親近感があるし、ポップな感じのサイドテールなので、隙のある感じが好印象といえる。


「見てください! この計算高そうな構図を! 猫! 猫! 猫! とりあえず猫と一緒なら読者の好感度も上がる! そんな意図がありありと透けて見えます! ぐぬぬ……僕も猫を飼いたいのに……」


 姫井の口撃はまだ終わらない。


「しかもこのペルシャ猫はただの飼い猫ではないのです。カノープスの広告塔です。名前を『ペルちゃん』といいます。猫缶を食べたり、社員と遊んでいるムービーが動画投稿サイトに転がっていて、よく急上昇ランキングの三位以内を取っています。猫の分際で人間を出し抜くなんて、非常に生意気なのです!」


 動画投稿サイトのランキング上位に食い込めるか否かは、再生数100万回を超えるかどうかの分水嶺となる場合がある。

 もちろん『ペルちゃん』の存在がカノープスの知名度を押し上げるはずだ。


「とりあえずインタビュー記事を読み上げます。ちなみに本文中に出てくる『ペッ活』というのは、カノープスのサービスの一つです。


 ……。

 …………。


 日本で何頭の猫が殺処分されているかご存知でしょうか? 一日あたりおよそ百匹の成猫・子猫が私たちの手により命を絶たれています。里親募集アプリ『ペッ活』はそんな猫たちが一頭でも多く新しい飼い主と出会えるよう、私たちが開発しました。この子の名前は『ペルちゃん』です。普段は会社の社長室におり、社員にとってはアイドル的存在です。『ペッ活』がなければ保健所へ送られる運命でしたが、今ではこうして私たちを毎日癒してくれています。猫が好きだから……ひとりの社員のアイディアからこのアプリは誕生しました。『好きなことを仕事(かたち)にする』。それが私たちカノープスの真骨頂です。


 追伸:カノープスの公式チャンネル『ペルちゃんねる』で発生した広告収益はすべて慈善事業に寄付させていただきます。


 …………。

 ……。


 なかなかよくできた美談です。ええ、日本人が好きそうなエピソードでしょう。私も里親になって猫を救おうかしら。健全な猫好きならそう思います。気に入らない事実ですが……。しかし仕事と書いて『かたち』と読ませるのは筋が悪いですね。二点の減点で九十八点といったところです」


 流川にはイメージ操作の才能がある。

 姫井が主張したいのはそういうことらしいが、九十八点はなかなかの高評価といえる。


「あと社長の身でありながら、ルックスで勝負してくるのも気に入りません! これは僕たちが先に取り入れた戦法です! しかも! よく見ると! いや、よく見るまでもなく! けっこう可愛いのです! 流川マキ! 侮れません! うちの社長には劣りますが、向こうにはペルシャ猫という武器があるので、完全に五分五分なのです! 何より気に入らないのが、ロリコンのツボを的確に突いてくる点です! ロリコンの僕がいうのだから間違いありません! これは確信犯で狙ってきています! ツヤツヤの黒髪! 僕も触ってみたい!」


 姫井は興奮のあまりゴホッゴホッと咳き込んでいる。


 黒髪で、細身で、色白の幼女……つまり社長のような幼女が大好物だから、同じ系統の流川も姫井のタイプなのだ。


「僕は確信しました!」


 週刊幼女の雑誌がデスクに叩きつけられた。


「流川マキとカノープス! これを野放しにするのは危険です! 必ず我々の障壁となります! 相手が成長する前に叩くのです! 社長のためにも須田くんのためにも! 猫を好感度アップの道具にしている輩には負けられません! 我が社と幼コレの強さを思い知らせるのです! しかし相手はかなり手強い! そこで……」


 ブルーサファイアの瞳が一同を見つめる。


「大人の勝ち方というやつを流川マキに教えてあげます」


 大人の勝ち方。

 そういう姫井の声はゾッとするほど冷たくて、この人が味方で良かったと心底から考えさせられる。


「まあ、手段を選んではいられないということだよね」


 社長がこの朝礼で初めて口を開いた。


「私たち八人って、個性はバラバラなんだけど、一つだけ共通点があるよね。それは負けず嫌いってこと」


 それに姫井や神宮寺は同意したし、俺も時間を置いてから頷いた。


「作戦はすべて姫ちゃんに任せたよ。私からの指示は一つだけ。幼コレのユーザーを裏切らないこと。……課金アイテムを値引き販売したり、極端に強いキャラをリリースするのは禁止。一時的に売上が増えるのは理解できるけど。誰もハッピーにならないから。……正々堂々とガルメモに勝つ。いや、勝てる方法があると信じている。私からは以上かな」


 社長の指示はとても簡潔であり、すんなりと納得できた。


「この三週間に会社の未来がかかっています! あの腹黒そうな流川マキを何としても打倒するのです!」


 どうでもいい部分だが、姫井が汚い言葉を並べるときは、相手をベタ褒めしている傾向がある。


 つまり姫井からたっぷりと悪口を浴びせられた流川は、知的で、可愛くて、戦略家としても優秀なのである。

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