101 隠れた強み
「そんなバカな! あの流れで須田くんを指名してくるなんて!」
姫井が苛立ちをぶつけるようにデスクを殴りつけた。
よっぽど指が痛かったらしく、拳を抱えてうずくまっている。
「おい! ゆり姫!」
雷のような活を入れたのは神宮寺だ。
「なにがトロイの木馬作戦だよ! こっちから仕掛けたつもりが、きれいな返し技を食らって、まんまと一本取られちゃったじゃないか! 調子こいて策略家ぶるから、ボロが出たんじゃないか!」
「悔しいですが、返す言葉がありません。ぐぬぬ……」
「ぐぬぬ……じゃねえよ……」
姫井の体を抱き起こすと、その頬をつまんで縦に横にと引っ張りまくる。
ミルク色の肌が紅潮しているのは痛みのせいか怒りのせいか。
「指名漏れしたからといって僕に八つ当たりするのは勘弁してください。それに神宮寺さんだって僕の案を天才だと褒めてくれたじゃないですか?」
「くそ〜。腹立つな〜。ゆり姫に腹立つというより、軽率だった自分に腹が立つ〜」
「しかし、なぜ神宮寺さんを指名しなかったのでしょうか……」
「そりゃ……」
解放された姫井がぐったりと椅子に腰かける。
「ルカにゃんの方が役者が一枚上だってことだよ。須田ちゃんを奪い取ったら、いのりが動揺するだろうって、冷静に見抜いたんじゃねえか。狡猾さとか、駆け引きの巧みさとか、ルカにゃんは天下一品なんだ。それに引き換えうちの社長は根がお人好しだから……」
神宮寺は憐れむような視線をブース席の人物へと向けた。
「うにゃあ! マサくんを取られちゃうよ! 軽々しく勝負に乗るんじゃなかった!」
かなりの錯乱状態に陥った社長が、ツインテールを乱暴に引っ張り、ヒステリックな叫び声を上げている。
「見ていて悲しくなるぜ……人としての魅力はともかく、社長としての器なら、ルカにゃんに軍配が上がるな。うかうかしていると、大が小を呑む合併になるんじゃねえか」
神宮寺はパーカーのポケットに手を突っ込むと、オフィスの出入り口へ向かって歩き出した。
「神宮寺さん、どこへ?」
「コンビニへいってくる。まだ昼休みだからな。あとで作戦を考えようぜ。向こうは現役大学生だぞ。生粋の社会人の私たちが一杯食わされたんじゃ話にならんでしょ」
キーパーソンの一人がいなくなった空間にお通夜のような雰囲気が満ちてくる。
「社長! 申し訳ありません! 僕の計画に手落ちがあったばかりに……」
姫井は心底から反省しているらしく、床に膝をついて謝った。
「どうしよう! 姫ちゃん! マサくんが一年間いなくなっちゃうよ!」
「最悪そうなったとしても、須田くんの誠実さがあれば心配ないでしょう」
「姫ちゃんがいっても全然説得力がないよ! 職場が別々になると寂しいんだよ!」
「はう……嘆いている姿も麗しい……僕の古傷が激しく痛みますが……」
穏やかじゃないのは俺だって同じだ。
社長は活動時間の大半をこのオフィスで過ごしている。
つまり俺がカノープスへ派遣されると、会える時間が激減するのである。
何より不安なのが、
「もう無理……マサくんがいなくなるかと思うと恐怖で手が震えてきた……マサくんは私の用心棒なんだよ……いつも一緒なんだよ……もはや体の一部なんだよ」
社長のメンタルの乱調である。
失礼なのを承知でいわせてもらうと、ちょっとした衝撃で泣き出しそうになっている表情も可愛らしい。
「そうだ! 私が身銭を切って幼コレの売上をブーストさせればいいんだ!」
「いけません! 社長! 数百万円をぶち込んだところで、焼け石に水という可能性が大きいです!」
「だったら姫ちゃんも何かアイディアを出してよ!」
「ええ……この状況を打開してみますとも……」
姫井は断定口調でいうが、その声は弱々しい。
「あの〜」
渦中の人物である俺はそっと手を挙げた。
「いったん冷静になりましょうよ。小難しい話はわかりませんが、要するに、幼コレの売上がガルメモの売上を超えればいいのですよね。三週間あるうちの一週間でも」
社長と姫井の口から、そうそう、という返事がくる。
「新規リリースの勢いがどの程度のものなのか詳しく知りませんが、幼コレが簡単に負けるとも思えません。だったら真っ向勝負して勝っちゃえばいいのではないでしょうか。新キャラの実装も控えていますし、ここは幼女株式会社の底力を見せましょうよ」
成人男性の俺には隠れた強みがある。
幼女ほど感受性が強くないぶん、逆境とか不測の事態にぶつかっても、パニック状態になりにくいのだ。
俺はビデオ会議の様子を思い出しながら話を続ける。
「カノープスは必ず神宮寺さんを指名してくる。俺たちはそう予測しましたが、見込みが外れてしまいました。この世に必ずとか絶対はないってことです。だったら……」
カノープス側も一箇所だけ絶対という表現を織り交ぜてきた。
「幼コレには絶対に負けない。龍造寺さんはそう断言しました。それをひっくり返すことも可能じゃないでしょうか。……というか、普段の冷静な社長や姫井さんなら、そっちの可能性を1%でも増やせるよう、最善を尽くすと思います」
社長が普段の明るさを取り戻し、パチンと手を鳴らす。
「それだ! 絶対をひっくり返すしかないよ!」
その笑顔には社員を元気にする魅力がある。
「須田くん、先ほどの発言に感謝します。僕も少々動揺していたようです」
姫井が照れを隠すように顔を背けた。
これで会社の方向性が決まった。
幼コレvsガルメモの対決で勝利を目指す。
まともに戦ったら勝ち目が薄いので、渾身の勝負手を考える必要がある。
議論が盛り上がってきたとき、ビニール袋を提げた神宮寺が戻ってきた。
「コンビニで人数分のデザートを買ってきたぜ。甘いものでも食って頑張ろうって……あれ?」
アーモンドのような瞳の先にはホワイトボードをつかって相談する社長たちがいる。
「なんだよ。いのりもゆり姫もやる気じゃねえか。心配して損したぜ。お〜い、デザートは冷蔵庫に突っ込んどくから。一人一個な」
わざわざ皆のために買ってきてくれたようだ。
「神宮寺さんも一緒に考えませんか?」
「私は現場の人間だからね。今回の一件は経営サイドに任せるよ」
どこか飄々とした口ぶりでいってから、神宮寺は午後の業務に取りかかった。




