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100 ペルシャ猫

 幼TECの二大巨頭が手を組むというストーリーは非常に魅力的なのだが……。


「何なの? ルカにゃんと協業するつもりなの?」

「そうです。カノープスの人手を借ります。神宮寺さんは不満でしょうか?」

「不満も何も無理だろ。私たちはライバルだぞ。向こうが首を縦に振るわけがない」

「ならばYESといわせればいいのです」

「いわせるって……」


 ずっと説明していた姫井が初めてにぎり寿司に箸をつける。


「昨日はデモの日。だから渋谷駅前に集合する。事前にその情報を手に入れたので、接触を試みてみました。社長と流川さんが出会えるのかはギャンブルでしたが。神宮寺さんと須田くんが足止めしてくれたので、僕の狙い筋の一つが発動しました」

「なんだよ。策士気取りかよ」

「まあまあ……」


 渋谷のケーキ&タルトにそんな狙いを秘めていたとは……。

 俺は狐に化かされたような気持ちになる。


「僕の情報網を舐めないでください。神宮寺さんのところにカノープスから引き抜きのオファーが届いた。そのことも把握していますから。いまの給料の二倍か三倍ですっけ?」

「ちょっ⁉︎ どこでそれを知ったんだよ⁉︎ 当然断ったからな!」

「酔った神宮寺さんが僕の枕元で優しく囁いてくれました」

「……ああ……そうかよ」


 これは恥ずかしい、と主張するように神宮寺が側頭部を押さえる。

 スクスクという笑いが起こり、さっきまでの張り詰めていた空気が消し飛んだ。


「僕のお膳立てはここまでです。交渉は社長にお任せします。よろしいですか?」

「うん。姫ちゃん、ありがとね」


 社長から画面共有のリクエストが送られてきた。


『流川マキ』

『呼び出し中……』


 さっそくビデオ通話で相手をコールしている。


「……すみません、お待たせしました」

「流川社長、時間を割いてくれてありがとうね」

「いえいえ。あと呼び捨てでいいですよ」


 スクリーンにオフィスの風景が映し出される。

 社長席と思しきところに座っていたのは……。


「猫?」

「猫かな?」

「猫ですね」


 モフモフした毛並みの白猫であった。

 全体的にふっくらしており、黄色とグレーの中間のような瞳が印象的である。


「はう……ペルシャ猫」


 可愛い物に目がない姫井がスクリーンを食い入るように見つめている。


「もしかして食事中だった?」

「ええ、お昼休みですので。今日は魚を食べています」


 猫がお口を動かしながらいう。

 足元のお皿にはマグロフレークのような物体が盛られていた。


「奇遇だね。私も魚だよ。今日はにぎり寿司なんだ」

「いいですね。健康的で」


 しれっと会話を続ける社長。

 対する猫もペロペロと舌を出し入れしている。


「流川さんってペルシャ猫なのですか?」


 俺は隣の先輩に尋ねてみた。


「ルカにゃんだからな。変身魔法にかかっているのだよ」


 神宮寺が笑いを噛み殺しながらいう。


「昨日のデモはどうだった?」

「大変でしたよ。途中で自社のトラブルが発生してしまって」

「それで会社まで引き返したんだ。ちょっとした災難だよね」

「待機要員は置いていたのですが。スタッフが手薄だったので。大事には至らなかったのが不幸中の幸いです」


 猫が口元の筋肉を釣り上げる。

 すると苦笑いしているような錯覚を受ける。


「……流川さん」


 隣からもう一つの声がした。

 これは龍造寺のものだ。


「カメラの接続、間違っていますよ。それだと瀬古さんが猫と会話しているみたいですよ」

「あれ? 本当だ。これは失礼……」

「流川さんは天然だな〜」


 カメラがくるりと反転すると、サイドテールの幼女が映し出された。

 白髪の幼女と一つのテーブルに座っており、美味しそうなうな重を食べている。


「流川はうな重なんだ!」

「デモの翌日ですから。社員にこのくらいのサービスをしないと人心が離れてしまうのですよ。それで本日のご用件は?」

「昨日の話……」

「昨日?」

「幼女の権利を守る会に入るという話だよ」


 社長があごの下で指を組みながらいう。


「千代田区の統括だっけ? 受けてあげてもいいよ」

「本当ですか⁉︎ それは心強い! 瀬古先輩が仲間になってくれるのなら百人力です」


 嬉しそうにする流川と対照的なのが龍造寺だった。


「気をつけた方がいいですよ、流川さん。美味しそうな話には裏がありますから。今から期待しちゃうとぬか喜びに終わりますよ」


 お箸の先っぽをカメラの方へ突きつけてくる。


「分かっているよ、龍造寺くん。それで瀬古先輩の条件は何でしょうか?」

「勝負しようよ。幼女株式会社とカノープスでさ。勝った方が相手に要求を呑ませるというのが、組織のトップらしい方法じゃないかな?」

「それは面白そうな提案ですね。世間様からしても。うちの社員からしても」


 会社同士による勝負……となると方法はかなり限られてくる。


「カノープスの子会社がゲームのリリースを控えているよね?」

「ええ、龍造寺くんが開発の指揮を執っています。『ガーリッシュ・メモリーズ』。通称ガルメモです」

「うちの幼女コレクションとガーリッシュ・メモリーズの売上を競うのはどうだい? 一週目、二週目、三週目という三本勝負でさ。ルールが明瞭でいいと思うんだ」

「なるほど……」


 流川が考え込んでいると、横から龍造寺が口を挟んだ。


「流川さん、この勝負は避けた方がいいっすよ。怪しすぎるでしょ。だって普通に考えたらカノープスが勝ちますから。幼コレは良くも悪くも安定期に入っています。つまり売上が予想しやすいってことです。新規リリースの勢いに勝てるわけがない。……まあ、ガルメモに致命的な初期バグでも発生すれば話は別ですが……この私がいますから」

「龍造寺くんは理解が早いね! さすが流川の右腕だね!」


 社長の褒め言葉に対して、カメラの向こうの龍造寺は鼻白んだような表情をする。


「瀬古先輩、確かに龍造寺くんがいった通りです。この勝負は明らかにカノープスが有利です」

「そ・こ・で・だ・よ」


 社長が極上のスマイルを浮かべる。


「三週間に渡る三本勝負なんだけどさ、一本でもうちが勝ったら幼女株式会社の勝利という扱いにしてほしいんだ」

「なるほど……カノープスが勝つためには全勝しかないと」

「そうそう」


 社長の意図は分かりやすい。

 三週間のどこかで幼コレの新キャラをリリースし、その一週間の売上に勝負を託すという計画だろう。


「龍造寺くんはどう思う?」


 流川は水を向ける。


「それでも絶対に負けないっすね。こっちは幼コレを超えるゲームをつくっていますから。……でも勝負を受ける受けないは話が別です。やや邪道の匂いがします。私個人としては受けたくないです。まあ、流川さんが受けたいのなら、好きにしてください、としか返せませんが」


 社長と流川が同じタイミングで苦笑いした。


「不思議なことをいうね。絶対に負けない。それでも勝負は受けない。矛盾しているようにも聞こえるけれど、私の思い過ごしかな?」

「流川さんは経営者。私はエンジニア。それだけの話です。流川さんは実利のために働き、私は矜持(きょうじ)のために働く」

「龍造寺くんは考え方が真っ直ぐだね。君みたいな人間が側にいてくれると安心するよ」

「どういたしまして」


 龍造寺は片頬だけで笑ったが、白髪の奥にある目は冷たく光っている。


「それで瀬古先輩のご要望は何でしょうか?」

「幼女株式会社とカノープスで協業したいんだよ。互いにお金とか人を融通しあってさ。ゲームを運営する合弁会社なんてどうかな。カノープスの頭文字をとって社名は『Cゲームス』。幼コレとガルメモの運営を担当する。出資比率はうちが51%出すから、そっちは49%出してほしい。なんなら私たちが66%とか75%くらい出資してもいいけれど」

「完全な対等ではないのですね。やや瀬古先輩の方が有利というわけですか」

「責任の所在は明らかにしないと。私が年長者なんだし」


 龍造寺がひとつ咳払いした。

 向こうのマイクがしばらくミュート状態になる。


「……わかりました。瀬古先輩のご要望とあらば勝負をお受けしましょう。カノープスが勝ったら瀬古先輩は幼女の権利を守る会に入る。幼女株式会社が勝ったらともに合弁会社を立ち上げる。……しかしですね、うちの社員の反発が予想されます。そこで私の方から追加リクエストを提示してもよろしいですか?」

「ん? 何かな?」


 これは予想していた展開らしく、社長は堂々と応じた。


「もしカノープスが勝利したら、幼女株式会社の社員一名を指名して、一年間お借りしてもいいですかね? 出向なり客先常駐なり。……実は瀬古先輩との協業については、私も以前から検討していました。ならばお互いの企業文化を知る人間を育てた方がいいでしょう。もちろん一年後にはお返しします」


 今度は社長がマイクをミュート状態にする番である。


「かかった!」


 椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がったのは姫井である。

 野心がぎらつくブルーサファイアの瞳を主君たる社長へと向ける。


「社長、この話を受けましょう。向こうは必ず神宮寺さんを指名してきます。それこそ僕の思う壺です。……神宮寺さんレベルの頭脳があれば、カノープスの業務をかなりのレベルまで習熟できます。一年後には隠然たる影響力を持っているでしょう。そんな神宮寺さんが両社の架け橋となれば、業務提携どころか、小が大を呑む合併もありえます。つまり幼TECの覇権が僕たちのところへ転がり込んできます。……もちろん神宮寺さんが抜けた穴をどう埋めるのかという問題は残りますが、その時は赤字覚悟で人を集めて、一年間耐えればいいのです」


 小が大を呑む合併、という言葉に神宮寺さえも色めき立っている。


「ゆり姫、天才だな! 伊達にコンサル経験があるわけじゃないな!」

「企業の吸収合併は僕の古巣の十八番(おはこ)でしたから。これはトロイの木馬作戦なのです。幼コレvsガルメモの三本勝負は、下手に勝つよりも、負けた方が望ましいくらいです」


 社長がツインテールの先端をモシャモシャしながら熟考する。


「少しリスキーな作戦だけれども……」

「幼TECのワンツーが手を組む。もはや無敵艦隊です。何よりお互いに不足している部分を補完できるのが大きい。あとは植民地を開拓する列強のごとく、他の幼TECを傘下に収めていけばいいのです。社長の下には自然と幼女人材が集まってきます。リアル世界の幼女コレクションなのです」


 姫井の声には自信が(みなぎ)っていた。


「う〜ん、姫ちゃんがそこまでいうのなら……」


 意を決した社長がマイクのミュートを解除する。


「……流川、待たせたね。いいよ。もしカノープスが勝ったら、うちの社員一人を一年間貸してあげるよ。人材交流は望むところだしね」

「てっきり却下されると思っていましたが……では勝負は成立と考えてよろしいですか?」

「うん、この会話は全部記録しているから。あとで動画のデータを送るよ」

「用意周到ですね。さすが瀬古先輩だ」


 これにてビデオ通話は終了。

 ほぼ姫井の台本通りなのだが……。


「あ、そうそう……」


 マイクをオフにしかけた流川の手が止まる。


「須田くんといったかな。もし我々が勝利したら彼を指名しますから。本当は神宮寺さんと一緒に仕事をしたいのですが。双方のデメリットが大きそうですから。今回は欲張らないでおきますね」


 瀬古先輩の考えなんかお見通しですよ、と。

 勝気そうな目でウィンクをしてから、流川はさっさと通話を抜けてしまった。


引き続き150話を目指していきます。

m(. .)m

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