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俺の青春はオンラインとポテチの中にある。2

「ごめんなさいね。その、古い家で……」

「い、いやっ! 古くてもきちんと手入れされてて良い家ですよ! わらしもっ!」

「わら? 有難うございます! でも……ビックリしましたよね?」

「えっ? ああ、ちょっとだけ。でも、別に悪さもしないし逆に良いって話も……」

「本当ですか! 私も古くても磨くと結構味が出るので好きなんです。でも、嬉しいです!」

「へ? あっ、ああ古い家! 好きですよ古い家! そ、そう言えばその……ご両親とかは?」

「実は、家に両親は居ないのです。父は週に一度位しか帰って来ないので……」

「えっ? でもさっき隣の部屋で?」

「あっ! 会いました?」

「会ったと言うか遭遇したと言うか……」

「そうでしたか……隣の部屋に居るのは私の妹、甘納です。体が弱くてずっと部屋に……なので、用が有る時は鈴を鳴らすのです。あっ! この前のカレー、とっても喜んでおりましたよ!」

「千歳にも伝えておきます! あっ、何か色々と聞いちゃってその……無理に話さなくても」

「うふっ、本当にお優しいですね」

そう微笑む彼女の姿は純粋にとても美しく……何だかその言葉に後ろめたさを感じた。

「優しさなんかじゃ……俺は只、あまり人と深く関わりたくないだけですよ。知った所で、助ける事なんて出来ないし安易な事を言って慰める事なんてもっと出来ない。あっでも!」

「でも?」

大きな丸い瞳で見つめる彼女の瞳はあまりにも真っ直ぐで反射的に視線を反らしてしまった。

「そ、その! 困っている時に話を聞く事くらいなら俺にも出来るかと……」

すると彼女は、驚いた様に目を丸くしてから嬉しそうに笑うとやがて瞳に深い色が映った。

「では、まだお時間もありますし少しお話を聞いて頂けますか?」

「べっ、別に無理にとは!」

「いえ、私がお話したいのです萩塚君に。それに、これはGMとしても聞いて頂きたいのです。」

すると彼女は一呼吸つき決心したかの様にゆっくりと口を開いた。

「実は、この家にはもう両親が居ないのです。」

「へっ?」

「正確には――父は居るのですが、先程も言いました通りあまり帰っては来ないので殆ど家では妹と私で暮らしているのです。隠している訳ではなかったのですが、中々言い出しにくくて」

「そう……なんですね」

「あれは、私が小学5年生頃の事です。父は大手企業に勤めており、真面目で私にも勉強やPC等を教えてくれました。母は料理上手で優しく、よくお菓子を作ってくれて私や妹が間違えた時には決して怒らずに優しく正しい道を諭してくれる……そんな人でした」

「良いご両親ですね!」

「ええとっても。私も妹も二人の事が大好きでいつも休日には四人で出掛け、とても仲が良く温かい家庭でした。そして私も妹もそんな日々がずっと続いて行く――そう思っておりました」

すると彼女は窓の向こうのどこか遠くを見つめた。

「小学校の授業中、急に先生が青い顔をして入ってくると『一緒に来て下さい!』と私の手を引くとそこには家の車があり妹も乗っていて低い声で父が『母さんが…倒れた。』と呟きました。

急性の病でした。私達が病院へ駆けつけた後直ぐに……それから父は、今まで殆ど飲まなかったアルコールに走り妹は「ママは?」と聞いては居ないと分かると泣きじゃくりその繰り返しで……私は涙も出ずに只自分を見失いそうになっていました」

ふと練霧を見ると、そこには小さくて弱くてそれでいて強い――そんな少女の姿があった。

「学校は……どうしたんですか?」

「ええ。先生が心のケアを行っている学校を紹介して下さり、私もそちらの方が皆と分かり合えるかなと転校を決めました。ですが、教室に入ると……皆とても楽しそうにしていたのです」

俺は華乃の事を思い出した。アイツが虐めを受けている時も結局我慢して笑ってたんだっけ。

「以来、甘納は部屋に籠り父は仕事も上手く行かず私達に手を挙げてしまうかもと週に一度戻る事を約束し出て行き……その時の私は、誰かに自分の気持ちを聞いて欲しかったのだと思います。それである日、学校で仲良くなった女の子に初めて自分の気持ちを打ち明けたのです」

「その子は――何て?」

「『私も両親を亡くしたから分かるよ。でも、いつまでも下向いてちゃダメだよ !天国のお母さんが心配しちゃうよ!』と。それを聞いて、私って弱いなーと思いました。もっと傷付いている人が居るのに……だからせめて、今出来る事をもっと頑張らなくちゃ! と。でも、どうしてももう一度だけ母に会って確かめたかったのです」

「会う?」

「ええ。萩塚君はアイテムのシグナプレスをご存じですか?」

「えっ? あの、超レアアイテムで一度だけゲーム内で逢いたい人に会える――っ!」

「そうです。それが今回の大戦の一位ギルドの賞品かも知れないのです」

「もしかして、だからシグプレを?」

「あっいえ! シグプレを始めたのは元々、甘納が少しでも退屈しない様にと一緒に」

「えっ⁉ じゃあ甘納ちゃんもプレイしているんですか!」

「それが……二人とも初心者で中々難しく甘納は私が一位を取ったらやると言い出して」

「それであんなに強く……」

だからって、長年やってもあんなに強くなれるモンじゃないけどね。

「母が……亡くなる寸前に私に伝えた言葉があるのです」

「え?」

「亡くなる前に私に向かって放った言葉。それが「本当の――さい」までしか聞こえず、分からず終いで……それが分かっても母が戻る訳では無いですが、最後の約束や願いだったらせめてと。本当にごめんなさい! こんな私の我が儘に萩塚君やギルドの皆さんを巻き込んでしまい。私は全然、萩塚君や柚奈が思っている様な良い子ではないのです!」

と、彼女は拳を握りしめた。その表情は今までのどの彼女よりも人間らしく見えた。

「本当に……人の気持ちが分かる人って居ると思います?」

「え?」

「ああいや、さっき言ってた友達の話じゃないですけど人の痛みって例え同等かそれ以上の痛みを受けたとしてもそれは受けた人によって感じ方や痛みも違うんじゃないかなーって。だからその……練霧が負った傷も本物だし、簡単に大丈夫なんて言えないかなって。それに、傷は自分が認めてあげなきゃ治る事も出来ないし他人がどうこう出来る物じゃない。だから一人で我慢する事も無くて……泣きたい時に無理して笑うとかそんなのは大人に任せときゃ――っ⁉」

ふと顔を上げ練霧を見ると、その大きな瞳からは清らかな雫が溢れていた。

「あ、有難う……ございます!」

「お、俺は何も! でも、ど、どう致しまして」

こんな時に人を慰めるスキルがあれば良いのだが……生憎未習得だ。どうしたら良いのか分からず、取り敢えずドアの方を向くと少しだけ隙間が空いていた。

「ご、ごめんなさいっ! 何だか萩塚君にはお見苦しい所ばかり」

「そ、そんな事ないですよっ! こちらこそ色々と有難うございます!」

俺の一生のお宝です!

「入学式の日からずっと……お話ししたいと思っておりました」

「へっ?」

「あっ、そろそろ17:30になりますよ!」

「やばっ! すみません、帰ります!」

これ以上シスター達を怒らせては天罰が当たってしまう。

「お気をつけて! 次の同好会は来週です!」

「はい! こちらこそ色々有難うございました! では、又夜に!」

見慣れない扉を開くと、そこはアパートの二階らしく俺は階段を下り再び後ろを振り向いた。

そこは築何十年も有りそうな古いアパートで、トタン屋根が見るからに歴史を感じさせていた。


「ただいま戻りましたー」

17:50。練霧が丁寧に描いてくれた地図のお蔭で迷わずにギリギリ間に合った!

「おすっ! 不良蓮兄!」

「どっかの暴走族の名前みたいに呼ぶなっ!」

「ほほーぅ? 今日は千歳カレーだから多目に見てやろうと思ったのになー」

「よ、四露死苦っ!」

急いで手洗いを済ませスパイシーな薫りに包まれながらリビングへと向かった。

「へいっ! 南蛮渡来の秘伝香辛料で仕込んだ極旨カレーだ!」

「何かもうそれっぽい言葉並べただけに聞こえてきたよ? あれ? そういや華乃は?」

「華乃なら先に食べて部屋に籠っておるぞー? いやはや良かったでやすなー旦那っ!」

「今度は何処ぞの闇商人かー? 何か俺が悪い事してる見て―じゃねーか」

「ほほう? 余は潔癖だと申すか? 何も悪う事はしとらぬと?」

「し、してねーよっ! や、やべっ! もうこんな時間だ!」

「まぁ、拙者は色恋沙汰には無関心故! ん? 何じゃー慌ておって……御用かっ!」

「シグプレっ!」

時計台に付くと、既にそこにはwing以外のメンバー全員が揃っていた。

「おーん! 早かったねん!」

「GMはまだみたいっすね?」

「もぉ~スグ来るでしょぉ? そぉぃえばぁ! 今の順位ゎどのくらぃなのかしらぁ?」

「ふにゅっ! 暫しお待ちをっ!」

と、二人に注目されながら慌てて調べ始めたのか黒天使の動きが止まった。

「殿。音羽の部屋……密室どうだった?」

「おまっ⁉ まさか、わざと!」

「否。用事は本当」

「言い方に軽く悪意を感じるのだが……そういやお前、俺が入学式の時――」

言い掛けた言葉は、いきなり慌てた様子で話し出した妹の言葉により中断された。

「だ、だだだだ大ニュースですっ!」

「そぉんなぃぃ順位だったのかしらぁ?」

「い、いえ! 順位は16位でしたっ。そ、それよりも! 掲示板にある噂がっ!」

一同が顔を合わせた所で羽二重が急に後ろを向き双剣を構えた。

「殺気……」

つられて後ろを向くが、この時間は対戦前ともありPK出来ないので殺気等感じ様が……?

「ご機嫌よう? 坊や」

いつの間にか何者かに背後を取られ、首に腕をまわし耳元から鼓膜に艶やかな声が響き渡った。

「あっ、兄さまから離れるでっ――」

言い掛けた華乃の言葉は鋭い視線により阻まれる。

「お、お前っ!」

「あら? 何処かで会ったかしら? まぁ良いわ、それより貴方達もお久しぶりね?」

「別にわっしは会う気は無かったけどん」

「あら、相変わらず嫌われたものね。あの偽善者さんはどこかしら? 見当たらないけれど?」

「クロエお前んっ!」

「止めときなぁ~ルナ。で、用件ゎ? そんな嫌み言いに一人で表れた訳ぢぁなぃでしょぉ?」

「相変わらず愚かな話し方ねsalt。でも、ルナよりも少しは頭が回りそうね? そうよ、今日来たのは顔を見に来たというのもあるけれど……昔の吉身でご挨拶よ」

「挨拶ぅ?」

「同じ上位ギルドとして頑張りましょうってね。でも、wingが居ないのでは仕方ないわね」

「上位?」

「そうそう、名乗り忘れていたわね」

と、漸く俺の体を解放すると彼女は口許に微笑を浮かべしなやかな所作で頭を下げた。

「私は、ギルド朱雀の理GMのクロエよ。以後お見知り置きを」

その瞬間、皆の表情や周りの空気までもが彼女の髪色の様に蒼く凍りついた様な気がした。

「うふっ、大丈夫よ! この後の大戦で全滅させたりしないから。今は本当に私一人だし流石に1対4でなんて挑まないわよ。新しいメンバーさんにもスキル持ちが居るかも知れないしね」

と、彼女は俺を見つめ目を細めた。

「では、今日はこの辺で。GMさんにも宜しくね。最終で逢えるのを楽しみにしているわ」

流れ出した大戦を告げる音楽と共に彼女はワープゲートを使い闇の中へと消えて行った。

「おーい! お待た……? ほ、本当に遅れてすまないっ!」

と、その後直ぐに走って現れたwingの姿に一同安堵の溜息をついた。

「ちょぃ前にここにクロエがきたのよぉ」

「えっ⁉ ク、クロエ?」

「新しく自分のギルドを作ったらしくてねぇ。そのギルドがねぇ~あの“朱雀の理”だって」

何と答えるのだろう? と、彼女を見ると驚いた様子も無く優しい瞳で空を見つめていた。

「そうか自分のギルドを……。居場所を見つけたんだね、クロエは。本当に良かった――」

その言葉に一同唖然とそのwingの姿を見つめた。

「ボ、ボスは許すんだねん! いやーわっし、てっきりクロエには裏切られたのかとん!」

「ルナ……。ルナは私の事を思って哀しんでくれていたんだね。有難う! でも、クロエは裏切ったのでは無く方向性が違ったのだと私は思っているよ」

「だってん! SPSを習得した途端にんっ!」

「強い者が制するギルド。私はそんな物は作りたくなかった。一緒にゲームを楽しみ互いの事を知り合いながら行動していたらギルドが出来ていた。それが飛行馬ではないかと思うんだ」

そう言って笑う姿はシグプレの中で誰よりも優しくて強くて格好いい最高のギルマスに思えた。

「ボスん……」

「わっ⁉ ちょ、ルナ! 前が見えな――っ!」

「あぁ~ん♪ じゃあアタシはレンちゃんにぃ~♪」

「だっ、ダメですっ! そもそもsaltさんは存在がえっちぃのですっ!」

「あらぁ? 誰が存在が淫乱な痴女ですってぇ?」

「い、妹に変な言葉教えないで下さいっ!」

嬉しそうに飛び掛かったルナに押し倒されるwing。そして、その横で喧嘩を始める華乃とsaltに挟まれる俺――正にこれが彼女の言っていた飛行馬の姿なのかも知れない。

「あれ? そう言えばふうまは?」

「殿」

「うわっ! お前なんで俺の影に⁉」

「近くの偵察……所で殿。周囲半径200m以内……2つの敵、近付いている」

「お前……それを先に言えよっ!」


「すまない殿。皆が楽しそうな故、空気を読み誤った様だ」

「その様だなっ! 寧ろ全然読めてないからねっ!」

「んまー結果オーライっしょん!」

「そうだね! 結果的にふうまのお陰で私達は助かったのだし、有難うふうま!」

まぁ結果的に言うと、あれからwingが見事に指揮を取り両ギルドとも倒したのだが――

「でも、全然仲間になら無いもんっすね?」

これだけ戦って来て殆どの相手に共闘を誘って来たと言うのに何故か一様に申し出を断るのだ。

「いつもこんな感じだよ。自分のギルドでという人や報酬を気にしている人も多いみたいだね」

「報酬は共闘しても1個だからねん!」

確かに、俺も夜空の宴の頃はギルド戦の時は真っ先に負けるかログインしない(3日しないと自動的に敗北)のどちらかだった。

「ふにゅっ! そ、そう言えばっ! 聖栄旅団が朱雀の理と共闘したとっ!」

「おい待て妹よ。念の為に聞くが……それはいつの話だ?」

「えっと、クロエさんに会ってから……ふにゅっ! 言い出しにくくてそのまま言えずにっ!」

「お前もかっ!」

「え、えっとつまり……朱雀が聖栄に吸収されたん⁉」

「そ、それが違うのですっ! 掲示板によると『聖栄と朱雀のGMが一緒におるんやけど!』『クロエ様がウェイハースと⁉』『最強ギルドここに生まれし!』ですっ!」

「ログそのまま読むのかよっ!」

「朱雀が聖栄と……」

しかし寄りにもよってあの2チームが組むなんて――

「クロエは色々変わったんじゃん? そいや、レン助も会った事があるみたいだったねん?」

「1年位前に一人でダンジョンを攻略していて、最後面でアイテムも使い切り正に絶体絶命だった時に丁度INして来たのが彼女で……俺の前に立って敵の攻撃を受けてくれて、お陰でその面は攻略出来しかも取れた素材まで丸ごとくれて。でも、その時のクロエさんは優しくて違う感じで――だから最初は気付かなかったんすよ! でも名前とあの大剣を見てもしやと」

「確かにクロエは昔から世話好きでねん。特にボスとは……んっ! ご、ごめんボスん」

「いいよルナ、気を使わないで。でも、実際会っていないけれど変わってはいないと思うよ」

「そぉね♪ 根っ子んとこゎ早々に変ゎれなぃゎょねぇ? っな、何ょ? その眼差しゎ!」

「め、珍しくsaltさんがまともな事を言っており……体調でも優れないのかとっ!」

そんなこんなでギルド戦の日々は着々と過ぎ、次の同好会活動の前日を迎えた。

「うっし! 明日はどこかい? どーこーかいっ♪」

「へっくしゅん!」「ふにゅんっ!」

「何だー? 二人とも夏風邪か?」

「あ、兄さまっ! 華乃はお部屋におりますねっ!」「ちーは球蹴りをしてくるー」

「おーう!」

と、朝食を取ってから洗い物を済ませ二階へ上がると華乃の部屋をノックして声を掛けた。

「おーい華乃ー。もし暇なら一緒にダンジョンでも――」

「か、華乃行っきまーすっ!」

と、中からまるでホワイトベースから発射でもするかの様な返事が帰って来た。

「そ、そうか。じゃあふうまやルナ達にも連絡とって――」

「兄さま大丈夫ですっ! この時間帯に大戦はありませんのでっ!」

「あぁそっか。でも良く覚えてるな? そういやお前、ずっと籠り気味だけど夏休みの宿題は?」

「ふにゅっ? とっくに終わらせましたよっ♪ 兄さまもっ?」

「あはっあはは……あと一教科です」

華乃はこう見えても俺と頭の出来は違ったんだったな。

「千歳は大丈夫なのかー? どう見ても遊んでいるようにしか……」

「ちーちゃんなら最近、病弱なお友達のお見舞いに行っている様で一緒にお勉強してるとかっ」

「へー」

まぁ千歳は老若男女と広いからなーと、宝箱から『手羽先風味』を取り出し自室に戻った。

「そういや、この時間帯がレベ上げの時間だったなー」

時間帯を覚えてないなんて如何にダメGMだったかを思い知りなんだか申し訳なくなる。それに比べてwingはやっぱカッコいいよなー。しかも中身はあんなに可憐な美少女っ!

「兄さまっ!」

すると画面の中に全身黒づくめの黒天使が映っていた。

「何度呼んでも気付かないんですものっ! 又、如何わしい事を考えておりましたかっ!」

「べ、別に考えてなんて……」

「ふんっ! 顔が如何わしかったですっ!」

「どんな顔だよっ⁉ 如何わしい顔とかすげぇ嫌なんですけどっ!」

「ぷいっ! あっ、そういえばっ又順位が上がっておりましたっ! 8位ですっ♪」

「8っ⁉ すげぇ! 10切ったじゃん!」

「はいっ♪ さっすが飛行馬ですっ!」

そんな事を話ながら取り敢えずレべ上げに最適な中級ダンジョンへと歩き始めた。

「お~い、そこのお二人さ~んっ! ギルドの新情報安く売るよ~?」

急に背後から聞こえた声に振り向くと、そこには1人の怪しげな個人商人がこちらを見ていた。

「や、やだぁっ♪ カップルですって! ちょっと寄ってみましょうっ! ね?」

「お前の脳内変換すげぇな!」

渋々華乃に手を引かれ商店へと近付いて行くと、その商人の前には数枚の紙の束が並んでいた。

「らっしゃい! お二人さんは……まだ生き残り?」

「えぇ、まぁ」

「そりゃ運がいい! 生き残りが少ないから商売になら無くてね~。今なら超特価よ!」

すると商人が並んでいる一つを差し出した。そこには何やらギルド名らしき物が書かれている。

「これって?」

「生き残り上位ギルドの情報を集めた云わば攻略本よっ!」

「ひ、飛こっ⁉」

急に下に居た華乃が一枚を指差して声を上げそうになったので急いで口を塞ぐ。

「あっ、ああ! 丁度この飛行馬のを探してたんだよなーっ!」

「ん? おおそうか! そりゃ~昨日入ったばっかの上物でな、1000Gだよ!」

「せ、1000Gっ⁉」

「おう! 何せ飛行馬つったらレアSPS所持者と噂の女剣士が率いる上位ギルド! しかも噂じゃ新メンバーも増えたとか! 一度お目に掛かりてぇ~兄ちゃん達も上位狙ってんのか?」

「あ、いや俺達は……」

「はっは、まあ時期に強くなれるさ! 仕方ねぇ、嬢ちゃんと頑張りに免じて800でどうだ?」

「はい……」

「毎度ありぃ~応援してるよ! そういや聞いてなかったな、兄ちゃん達のギルド名を!」

「夜空の宴です」

「夜空……ん? 確か飛行馬と共闘したギルドもそんな様な……? ってあれ⁉」

「ふぅー。ここまで走れば大丈夫だろ?」

「ふにゅーっ。ビックリしましたっ!」

何とか俊足で華乃を抱え逃げて来たはいいが――。

「こんなもんが売られてるとはな」

「見てみましょうっ!」

と先程の紙を開くと、そこには素人が書いた正に裏アイテムというか胡散臭いメモが出て来た。

『ギルド:飛行馬ひこううまGM:wing ♀剣士エルフSPS:剣スキル(レア?)サブ:るな♀短剣ドアーフSPS:犬? 、そると:♀ アーチャーエルフSPS:?、黒天:♀ウィザードエルフSPS:なし、††レン††:♂ウィザードヒューマンSPS:たぶん無』

「何これ? しかも初っ端から飛行馬の読み方間違ってるし!」

「それは兄さまも間違ってましたっ!」

「いや、俺は初めて知ったんだよ? この人もう完全に知り尽くした感で攻略本作ってるから! それに何で俺の名前だけ忠実に再現してんの? 一つ多いし! ちょっと鳥肌立ったわ」

「で、でもっ! SPSは気付かれてなくて良かったじゃないですかっ♪」

「何か複雑な感じだよ! しかもこのクオリティーで800Gとか金返せっ!」

ドスンドスンッ!

「おい居たぞーっ! あのダンジョンだ!」

「でかした兄貴っ!」

突然鳴り響いてきた地響きと声に振り返ると、そこには数人の巨人がこちらに歩いて来ていた。

「デカっ! お、おい華乃っ! ここってPK無しエリアだよな?」

「ここは……ギリギリPKゾーンですっ!」

「嘘?」

「アーメンっ!」

二人で太刀打ち出来る訳も無いので目を瞑って近付いて来る声に耳を澄ませた。

「おい! あの犬狐が逃げたのはどっちだ?」

「あの洞窟の前ですよ兄貴っ! ほら黄色い尻尾っ!」

「よしっ、回り込むぞっ!」

すると足音は俺達の頭上を通り過ぎ…近くの岩陰に隠れ巨人達の背中を見送った。

「何とか大丈夫だったな」

「ふ、ふにゅーっ」

「にしてもさっきの巨人達が言ってた黄色い尻尾に犬狐って……」

「あっ! 兄さまあそこっ!」

と指差す先には、巨人に囲まれた狐耳に大きな尻尾を生やしたへそ出しドアーフが立っていた。

「ありゃーん! これ又デッカイお客さんだねん? わっしに何か様かいん?」

その状況にも関わらず楽しむ様に彼女は歯を見せて笑っていた。

「用? 惚けちゃいけないよ~お嬢さん! キミが盗んだ物を返して貰いにね!」

「盗んだん? わっしがん?」

「お嬢さん……オメー兄貴の大事な魔除けの指輪盗んだろ! その左手に付いてんのダヨ‼」

「ん? ……ホントだん! いつの間にんっ!」

「死ネェェェっ!」

「ヒヒッ、そうなるよねーんっ!」

と四方八方からの攻撃をルナは持ち前の身軽さで交わすと、短剣で切りつけHPを刻んで行く。

「チッ! すばしっこい奴だ!」

「兄貴っ! 二人が毒でやられました!」

「ヒヒッ! デカイ図体してっからだよーんっ!」

「毒⁉ ではお嬢さん……これはどうかな?」

今度は一番デカイ巨人がルナの足元目掛け斧を突き刺した。

「へぇーん? 少しは頭が回るようだねん?」

「フンッ、強がりを言っていられるのもここまでよ!」

すると、みるみる内に足元が崩れ地割れの間からツタが出てくるとルナの体を締め付けた。

「くっ……」

「あ、兄さまっ!兄……さまっ?」

気付いた時には既に俺の体は岩影から出てやたらデカイ巨体の前に立っていた。

「んんっ? 誰だお前? コイツの仲間か?」

「レ……レン助ん⁉」

やべぇ。勢いで出たは良いがあんな奴と戦えるのか? ここは……カッコ悪く死ぬとすっか!

「お、おうよ! だからその……そいつを離せっ!」

うっわ何この主人公っぽい台詞? 恥ず! と思いながら直ぐに華乃にチャットで話し掛ける。

「華乃、あの……」

「ふにゅっ! ルナさんの回復ですよねっ! 終わったら直ぐに援護に向かうのですっ♪」

「お、おう! 悪いな、サンキュ」

「ふにゅっ♪ 妹ですからっ!」

そのまま華乃には俺が敵を惹き付けるまで岩影に隠れていて貰った。

「グハハッ! これ又、随分と貧弱そうな助けだねー?」

「弱いなりに出来る事も……あるんだよっ!」

『スキル発動!』

「何だ体がっ! 惹き付けの術か! 仕方ないね~そんなに死にたいなら……殺ってやるよ!」

そうして俺は巨人を遠くへと誘導しながら同時にルナへチャットを送った。

†レン†:ルナ! 回復したら攻撃を頼む!

「おいおいそれが俊足かー? 遅いねぇ? そろそろ終わりにしちゃうよー?」

と、巨人はその巨体を活かして全身の力を利用し上空から俺の頭上に大斧を振り上げた。

くっ、逃げ切れねぇ!

「重っ‼」

何とか法具で受け止めるがそう長くも持ちそうにない。そもそも近接戦闘なんて――

「オラオラオラオラッ! 受け止めているだけじゃ倒せねーぞ?」

既に法具の耐久も限界だ。更に斧の風圧が体を切りつけHPが食われ残り30を示していた。

「くっそ! ここまで……か」

「兄さまーっ! 援護しますっ!」「お待たせーん!」

その声と一緒に後方から鮮やかな援護魔法の光と無数の短剣が飛んで来た。

「って、おわっ! こっちにも飛んで来てっ!」

「もうちょい我慢してねーん?」

不意を突かれ、よろつく敵に向かい獣の様なスピードで手足を地面に付け走って来たルナは直ぐ俺の横を通ると同時に耳元で囁いた。

「ありがとね、レン」

「えっ?」

と振り向いた瞬間、額にルナの唇が重なった。そのままルナは呆然と立ち尽くす俺に向かい悪戯な笑みを見せると巨人へ突っ込んで行った――

「み、見ましたかっ? 黒天使の可憐な援護魔法っ!」

「お、おう」

さっきのってやっぱ『キス』だったのか? そんな事を考えながらルナの顔を見ると、こちらに気付きウィンクをしてきた。な、何意識してんだよ俺っ!

「だ、大丈夫ですか兄さまっ⁉ 目が血走っておりますよっ?」

「お、おう。でも、何でアイツ等ルナの事狙ってたんだ?」

「ありゃ罠だよんっ」

「「罠?」」

「何か最近、ギルドのデータ集めて一儲けしてる輩が居るみたいでさん! 特に上位ギルドは高値で売れるらしくて……ったく、人気者は困ったもんよんっ!」

「ギルドの情報を」「売りさばくっ?」

「んっ? どったの二人して青い顔してん?」

俺達は先程行った闇商店の話と例の物をルナに差し出した。

「うっひゃーんっ! ヒヒッ! んで、回収してきたとんっ!」

「回収つーか、買わざる終えず」

「へぇん! しっかし、こりゃひっどいもんだねーん! でも、レン助達が来た時はビックリしたよんっ! 黒天っちが計画したんっしょん? 『兄さま大変ですっ!』なんてヒヒッ!」

「ち、違いますよっ! 私もビックリしたのですから、兄さまが自分から助けに行くなんてっ」

「え……ん? あっ、へ、へーん!」

「人の事を何も出来ないみたいに言うなよっ! お兄ちゃんの硝子のハートが傷付いたぞ?」

「兄さまはナゲットハートですっ♪」

「上手い事言ったのに何で揚げた⁉ ん? どうしたルナ?黙り込んで」

「んっ⁉ あっいや、何でもないよんっ!」

そのままくるりと尻尾を振りそっぽを向いてしまった。

「尻尾かんわいいーですっ! もふもふっ♪ 兄さまっ! 動いて可愛いのですよーっ♪」

華乃は喜んで感触も無い筈の尻尾を撫でていた。確かに別の生き物の様で見ていて中々面白い。

「確かにこうして間近で見ると――中々可愛いな!」

と、触れようとした瞬間――「ひゃんっ!」と声を挙げたルナはもの凄い勢いで尻尾を抱えた。

「な、何だよっ⁉ 変な声出すなよっ!」

振り向いたそのルナの頬は紅く染まり目は少し潤んでいる。

「お、お前……熱でもあるんじゃ?」

「レン助が可愛いとか妙な事云うからん……」

「ん? 何か言ったか?」

「わ、わーったよんっ! 大戦まで少し休んでるんっ! ベぇーっだん!」

と、ルナは舌を出しログアウトしていった。

「なぁ華乃……俺、何かしたか?」

「さあっ? 兄さまはそのままでいいのですよっ! これ以上増えると華乃が困りますっ!」

「へ?」

それから俺達は昼まで軽くダンジョン攻略やアイテム調達をするとログアウトした。

「さーて、飯にすっかー」

空になったポテチの袋を保存用に洗う為リビングへと向かう。

「兄さまっ! お昼はエクスカリバー炒飯ですよーっ♪」

テーブルを見ると聖剣のつもりか山盛りの炒飯の上に剣の形をしたウィンナーが刺さっていた。

「ちーちゃんはお友達の家で食べる様なので二人っきりですっ♪」

「そっか。んじゃ、いただきまーす」

「アーメンっ♪ あっ! 因みに聖剣は勇者にしか抜けないので……って食べてます⁉」

「んあっ? じゃ、じゃあお兄ちゃんはそっこーで抜けたから超勇者って事だな!」

「むぅーっ。あっ! 兄さまお米が頬に付いておりますっ! お取りしますっ♪」

「いや、そんなニヤけながら言われると恐いんで……自分で取るから!」

「ふにゅーっ! そうゆう肝心な所は変わらないのですよねっ」

「ん?」

「最近の兄さま、何だか少し変わった気がして――その、遠くなってしまった様なっ……」

「そうか? でも、もし変わったのだとしたらシグプレの影響かな? それに、お前も変わっただろ? よく笑うようになったし人見知りも無くなって来てる」

「そ、そうでしょうかっ?」

「おう! それに、例え全ての人が敵になろうと俺は側に居る。まぁ、その位しか出来んがな」

「兄さまっ……私、兄さまの妹で幸せですっ♪」

「おう! んじゃ、食ったら片付けんぞ?」

「はいっ♪ そういえば兄さまっ! 今日は学校に侵入しないのですかっ?」

「侵入ってお前っ! 片付けたら行くつもりだよ!」

「そうでしたかっ! では、ここは私が引き受けますので沢山野菜を泥棒してきて下さいっ♪」

すると、網戸のベランダから向かいのおっさんが急いで庭の野菜を移動するのが見えた。

「お、お前が変な事言うから野菜泥棒かと思われたじゃんかっ!」

それから二階へと上がり着替えると、宝箱から一袋取り出し鞄に詰めて家を後にした。

「失礼しまーす。1ーAの萩塚です。鍵を取りに来ました」

職員室のドアを開け一礼すると様々な鍵の掛かった扉を開ける。

「えっと、屋上の鍵――あれ?」

鍵がいつもある場所に無い。誰か来ているのだろうか?

「あらぁ~? 萩塚くぅん?」

独特の甘ったるい声に振り向くと、メロン……じゃなく担任の石衣が直ぐ後ろに立っていた。

「どもっ」

「屋上にぃくのぉ~? 鍵ないでしょぉ? 音羽ちゃんが居るわょ♪」

どうもこの人は見ているだけで充分で話すのは少々苦手だ。

「あ、有難うございます」

「ん~そぉだぁ♪ 萩塚くぅんみてぇ~?」

「何すか? ってちょ⁉ 何やってるんすか!」

見るや否や、石衣は目の前で急にパツパツのシャツのボタンを外し始めた。

「ほらぁ~♪ 新作のワンピ……って、あれぇ~? 萩塚くぅん? ヒック!」

「はぁーっ。何なんだあの変態教師っ! もしあんな所を練霧にでも見られたりしたら……」

「私がどうかなさいましたか? いつもお早いのですね!」

と、屋上へと続く階段の上で光に照されキラキラと輝く黒髪を2つに結んだ天使が立っていた。

「こ、こんにちは練霧。ちょっと早く家を出れたんで……ってあれ? 今日はバイトお休み?」

「えっええ。実は……お休みを頂いたのです」

「えっ⁉ もしかして体調が悪いとか? それなら無理しないで!」

「あっいえ! そうでは無く、その……少し考え事をしたくて」

「そ、そっか! お、俺は少し野菜の様子見たら帰るから! 練霧はゆっくりして――」

「あのっ! もしお時間が宜しければ、少し聞いて頂きたいのですが……」

「お、俺に? そ、そりゃ勿論大歓迎ですけど……力になれるか」

「うふっ、いつも力になって貰っていますよ?」

と顔をあげた彼女の瞳は薄っすら赤みを帯びていた。それから2人で畑の手入れをした後、練霧が用意したピクニックシートの上に腰を掛け俺は鞄に詰めたポテチの袋を出し封を開けた。

「おっ! 今日は金沢カレー!」

「金沢カレー? 珍しいですね! 以前、お家にお邪魔した時も色々な種類が有りましたね!」

「昔、旅行に行った時に思い付きそれ以来ずっと集めてて――あの、良かったらどうですか?」

「宜しいのですか? それでは……頂きます!」

と、練霧は差し出した袋から一枚摘まみ上品に口へとに運んだ。

「っ!お、美味しい!」

「本当ですかっ!あっ、牡蠣醤油味とかも旨いっすよ! そうだ、今度三人の時に色々持って!」

「多分もう……柚奈は来ません」

「え? 来ないってどうゆう?」

「実は今朝、柚奈から手紙が来てそこには『シグプレを見て』とだけ書いてあり、何の事か解らずシグプレを開くと――ふうまから『脱退申請』が来ていたのです」

「脱退?」

「はい。それからいくらメールに返信をしても伝書鳩を呼んでも来ず……仕方なく受理を」

「もしかしてさっき言ってたのって?」

「ええ。次の大戦で皆さんにもお伝えしますが先に聞いて頂きたくて。私、柚奈がずっと一人で悩んで居た事に全然気付けず……皆さんにも分かって頂きたくて、どう伝えれば良いかと」

こんな時でも彼女は真相を知ろうとしたり嫌いになったりせず、第一に相手の事を考え柚奈の気持ちや皆の事を思い悩んだり哀しんだりしていた。彼女は知っているのだろう。多くの痛みや哀しみをそして……人を信頼し、許す事を。

「そう、ですね! 何せ殿に何も言わずに出ていくなんて……イカをクサヤに変更の刑だな!」

「うふっ! それなら柚奈がどこにいても分かりますね!」

と、大戦時間も近付いて居たので俺達は帰り支度を始め『鍵を返すのでお先にどうぞ!』と言う練霧の言葉に甘え、校舎を出ると『ゆずな』と書かれた校門の花壇のプレートを見つめながら一足先に学校を出た。羽二重の奴――何やってんだよ?

「脱退ぃ~⁉」

 いつもの時計台にsaltの声が響き渡る。

「理由は聞いてないのんっ?」

「それが何度しても連絡が取れず……止む追えず受理を」

「で、でもっ! 何か特別な事情があったのではっ? だって昨日までずっと一緒にっ!」

「こんな最終決戦まぢかょ?」

「ボスが信じるっていってんだから、わっしはふーたんを信じるよんっ!」

「ぁ~もぉ! 好きにすればぁ!」

「有難うsalt、ルナ」

「で、ですが……そうなると、大分戦力が減ってしまいましたねっ」

「そこは大丈夫っしょん! レン助が本気を出せばんっ!」

「何でそこで俺が出てくるんだよっ⁉ 何か他にも俺がSPS持ってるみたいじゃんかっ!」

「二刀流ですかっ!」

「他にもSPS……」

「wing?」

「ヒヒッ! そろそろ始まりますよーボスんっ!」

「そ、そうだね! では、一人抜けてしまったけれど残り9ギルド! より団結して行くよ!」

淡い不安と期待を抱きながら大戦時刻を告げる時計台の鐘と共に一同は再び歩き出した。

「おおーっ!wingじゃんっ!」

そんな一同の足を止めたのはやけに馴れ馴れしい一人の騎士の様なキャラだった。

「行こうか」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 酷いよ~俺達の仲じゃないかっ!」

「仲良くした覚えは無いのだが。それに君にはもうマスターが居るだろう? あまりしつ――」

「ち、違うんだって! 騙されたんだよ! その証拠に俺はもう大戦には参加出来ない。つまり敗北者だよ。俺が心から欲しいのは今でもwing君だけだ! だから嫉妬しないでくれ!」

「嫉妬も何も、元から好意はないが?」

「なぁ、ルナ。あのチャラい騎士は?」

「そっかん! レン助達は会った事無かったねん! ありゃ聖栄のGMウェイハースだよん!」

「「ウエハース?」」

「おい! そこの白髪とチビッ子、お前達が新入りか? ってな⁉ wing、何故男がっ!」

「飛行馬に性別指定を設けた覚えは無いが?」

「な、何だとっ⁉ これでは、あの男のハーレムじゃないかっ! 何と言う……羨ましいっ!」

「あ、兄さまを悪く言わないで下さいっ!」

「兄……さま? き、貴様こんな幼い子に何て事を言わせて! この変態ロリコン野郎っ!」

「そりゃお前だろっ! それにコイツは本当にリアルの妹なんだよ!」

「なっ⁉ そう……なのか?」

「ふにゅっ!」

「……なるほど。いやーそうでしたか! お兄さんっ!」

「誰がお兄さんだ!」

「それにしても一体何したん? ギルド追放されるってん?」

「つ、追放でない! 騙されたんだ! 最初は町で偶然彼女達に出会い、その中でも特に美しくオーラがあった彼女に俺は朱雀のGMと気付かず共闘を申し込んだんだ」

「ウエハースがやりそうな事だねーん」

「ウェイハースだっ! でも、彼女のプロフィールを見て直ぐに気付いたよ。今回の大戦から急に上位に入って来た無名で有名なギルドのGMだと」

「じゃー何で共闘したんよんっ? 報酬だって取られんじゃん!」

「別に俺達ゃ報酬なんてどーでも良かった。只、一位が取りたかったんだ。それに彼女達の人数も俺達の半分以下で当然SPSの事も考えたが、それを含め俺がGMになると思っていた」

「君のメンバー達は皆、除名されたのかい?」

「ああ。多分あの手段で他のギルドも……だからwing! お願いだから奴を倒してくれっ! そうだ! 一度奴等と一緒に戦ったからメンバーやスキルの情報とか役立ちそうな事もっ‼」

「不要だ」

「え? じゃ、じゃあ仇は?」

「別に私達は正義の味方では無い。だが、彼女には色々と借りがあるからね。何れにせよ近い内戦う事になるだろう。でも情報は要らない。それでは彼女達一緒になってしまうからね」

「wing……じゃ、じゃあ! 俺達も飛行馬にっ!」

「すまないが、生憎今は募集していないのだよ。それに、君とはライバルの方が良さそうだ」

そう言うとwingは俺達を連れ再び歩き始めた。

「あの、どうしてボスはウェイハースを嫌って? そこまで嫌うのって珍しいというか」

「そりゃーボスが男が苦手だからっしょん! 特に付きまとったりする輩がねんっ!」

「え? えっと俺……男ですけど?」

「べ、別にレンはその別というか! 他の人と違うと言うかその……と、友達なのだよ!」

それはつまり『友達以上には何があっても発展しない』と言うフラグですか?

「大丈夫よぉ♪ ぁの子、天然記念物並みに天然ちゃんだからぁ! 何ならお姉さんでぇ♪」

「あんねーん! レン助は色黒は好きじゃないんだよんっ!」

「あらぁん? なんでルナが入ってくんのよぉ?」

「あっ、あの!」

「べ、べつにん! ま、どっちにせよん変態のオバサンには一生ムリだろうがねんっ!」

「なっ⁉ アンタのリアルはどぉせ地味子で貧にゅーな大学生だったりしてぇ~♪」

「あのっ! 敵が後ろに来てますっ!」

「「へっ?」」

「内輪揉めとは丁度いい! 死ねぇぇっ!」

「うっさぃゎねぇ!」「邪魔だよんっ!」

「グエッ‼」「グハッ!」

「い、今ルナさんが倒したのが最後の一人ですっ!」

そのルナとsaltの周りには倒された敵の光が無数に散らばっていた。

「2人……倒したん?」

「君達だけで5人は倒してたよ!」

俺と華乃は顔を合わせた。これもある意味、飛行馬のスキルだよな――

「よし、今日はここまで! 今日も皆お疲れ様!」

何だかんだで、夕食や休憩時間を抜いても5時間はプレイしている。

「何か最後の方って、逆に大戦相手を探す方が大変なんっすね?」

「でもぉ~残りが5組になると自動的に飛ばされるのよねぇ~♪」

「飛ばされるですっ?」

「大戦ページでGMが希望の時間を決めて希望に近いギルドと現れるゲート先で戦うんだよ!」

「ヒヒッ! 最終戦は回復アイテムも使えず全滅するまで戦う言わばデスゲームだよんっ!」

「アイテムも使えないのですかっ⁉」

「そんなの人数とヒーラーが多い方が有利に決まってんじゃ?」

「ところがぁ♪ 今回ゎそのシリウス最大のギルドがいなぃゎけぇ♪」

「あっそうか!」

あのチャラ男のお陰でこっちにもツキが回って来たって事か。

「ふにゅっ! 今のギルド順位が更新されておりま……へ、変ですっ!」

「どったん?」

「さ、3位ですっ!」

「予想以上ねぇ~? どっかのギルドが荒稼ぎしたのかしらぁ?」

「となると、必然的に明日から大戦の時間帯が狭まるね。全体では何ギルド残っているのかな?」

「そ、それが……5ギルドなのですっ!」

「だとすると、遅くても明後日には最終大戦――」

「早っ‼」

「ぅ~んあゃしぃわねぇ? ぁまりにもペースが早ぃし、そもそも何で朱雀があんな短時間で強くなれた訳ょ? 確かにクロエゎ強かったケド寄せ集めにしてゎちょっと強すぎなぁぃ?」

「確かにね。でも、それも明後日には解る事だよ! 今日は取り敢えず休んで勝ち抜こう!」

「それもそぉねぇ~♪」「楽しもうねーんっ!」「ふにゅっ!」「おう!」

明日はどこかい?同好会……あれ程楽しみにしていた響きが今ではどこか寂しく感じられる。

「羽二重――」

瞼を襲う重力に逆らえず、そのまま机にうつ伏せになると気のせいか何処からか声が聞こえた気がした。その声はとても哀しげで儚げで、そのまま重くなる瞼と共に俺の思考は停止した。

「殿……すまない」


「蓮兄ーっ! 朝じゃ! こんなとこで寝よって!」

「んー? あぁ、今何時だ?」

薄目を開けると白いツインテールが跳ねていた。

「7時っ!」

「早っ! 夏休みだし9時起きでいいだろ。早起きなんてこれから嫌でもする様になんだから」

「食糧が無いのだっ!」

「はっ? 食い物なら昨日学校から野菜を取りに行って……」

あれ、どうしたんだっけ? 華乃に頼まれて学校の畑に野菜を取りに行って練霧と話して……。

「うわっ! 忘れてた!」

「腹が空いたーっ!」

「わーったよ! 学校に取りに行くか」

朝っぱらから食い意地のはった妹に起こされ、仕方なく俺は学校へと向かうハメになった。

「早起きは三文の徳……か」

残りの二文があれば良いのだが。人気の無い通学路を抜けるといつもの校門が見えて来た。

恐る恐る近付くと門は開いていた。上履きに履き替え、鍵を取りに隣の校舎へと向かおうと屋上へ続く階段の前を横切る。さすがに空いてる訳――と、扉を確認すると何故か開いていた。

「あれ? 閉め忘れたのか?」

何はともあれ、幸運には違いないのでそのまま扉を開き畑へと向かう。

「さっすが三文の徳っ! 次は収穫で徳を……っ⁉」

ガタンッ! 突如した音に目を向けると、水やりのホースが転がっておりその先には――

「ど……どうして?」

「羽二重?」

転がったホースを手に取り俺は話を続けた。

「今日は同好会だかんな。お前は――来ないつもりなのか?」

「すまない。音羽……怒ってた?」

「怒ると思うか?」

すると、彼女は下を向き首を横に振った。

「練霧……泣いてたよ。それも、お前が一人で悩んで辛かっただろう皆にも分かって欲しいってさ。本当、お人好しだよな!」

それを聞いて羽二重は下を向き拳を握りしめていた。

「なぁ、羽二重。どうしても抜けなきゃ行けなかったのか? 話せない事……なのか?」

「すまない」

「もう戻っては来ないのか? 練霧の事も――このまま会わないつもりなのか?」

羽二重は無言のまま下を向いていた。

「そっか……」

それから俺は、無言のまま野菜を鞄に詰めると立ち上がった。

「殿」

その声に再び振り返ると、そこにはマスクを取り素顔をさらけ出した羽二重が立っていた。

「おまっ! それ、恥ずかしいんじゃ?」

「忍は……恩を忘れない!」

それだけ言うとそのまま彼女は直ぐに俺の横を通り扉へと走って行ってしまった。

取り残された俺は、膨らんだ鞄と羽二重の残した疑問を抱えて扉を開け鍵を返すと学校を出た。

「やっぱ、わっかんねーっ!」

「良く戻ったなっ! かのーっ! 今日の朝食はベジーレンのベジタブルモーニングじゃ!」

「おはようございまふっー。ベジベジ……モグモグっ?」

それから仕方なく朝食を作り、やり残しの宿題に手をつけ切りが良い所で再び学校へと向かう。

「あっ萩塚君! 今日も早いですね!」

すると、先に学校に来ていた練霧が校門で俺の姿を見つけ近付いて来た。

「羽二重を待っていたんですか?」

「えっ! ええ。早い時間なら居るかなと思い……やっぱり来づらいですよね!」

と笑う練霧の表情を見て俺は口を開いた。

「実は今朝、ここで会ったんですよ。羽二重に」

そうして俺は今朝あった事を彼女に伝えた。

「そうでしたか……。でも、柚奈は元気そうだったのですよね?」

「まあ」

「それなら良かったです。あっ! これ、実は又お弁当作って来たので一緒に食べませんか?」

と鞄からいつもの大きめのお重を取り出した。

「おっ! お昼まだだから助かりますっ! 今日もどれも旨そーですねっ!」

ふと横を見ると、そこにはいつもはマスクから吸い込む光景が見えるのだが……今日は無い。

「き、きっと又戻って来ますよ! 同じクラスなのですしそれに……仲間ですからっ!」

「そ、そうですね。うんっ! 今日も一段と旨いっ!」

「有難うございます! 沢山あるのでいっぱい食べて下さいね!」

何故だろう? 念願の二人っきりだと言うのにこんなにも心に穴が空いた様な……でも、それはきっと俺だけじゃない。彼女も。それから食べ終わると二人で畑の手入れをして屋上を出た。

「お疲れ様でした! この後も宜しくお願いしますね! 本日の集合は21:00です」

「こちらこそ! 了解!」


 時刻は20:30を示していた。目の前には一面にカカシが立ったり倒れたりしている。

「なぁー何で今さら練習場なんだ? もう明日最終戦じゃなかったっけ?」

俺は必死に倒れたカカシに回復と加護を繰り返している華乃に話し掛けた。

「私は攻撃も弱いのでせめて、発動入力の短縮や魔法の特性を知っておきたいのですっ!」

おっとりしている様で負けず嫌いなんだよなー。でも、華乃なりに役に立とうとしているんだ。

「俺も、もういっちょやってみっか!」

「貴方、俊足に振り分け過ぎです。防御にも回さないと追い付かれたら終わりですよ? それと魔法以外に剣術も覚えた方が良いかと。そちらの方はスキルの組み合わせを考えた方が」

「なるほど、スキルの再配か」

「た、確かに今まで攻略用にしたままで場面により変える事は考えておりませんでしたっ!」

「ご親切に有難うござ……あれっ?」

声のした方を見るが既にそこには誰の姿も無かった――。

「黒天とレン助来た来たーん! あれーんっ? なんか少しステ変わって無いん?」

「良く分かりますね! さっき、練習場に居たら親切な人がアドバイスしてくれたんっすよ!」

「ふにゅっ♪ でも直ぐに消えてしまいましたっ!」

「練習場にん? ま、何れにせよその人の言ってた事は間違ってなさそうだしねんっ!」

「では、そろそろ向かうけれどスキル確認は大丈夫かな?」

と、5分前になり自動的に目の前にワープゲートが出現した。

「この大戦はアイテムの使用も大丈夫だよ! それでは……行くよっ!」

wingがゲートへと入って行くのに続いて俺達もゲートへと入ると、辺りは思っていた様なダンジョンとは違い草や木が生えて普通の平原の景色だった。

「ここは大戦ゾーンのエリア名『有限の大地』。良く見ると風景はドーム状になっているんだよ」

「有限……敵はまだ来て?」

「そりゃん、時刻になると今居る空間が一つに重なってどちらかの空間が転移されるんよっ!」

「つ、つまり今居る場所にどちらかが時間になると転移されるという事のですかっ?」

「そうだよ。さすが黒天使ちゃん賢いね! では、黒天使ちゃんはルナと一緒に援護をお願い!」

「ふ、ふにゅっ!」

「saltはいつも通り遠方から援護をお願い!」

「りょ♪」

すると3人は各々の所定位置へと移動した。

「俺はいつも通り茂みで大丈夫っすか?」

「そうだね! 巨人は攻撃に特化しているから見つからない様に! SPSは合図を送るね!」

「了解!」

そのまま俺は近くの茂みに身を隠した。こんな時、ふうまの様な全身緑だったら――。

大戦のチャイムと共に格ゲーの様な「3・2・1・fight!」の文字と巨体が写し出された。

「うげっ! 近っ‼」

間違えて踏まれただけでも……それだけは何としても避けたい!

「えっとぉ敵ゎ全部で6♪ ルナ達のまゎりに2、wingの回りに3こっちに1体よぉ♪」

「了解!」

「こっちは1体毒と痺れで倒れたんっ! 続いてもう1体と交戦中ん!」

「ぱ、PT魔法継続中ですっ! 防御加護残り5分ですっ!」

「こっちゎ気付かれてないっぽぃねぇ♪ 『光矢の雨』1分間隔で発動するゎよぉ~♪」

「了解! レン、スキルを!」

「はいっ!」

「saltの前は青、ルナの倒れてる方が赤1体は青。wing、右から赤、青、みどっ⁉」

と、遥か頭上から見下ろすデッカイ顔と目が合った。

「あ、ははっ! ど、どうも」

巨人は俺を見るや否や斧を振り上げずに何故か脚を屈伸させる。何すか? その嫌な体勢っ!

「レンっ! 飛んでくるよ!」

巨人の後ろからwingの声が聞こえた。だから……何でウィザードに走りを求めるんだよーっ!急いで走り出すとルナからのチャットが入った。

「レン助ん! さっき渡したん敵の口に向かって投げてんっ!」

そう言えば大戦前にルナから貰ったクッキーが確かポケットに……と、取り出し走るのを止め口を開けながら追い掛けてくるデカい顔に向かい袋ごと投げ付けた。頼む、入ってくれぇっー! 袋は放物線を描いたが、距離が後少しで届かずに落下体勢に入る。

「入らぬならぁ~無理矢理入れましょ? 巨人さぁ~ん♪」

声が聞こえたかと思うと物凄い速さの光が袋を拐って巨人の口へとホールインワンした。

「んがっ‼」

「レン助んっ! 今の内だよーん!」

スキルペナ終了迄後5、4、3…1っ!

「俺の魔法……見せてやんよっ!」

座り込んだ敵の顔面に向かい俺にとっての火属性の最大攻撃魔法を放つ。

「ぐわあぁぁぁっ‼」

顔面諸とも体の半分以上を包んだ大炎の塊がザクザクと敵のHPを削って行った。

「やったねレン! こちらももうすぐだ!」

「兄さま格好良かったですっ♪ 特に『俺のダークソウルを味わうがいい!』ってとこがっ♪」

「何その黒い魂って! そんな恥ずかしい事一言も言ってないからねっ⁉」

 すると、画面に大きく『勝利おめでとう!』と文字が表示された。

「ふぅーお疲れ様! 無事に勝てたね!」

「いやはや、わっしの大活躍であったなーんっ! レン助ん!」

「へいへい、ルナ様のお陰ですよー」

「そ~いぇばぁ、アンタの七尾って毒使いだったわねぇ~?」

「そうよん! 七尾に毒キノコとか食べさせると、たまに毒アイテムを作ってくれるんっ!」

と隣に居た七尾が明らかに嫌そうな顔をした。おいおい、七尾ちゃん嫌がってるよ?

「ふにゅっ! い、今の大戦で飛行馬の順位が3位から2位に上がっているのですっ♪」

「残りのギルド数はどうかな?」

「え、えっと3ギルドですっ! 次は朱雀さんと山海賊さんが大戦を行うそうですっ!」

「了解。あっすまない! 少し、私用が出来てしまったので先に上がらせて貰ってもいいかな?」

「りょ~♪」「お、お疲れ様ですっ♪」「おつかれーん!」「お疲れっす!」

「では、明日は最終大戦。全力で楽しもうっ! それではお先に!」

と、手を振りwingがログアウトしていった。

「山海賊だっけ? もう一つのギルドってそんな名前だったんだな」

「山海ねぇ~幾ら強くても朱雀には負けるゎょ? 甘ぁまのギルドだからねぇ」

そう答えたsaltの瞳はどこか懐かしんでいる様に見えた。

「ヒヒッ! saltはそこの元エースだもんねんっ!」

「えっ⁉ 飛行馬って皆ソロだったんじゃないんすか?」

「わっしも元は他ギルド出身よん! でも、クロエ含めwing達と戦って負けたんよん! 能力もそうだけど、その志の強さと一生懸命さに惹かれたんかもねんっ! 特にクロエはね」

「あっ兄さま、そろそろ私も落ちますっ! 通販が始まってしまうので、おやすみなさいっ♪」

「おう。あんま夜更かしすんなよー」

「そんじゃ、わっしもこの辺で退散するとするかなーんっ!」

「アタシゎまだ時間ぁるからレン君に付き合ってぁげてもいぃゎよぉ~?」

「えっ? お、俺もちょっと宿題があるんで……その、又明日っ!」

「じゃ、じゃあ又明日ねーんっ!」

「あらぁ? ルナもまだ居たのねぇ? うふっ! 若いわねぇ~♪」

 夏休み終了まで残り3日。そして、今日はシリウスサーバー最強ギルドが決まる日。

「まさかあの、ほぼ身内ギルドが上位の飛行馬と組んでここまで上がってくるなんてな」

そんな事を呟きながらベットから起き上がると、時計は9:00を示していた。

「食料がある時は起こしに来ないのなっ!」

そんな理不尽な妹達に朝食を用意し、食事を済ませ戻ろうすると千歳が追い掛けてきた。

「蓮兄っ! 今度会わせたい友がいるのじゃが、呼んでも良いか?」

「ん? ああ、いいぞ?」

「うむ、忝いっ! 何じゃ? 今日は華乃も蓮兄も忙しないでござるなっ?」

「最終大戦だからじゃねーか? だから、今日は華乃も俺も部屋に引きこもってるかんな」

「それは毎度の事では無いか?」

「人を引きこもりみたいに言うなよっ! んじゃ、行くからなー」

再び目の前の階段を登り、自室の扉を開くと最後の調整の為に早めにINをした。

ピピッ! と入って早々鳴り響いた音にメールを開く。

『 本日の最終大戦の時間は21:00です。最後の大戦、皆で勝ちましょう! wing』

 結局、昨日の大戦の勝者は予想通り『朱雀の理』だった。それにより、運が良いのか悪いのかこれ又予想通り最終の相手は朱雀に決まったのだ。

「兄さまーお夕食ですよーっ!」

「はっ!」

気が付くと、辺りはさっきまで登ったばかりだった太陽が沈みかけ町を薄闇で覆っていた。

それはネット社会で特に夏休みや休日に多く発生する現象……所謂、時間感覚の欠如だ。現在の時刻は18:05。6時間近く昼飯も食わずにプレイしていたらしい。それから、華乃の作った野菜炒めを食べ終え洗い物や洗濯をしてあっという間に20:00を過ぎてしまった。

「ふぃー間に合ったぁ」

急いでスリープにしておいたシグプレを起動し、時計台へ向かうと既に皆が揃っていた。

「おーん! レン助、間に合ったねんっ!」

「何とかね!」

「皆、早めに集まってくれて有難う! 装備やスキルは大丈夫かい? 最終戦では20分前からゲートが解放されるから、そろそろ開くよっ!」

すると、丁度俺達の真ん中に昨日よりも何だか見た目的にも豪華なワープゲートが出現した。

「準備はいいね? では最終戦……勝ちに行こう!」

wingがゲートの前で伸ばした手の上に皆で手を重ねる。

「「「おぉーっ!」」」

 そうしてついに、一同は大戦ステージへと転送された―――

「こ、ここは?」

そこは、平原では無く竹藪や古い民家等が並び上空には月が浮かんでいる夜のステージだった。

「戦国ステージだね」

「めんどくさぁ~」

「七尾の隠れる場所が少ないねーんっ!」

「あ、兄さまっ! ちーちゃんにも見せたかったですねっ!」

「お、おう」

でも、確かに隠れる所か……草村が無いっ! オロオロしているとwingが話し掛けてきた。

「このステージでは民家の中も入れるんだよ!」

「え? マジすかっ⁉」

近くの民家のドアを開けてみると、なるほど中に入れる! しかも家の中まで再現してあった。

「すっげぇ! じゃあここに隠れればっ!」

「でも、ここに隠れた場合もし敵も最初にここを選んだとしたらそれこそ逃げ場が無くなってしまうんだよね。だから本当に運としか……」

「運っ!」

「でも民家も5つは有るから! けれど念の為、最初はSPSを使わずにいた方がいいね」

「りょ、了解」

最近ひしひしと感じるのだが、このゲーム――運に頼り過ぎだろっ!

「ボスーん! 一応七尾と黒天の設置も済んだよん!」

「ひ、人を物みたいに言わないで下さいっ!」

「こっちもOKょ~♪」

「了解! レンは大丈夫?」

適当に近くにあった民家に入り、辺りを見回すと下駄箱らしき棚の後ろに身を隠した。

「大丈夫な様祈ってます」

「そ、そうだね! 私も祈っているよ! では皆、健闘を祈る!」

真上の時計台が21:00の鐘を叩くと同時に画面にカウントが表示され、一時的に視界が暗くなり――明るくなった時には目の前に同じ風景が広がっていた。

恐る恐る民家の中を動かずに見回すがやはり誰も居ない。そこで、一息つこう息を吸い上げた。

「あら、隠れないのね?」

「っ!」

吐こうとした息を思わず飲み込みゆっくりと声のした方を振り返る。

「隠れるのは苦手なのでね。久しぶりだね、クロエ! 会えて嬉しいよ」

どうやら声は民家の外から聞こえている様だ。そのままゆっくりと息を殺し窓へと近付くと、外にはwingとクロエ…そしてその後方に3人が控えていた。急いで華乃にチャットを送る。

†レン†:朱雀の理って何人だっけ?

黒天使:え? えっと、昨日の最終データによると4人ですっ!

って事は、今目の前に居るのが全戦力っ! もしかして、wingはわざと俺の近くに?

「相変わらずね。どう? 裏切った元メンバーと戦う気分は?」

「どうしても君とは戦わなければならない様だからね。それにクロエ、君は裏切ってなどいないよ。元々飛行馬は自由なギルドだし、方向が違うと思ったのなら抜けるのも――」

「はぁ? 本当に呆れたGMさんね。私はSPSを手に入れる為に貴方達を利用したのよ? そうゆう人の醜い所を見ようとせず良い所ばかりを見る所、大嫌い! 自己満足じゃない!」

「自己満足……そうだね、確かにそうかも知れない。でも、私はこの考え方を辞める気はないよ。相手を全て理解する事等出来ない、だからこそ醜い所や嫌な所も目立つかもしれないし逆にいつも明るい人でも裏でとても大きな辛さや悩み痛みを抱えているかも知れない。でも――人はそれを自分或いは人の為に隠したり我慢したりする事もある。だから、私は少しでも相手を信じたいし知りたいんだ! 只側で、話を聞いてくれる人の大切さを知ったからね」

彼女はとても優しい瞳で空を見つめた。

「そんなの……只の綺麗事よっ!私はSPSを手に入れたあの日からずっと、貴方の事を倒そうと思っていたの! それに、必ず1位にならなくては!」

と、クロエは大剣を構えた。それを見た後ろの3人は各々に何処かへ散らばって行った。

「では、こちらも本気で戦わせて頂くよ。君の為にもねっ! 4対1――では無い様だね?」

「あはっ! そこまで卑怯じゃないわよ?」

「それにしては、行先が決まっている様だったけど?」

「私が只の無駄話でもすると?」

同時にチャットでsaltやルナ達の声が聞こえて来た。

「っ⁉ ぁんたどっから!」「七尾んっ! お前は黒天をん!」

敵の奇襲があったらしい。だが、俺の周囲に今の所変化はなかった。


「毒耐性んっ⁉」

「ソノ獣に大きくなられては困るのデスネ!」

「ひゃあっ!」

「黒天っ! ちっ、2対2って事かいん!」

どうする? 黒天を守りながら相手をするのは――それに七尾の属性も攻撃も読まれている。

「ルナさんっ! わ、私は大丈夫ですっ! 回復も攻撃魔法もありますっ!」

「くっ、分かったん! 七尾っ、黒天を頼むん!」

「そ、そんな事したらルナさんがっ!」

「七尾が居ても相手のツボよん! それにヒーラーに死なれちゃ回復して貰えないっしょん!」

そう、彼女に死なれちゃ回復する事も出来なくなる。それに……アイツの妹を守れるのなら!

「へぇー? 獣を置いて来たデスか。デモ、それで私と戦えるデス?」

「見くびって貰っては困るねん? わっしを七尾が居なきゃ何も出来ないとん?」

ちっ、何とか奴だけでも! 毒は使えないが物理攻撃ならっ! と、走りながら数本のナイフを敵に向かい投げつけた……が、ナイフは敵の体を通り抜け地面へと突き刺さった。

「き、消えたんっ⁉」

「ウヒャッ! 私ノSPSは『透過』。物理攻撃も効かないデース! 短剣と毒使いのルナ!」

「全て、お見通しって訳かいん。んなの……全然面白くないじゃんっ!」

「面白い? 飛行馬のメンバーが太刀打ち出来ずに負ける様を見るのは面白いデース!」

「負ける……だとん? 卑怯な手段使いやがってん! まぁ、お互い様か! saltんっ!」

次の瞬間、目の前の透き通る彼女の身体を無数の光の矢が突き刺さった。

「バ、カな⁉」

「ったくぅ~何でアタシがアンタの加勢しなきゃぁ~?」

「いいじゃん! どーせsaltも近距離かなんかに持ち込まれて逃げてきたんっしょん?」

「うっ! ア、アンタだって殺られそぅになっちゃってぇ! 何なら楽にしてぁげよぅかぁ?」

「オマエら……殺す!」

「まだ生きてんじゃんっ! これだから甘あまなんだよー元山海賊のエースさんよんっ!」

「ぅっさぃゎねぇ! ぁんなの放っておぃてもぉ――」

そう言いながらも敵に向け弓を引くsaltの額に微かに一点の赤い光が照らされた。

「saltんっ!」

「へっ⁉」

saltを押し倒すと、頭上を光が高速で走りその先で辛うじて立っていた敵の体を貫いた。

「あっちゃ~ハズレちゃった! でもまぁいっか! どうせ弱いハズキだし~ハハッ!」

そう言いながら草村から出て来たのは獣耳で華奢な体に大きな銃の様な物を抱えた姿だった。

「ねぇ、saltん……キミの相手って確か近接戦闘じゃ無かったん?」

「そうょ? まぁ遠距離も出来るみたぃだけどぉ~」

「あの子、どう見ても銃使いにしか見えないんだけどんっ⁉ わっしも銃苦手だよんっ!」

「バカねぇ? 銃剣ゎ第一次世界大戦で使ゎれてた飛距離も短い殆ど剣として使ぅ武器ょ♪」

「へ~ぇ、お姉さん詳しいんだね? 綺麗だし歴女なんて僕のタイプだなぁ! 僕ソルベね!」

「ブハッ! 歴史を感じさせる女だってよーんっ! その通りじゃんっ!」

「れ……アンタゎそれは使い方違ぅしぃ! 誰がこんなガキなんかぁ!」

「やだな~これだからオバサンは直ぐ本気にしちゃうから。僕、怖~い!」

「この、糞ガキぃ~!」

「キレやすいのはオバサンの証拠だよ~? もう一人のお姉さんは余程知力が無いんだね?」

「ど、どーゆー事かねん?」

「意味も分からないの? 仕方ないな~。こうしてる間に相方さんは死んでるかもねって事」

急いで最初に居た木下を見ると、黒天のHPは残り半分を切っていた。

「saltんっ!」

「りょ~♪ ぁのガキしぶとぃゎょ?」

「しぶとさでは負ける気がしないねーんっ!」

「ウヒャッ! 僕が行かせると思う?」

とソルベは黒天の元へ向かおうとするsaltの元へ移動しようとした。

「悪いけどん! 君の相手はわっしだよんっ!」

「ちっ、惹き付けか!」

こちらに向かいウィンクをするsaltの背を見届けると私は思い切り叫んだ。

「七尾ーーっ!」


「早く殺しなよ~?」

 目前には、HPが僅かになりがらも奇妙に笑う銃剣使いを七尾が押さえ付けていた。私は短剣をその喉元に突き付けながら問いかけた。

「何が楽しいん?」

こんなのちっとも楽しくないし逆に不愉快だ。捨て駒になる為に戦うなんて楽しい訳がない。

「楽しいよ~? ちゃんと役目は果たしたし、散々痛め付けた君達が負ける所を見るのはね!」

「負けるん? わっしらがん? 良くこの状況で言えたもん――っ⁉」

その時、背後に微かな何者かの気配を感じた。

「ウヒャッ! 呆気無くね!」


「た、助かりましたっ! でも何なのですっ? この気持ちの悪い白いベトベトの液体はっ?」

「あらぁ~? それゎほら、こうして弓を引くとぉ~同属性のみのHPを吸い取る愛――」

「おいっ! 丸聞こえなんだよっ!」

「あらぁ? ひょっとして想像しちゃったぁ? 皆が液体まみれになってるとこでもぉ~♪」

「しとらんわっ! てかどんな状況だよっ!」

そもそも、そんな下らん技で倒された敵に逆に同情するわ!

「でも、敵さんにも属性が解る方が居るのでしょうかっ?」

確かにwingからスキル発動を受け、ズームで敵を確認すると丸っきりの弱点属性だった。

「それゎ違ぅんじゃなぁい? 彼女達が知ってるのゎ属性だけぢぁ無かったゎょ?」

「た、確かに、私の技や詠唱に時間が掛かる事も知っている様で――saltさん後ろっ!」

「んー? って、何でアンタがここに!」

「どうした? おーいっ! salt? 黒天使?」

小声で呼び掛けるがいくら呼んでも返答がない。何だ? さっきルナを呼んだ時も同じ様な?

「レンっ! 聞こえる? 私だっ!」

「wing! 大丈夫っすか? 何か、華乃とsaltそれにルナも通信が切れちゃって」

「レン、右下の各自のステータスコマンドの横にキャラアイコンがある筈だからそこを見て」

言われるままに右下へと目線を移すと、そこには確かに各々のアイコンが表示されていた。

更に良く見ると――そこにはルナと黒天使、それにsaltのアイコンが灰色になっている。

「これってどうゆう?」

「それはメンバーの生存メーターで生存者以外は灰色に表示される。つまり、三人とも――」


「あはっ! あはははははっ!」

 甲高い声が私の鼓膜を震わせそれが現実である事を告げた。良く考えるんだ!先刻までルナはsaltの敵と戦い、敵はsaltの敵により倒され黒天使ちゃんの敵はsaltが倒した筈――そう、左下の討伐数メーターにはしっかりと3名と表示されて……っ⁉

「あら、どうしたのー? 幻覚でも見ている様な顔をして」

そこにはしっかり3名と書いてあった。そこで、急いでクロエのギルド情報を確認する。

「ギルドメンバー――5人⁉」

「そうそう。今朝、急遽新メンバーが入ってね! 今は、彼の所にでも行っているだろうけど?」

と彼女は口角を上げるとレンの居る民家の方へ目をやった。

「あはっ! そんな顔しなくても大丈夫よ? 貴方は最後まで取っておいてあげるから!」

余裕の笑みを浮かべる彼女の剣筋は全て見切っているかの様に私の攻撃を交わして行く――

 『もしかすると、敵が既に近くに居るかも知れない。』

先程のチャットでwingから大体の状況を聞くと注意深く周囲を見渡した。

にしても、ヒーラーの華乃は分かるがあのルナやsaltがそう簡単にやられるなんて。

でも何で俺を最後まで残したんだ? 相手は情報をかなり入手しているらしいから勿論俺の弱点も――だったら、SPS発動後に襲撃した方が確実な筈。自分のSPSゲージを見ると5分経過しすっかり全回復していた。

「すまない」

「っ⁉」

不意に誰もいない筈の民家内から声が響いてきた。

お、おいおい待てよ? さっき部屋中隅々まで埃を探す様に調べた筈。って事は屋根? 或いは透明SPSとか? そんなん太刀打ち出来る訳ねーだろっ!

「お、おいっ! は、背後から一刺しとかは止めろよな? 俺は正々堂々と戦いたいんだっ!」

我ながら自己嫌悪に陥りそうな小物ぶりだ。だが、昔からイヤホンをしていたせいか、異常に気配に敏感になり急な接触や何処から来るか分からない暗闇が酷く苦手なのだ! 暗闇の中をしきりに息を殺しながら神経を巡らせ何とか民家の扉まで辿り着いた。

ドサッ‼

「ひぃっ! そ、そこに居るのかっ?」

慌てて扉へ背を付け、窓から近くに誰も居ない事を確認するとドアに手を掛ける。

ギィ―ッ!という単調な音を立て扉が開くと、同時に民家内を月明かりが照らしだした。

そこに居たのは周りと同化する様な緑の髪に独特な装備と武器そして見下ろす程低い背丈――

「お、お前っ! なんだ、来てくれたのかっ! すっかり脱退しちまったのかと!」

「否。私はもう……主の仲間では無い」

「え?」

すると、彼女は静かに自分の頭上を示した。そこにはキャラ名の下にこう書かれていた。

「朱雀の……理」

その瞬間、フラッシュバックの様に脳内に2人で歩いた商店街や3人で過ごした昼休み、華乃の攻撃を楽しげに交わしスルメを食べながら俺の事を『殿』と呼ぶ彼女の顔が浮かんだ。

「ン!……レンっ!」

放心状態になり掛けていた頭が鼓膜から届いた声により現実へと引き戻される。

「はっ!wing?」

「どうしたの⁉ 何かあった? もしかして敵が!」

「えっ、ああえーっと――」

「我が話す」

突如入って来たその声に、wingは驚きや混乱を微塵も感じさせずに冷静な声を放った。

「ふうま……なのね?」

「左様。我は元から……朱雀。飛行馬に入り情報を集めた」

「なっ⁉ おまっ! 嘘……だろ?」

彼女は真っ直ぐに俺の瞳を見つめた。嘘……だろ? ギルドに入ったのも、俺達に近付いたのも全部計算済みって事か? じゃあ、同好会に入ったのも? 商店街でのあの笑顔も全て?

「真実。殿やwingに近付いたのも全――」

「っせぇ……うっせぇうっせぇうっせぇよっ!」

「レン……」

同時に心配そうなwingの声が響いた。多分、この人なら許し受け入れてしまうのかも知れない。けれど――俺は許せない!何より懲りずに信じようとした自分が。そして妹にまで――

「兄さまっ!」

「へっ?」

ふと、リアルで背後から柔らかい腕の感触と背中を包み込む様に温かい体温が伝わって来た。

「お前いつから?」

「転生してからですっ! 兄さまってば呼んでもお返事が無く、お邪魔させて頂きましたっ♪」

そう耳元から聞こえる華乃の声はどこか掠れていた。

「又心配してますっ! 私の魔眼は誤魔化せませんよっ? 何でも分かるのですっ!」

華乃は今、どんな顔をしているのだろう? 多分、笑っているのだろう。いつもと変わらない笑顔で。俺は背に温もりを感じながら再び彼女へと向き合いwingへ話し掛けた。

「wing……いや、ギルマス! 俺、やっぱこの戦いに勝ちたいっす!」

「レン……基より私は言った筈だよ? 敵ならば全力で剣を抜くと! ふうまは任したよ!」

 彼女は本当に違うのだ。何があっても信頼し対等に向き合う、それは俺が出来なかった事。

 人は皆、子供の頃から自然と何かしらの価値感や世間体を身に付けそれを軸に成長して行く。そして、その基準から身を守る為に人に合わせたり本心を隠したり――中学の俺もそうだった。そんなある日、忘れ物をし教室に戻ると友人達の姿が見えたので話掛けようと扉に手を掛けた。

『白髪とかマジ気持ち悪いよなーっ!』それは、中でも一番仲良くしていた奴の声だった。

 本当に思っている事を言い合えない関係――果たしてそれは友達と言えるのだろうか?

言える訳が無い。そんなの只の集まりだ。それで良いと言う者もいるだろうが、俺は違った。

その後、扉を開け言葉を失っている彼等には目もくれずノートを取り何も言わずに教室を出た。

以来俺がボッチになったのは言うまでも無い。寧ろ進んで1人で居る様になった。

 だが、それは俺だけの問題ではなかった。華乃も又、虐めを受けていたのだ。

元から目立ったり自分から話したりする性格では無いが、整った顔立ちと特殊な髪色そして優しい性格が逆に目立ち陰湿な虐めを受けていたらしい。だが、それに気付いたのは偶々華乃にどら焼を届けに行った時だった。ノックをしようとしたら、すすり泣く声が聞こえてきたのだ。その時、初めて俺は華乃の状態に気付き同時に早く気付けなかった自分へ苛立ちが込み上げた。

俺には何が出来る? と、自室からアニメのDVDを持ち出すと一緒にアニメ観賞を始めた。

『皆、こんな風に心から仲良くなれたらいいのです――』そう呟いた華乃は、くるりと俺の胸にしがみ付くと声を上げて泣いた。それは、昔から我が儘を言わず抱え込んでしまう華乃が初めて頼ってくれた瞬間だった。ずっと一人で迷惑を掛けまいと我慢していたんだ。もっと早く気付いてあげなくてはいけなかった。この小さな体に抱えた大きな苦しみを。そして俺は誓った。これからは俺が守るんだ! と。そんな事を思い出しながら再び羽二重を見つめた。

「悪いがふうま、俺はお前を簡単に許す事は出来ない。妹を泣かせた奴を……俺自身もな」

「許して貰おうと微塵も思っていない。当然のロリコンの感情だ」

「ロリ⁉ そこはシスコンだろ! と、ともかく俺はお前を倒して理由を聞くからなっ!」

「我に……勝てると?」

「んなもん、やってみなきゃわっかんねーだろ!」

 正直、スキルペナが無い俺でも対人に特化した忍相手に互角に戦える自信など皆無だ。だが、スキルを知っているのは同じ。それに武器属性も――と、武器を見ると別のを手にしていた。

「ちっ、用意周到って訳かよ?」

 するとふうまは影の中へ消えて行った。影へ移動が出来るなら、影が出来にくい場所に! と、少し先に月に照らされ木も生えていない丘が目に留まる。だが、そこまでの道には計算済み? と思う程に木々が連なっていた。他のルートは――と足を止めた途端、弾薬が飛んで来た。

「くそっ!」

影を避けているにも関わらず、クナイやら手榴弾が四方八方からHPを削って行く。最早悠長に考えている暇は無い。こんな時に華乃の様な防御魔法や長時間シールドがあればいいが、生憎持っているのは攻撃魔法と護身用の短剣のみだ。飛び道具自体の攻撃力は低いが、彼女のスピードと予測不可能というサービス付で何とか大ダメージは凌げているがそれでも約1/4近く消耗してしまった。そうこう考えているといつの間にか丘前の林道が迫って来ていた。

「な、何これ?」

近付くにつれ足、正確には操作する指の力が弱まって行く。影というか……ほぼ影しかねぇ!だがここで止まる訳にも行かず、どうにでもなれ!と再び力を入れ様とした所で疑問が過った。

待てよ? この場合影と言うより寧ろ闇。って事は、姿を隠すも何も逆に丘の上と同じ筈!

俺はそのまま飛び道具に急かされながらも林道へと足を踏み入れ直ぐに足を止めた。

「出て来いよ、ふうまっ!」

月光が来た道を照らし、境界線の様に空の明るさだけが最低限視覚出来る程度に辺りを照らす。

「戦略……」

冷静な眼差しで足元を見つめ後方から姿を現した彼女の手にはクナイと弾薬が握られていた。

「さて、どうかな?」

戦略も何もこの状況で考えられる程の頭も冷静さも持ち合わちゃいない。運が良かっただけだ。

「運……良い」

って、ばれてるし!

「ギリギリだけどな」

彼女のHPを確認すると、俺が残り2/3程度に対して彼女はほぼ無傷の域だ。だがここで俺が諦めてしまったら今まで頑張ってきた皆に合わす顔がねぇし、何より彼女と約束したんだ!

「そろそろ終わりにしないか?」

その俺の言葉に彼女は静かに頷いた。

「何でだよ? 何でお前が目の前に立ってんだよ! 何でそんな顔……してんだよ!」

だが、そんな言葉を引き裂くかの様に彼女の短剣は容赦なく法撃をかわし鍛えた筈のスピードを遥かに上回る速さで切り付けて来る。こんなの勝てる訳……と、不意に手の甲が温かくなる。

そうだ。これは俺だけの戦いではない。華乃、ルナ、salt、wing――ふうまの為にっ!

「こんな所で……お前に倒される訳には行かねーんだよっ!」

 俺は残りのMPを全て使いある賭けをする事した。それは、俺の所持する最大魔法。これならふうまのHPでも半分以下あわよくば瀕死状態に出来る。だが、それはあくまで彼女の属性がこの魔法の反対属性であった場合。逆に、彼女の属性が同属性或いは水属性の場合は殆ど効果が無く多少回復してしまう事すらある。だが、彼女の攻撃は飛び道具の時には属性が無いので分からなかったが双剣でも俺のHPが飛び抜けたダメージを受けている様子は無い。だとすると水である可能性は低い筈。或いはわざと小攻撃を? あーもうっ! 考えてもキリが無い。

「これで……終わり」

彼女の静かな声と鋭利な双剣の先端が俺の法具に触れたのとほぼ同時に詠唱入力が完了した。

ビービー――と、鳴り響く警告音と赤くなったゲージがHP残り数%を知らせていた。

「あ、あれっ?」

起き上がろうするが体が動かず辛うじて首が動くだけだ。魔法も使えない。つまり、今俺は無防備に仰向けで横たわっている! 必死で何とか首を上げるとふうまの姿が見当たらない!

「ここ」

その声に反射的に首を横に向けた。

「な、何でお前が倒れてんだよっ? 俺がお前の双剣に刺されて……ってか近!」

急いで離れようとしたが動けないのを思い出し仕方なく首だけ逆を向く。

「何を言っておる。主が我を……倒したのであろう」

その言葉に再び焦げだらけの彼女の方を向きHPを確認した。

「残り5⁉ だってお前の剣っ!」

「我の剣は木属性。主の……勝ち」

や、やっぱ近いっ! 不意にリアルの肩に力が加わるを感じた。華乃様がお怒りなのだろう。

「で、でも! こんなの勝ちにはならねーだろ? 相打ちだし」

「相打ちでは無い」

「はっ? どう考えても相打ちだろ! 体だって動かないしHPも……」

と、自分のHPゲージへと目をやった。HP……10%⁉

「殿」

その懐かしい響きに再び目を向けると、彼女の白い腕が俺の頬を挟んだ。

「あ、あの……ふうまさん?」

すると、ふうまは片手を離し耳に当てると何か話し出した。

「はい――今、終わらせます」

何をっ⁉ そのまま彼女は、俺を見つめて再び頬に手を置くと静かに瞳を閉じた。

「ちょっ⁉」

抵抗しようにも動けずそのまま段々とふうまの顔が近付き――俺は強く目を瞑った。

「大丈夫。忍は恩を……忘れない」

その言葉に大きく目を開くと、彼女の顔が離れると同時に周りを無数の光が包み込んだ。

「な、何を?」

「殿に施したのは移行術。我は……数刻で消える」

移行? 再びゲージを確認すると10%しか無かった筈のゲージが現在は15%を示していた。

移行術。それは誰でも習得可能な味方に自らのゲージを移行させる術。だが、移行出来るのが全ゲージでコストも高く移行方法が接吻なので習得する奴は殆ど居な……ん? 待てよ?

「じゃ、じゃあお前俺にキ……っ!」

言い掛けた所で、背後に凄い悪寒を感じ直ぐに言葉を飲み込む。

「で、でも俺動けないんだぞ?」

「痺れ術。数分もすれば動ける」

「痺れ……って、お前まさか! 最初からそのつもりで?」

「この体ももう持たぬ。頭領達は先の丘。殿なら……救えると思った。我は殿達を裏切った。そして朱雀も――だが、頭領の事は……あの方を、救って欲しい!」

今まで見た事のない程に感情を顕にし、訴えるふうまの瞳からは今にも雫が零れそうだった。

「要するに、この戦いを終わらせれば良いんだよな?」

すると彼女は目を丸くすると、本当に消えてしまう様な優しい瞳をしながら頷き消えていった。

残された俺は辺りの暗さを改めて実感し、恐る恐る周りを見回すと直ぐ横で光る物に気付いた。

「ここはさっきまでふうまが?」

首だけ動かしアイテム確認するが、それは手に取らずとも大体中身を予測出来た。

何故ならそれは――最近手にしたアイテムと酷似していたからだ。


「ちょっと! 聞いてるの⁉」

苛立つ彼女の姿は確かに顔こそ同じだが、以前の面影は残っておらず性格も服装も別人の様に変わり果てていた。でもその瞳はどこか寂しげで……そんな姿を映しながら連絡を取ってみる。

「レン、聞こえる?」

やはり何回か呼んでも返事が無い。恐らく回線を切ったか状態異常の際の強制遮断だろう。

「こちらも応答が無い。何らかの状態異常かと」

「まぁ、何れにせよあの子に何かが起きたに過ぎないものね! ふうまに勝てる筈が無いもの。悪いけど、私は遊びで戦っている訳じゃないの。勝つのよ! 貴方達になんか絶対に負けない!」

彼女は再び強化を重ね鋭さを増した大きな大剣の矛先をこちらに向け真正面に振りかざした。

「クロエ……」

空かさず剣を構え受け止める。クロエ、どうして貴方はそんなに焦っているの? 遊びじゃないとは変わってしまったのもその事に原因が? 様々な思考が脳内を渦巻き、それは私に一つの感情を抱かせた。それから私は剣を受け止めたまま少し間を置くと再び話し掛けた。

「随分と仲間を見くびってくれている様だね? クロエ、一つだけ聞きたいのだがそれは君の意思なのかい? 私には君が本心で言っている様には……それに君は、辛そうな顔をしている」

しきりに攻撃をしてくる彼女の剣を必死に属性を変えながら受け交わす。でも何故か、何度剣を交えても一向に彼女の属性が掴めずそれどころか大してダメージを与えられていない。

「辛そうですって? あはっ、どこまでも愚かな目ね? 貴方は昔から変わらない。だからこそ私にもふうまにも利用されているのだろうけど! 少しは学習した方が良いのではなくて?」

嘲笑うような冷たい視線を受けながらも、直ぐ様体勢を整え再び剣を構えHPを確認する。HP残り48%このまま属性が分からず攻撃を受け続けていたら持って20分。交わし続け長期戦に持ち込んだとしても弱点が分からない今、むやみにMPを減らす訳にも行かない。

「確かに私には人の心を見抜く事は出来ない。でも、それは誰にも出来ない事だと思うよクロエ。だからこそ、互いの事をもっと分かりたい知りたいと思うのではないかい?」

「呆れた思考ねっ!」

素早いコンボ攻撃が頬をかすり、直ぐに属性を変えるがゲージは削られていくばかりだ。

レンのスキルがあれば……いや、ここは私が何とかしなくては! 皆、私を信じて付いて来てくれた。なのに私は昔から何も気付けず……柚奈だってそう。お母さんもお父さんも甘納も。

 何とか特待生制度で白舞高校へと進学し、会長から許可もありアルバイトをしながら貯金をして夕食の後は甘納に勉強を教えていた。でも、どんなに忙しくても一つも苦では無かった。

『甘納を少しでも幸せにしたい。望みを叶えてあげたい』自己満足だと言われてもいい、偽善や罪滅ぼしと言うのならそうなのかも知れない。でも、この気持ちは事実であり本物だった。

『人の痛みは人それぞれで、その人にとっては些細な痛みであったとしても受ける人によってはとても耐えられない様な大きな痛みかも知れない――』

彼の言葉を聞いて私は初めて気付いた。自分が傷付き泣いていた事、そして自分を許せなかった事に。その時、胸の中で何かが弾ける音がした。それは多分、私の中に張り巡らせた沢山の感情の糸が切れた音だったのかも知れない。優しくてしっかり者で賢くて――それは私の理想の姿。本当の私は我が儘で負けず嫌いで意固地で……だから私はwingとしてこの戦いを終わらせなければいけない。これは自分を認める為、甘納の為そして付いて来てくれた人達の為。

そして、例え偽りだとしても私にとって本物のかけがえの無い時間をくれた彼女達の為っ!

「ふっ、呆れた。まだ立ち上がるの? その傷で何が出来るって言うのよ? 得意の属性変化も効かないのに。滑稽ね! もう少し遊びたい所だけれど、そろそろ終わりにしてあげるわ!」

すると、彼女の大剣が強く光り始め一面を眩しく染め上げた。

『ヒカ……リ』

同時に微かに声が聞こえた気がしたが、強烈な光で辺りを確認する事も出来ない。

「あはっ、驚いた様ね? 私は今までの戦闘でSPSを使っていない。最後だから教えてあげるわ! これが私のSPS『惹きつけ』。つまり、範囲に入った貴方はもう微動だに出来ない!」

「クロエ……君、レアスキルを!」

「あらあら気付いていたのね? そう私の属性は一つではない。正に私に相応しいレアスキルでしょ? では! お世話になった元GMさんに私から最高のお礼を差し上げるわっ!」

私が彼女に出来る事は……諦めず立ち向かう事! 全精霊を変換させる。属性はそう、光に!

「私は最後まで諦めない! それは君の事もだクロエーっ!」

眩いばかりの閃光に包まれながら攻撃スキルを発動させた。しかし、彼女は私の剣を見て薄笑いを浮かべた様に見えた。私の剣は攻撃が大きい程色として現れやすい。

「さよならwing!」

赤く染まり警告音を響かせるゲージを只呆然と眺めていた。そっか私――刺されたんだ。

「う、嘘? 何故私のゲージがっ!」

突如聞こえてきた声にゆっくりと顔を上げる。そこには同じ様にゲージを見つめる彼女が居た。

すると、彼女の肩に何か刺さっている事に気付く。何だろう? ズームで確認すると、それは小さな短剣らしく赤い柄の攻撃には向かない魔力が込められる類いの――魔力? まさかっ!

「レ……ン?」

思わず彼の名前が口から溢れ出た。

「wing? おっ、やっと繋がった!」

「レ、レンっ? 本当に君なんだね!」

その声は別れてから数十分しか経っていない筈なのにとても懐かしく感じ目頭が熱くなる。

「レン……ですって?」

と、目の前の彼女も同じ様に驚きと動揺を隠しきれない表情で私を見つめた。

「バグってて繋がらず……でも今の攻撃、聞こえてたんっすね! そっちも間に合った様で!」

「レン……有難う! 本当に君のお陰だよ! それで今はどこに?」

「え? あ、えっと――後ろ」

と言われるままに後方へ顔を向ける。と、そこには銀髪にローブに身を包んだ彼の姿があった。

「さっき、明るくなった時に近付いたんっすよ! 攻撃が間に合うかは本当に運でしたけど。んじゃ! いっちょこのまま二人で終わらせ――wing? もしかしかしてどこかっ⁉」

そう、私にはもう時間が無い。こうしている間にも先程の傷からHPが減り、残り数分で一桁へと達する筈。けれど、『あれ』を発動してしまったらこの戦いを全て彼に負わせてしまう事に。でもっ! 私は信頼してくれているこの人に隠し事をしたくはない!

「レン。少し聞いて欲しい」

そこで私は、傷の事や残された時間と『やって欲しい事』と『その手段』をチャットで伝えた。

「こ、これって⁉」

「その、お願いしてもいいかな?」

「俺はいいんすけど、これだと結果はどうあれ又俺の運次第に――」

「本来は私が着けるべき事なのだが、弱いばかりに君にこんな責任を負わせてしまい――」

「まさか、謝ったりしませんよね? 俺、wingと出会って色々な人達と話したり時間を過ごして何と言うか、今までそういうのから逃げてたんっす。でも、確かにリアルじゃないって事もあるけど飛行馬に入って楽しいって思えて……だから、最後まで楽しみましょうよ!」

「うふっ、本当に君には励まされてばかりだね! では、君の強運に頼らせて頂きますか!」

優しい瞳で敬礼をする彼女にに思わず俺も「はい!」と頬に熱を感じながら敬礼をしていた。

「どうやら、あの子に勝ったって事は本当みたいね? でも、貴方のGMさんは立ててもあと一回って所かしら? それに、貴方もボロボロじゃない。知っているわよね? 私に勝つには」

「知ってるさ。お前に勝つにはMPもHPも足りない。だから、こうするのさっ! wing!」

「スキル発動っ!」

「っ⁉ 馬鹿な!」

その瞬間、俺の体を白色の光が俺の体を包むと同時にHPとMPがみるみると回復して行く。

そのまま急いで入力画面を出し闇属性の最大魔法の入力を開始した。

「ふっ、どちらが早いか賭けって訳? 回復しようがwingが死んだら終わりなのよ!」

クロエは物凄いスピードで向かって来るとwingへ向かい俺の頭上を軽やかに飛び越えた。

「って、あんなの有りかよ!」

術式は後半分。あーもうっ! 日頃からタイピングの練習でもしときゃ良かった!

「今度こそ負けね! wing!」「それはどうかな?」「間に合えぇぇぇぇぇぇぇっ!」

三人の声が重なった瞬間――誰かのHPが尽きた事を知らせるピーッという耳に聞こえた。

「レン……大丈夫?」

「何で俺って攻撃する度に倒れるんすかねー?」

 顔を上げるとそこには想像通りの笑顔が映った。

「有難う」

「こちらこそ……って、何でボスの体!」

彼女の体がふうま同様に透き通って来ていた。クロエは⁉ と急いで法具を取り周りを見回す。

「私ならここよ? ふふっ。生憎もう貴方が減らせるHPなんて持ち合わせてないわよ?」

「えっ?」

振り向いた先には先程までとは別人の様に穏やかな顔をしたクロエが横たわっていた。

「貴方の……そうね、貴方達の勝ちね」

「かち?」

「そうだよレン。君は勝ったんだよ!」

今度は隣でwingが嬉しそうに顔を綻ばせた。

「あのねぇ? もっと喜びなさいよ? そんな顔してたら負けた方が情けなくなるでしょ」

口を尖らせそっぽを向くクロエの瞳は少し潤んでいる様に見えた。本当に俺達が……勝ったんだ!途端に体の力が抜け、俺はその場に座り込んだ。

「や、やりましたねwing! これできっと妹さんに……も?」

後ろを向くと、長い髪を一つにまとめ紅い装備を纏い誰よりも凛々しく負けず嫌いで時々とてつもなく天然な一面を見せてくれる彼女の姿が消え入ろうとしていた。

「う、wingっ⁉ 俺達勝ったのに……何でだよっ!」

「全く。今生の別れでもあるまいし、大戦では生き残ったプレーヤー以外は神殿で回復してから再び転送されるのよ。まさか貴方そんな事も知らなかったの? まぁ、確かにこの場に立てるのは限られた者達だけですからね」

そう言うと横になったままこちらを向き今までから想像も出来ない程穏やかな笑みを浮かべた。

遥か空を見つめ気持ち良さそうに伸びをするクロエ。その姿は屋上での練霧を思い出させた。

「なんか、嬉しそうっすね?」

「嬉しいか。背負っていた荷物をやっと下ろせたって感じかしら? あら、私ももうすぐね」

「あっあの、クロエさんっ!」

「ふふっ、クロエでいいわよ?」

「じゃあ……クロエ。君はその、大丈夫なのか? 何か思い詰めた感じだったというか――」

何を言ってるんだ俺は? 人の心配するなんて、した所で何が出来るって言うんだ? だから一人でいいと決めたんじゃないか? それが自分も他人も傷付けない唯一の方法。でも、ここはシグプレ。俺はここでは『素』で居ようと決めたんだ! だから、目の前に辛そうな美少女が居たら例え中身がおっさんであろうと本心で向き合いたいだけ! これも彼女の影響かな?

「まさか貴方に心配されるとはね。でもそうね、大丈夫――では無いかしらね。それでも負けは負け。散々手段を尽くした末に私達は勝てなかった。それが答えよ」

 すると、彼女は今にも消えそうな体で起き上がるとゆっくりと顔を近付けた。

「でもそうゆうお節介、嫌いじゃないわ。リアルで会えていたら――もう会う事は無いけれど」

「え?」

そう言い残すと笑みを浮かべ青い光となり上空へと消えていった。

なぁふうま。俺は彼女に何か出来たのだろうか? 彼女は本当に――救われたのだろうか?

そんな事を考えていると、空から何か騒がしい音楽が聞こえて来た。

「ん、何だ?」

「チャラーン♪ チャラッチャラッおめ――いまーすっ! よいっしょ! とうちゃーくっ♪」

目の前でとてっと着地したそれは、鮮やかな赤と白の水玉模様のドレスを身に纏い不思議な色の瞳と同色の髪を高い位置でツインテールにしてこちらを見るとニッと歯を見せて笑った。

何だコイツ? でも、どこかで見覚えがある様な無い様な?

『兄さまっ! その子はシグプレのイメージキャラクターのシグナちゃんですっ!』

「そうだ! シグナちゃんっ!」

「ぴんぽぽぽーんっ! せいかーいシグナでーす♪」

高いテンションでそう答えると、何処からかデカいハンマーを取り出し――両手で振り上げた。

「お、おいっ!ま――っ!」

同時に、地面に付き刺さったハンマーは地響きを立てながら円形に地面をくり抜く。

「かんぺーきっ♪ ほらっ、のぞいてみなよー?」

その言葉に、咄嗟に隠れた木の影から恐る恐る顔を出し近付くとシグナの足元の穴を覗き込む。

「ん? 真っ暗で良く見えな――」

「おしっ! いってこーいっ♪」

後ろから聞こえた声に振り返ると、そこには俺の尻辺りへ足を置きニターと笑うシグナが居た。

「え……? うっ、そおおぉぉぉぉーーっ!」

 その瞬間、俺の体は押されたのか蹴られたのか頭から暗闇の中へと突き落とされた。


「うわあぁぁぁーーーーーってあれ? wing?」

「気が付いたようだね!」

目を開けると、そこにはwingの笑顔とその後ろには飛行馬のメンバー全員が揃っていた。

「ふひひー♪ おかえりなさーいレンさん!」

「シグナっ!」

「では! みなさんそろったので、はじめましょーか♪ スキルはつどーっ!」

再びハンマーを天に掲げると上空にあった雲が吸い寄せられる様に頭上に巨大雲を作った。

「じゃー、わになっててをつないでくださーい♪」

言われるままに俺達はシグナを中心として俺の右手を華乃が真っ先に繋ぎ、その横にsalt、ルナ、その隣をwingが繋ぐと俺に向かい手を差し出した。

「レン」

俺はその手をしっかりと握るとそれを確認してシグナが声を上げる。

「それでは♪ とびまーす! てんいっ!」

「とっ⁉」「兄さまっ!」

不安げな二人を他所に一同は上空へ一直線に上がり、雲にぶつかると一気に視界が開けた。

ポヨンッ! とスキルが切れたのか一同はその場に尻もちをついた。そこは、まるで煙の上にいる様な一面真っ白の雲が広がり空は何処までも青く澄み渡っている。

「早く始めてくれないかしら?」

突如聞こえたそのどこまでも冷ややかで凛とした声に自然と一同の視線が向く。

そこには、ツンとした表情に相変わらず露出度の高い装備と煌びやかな装飾を身につけた朱雀のGMクロエが立っていた。さらにその後ろにはふうまや他のメンバーも揃っている。

「さ、最後まで見届けないとログアウト出来ないからよ!」

「えーっではさっそく『ギルドたいせんシリウス』のひょーしょーをおこないまーすっ♪」

パパパパーンッ!と、突如騒々しいトランペットの音が鳴り響くと同時に地面から小さな兵隊達が楽器を持ちながら出て来ると俺達の前に整列し真っ直ぐな道を作り出した。

その兵隊たちの後ろにクロエ達が並ぶとこちらを向き拍手を始めた。空からは鮮やかな花弁が降り始め一面真っ白な風景をあっという間に色鮮やかな花びらの色に染め上げた。

「す、すげぇ」「きれいですーっ♪」

その幻想的な光景に呆然とする俺達に向けて異なる3つの声が掛けられた。

「行くよーんっ!」「行こう二人とも!」「アタシが先に通っちゃぅわょぉ?」

その声に俺達は互いに頷くと、一歩を足を踏み出した。

「あ、兄さまっ!」

その声に反射的に振り向くと、少し下を向いた華乃は悪戯な笑みを浮かべこう言った。

「大好きですっ♪」

そう言うと、満面の笑みを浮かべローブを器用に持ち上げると全速力で走り出した。

「お、おいっ! 先行くなよっ!」と、俺は慌ててその意外と早い黒天使の後を追いかけた。

大好き……か。昔から後ろに隠れてばかりだったのが今はあんなに嬉しそうに前を走っている。

そんな事を考えながら拍手で迎えるクロエ達の前を駆け足で通ると丁度クロエと目が合った。

「おめでとう」

その顔は相変わらずのツンとした表情だが目元はどこか優しげに感じられた。

「サンキュ」

「それではー♪ こんかいのシリウスさいきょーギルドは! 『ぺがさす』さんでしたーぱちぱちー♪ ではでは、しょーひんは『しょうきん』と『アイテム』どちらにいたしましょー?」

と、シグナは雲の中から二つのカラフルなBOXを取り出した。

「どうするんー? ボスん」

「アタシの賞品ゎレン君でいぃゎょ~♪」

「ふにゅっ⁉ その賞品は私のですっ!」

「俺はいつの間にゲームの景品なんて安っぽい人間になったんだ! せめて金を出せ金を!」

でも、華乃は分かっていたがやはり二人も最初からwingに賞品は渡すつもりだったのか。

「皆……本当に君達は、くすんっ。有難う!」

そう言うと、目を潤ませながら長いポニーテールを地面ギリギリの所まで深々と頭を下げた。

「これが――シグナプレス」

wingの手の平で七色に光る箱。あの後、無事にシグナからアイテムを受取り表彰を終えるとプレイ画面に『優勝おめでとう!』の文字と「転送まで今暫くお待ち下さい」と表示される。

「え、えーっと、因みにこのアイテムの効果とかって教えて貰えないかな? 私が聞いた噂だとゲーム内で使用者が会いたい者に会う事が出来ると聞きたのだが」

すると、少し離れた場所でその様子を見ていたクロエ達も気になったのか近付いて来た。

「え? あ、えーっと、まぁそんなかんじですっ♪」

何だその曖昧な答え? 絶対コイツ分かってないだろっ! しかも耳真っ赤だし!

「随分と曖昧ね?」

その様子に後ろで見ていたクロエも呆れた様に呟いた。

「く、くわしくはおしえられてないのですよっ!」

「じゃあ……折角だし、使ってみようか?」

その声は小さかったが、決意の感じられる声音で思わず皆でwingの顔を覗き込んだ。

「えっ? その、折角メンバーも揃っているしここでなら朱雀の人達にも中身を見せる事が出来るから……それに、やっぱり一人で使うより皆と一緒に使いたいかなって! だ、駄目かな?」

「ア、アタシゎマスタぁが決めたんならぁ♪」「そ、そうだねんっ!」「ふにゅっ!」

するとwingはクロエと俺の方を向いた。

「わ、私は関係ないし! 好きにすれば!」「も、勿論賛成っすよ! でも、本当にいいんすか?」

もしこのアイテムがもし本当に『会いたい人に会える』アイテムだとしたら――…。

すると、考えを悟ったのか彼女はとても優しい眼差しでこちらを向きゆっくりと頷いた。

「ところで、このアイテムは普通に使えばいいのかい?」

「はいっ! つうじょーどーりアイテムをくりっくしてくださーい♪」

「じゃあ、発動するよ!」

彼女がBOXを人差し指で二回叩くと、箱が激しく光り出しその光はやがて華乃やルナ、saltや俺の足元まで広がりフィールド全体を包み込むと何事もなかったかの様に収まった。

「え?」

 皆、同様に彼女の掌を見つめると手の上にあった筈のBOXは跡形もなく消えていた。

「あっ、兄さまっ!」

最初に異変に気付いたのは華乃だった。そして華乃は驚きながらwingの足下を示していた。

「ん? 何だ――って⁉」

そう。彼女の足――正確には、膝辺りまでが現在進行形で消え掛かっていた。

「え? ひゃっ⁉ き、消えてる?」

彼女が自らの異変に気付いた途端――一瞬で彼女の体は丸ごと空間から消えてしまった。

「お、おい! どうなってんだよ⁉」

「んー? だいじょーぶですよー♪ せいこうです!」

「あ、兄さまっ! 何か……出てきますっ!」

再び華乃が示した彼女が居た場所からは、何か肌色の物体が地面から徐々に伸び出してた。

固まる飛行馬のメンバーの間をいつの間にかふうまがすり抜けその物体の近くまで移動した。

「足……人の」

「へ?」

その冷静な声に俺にしがみ付いている華乃と共にその場所へ近付いて行くと…。それは確かに小さめの人の足に良く似た……というかモロ足だ。更にその上にはピンクに白の一本線が入った服の様な物が現れ――ってこれは?

「ジャージ?」

口にした途端、途中までだった物体が急に聞き覚えのある悲鳴と共に一瞬で全容を現す。

「ひゃあああっ‼」

「うわあっ⁉ って………え?」

一同唖然と目の前に突如現れた『者』を見つめる。そう、そこに居たのはwingでは無かった。髪は艶やかな漆黒に透き通る様に白い肌とほんのり桜色に染まった頬――それは紛れもなく白舞高校のアイドル的存在の同じクラスの練霧音羽の姿だった。だが、一番衝撃的なのはその上下揃った服装だ。これはどっからどうみても――ん?良く見ると右手に何か持っている。

「練き――」

「なっ、なんでここに音羽ちゃんがっ⁉」

音羽ちゃん⁉ 俺の言葉に被せる様に発せられたその声は華乃でもふうまの物でも無かった。

「んー? saltの知り合いかいん? あの美少女ん?」

「え⁉ や、やだぁ~♪ お、おとーちゃんが部屋に来たのよぉ!」

無理あり過ぎだろ! その容姿でお父ちゃんとか呼んでる方がビックリだよ! でも何で?

「あれ? saltが何故私の名前を……? それに皆、何をそんなに驚いて?」

と、彼女は不思議そうに自分の体に目を向けた。そして、爪先から髪や背中まで確認すると最後に右手の物に気付き「ひゃっ‼」と小さな悲鳴を上げると顔を赤くし――後ろに隠した。

「み、皆さんその……あまり見ないで下さいっ!」

涙目になりながらその場にしゃがみ込む練霧。だが相変わらず右手は隠したままだ。

「と、取り敢えず落ち着いて! そ、そうだ! シグナなら何か知っている筈!」

と急いで辺りを見回すと華乃が「あそこですっ!」と遠くを指差した。そこには虹色の髪を左右に揺らしながら全速力で俺達とは逆方向へ走るシグナの姿あった。

「あの野郎っ! 思いっきり逃げてんじゃねーか! くそっ、待ちやが――」

「待ちやがれ、殿。殿のスキルでは間に合うまい。ボスに許可を頂いた。参るっ!」

いつの間にか頭上から羽二重が顔を出すと俺の頭を飛び台に一直線に影の中へ飛び込み遥か先のツインテールの影へ向かって移動して行った。何だろう……この心地良い敗北感。

「レン」

猛スピードで目を回したシグナを抱え戻って来る忍びを眺めていると後ろから声を掛けられた。

「さっきは有難な! ふうまを行かせてくれて」

「えっ? あっ、ええ。それでその……貴方のGMさんって、練霧音羽と言うのね?」

「え? 何で名前……」

「あら? 先程、貴方のギルドの年長さんが大声で言っていたのではなくて?」

「ねんっ⁉」

急いでsaltを確認するが、運良く気付いていないらしく練霧の傍で空を見つめていた。

「そ、その呼び方は止めて頂けませんかね! 身の危険を感じるんで」

「そう? まあいいけど。で、あの子は練霧って言うのよね?」

「俺から何もは言えません」

「ふふっ、まあいいわ。どちらにせよ、ふうまに全てを話す様言っておいたから。あら、お仲間が怖い顔をしてこちらを見ているので私は早々に退散させて頂くわ」

その言葉に後ろを振り返ると――そこには、威嚇した猫の様にルナがこちらを見つめていた。

「おーいレン助―んっ! 助けて欲しいんだけどん!」

その声にルナの方へ向かうと、何故か涙目で思いっきり俺の腕を引っ張り逆の手で指差した先には膝を抱える練霧と空を眺めるsaltその横で蹲る華乃――って何でお前が蹲ってんだ!

「あの健気な美少女がボス……なんだよねん?」

「あ、うん」

するとルナは、決心した様に練霧の方へ近付いて行く。その様子を華乃と片津を呑んで見守る。

「あ、あのーボスん?」

そのルナの声に練霧は顔を上げると申し訳なさそうに微笑んだ。

「ご、ごめんなさいっ! 私ってばご心配をお掛けしてしまい……」

「っ⁉」

ルナ:な、なんかすっごい可愛いんですけど! てか話づらっ!

†レン†:いやいや、そんな驚いた顔で一々チャットで報告されても!

黒天使:ファイトですっ!

「どうかしましたか? ルナ」

「い、いんやその……さ、触ってもいいですかんっ!」

そのまま俺は目をぱちくりさせた練霧の前に全速力で向かうと鼻息を荒くするルナを連れ出す。

「お前は変態かっ!」

「だ、だって話し掛けようとしたらその……あまりにも可愛くてついんっ♪」

「痴漢の犯行動機にしか聞こえんわ!」

「あっ兄さま体がっ!」

その華乃の声と同時に至る所から悲鳴が上がって行くと、各々の体が練霧同様に消え始めた。

「殿」

再び頭上に現れた羽二重は目を回したシグナを目の前の地面へ下ろした。

「こ、これはよそーいじょーにめがまわりますー」

「おいシグナっ! どう言う事だよ? wingだけじゃなく他の皆まで!」

「そうですよー? このげんしょーはシグナプレスのこうかです!」

「何で会いたい人に会えるアイテムがwingが本人の姿でゲーム内に出て来てんだよ?」

「だからー、それはちがうのですよ! シグナプレスはシグナプレスそのものなのでーす♪」

「シグナプレスその物ん?」

「リアルとゲームを繋ぐ」

「そのとーりです! クロエさん♪」

って、いつの間に来たんだよこの人っ!

「もしかしてクロエ……」

「知らないわよ? アイテムの事なんて。只、それを聞いてこのゲームのコンセプトを思い出しただけよ。それにしてもシグナ、何故私の体までが消え掛かっているのかしら?」

「シ、シグナプレスのこうかはんいはひろく、フィールドぜんたいにえいきょうするのです」

「ちょ、ちょっとまってぇ? もしかして、全員このままリァルの姿になるって訳ぇ?」

後ろでずっと上の空だったsaltがシグナの言葉に飛び掛かって来た。

「わ、わっし、そんなん了承してないんだけどんっ!」

「りょーしょー? このゲームをはじめるときにしてますよ? とうしゃのコンセプトのじつげんのためにごきょうりょくいただくと!」

「ログアウト……出来ない」

「出来ないのかよ!」

「ちなみにきょうせいしゅーりょーしても、このばにはアバターのみがあらわれます!」

「シグナ貴方……私が言っているのよ?」

クロエの冷静な表情が少しだけ険しくなる。だけど運営にGMが立ち向かえるとは。

「ク、クロエさんでも……せっていをかえることはできないのです。うえのめいれいなので」

クロエさんでも? 何でさっきからこいつ、クロエにだけ態度が違うんだ?

「上……成る程、そう言う事」

その言葉を聞き彼女は諦めた様にその場に座り込んだ。その様子に朱雀のメンバーが駆け寄る。「あっ、兄さまっ! もう体がっ!」

「ふむふむっ! そろそろじかんですかねー♪ ではみんな、いってらっしゃーい♪」

「皆さん……ごめんなさいっ!」

シグナの笑顔と練霧のお辞儀姿という何とも心地悪い状況の中俺達の視界は暗闇に包まれた。

「まぶしっ!」

ゆっくりと辺りを見回すと、そこには先程と変わらない景色が――広がっていなかった。隣には長い白髪に猫耳フードの華乃とジャージ姿の練霧って俺は⁉ パンツ一丁とかじゃ⁉

「め、珍しいTシャツですねっ!」

練霧が興味津々に俺の上半身を見つめていた。

「これは兄さまお気に入りの『ケルビー』オリジナルTシャツなのですっ♪」

「む、昔やってたポテチの企画で当たって……あっ、練霧さんの部屋着も凄く似合ってますよ!」

「ふえっ⁉ は、恥ずかしいですがその……有難うございます」

桜色の伸びる素材がピッタリと体を包み、開いた首元からは白いキャミソールのレースが見え――とても庶民服とは思えない! アニメのプリTとか着てないで本当に良かった!

「口にポテチが付いてるのですっ♪」

「マジっ⁉」「えっ⁉」

ん? 何で練霧まで反応したんだ?と互いに顔を合わせた。

「え、えっとその……練霧さんもポテチとか食べるんっすね!」

「へっ⁉ な、なんの事だろう!」

この状況で隠すんだ! でもこれを機にポテチ嫌いになったら……それだけは阻止せねばっ!

「その右手の……ポテトチップスですねっ♪」

「ひゃっ⁉」

おいーっ! 何やってんだよ⁉ お前は敵なのか? そこはもっとデリケートにだな!

「お兄ちゃん、もうどんなに腹が減ってても和菓子の類は食わねーぞ?」

「ふにゅっ⁉ な、何だかよく分かりませんがごめんなさいっ!」

「だ、大丈夫ですよ萩塚君! その通りポテトチップスです。実は以前、屋上で頂いた物がとても美味しくすっかり好物になってしまい……。お恥ずかしながら今日もプレイしながら」

顔から湯気が出そうな程に赤らめながら話す練霧の右手には確かにポテチが握られていた。

「そ、それって、コンビニ限定のり塩のり増量バージョンですよね!」

「その通りですっ!さすがです、萩塚君!」

「こ、今度良かったら……俺が集めているご当地コレクションも見ますか?」

「本当ですかっ⁉」

目を輝かせながら話題に食いついてくる練霧。にしても、ポテチ好きが俺の影響だったとは。

「なっ、なんか複雑な気分ですっ!」

華乃を抱きしめる練霧とその腕の中でもがく妹の微笑ましい光景を文字通り微笑んで眺めた。

「ふーん。やっぱり男子ならあーゆう奥ゆかしい子が好きだよねぇ?」

「あぁーやっぱり黒髪に色白ってのがポイント高いだろ? それにあの容姿であの性格!」

「へぇーいや、実に羨ましいねー。で、何でレン助は髪の色戻らないのさ?」

「いや、だからこれは地毛だって――え?」

振り返ると、そこには見慣れない長身に色白の肌と金に近い髪に青い瞳の女性が笑顔を浮かべて立っていた。半袖にカーデを羽織った服装は豊満な胸を強調し自然と視線が引き寄せられる。

「そ、そんないやらしい目で見られたら……幾らわっしでも恥ずかしいんだけど」

顔を赤らめるその姿に不覚にもこっちまで頬に熱を感じる。

「え、えっと……どちら様?」

「ひっ、酷いよレン助! クッキー投げる仲だったじゃないかっ!」

「クッキー投げる仲って、良いのか悪いのかわかんねーよ!ルナ」

「なーんだ、覚えてんじゃん? いやー相変わらずの腹グレンだね! そいやsalt見た?」

「salt? いや、俺もそもそもsaltのリアルなんて知らんし!」

辺りを見回すが既にフィールドは知らない顔ばかり――ってあれ? あそこに居るのって?

「ちょ、ちょっと待ってて!」

そう言うと俺は、フィールドの奥で後ろを向いている見覚えのあるその姿に向かい走り出した。

「あのー?」

長い茶髪にチラつくピアス、そして指先の派手なマニキュアとこの酒酔いした感じ――

「れ、蓮くぅん⁉ ぢぁなくて! な、なにかなぁ? 白舞高校なんてぇ知らないわょ~?」

いや、モロ自分で言っちゃってますけどっ!

「あれー? レン助その人って……もしかしてっ!」

後を付いて来たのか、ルナが何か企んだ様な目でこちらを見つめていた。

「ぁらぁ? 誰かしらこの金髪ビッチ」

「ビッ⁉ ふ、ふふーん! この髪は染めたんじゃなくて地毛! ハーフだよ!」

「newハーフの間違ぇぢぁなくてぇ?」

「ムッカーっ! saltこそ何が色黒がセクシーだよ? 真っ白の大福じゃないかっ!」

「だ、誰が大福よぉっ! 教師が色黒ぢぁ不謹慎ぢぁなぃっ!」

「へぇー? salt、教師なんだ?」

「うっ! ふふっ、背後を取られるなんてぇまだまだお子ちゃまねぇ~? こ・こ・も♪」

と、急にsaltはルナの背後へ回り後ろからルナの胸部へと手を回した。

「ちょっ⁉ どこ触って……い、いやあぁぁっ‼」

すまないルナ、俺には何も出来ない。背後でルナの悲鳴を聞きながら静かに手を合わせた。

「一体、どういう事なのかしら!」

何だ? フィールドに響き渡った声の方に自然と足が向く。あれは……朱雀の集まりか?

盗み聞きをするつもりはないが、ルナ達の元にも戻り辛いのでもう少しだけ気付かれない様に近付く事にした。後ろ姿だが中心に居る人物が恐らくクロエ――と、ゆっくりと足を前に出す。

「萩塚蓮」

「はっはい⁉」

やばっ気付かれた! あれ? でも今、萩塚蓮って言わなかったか? 俺の名前……だよな?

「こちらへ来なさい。丁度良いわ、貴方にも聞いていて貰う必要がありますから」

 すると、あと数mという距離でやっと彼女がこちらを向いた。

「せ、せせせ……生徒会長⁉」

「お芝居が上手いのね? そう。私がクロエ改め白舞高校生徒会長兼理事長代理の五家宝凛」

すげぇ、肩書が長すぎて決めセリフ見たくなってる! でも、クロエがうちの生徒会長って……いくらプレイヤー数No1のオンラインゲームつっても世間狭過ぎだろ!

「凛様。彼は本当に凛様の正体を知らなかったのです。彼は我の願いを聞いてくれただけで、我が凛様を裏切ったのです!」

その真っ直ぐな羽二重の瞳と言葉に五家宝どころかその場に居た全員が思わず生唾を呑んだ。

「貴方が私を……裏切った?」

静かに羽二重の言葉を繰り返す五家宝。だが、その顔は声と裏腹にみるみると蒼ざめていく。

「そうです。全ては我が凛様のお父上に言われ凛様が勝てない様に仕組んだ事」

その言葉に五家宝は開き掛けた口のまま彼女を見つめた。と、後ろの二人が静かに口を開いた。

「羽二重の者。この意味が勿論お分かりですよね? 代々支えて来た姫様を裏切った罪」

「「それなりの処罰は免れませんよ?」」

容姿も声も服装も同じ息の合った2つの声に人形の様に光のない瞳――

「ああっ! 生徒会の時にドアを開けてくれた双子!」

「お久しぶりです萩塚さん」「でも、今は少し黙っていて頂けますか?」

「…無論。承知している」

二人を真っ直ぐに見つめ、その場に膝を着き答える羽二重の左手は震えている様にも見えた。

「分かったわ、羽二重。貴方はそのまま白舞高校に在籍しなさい。けれど、今後一切私との接触を禁じます。今後の側近は……そうね、州浜。貴方達に任せます」

そう言うと五家宝は、目の前に跪いた双子達の前に行き手を差し伸べた。

『我は、凛様が笑顔になれるのならどんな手段でも使おう。もし我の一生分の幸せを渡せる事が出来たならそれはどんなに幸せな事であろう――』

不意に脳内に羽二重の言葉が思い浮かぶ。そう、いつだって羽二重は五家宝の事を思い彼女の為なら例え自分が犠牲になろうと厭わなかった。だから最後まで俺達が五家宝を嫌わない様にと必死だったのだ。なら何故こんな裏切る様な事を? これは本当にアイツの本心なのか?

「本当にそれで……いいんですか?」

言葉にしなきゃ本当の気持ちなんては伝わらないし分からない。中学の時の俺の様に……。

「なっ⁉ そもそも貴方は部外者でしょ! 人事に首を入れるのは柄では無いのではなくて?」

確かにお人好しやお節介なんて最も嫌うワードの一つ。でもこの二人は、一番傍に居る筈なのに肝心な気持ちには気付かず彼女の言った通りいつの間にか『仮面』を外せずにいるのだ。

「なっ、何よ?」

いつの間にか見つめていた彼女の瞳が怪訝そうな色に変わる。

「いや、確かに人事に首を突っ込むなんて御免っすよ。でも、見てるこっちがもどかしくなる程不器用で何かの為に真っ直ぐに生きてる奴って……そいつの幸せはいつ叶うんだろう? と」

「な、何よ? 私はもう決めたの! それに、例え何か分かったにせよ負けた事は変え様がない事実。私達はこの大戦で……どうしても負けられなかったのよ」

「どうしてそこまで?」

すると、双子が心配そうに見つめる中一息つきゆっくりと彼女は口を開いた。

「このゲームの運営はね、私の父の子会社が運営しているの。まあ、私もそれに気付いたのはエンディングのクレジットを見てからなのだけれど」

「五家宝グループがシグプレの運営っ⁉」

おいおいマジかよ? まさかゲームまで手を伸ばしていたとは! それでシグナがビクビクしていた訳か……。でも、あの時言ってた『クロエ様でも』ってのは?

「でも良くそんな厳しそうなご両親がシグプレをやる事を許してくれましたね?」

「許してないわよ? だから自分の部屋で気付かれない様にやっていたのじゃない」

「ええっ⁉」

才色兼備でご令嬢の五家宝が自分の部屋で親に隠れてネトゲ――想像出来ねぇ!でもきっと、ポテチと麦茶では無く洋菓子とティーでも飲みながら優雅に……畜生、何か腹立ってきた!

「一年は気付かれなかったわね。まあ、何もかも完璧にこなしていたのだから当然だけれど。貴方はこの一つ前のイベントは覚えている?」

「えっと、何でしたっけ?」

「猫耳収穫大作戦。期間中に配られる『猫耳』をアバターに付け、闘技場で対戦し負けたプレイヤーは猫耳を渡し一番多く収穫した者に賞品が贈呈される自由参加イベントよ。そのイベントの参加賞が、アイテムに似せて作った猫の耳に模したナイロン製の――」

「いや、そこは『猫耳』で良いですからっ! それで大抵の人間は分かりますよ!」

「そう? その時、私は生徒会で忙しく参加賞のみを貰ってね。使わないのも勿体無いから付けてみたのよ。すると、急に電話が掛かって来たのでそのまま二階に下りると母親が居て――」

「ちょ、ちょっと待った! えっと、何を付けたと?」

「だから、イベントの参加賞で届いた猫耳よ」

ね、猫耳を付けた五家宝が自室から下りて来て母親に遭遇って……善財なら未だしも、才色兼備の自分の娘が『猫耳』なんか付けて降りて来たら俺だって卒倒しかねんレベルだぞ!

「そ、それでその後どうなったんすか? お母さん」

「多少顔色が悪くなって声が上ずりながら『猫娘』とか言っていたけれど問題は無かったわ。シグプレの事はバレてしまったのだけれど」

問題あるわっ! ショックでおかしくなっちゃってるからねお母さん! 猫娘は的確だが。

「そしてその日の夜、父から『お前は良くやっている。だから趣味に口を出す事はしたくないのだが……周りの目がある。言いたい事は分かるな? やるなとは言わん。やる限りは証明して欲しい』と言われたわ。そこで私は、次のイベントで一位を取ると約束したの。でも、勿論それは私の望む形では叶わなかった――父はある条件を付けたのよ」

「自分のギルドを作る事?」

「正確には『五家宝として勝利する』事。父はシグプレをやっていた事よりも、私が赤の他人と無駄な時間を過ごす事が許せなかったのよ」

と、後ろに控えたメンバーへ目をやるとそこには生徒会の双子を始め他のメンバーも以前どこかで見覚えのある顔があった。五家宝軍団……でも、良くSPSばかりこんなピンポイントで?

「勿論、メンバーには私が選んだ年の近い50名程の人員にSPSを身に付けさせそこから更に選別して選び抜いた人材よ。州浜達には10体程キャラを作成させ身に付けて貰ったわ」

「10体っ⁉」

シグプレは始めはLVも上り易いが段々と上がりにくくなる為、寝る間も惜しまずプレイしたとしても最低でも数か月は掛かる筈――それを10回だと⁉ 鬼だ、ここに鬼がいるっ!

「身に付けて貰っただなんて勿体無いお言葉っ!」「「私達が自分の意志で行っただけの事っ‼」

すると、いきなり双子が猛烈な勢いで割り込んで来た。

「そ、そうね。そして私は朱雀の理を作った。勿論、その中にはそこの名前もあったわ」

五家宝はチラリと後ろで跪く小さな体へ目をやると羽二重は小さく口を開き再び下を向いた。

「偵察の為、飛行馬に一時的に入団させて情報を集めてから途中で抜けさせたのよ。ふふっ、でもまさか私の方が手の上で転がされていたとは……側近に裏切られるなんて全く滑稽な話ね」

自虐的な笑みを浮かべたその姿は、いつもの覇気は消え失せ何処か弱弱しささえ感じられた。

「あっ、あのー?」

すると、急に後ろから新しい声色が飛び込んで来て一同は同様にその声の方へと振り向いた。

「ね、練霧っ⁉」

そこには、申し訳なさそうに顔を出す練霧とその後ろには猫耳フードの華乃の姿があった。

「お、お取込み中すみませんっ! その、お兄さんが居ないという事で一緒に探して居りましたら人影を見つけ――ってあ、あれ? 五家宝……会長?」

ビー玉の様な瞳を更に丸くさせ彼女は俺を見つめた。そうだ、練霧はまだクロエの正体をっ!

「ええ、そうよ。私がクロエの正体……と言っても、もうこちらで会う事は無いけれどね。元から私はこのゲームを辞めるしか選択肢は無かった。そうでしょう? 羽二重」

すると、黙り込む羽二重を見て双子がゆっくりと立ち上がると羽二重の前に立ち口を開いた。

「その必要は無い筈……だな? 羽二重柚奈」「うぬは、このまま沈黙を通すつもりか?」

「ぬ、ぬし等っ!」

「それは一体、どういう意味かしら? 州浜」

「はい。実は先程、確認の為に姫様のお父上に連絡を取った所今回の大戦は不当な物とし姫様のシグプレにつきましては他事に影響を与えない限りは許すと」

「その代わり、今回の大戦で羽二重柚奈は敵の見方をし姫様や五家宝家を裏切ったとして五家宝家の忍を解雇するとの事」

「それは本当なの? 答えなさい! 羽二重柚奈!」

五家宝はゆっくりと歩き羽二重の前で立ち止まると彼女は跪き頭を垂れたまま目を閉じた。

「ふ、ふざけないでっ! 貴方は、貴方って人は! 何処まで私を馬鹿にすれば気が済むの⁉」

「我は……我は只、凛様にはシグプレを続けて欲しくて本当の姿で勝利して欲しかったのです」

「本当の姿?」

「はい。飛行馬に所属していた時の凛様はとても楽しげで…我もやる様に言われた時は本当に嬉しかったのです。少しの間だけでもあの凛様に会えるのだと。でも、我が入った時の凛様は哀し気で敵を倒す為ならどんな手段も使い笑顔も浮かべず仕事の様に明け暮れる日々――我はそんな凛様を見ているのが辛く、そんな時に飛行馬への呼び出しがあったのです」

「それで私達のギルドに……」

「如何にも。我は本当に許されまい事をした。音羽も許さなくていい。寧ろその方が――」

「えっと、何がかな?」

「っ⁉ わ、我が主達を利用し裏切り情報を流しっ!」

「でも柚奈は、私達のリアル情報は伝えなかった。それに、柚奈は私達『飛行馬』と『朱雀の理』その両方を助けてくれたのではないのかな? それは裏切りでも何でも無い」

「音羽……」

「あはっ! あははははははっ!」

 直ぐ隣から響いて来た高い笑い声に思わず顔を上げた。

「ふふっ。いや、ごめんなさいね? あまりにも流石だと思ってね。ねぇ練霧さん?貴方がwingだと言う事には確かに驚いたわ。でも、同時に納得もした。何故初めて会った時に目に付いて苛立ったのかもね!」

「お前っ!」

一歩踏み出そうとした俺の足を止めたのは他でもない横に居た練霧だった。

「有難う。でも、傷付いているのは私では無いよ?」

その口調はwingを思わせ、瞳は真っ直ぐに五家宝を見つめていた。

「それと羽二重。貴方はそうやっていつも昔から理想の私ばかりを追って自らを犠牲にして……そんなの只の自己満足で偽善でしかない! 私はそんな貴方が昔から大嫌いだったのよっ!」

その言葉を聞いた羽二重の瞳にはやがて、波のように清らかな水が溢れて来ていた。

「はぁーあ」

「な、何かしら? 何か言いたい事でもありそうね? 萩塚蓮」

「い、いやー確かに羽二重はしょうもない奴っすよね! 話す事はいつも会長の事ばっかだし、『我の幸せの全てをあげられるのならどんなに幸せな事か』とか言うんっすよ? ホント、おかしいっすよね! 自分が傷付いたり犠牲になっても他人を幸せにする事なんか出来ないのに」

「殿……」

「な、によ? 何なのよ分かった様な口ばかり! 私の気持ちなんか何も知らないじゃない!」

唇を噛みしめ肩を震わせながら噛み付く様に吐かれた言葉は逆に俺を冷静にさせてくれた。

「勿論知りませんよ? 人の気持ちなんて聞いても分かるもんじゃない。ましてや、聞いてさえいないのだから知り得る訳がない。でも……苦しんでいる事くらいは俺でも分かりますよ。だって会長――羽二重の話を聞いた時からずっと泣いてるじゃないですか?」

「泣い……てる?」

その言葉を聞いた五家宝はゆっくりと両手で頬を触った。

「それでは……貴方には何か出来ると?親の期待を裏切らない為に自我を抑え大切な存在とは仲良くしたらその子が罰を受ける事を知り冷たくしてきたとしても、何か変えられるとでも?」

「そ、それは――」

「それは違うと思います!」

「あら? 何が違うと言うの? 皆に好かれ、誰も恨まず憎みもせず強く真っ直ぐな練霧さん」

嘲笑うように練霧を見る瞳を、彼女はどこまでも真っ直ぐで真剣な眼差しで見つめた。

「私……そんなに強くて綺麗な人間では無いです。本当は弱くてドジで泣き虫で――クロエは覚えていますか? 私達が初めて会った時の事を」

「なっ、何よ? 今さらそんな昔の事」

「私は良く覚えています。私がシグプレを始めたばかりの頃『貴方、ゲームくらい本当の自分やなりたい自分で居れば? 見ているこっちが疲れるわ』と声を掛けてくれましたよね? 初めてそんなに真っ直ぐに言葉をぶつけられて、最初は戸惑いましたけれどとても嬉しかった。そしてその時、初めて今の自分について考えたのです。それから段々と今のwingになって行き――ここでの時間はとても居心地が良く当たり前の様になっていった。そんなある日、私が妹の話をするとクロエも『昔から大切な妹の様な存在が居る』と話してくれましたよね?」

練霧の言葉を五家宝は黙って聞いていた。

「凛様っ! 我は……我はずっと! 凛様のお傍に居られるだけで幸せでした。なのでこれからは、あの頃の様に本当のご自身としてシグプレを続けて頂けたら、それが我の幸せなのです」

「でも……そこに貴方は居ない。馬鹿ね? 私はずっと、貴方と一緒にやりたかったのよ? 何にも縛られる事無く――ね。元から父は私が貴方と仲良くする事を快く思っていなかった。だから今回の柚奈の提案は、父にとって何よりも好都合だったのよ」

と、優しく抱き寄せ髪を撫でる姿は本当の姉妹の様で――羽二重は心から幸せな顔をしていた。

「凛様……我はとても幸せです。最後にこんなにもお側に――これだけで十分過ぎる位です」

潤んだ瞳で嬉しそうに笑う羽二重。だが俺は内面のモヤモヤとした気持ちが拭い切れずにいた。

「柚奈。これからはもう、私の為に無理をする事も犠牲になる事も止めて自分の幸せの為に生きなさい。これは私からの最後の命よ?私の幸せも又、貴方が幸せで居る事なのだから」

すると、決意した様に羽二重は涙を拭うと体勢を整え口を開いた。

「「その姫様の命、承り兼ねます!」」

だが、その羽二重の開き掛けた口は同時に放った二つの声によって阻まれた。

「あ、貴方達っ! これは私の……主人の命よ? 下がりなさい!」

「姫様、私達の役目は姫様をお守りする事」「そして、お側で何時もお支えする事」

「そして最後に……」「「姫様の意思を尊重する事!」」

「あ、貴方達?」

「私達は姫の嫌がる事」「哀しむ事をしてまで」「「側近には付きたくは無い!」」

「っ⁉ で、でもっ! これは既に決定した事項で!」

「我らには未だ姫様の側近は荷が重過ぎる」「外面からは守れても現状で姫様の内面をも守る事が出来るのは」「「認めがたいが前側近にて羽二重一門の忍。羽二重柚奈只一人」」

「これが先刻、姫様のお父上に伝えた言葉です」

「う、うぬ等! そんな事をしてはうぬ等とて!」

「勘違いするな羽二重柚奈」「我等、州浜家と羽二重家は先代からの敵対関係」

「只……今回この座を獲られたのは」「主が姫様を守ろうとした為」

「「その結果手に入れた座等、主が用意した椅子に座っている様なもの!」」

「うぬ等……」

「そ、それに我等は椅子を用意されるより」「茶を用意する方が性に合っておる様だからな」

「貴方達……」

それにしても、忍の双子が生徒会室で俺達に茶を?

「って、それじゃあ只のメイドじゃねーか!」

「「冥土?」」

「うぬ等、メイドも知らぬのか? ふっ、メイドとはな――ごにょごにょ」

何だろう? 嫌な予感しかしない。てか、何でコイツがメイドを知ってんだよ?

「なっ、何と言う破廉恥!」「不潔。破廉……破蓮恥」

「一人、ろくでもねー事言いだしちゃってるから!」

「あらぁ~楽しそぉねぇ? メイド? 奴隷?」

「お、お前らいつの間に来たんだよっ! てか先生、その格好は……」

シャツ一枚と言うあまりに過激な姿に直視したら華乃に殺されそうなので直ぐに目線を反らす。

「石衣教諭。服を着てくれないかしら?」

冷ややかに響いたその声に、石衣は無表情で見つめる彼女へと視線を移した。

「へ?」

その表情はみるみると変化し、ロボットの様にこちらを向いたので急いで反らそうとしたが遅かった。目が合ったた以上反らす事も出来ずその大きく開いた襟から覗く物が声と共に近付いて来る。やばい……頭がクラクラとして来た。二次元ならまだしもここは二次元の様で三次元!

「やめてくださいっ!」

そこに映ったのは銀色の髪――では無く、艶やかな黒髪の女子が石衣の腕を握った姿だった。

「練……霧っ⁉」

「そのよ、良かったら石衣先生っ! これを使って下さいっ!」

顔を真っ赤に染めた彼女の手には上に着ていたジャージが握られていた。

「へ~ぇ、音羽ちゃんがねぇ……? ぁんがと♪」

「まあ、それなら少しは不健全さが隠せたのでは。それにしても……酔っているわね?」

「ギクッ!」

「ふふっ。息抜きも大概にね? 特に学校では。その、貴方達には色々と迷惑を掛けてしまったわね。私の私情にまで巻き込んでしまい……」

珍しく口ごもる五家宝に練霧は優しく笑みを浮かべると彼女の元へ行きその手を握った。

「なっ⁉」

「私はとても嬉しかった! クロエが少しでも感情をぶつけてくれて。そして何より、クロエの正体が貴方で! ずっと会いたかった人がこんなに近くで支えてくれていたのですから!」

「あ、貴方……それに私は支えてなんて」

「優待生でも生徒会に入れて頂き、以前私の下駄箱に悪戯がされていた時も先に気付いて直してくれていた事も知っております」

「そ、それは今後の優待生にも指示を受ける為によ! それに、貴方は只でさえ目立つのだから虐めなんて低俗な行動で風紀が乱れては困るからよ! 別に私は貴方個人を助けた訳では」

「それでも結果としてクロエ……いえ、会長は私を支えてくれた。ですからずっとお礼が――」

「やめなさいっ!」

 その練霧の言葉を掻き消すようにフィールドに響いた声と共に顔を赤くする五家宝。

「ちっ、違うの! その、御礼なんて言わないでよ! お互い様と言うかそのと、と……」

何だ? みるみる内に色白な五家宝の肌が更に赤くなり肩を震わせている。

「んー? おっトイレだ!」

「違うわよ!」

「ナニかしらぁ~?」

完全に遊ばれている。でも、何だかこうして見ると新鮮と言うより旧友同士を見ている様だ。真剣に話を聞くwingと呑気なルナに冗談を言い困らせるsalt。それは一緒に笑い、時にはケンカをしたり傷付いたり傷付けたり……それでも最後には笑い会えるそんな存在。この人達はリアル等知らずともここで出会いリアルを知った今も尚変わらぬ姿で笑いあっている。

「リアルとゲームを繋ごう……か」

そう呟いた俺を不思議そう見つめる華乃の頭にそっと手を乗せると嬉しそうに目を細めた。

それはずっと俺が避けていた、いや逃げていた事。傷付く事そして又失う事が。大切な……

「友達」

急に掛けられた声に、思わず華乃の頭に置いていた手が猫耳フードを後ろに引っ張った。

「ふにゅっ⁉ 明るいですっ!」

「わ、わりぃっ!」

急いで華乃にフードを被せると、wing達も声に気付きこちらを向いた。

「凛様、我には未だやり残した事があります」

 その瞳は真っ直ぐに私を捉え何か言いたげにしていた。

「我が先刻、殿に伝えた事です。凛様は音羽に――」

「わっ、私?」

その言葉に向かいに居た彼女が目を丸くしてこちらを見て来た。

「貴方は、本当に何でもお見通しなのね?」

「ずっとお傍で見ておりましたから」

本当にそう。どんなに冷たくしても貴方は傍で支えてくれていた。そして、目の前の彼女はシグプレで私が初めて心を許し話す事が出来てwingとして私を支えてくれていた存在。

「練霧音羽さん。その、貴方にずっと言いたかった事があるのっ!」

「へっ? も、もしかして私……又何かご迷惑を!」

「ち、違うわよっ! その――」

気付くと柚奈が右手を握っていた。その手は温もり等伝わる筈が無いのに何故か温かく感じ、私はその手をそっと握り返すと一呼吸つき再び彼女を見つめた。

「わ、私とその……と、友達になって欲しいのよ!」

すると、目を丸くし口をパクパクさせる彼女の瞳からはやがて大粒の雫が零れだした。

「なっ⁉ 何で泣くの? ゆ、柚奈! 私、何か間違え……?」

「否。大丈夫そうですよ、凛様」

「その通り……大丈夫ですっ! 只、嬉しいだけです!」

彼女は眉を顰めながら笑みを浮かべると柚奈の握っている手とは逆の手をそっと掴んだ。

「クロエ……いえ、五家宝凛さん!」

「えっ?あっはい」

「私からも一つお願いして良いですか? これからもずっと友達で居てくれると嬉しいです!」

「ヒヒッ! わっしらは既に『ダチ』だもんねーボスっ!」

「ったくぅ~何を言い出すのかと思ったらぁ。真剣に聞いて損したぁ~」

「貴方達……そうね。ルナと先生も仕方ないので入れてあげましょうかしら? それと貴方」

私は後ろを向き少し離れた場所でこちらを向いて居る二人を見つめた。

「お、俺?」

戸惑った表情を浮かべる彼の元へ近付き、私はゆっくりと口を開いた。

「貴方も一応その……友達になってあげてもいいわよ?」

 すげぇ上から目線だなおい! てか、『一応』って何だよ? どうやって接したらいいか分かんねーし逆に接しにくいわ! と内心散々ツッコミを入れてから俺はこう答えた。

「じゃあ一応、宜しくお願いします」

すると彼女は、ふふっと笑みを浮かべそのまま再び転送ゲートの方へと体を向けた。

「では、私達はこれで戻るとしましょう。あっそうそう、練霧さんはのり塩が好きなの?」

「ふえっ⁉ あっはい?」

「そう。今度気が向いたら新商品を持って行くわ。貴方のマニアぶりにも興味があるしね」

と、何故か俺の方を見て意味深な笑みを浮かべると羽二重と共にゲートの中へと消えて行った。

「あーあ、行っちゃったー。てか! わっし以外、皆顔見知りとか酷いよーっ!」

「学校にでも遊びに来ればぁ~? そもそもアンタ幾つなのよぉ? 以外と年食ってたりぃ?」

「大学生だよっ!ピチピチの大学1年……んあっ!」

急に口を抑えた様子から察するに言うつもりは無かったらしい。

「アンタってぇ、意外と年下好――って! 何すんのよぉ!」

「んじゃーわっし等はこの辺でおさらばとするよ! saltも妹が待ってるらしいし!」

「ちょ! 私はまだぁ! ま、まぁ♪ どぉ~せ二人とゎ学校で話せるしぃ! 又ね~ぇ♪」

そのまま二人――いや、一人は引きずられながらゲートへと入って行った。

そうして俺達も練霧を先頭に転送ゲートへと歩み出すと、ピピッ! と新着メールを知らせる音に俺は足を止めると前を歩いていた二人も同時に足を止める。

「ふにゅっ! メールですねっ?」

どうやら一斉送信で送られてきたらしい。そして三人同時にメールアイコンを開いた。

「こ、これって!」

それは運営からのメールで、そこには最後に撮った飛行馬と朱雀の集合画像が添付されていた。

 ゲーム終了の音楽と共に視界が暗くなり、長時間付けっぱだった固定バンドを頭から外す。

「お疲れ様でしたお兄ちゃんっ! はいっ!」

そんな声と共にぼやけた視界に愛用のキャラコップに入った冷えた麦茶が差し出された。

「おっ! 気が利くなー」

小さな手からコップを受取り音を立てて一気に飲み干した。本当に気が利くよなー華乃はっ!

「良い飲みっぷりでしたねーお兄ちゃん♪」

「おうっ! サンキュ……?」

ん? 今何か、聞き慣れない単語が通った様な……と、俺はコップからゆっくり顔を離した。

「どうかしましたか? お兄ちゃん?」

「お、兄……って、誰だお前!」

そこには、黒髪にリボンを付けた正に理想の妹を具現化した様な少女が丸い瞳で見つめていた。

「酷いです! 妹の顔も忘れてしまったのですか?」

「俺の妹がこんな礼儀正しくてまともな妹のわけがないっ!」

何だろう……言ってて哀しくなってきた。

「未来の妹です!」

「未来……ちょっとそこで待ってろ!」

そう言って少女を今まで座っていた椅子へと座らせると向かいの華乃の部屋のドアを叩いた。

すると、ドアの向こうから数分前の俺と同じ様なぼんやりとした眼が出て来ると「聖水をっ!」とか言いながら急いでリビングの方へと降りて行った。

「あの様子じゃ違うか」

もう一度恐る恐る自室を覗くと――相変わらず少女が座って不思議そうに部屋を眺めていた。

「どーした蓮兄? 曲者かっ?」

急に後ろから掛けられた声に振り向くと、更に下からも軽快に階段を昇ってくる音が聞こえて来た。か……華乃だ! ヤバい、この状況は非常にマズいぞっ!

「お、おい千歳っ! ちょっと華乃の時間を稼いでいてくれ! 今アイツに会う訳に――っ!」

「ほほーう? 一体なぜアイツに会う訳にはいかないのでしょうかっ? あ・に・さ・まっ♪」

千歳の後ろに猫耳フードを被り満面の笑みを浮かべた姿が写ると同時に冷汗が滲み出した。

「何ですか兄さまっ! 可憐な美少女が麦茶とどら焼きを持って来てあげましたのにっ!」

「さ、さっすが華乃! 丁度喉が渇いてたんだ! いやー本当に華乃は気が利くよなーっ!」

「ふにゅっーでは兄さまっ! 華乃の事……愛してますっ?」

「あっ⁉ あ、ああ勿論っ! 愛してるぜ華乃! 妹として!」

「な、何か余計な物が付いていた気がしますがっ…今回は兄さまの愛に免じて許しますっ♪」

「うげぇー相変わらず心持悪いなっ! お主等!」

「ふにゅっ♪ そういえば兄さまはどうしてちーちゃんと廊下に? お部屋に入ればっ――」

俺の部屋を覗くと同時にガシャンッ! と音を立て盆を落とす華乃。「あのぉー華乃さん?」と呼び掛けるが立ち尽くした華乃の瞳は真っ直ぐに部屋の『何か』を見つめ硬直していた。

「あっ、お兄ちゃん♪」

と、中から椅子に座っていた黒髪少女が一目散に俺の元へ駆け寄って来た。

「お兄ちゃん? 何だか顔色が良くないですね?」

「そ、そんな事……」

ガリガリガリガリッ!

「あのー華乃さん? 何かさっきから部屋のドアの木屑みたいなのが舞ってるんですけど?」

「ふにゅっ? 何の事でしょうか? 汚煮異ちゃんっ♪」

怖いよ! 目が血走っちゃってるよっ! そのお兄ちゃんからは悪意しか感じられないから!

「ち、違うんだ華乃っ! 本当にこの子はプレーヤーを外したらここに居てだなっ!」

「大丈夫ですっ♪ 例え味の無いスープと一欠片のパンになろうと兄さまを信じてますっ!」

「それもう、信じるどころか完璧に牢獄に入っちゃってるよね?」

すると突然、宝箱の上に置かれた子機が忙しなく鳴り出したので華乃が受話器を取り耳にした。

「お待たせしました萩塚です。あっはい! いつもお世話になっておりま……ええっ⁉」

「あ、あの……華乃さんっ! そのお相手はもしかして私のおね、練霧音羽さんでは?」

いつの間にか傍に来ていた黒髪少女が華乃に話し掛けた。

「な、何故分かったのですっ? それに練霧さんの事も……も、もしかして貴方!」

コクリと頷くと少女は恥ずかしそうに口を開いた。

「お電話、代わってもいいですか?」

そのまま華乃から受話器を受け取ると少女は電話先の相手と話し始めた。

「お、おい一体どうなってんだ?」

「実は、今のお電話は練霧さんからで……」

と、華乃は俺に向けていた視線を箱の前で電話をしている少女へと移した。

「アイツと何か関係があるのか?」

「あの後、練霧さんが妹さんの部屋に行った様なのですが……お部屋に居なくどこを探しても見つからず以前ちーちゃんに妹さんの事を聞かれた事がありそれでうちに電話をっ」

「い、妹が居ないって! 確か練霧の妹って部屋から殆ど出て来ないんじゃっ⁉」

俺はあの時、練霧の部屋で一度だけチラリと見た黒髪の大人しそうな少女の顔を思い出した。

「あれ? もしかしてあの子っ!」

「正真正銘、ちーの小1からの親友の練霧甘納殿じゃっ!」

「お前知ってたのかよっ!」

「ま、まさかちーちゃん、お姉さんに内緒で連れ出したんじゃっ⁉」

「それは違います!」

すると、先程まで電話口にいた少女が千歳の前に急いで駆け寄ると俺達を真剣な瞳で見つめた。

「私がお願いをして内緒でお家に招待して貰ったのです。千歳ちゃんは何も悪く……ゴホンッ」

咳き込みながらも必死に声を発するその姿は確かに彼女の妹らしく責任感と芯の強さを感じた。

「ま、まあっ! 取り敢えず無事だったので結果オーライですね兄さまっ! ふにゅっ♪」

「あ、ああ。だな! でも練霧……姉ちゃん凄い心配してなかったか? 早めに帰った方が」

「それなら大丈夫です! 今こちらに向かっておりますので!」

「そっか! それなら大丈――ってええ⁉ 今から……来るの?」

満面の笑みを浮かべる少女の後ろの窓からは、夕陽と夜空の青がグラデーションを描いていた。

「あっ! お姉ちゃん、夜になると凄く方向音痴になるのでした!」

ガタンッゴトゴトンッ!

「ってな、何の音だ?」

突如上から鳴り響いてきた音に一同は天上を見つめた。

「何だかまるで天井を人が走り回る様な音ですね?」

「ひ、人が居るのか蓮兄っ!」

「お、俺に聞かれてもっ! 大体一戸建ての屋根に登る奴なんか――」

いや、一人知っている。商店街のアーケードの上を軽々と登り駆け抜けた奴を。

ゴトゴトッ! 再び天井が鳴り出し俺の部屋の方へと移動したので窓の横に立ち耳を澄ませた。

「む、無理ですっ! ちゃんと玄関から!」

「無論。この家ではここから入るのが常識」

「そ、そうなのですかっ!」

「違うわっ‼」

ツッコむと同時に勢いよく自室の窓を開けた。

「へ?」「ふえっ?」

見上げた屋根の上には、綺麗な長い黒髪に大きな瞳の美少女がこごむ様に顔を覗かせ……その胸元のボタンは1つ外れており淡いピンクの布地と柔らかそうな二つの膨らみが覗いていた。

「なっ⁉」

彼女も俺の視線に気付き自らの胸元へと視線を向ける――と、みるみる内にその白く透き通った肌は紅に染まって行き瞳は潤みを持ち始めた。

「ち、違うんだこれは不可抗力であって!」

「み、み見ないでぇーっ! ひゃっ⁉」

と、彼女が片手を胸に当てた瞬間――バランスを崩したその体は屋根から滑り落ち宙を舞った。

俺は急いで窓から腕を出し体を受け止めると、そのまま見事に部屋の中へ背中からダイブした。

「ってえー! だ、大丈夫ですか練き……りぃ⁉」

目を開けると、そこには露になった胸元を押し付ける形で彼女が俺の上に横たわっていた。

ちょっな、何これ⁉ 何てエロゲー? しかも柔らかいし何かいい匂い……

「お、お姉ちゃん⁉」「おお! 曲者は甘納殿の姉上だったのかっ!」

そんな呑気な二人と真っ黒なオーラを放つ華乃がこちらを見つめていた。

「わ、わた……私の兄さまに天の裁きをーーっ!」

そう言い捨てると何やら急いで自室へと飛び込んでいった。

「ちょっ⁉ ね、練霧さんっ! 起きて下さいっ!」

華乃が居ない内に急いで上に横たわっている破壊力抜群の体を出来るだけ見ない様に揺する。

すると、後ろに居た練霧の妹も駆け寄って来た。

「お姉ちゃん駄目だよ! いくら何でもこんな所でイチャイチャしたら!」

「え? い、今何て?」

「ふっ、中々苦悩している様だな殿。しかし、中々の着地だったぞ」

開けっ放しの窓からこのクソ暑いのに口元まで黒い布で覆った人物が入って来た。

「貴方がお姉ちゃんをここまで連れて来てくれたのですね?」

「無論。甘納殿……近くで見ると一段と姉上に似てる。屋根裏では良く見え――ゴホンッ」

「おい、今何か聞き逃しちゃ行けない事が聞こえた様な気がするのだが?」

「ん、んん……萩塚――君?」

と、今まで俺の上で横になっていた練霧がゆっくりと目を擦りながら起きて来た。

「お姉ちゃんっ!」

「あら、甘納も! お早うござ――はっ!」

今の状態に気付いたらしく、先日学校から持ってきたトマトの様にその白い肌が染まって行く。

「ご、ごごごごごめんなさーいっ!」

その言葉とは裏腹にパシンッ! という音と共に頬を衝撃が走ると彼女は下へと走って行った。

「お、お姉ちゃん⁉ お兄ちゃん早く追うです!」

甘納に急かされ立ち上がると、彼女の後を追う様に手を引かれながら階段を降りる。

「ふ、ふにゅっ⁉ 何かあったのですかっ?」

「ほら、華乃も早く! 出陣じゃーっ! ブオンブオーン!」

「ちょ、一体何なんですかーーっ!」 


「あれー? ハギーから連絡来ないなー」

 と、僕は隣を歩く大きな体とは裏腹に優しい瞳をした友へ独り言とも取れる言葉を放った。

「んー? ま、まだログアウトしてないのかなー」

そんな言葉にもちゃんと答えてくれる彼の優しさを改めて感じながら二人で歩みを進めていた。

「おっ見えて来た! それにしても本当に近いよね!」

「れ、蓮とは近所だから、良く遅くまでゲームやマンガを互いの家で読んだりもしてたよー」

彼らは今は互いの家に遊びに行く事は殆どしていない。でも、学校帰りは家で会えているのだ。

「でも、本当にいいの? 道明寺君……」

「んー? ああ。だって、俺っちは今でも『夜空の宴』のメンバーだよー。そ、それにほら!」

と、彼が差し出した右手にはしっかりとメダルが握られていた。

『萩塚』の表札が付いた門を通り抜け、ピンポーン! とインターホンを鳴らす。

「あれ? 留守かな?」

「で、でも電気は付いている様なー?」

もう一度ベルを鳴らそうと指を付けると、ギギギッ! という音と共に急にドアが開いた。

「痛っ‼」

「ふわっ! ご、ごめんなさい! 私ってば勢いよく開けてしまい! 大丈夫でしたか?」

「い、いえ! こちらこそ何度もベルを鳴らそうとしてしま……い?」

咄嗟に情景反射で下げていた頭をゆっくりと上げ目の前を確認する。

「えっ?」

「お姉ちゃん駄目ですよ! 勝手にドア開けた……ら? ひゃあっ!」

更に後ろからは、目がクリッとした魔女っ子リンちゃんそっくりの少女が現れ後ろに隠れた。

「リン……ちゃん? し、失礼しましたっ!」

急いでドアを閉めると再度玄関の表札を確認する。

「ねえ、道明寺君……。僕、ちょっと打ち所が悪かったみたいだから病院行って来ようかな」

「う、うん。お、俺っちもちょっと疲れが残ってるみたいだから……また後日にしようか?」

「だね。まさかハギーと妹さんがうちのクラスの練霧さんとリンちゃんに見えるなんて……」

「だ、だよねー。まさか蓮が練霧さんに……」

「「えっ?」」


「あっあれ? 今、玄関のドア開きませんでした?」

「お、お、お、男の人二人組っ!」

練霧の後ろに隠れながら玄関のドアを指差す甘納。

「二人組の男? 何かあったのかっ⁉」

急いで二人を後ろに下げ、サンダルを掃くと近くの千歳のバットを借りドアを開けた。

ゴツンッ!

「ったい! 何でこの家はさっきからドアが先に開くんだい?」

「お、俺っちに聞かれても!」


「なるほどねー男の二人組ってお前達の事だったのか」

「なるほどねーじゃないよ! 僕達金属バットで叩かれる所だったんだよ?」

「ご、ごめんなさい! 最後まで伝えなかったばかりに。それに萩塚君にあんなに酷い事を」

「そうです! お姉ちゃんがあんなに急いで逃げるから!」

「ごめんなさい。甘納も何も言わずに外に出ちゃ駄目じゃない! 私、心配で心配で――」

「うぅ。ごめんなさいお姉ちゃん……」

「で、でも! それこそ無事で何より結果オーライですよ! な、善財……っ!」

「そうだねハギーっ! うぅ……何て良い姉妹愛なんだあぁーーっ‼」

「な、泣くなよ! 気持ちわりぃーっ!」

隣で涙を流す善財を、俺は『またか……』と細め過ぎて白目になりそうな瞳で俺は見つめた。

「あっあの! ティッシュならこちらに」

「有難うリンちゃ……ねぇハギー。今更だけど、何で練霧さんとリンちゃんがここに居るの?」

「本当に今更だなおい!」

すると、斜め前に居た練霧が優しくこちらに微笑むとゆっくりと頷いた。

「え、えっとつまり……そちらの物静かな忍風の美少女の羽二重さんがシグプレのふうまさんで、こちらのうちのクラスの学級委員の練霧音羽さんがあの飛行馬のwingさんだと?」

「おう」「ええ」

「じゃ、じゃあ蓮の入った同好会のメンバーって?」

「私達です」

「な、なるほどね! じゃあ本当だったんだねー蓮がこの二人と歩いてたのって!」

ん? 何の事だ? 夏休みは出来るだけ見られない様に一人で学校に向かっていた筈だが?

「もしかして……何か噂になってた?」

「あっ、噂って言っても『練霧さんがハギーに恩返しで同好会の野菜をあげている』って――」

「それは違います!」

 すると、急に練霧が放った言葉にその場が静まり返り全員が彼女の方を見つめた。

「お、お姉ちゃん? そ、そうです! お姉ちゃんはお兄ちゃんとおつきあいしているのです!」

「なっ⁉ なななな何を言っているのでしょしょうかこの子は! わわ私はそんなんじゃっ!」

「は、ハギー本当なのっ⁉」

「オ、オ、オ、オツキアイ?」

「ふにゅっ! そ、そうです! そんな事ある訳無いじゃないですかっ!」

「無論。殿にそんな甲斐性を求めるのは酷。それにそんな甲斐性が合ったら……」

「えっ? 違うのですか? だって以前、お姉ちゃんとあんなに仲良さそうにお話しして!」

「あ、あれはだな!」

「じゃあ練霧さんはハギー、萩塚君とは付き合っていないって事ですか?」

今度はやけに冷静な表情で善財は練霧の瞳を見つめた。

「えっ? え、ええ」

「では……練霧さん! 僕とお付き合いして頂けませんか?」

「へっ?」

その善財の言葉は、まるで空気を切り裂く様に響き渡ると再びその場が静まり返る。

「お、おまっ! 何言って?」

「僕は本気だよ? だってハギーとは付き合ってないんだよね? だったら練霧さん、ゲームするし気が合いそうだなーって。それにいつも笑顔で優しくて何より可愛いしっ!」

「か、かわっ⁉」

「お前――練霧はそこら辺の女子とは違うんだよ! いつも一生懸命で頑張り屋で負けず嫌いで無理ばっかして、だから! いつも笑顔でなんて居なくていいんだよ! 時には我儘言ったり怒ったり泣いたり偶に天然ブチかましたり、俺はそんな練霧の方が――っ!」

「兄……さま」

 華乃の声に気付き顔を上げると、いつの間にか皆の視線は俺に集中していた。お、俺は何を言ってんだ? 何必死になってんだよ? 善財が告白したからってこんな――馬鹿か俺はっ!

「ご、ごめんなさいっ! 折角のお誘いですが――貴方とお付き合いする事は出来ません」

すると、隣で練霧が深々と善財に頭を下げていた。

「私は、まだ良く分からないのです。それに、今はこの子の傍に居たいので誰とも――」

「ハッキリ言ってそれは迷惑ですっ!」

「あ、甘納⁉」

「今のお姉ちゃん、とても辛そうな顔です。お姉ちゃん……お母さんの最後の言葉を知りたかったのですよね?いつか、本当の笑顔を見つけなさい音羽」

「そ、それってまさか⁉」

「本当は知って居たのです。ゲームのアイテムにさえ必死になっている事も。でも、『答え』が見つかってしまったら又私の為に無理をさせてしまうかも知れない。それで言い出せずに……」

「甘納ちゃんは――シグプレの賞品も分かっていたんだ?」

「はい! 実は、千歳ちゃんが遊びに来る様になりお兄ちゃんが飛行馬と共闘すると聞いて偶に他のキャラでINしていたのです! そういえばお兄ちゃんにも会いましたよ今日っ!」

「今日⁉ も、もしかして……あの練習場にいた?」

「覚えておりましたか! 嬉しいです!」

道理で飛行馬しか入れない練習場に入れた訳か!

「お姉ちゃんが家にお二人を連れて来た時は、ビックリしましたが同時に安心しました。毎日の様にお二人のお話をするのでどんな方なのか実はとても気になって居たのです!」

「あ、甘納っ!」

「この人達は本当に大切な人でお姉ちゃんの支えなんだと思いました。私にとっての千歳ちゃんの様に――なので! お姉ちゃんにはもう、自分の気持ちに嘘をついて欲しくないのです!」

「い、いやだから! 俺達はそんなんじゃ!」

「そ、そうよ甘納っ! お姉ちゃんは!」

「では違う人ですか? 最近、甘納があげた付録の恋愛タロットで占っているお相手は!」

付録のタロット⁉ いや、いくらなんでも恋する小学生じゃあるまいし……と、練霧を見ると耳まで真っ赤にして口をパクパクさせていた。マ、マジすか⁉

「じゃあ、ハギーは練霧さんの事をどう思ってるの?」

「それは私も気になるわね?」

突如聞こえてきた声に振り向くと、当然の様に足を組んだ五家宝がベットに座っていた。

「な、何でここに貴方がいるんすかっ!」

「ああ、私の事は気にしないで。良いから続けなさい」

気になるわっ! てか何この状況⁉ こんなの、公開処刑も同然じゃねーか!

「あ、兄さまはその、音羽さんの事が好きなのですかっ?」

しかもお前が裁くのかよっ! それに避けようの無いド直球じゃねーか!

「き、嫌いではないです」

怖いよーっ! 逃げたいよーっ! 自分の家なのに超帰りたい!

「そりゃ、Likeの裏返しのLOVE的な事じゃな!」

「どっから返したらそうなるんだよっ! お前は南蛮かぶれの武士か!」

「ふにゅっ? 違うのですかっ?」

本当は分かっていた。でも、気付かない様にしていた。口にしたらもう元には戻れない。そして学校中に噂は広がるだろう。そうなったら又――。

「殿、我は忠義を誓っている」「僕の告白を無駄にしないでくれよー?」「お、応援するよ!」

「お前等……」

そうだ。例え俺が又嫌われ物になったとしても今はこいつ等が居てくれる。こいつ等なら!

「そうね、貴方が振られたら付き人にでもしてあげようかしら?」

口元に柔らかな笑みを浮かべる五家宝。そう、俺はもう……何も言わずに諦めたくはない!

「練霧さんっ!」「萩塚君っ!」

気付けば同時に言葉を放っていたが、ここで止まったら途切れてしまう気がして先を続けた。

「俺と、リアルでも一緒に居て下さい!」「私と、こちらでも一緒に居て下さい!」

 始業式も終わり、教室に戻り席に着くと丁度後ろの扉がから入って来た練霧と目が合った途端、俺の心臓の鼓動が急に高鳴り始めた。

そう。今年、夏休みという絶好のリア充タイムに非リアルの世界で彼女と――釣り合うどころか釣る竿も無い筈の俺が、何の奇跡か通ってしまったのである。この不条理が! 

すると彼女は、いつもの笑顔を浮かべそのまま俺の席に向かい――ってこっちに来てる?

「お、おはようございます! その、先程はご挨拶が出来なかったので……れ、レン君!」

「あっ、はい! おは……ってレ⁉」

その瞬間、教室に溢れていた雑音がピタリと静まると今度は嫌な雑音を放ち始めた。

「今、練霧さん下の名前で呼んでなかった?」「ウソ? 聞き違いじゃない?」「何あいつ? 勘違いしてんじゃね」「白髪だからって近寄んなよなーキモっ!」雑音の内容は予想が付いた。

そうだよ練霧さん、俺にはこの罵声が当たり前なんだ。これでハッキリして――

「止めて下さいっ! これ以上悪く言う方は私が許しません! いい機会です。皆さんに――」

「ま、待て練霧! その……これくらい、俺にも格好つけさせてはくれないかな?」

「蓮君」

俺は今、胸を張って言えるだろう。この白髪さえ、個性の一つとして自慢出来るだろう!

「俺はこの夏、多くの出会いのお蔭で少しだけ自分を……現実を好きになれた。だから、何も伝えず何もせずにもう諦めたくは無かった! だから俺は、ここにいる練霧音羽に告白した!」

すると横で練霧が笑顔を浮かべながら「はい!」と答えた。

「う、嘘だろ?」「うっわ、マジかよ⁉」

「あら? 私はお似合いだと思うけれど?」

「はぁっ⁉ どこがだ……って! せ、生徒会長!」

「何か? 貴方達も低俗な公言に時間を割いてないで生徒会室に来なさい。柚奈、頼んだわよ」

「御意」

すると、小さな悲鳴と共に練霧の姿が無くなり俺達はあっという間にクラスを後にして行った。

「うえー気持ちわりぃ……はっ! そういや練霧!」

「うむ。殿の室は先に生徒会室に運んでおる」

「室? 何だよそれ?」

「ふっ、殿も語彙が足りぬな。室とは江戸時代で言う殿方の妻の呼び名」

「つ、つまぁっ⁉」

そんな会話を交わしていると何やら目の前の大きな扉の中から話し声が聞こえて来た。

『貴方、何を言っているのかしら? だから、前々から思っていたけれどこれは失敗なのよっ!』

『な、何を言っているのですか、抜群の相性です! 香りと言い見た目と言い……一番ですっ!』

『見た目ですって? あんなに目立つのに?』

これ……練霧と五家宝の声だよな? 相性やら目立つやらまさかっ! 俺の事で言われて⁉

『それも含めて私は――大好きなのですっ!』

「凛様、殿が目覚めました!」

 羽二重がドアに向かい声を掛けるとそのまま観音開きに勝手に扉が開かれる。

だが、頭の中にはさっき練霧が言った『大好き』という言葉が何度もリピート再生されていた。

「あっ萩塚さん、目を覚ましたのですね! 今、丁度――」

「お、俺も……」

「へ?」

「俺も練霧の事が――だ、大好きですっ!」

すると、見るみる内に彼女の顔が耳まで紅く染まり俺の顔も沸騰しそうに熱くなる。

「あ……あのねぇ! そ、そういうのはその、他でやって貰えないかしら!」

「えっ? だ、だって今……俺の話を」

「はぁ?」

「あ、あのっ! 私達が今お話していたのはその……これですっ!」

顔を赤くしたままの練霧が手にしたのは、カラフルな四角い形の様々な袋の一つだった。

「ポテトチップスよ」

五家宝の冷静な口調で商品名を言われるとその似合わなさに益々恥ずかしさが込み上げて来る。

「き、気にしないで下さい! その、私も萩塚さんの事……だ、大好きですっ‼」

目をぎゅっと閉じながら耳まで真っ赤にして放った彼女の言葉に一同ゴクリと息を呑んだ。

「「き、貴様等っ! 姫様の目前で何と言う破廉恥な!」」

目眩でもした様に頭を押さえる五家宝の元へ駆け寄る双子に「大丈夫よ」と言い、気を取り直した様に目の前の数々の袋の前のソファに腰を掛けた。

「貴方達も座りなさい」

言われるままに向かいのソファーに腰を落とすと、紅茶を運んできた双子が俺の耳元で呟いた。

「残したら命は無い」

お前は給食のおばちゃんか! と、出されたカップの中身を見つめる。何も入ってないよな?

「ぁらぁ~やってるゎねぇ? 差し入れよぉ~全員分用意しあるゎょ♪」

勢いよく扉が開き聞いたばかりの声が入ってくるとテーブルの上に持っていた瓶を置いた。

「こ、こどものビール?」

「石衣……流石。我も持参した」

どっから出したのか『イカちゃん』と書かれた袋が3つテーブルの上に広げられた。

その、『こどものビール』を継ぎ合う大きな子供と見た目は子供を傍に俺は五家宝に話を掛けた。

「あのー会長。この集まりって、結局何の集まりだったんですか? 今一みえなくて」

「あら? 言っていなかったかしら? それに……現在進行形よ」

そう言われ改めて見回すと、偽ビールを片手にポテチを貪る二名と手渡されたポテチの袋を真剣に眺める双子が二名。黄色い液体に「こ、これは中々!」と呟いている美少女が一名――

 すると、そんな俺の目の前に一つの銀色の何も書かれていない袋が差し出された。

「食べてごらんなさい」

そう言われ、早速常備している除菌ティッシュで手を拭くと黄金色の楕円を一枚摘まんだ。

こ、これはっ!鰻……いや鰻重っ!香ばしい皮にフワフワとした身、甘辛い醤油ベースのタレにパリパリとまるでタレの染みた米粒の様に噛む程口中に広がる濃厚な鰻の香りと旨み――

「め、めちゃくちゃ旨いっす‼」

「ふふっ、良かった。これは未だ試作品なのだけれど、貴方に食べて貰いたかったのよ」

「俺に?」

「噂は聞いていたわ。確かご当地物が好きなのよね? 私もこうしてファイルに取ってあるの」

と、五家宝は机の中から『ご当地物』と書かれた分厚いファイルを取り出しテーブルに置いた。

「つまりさっきの言い合いって……」

「ええ。練霧さんとは好きなフレーバーの話で少し熱くなってしまいましたわ」

「でもとっても楽しかったです! こうしてクロエいや、五家宝さんと話せて本当に!」

そんな彼女達の姿を見て俺はふと思った。まるで、飛行馬と朱雀の理のオフ会みたいだなーと。

トントンッ! 不意に響いたノック音に双子が直ぐに扉へ向かいドアを開いた。

「んやーお呼び頂き感謝だねん!」「間に合ったーヤッホーハギーっ!」「ど、どうも!」

「ル……ルナ⁉ それにお前等まで!」

「まだいるよー?」

と、善財の後ろから小さい頭が3つ顔を出した。

「兄さまーっ♪」「蓮兄の学び舎は広いなっ!」「こ、ここがお姉ちゃんの学校!」

「あ、甘納! はっ! ご、ごめんなさい! 私の妹が勝手に!」

「何の事かしら? その方達は、私がお呼びしたゲストよ?」

「え?」

すると、急に練霧は立ち上がると同時に目の前に座っていた五家宝の体へと抱き付いた。

「ちょっ⁉ あ、貴方っ!」

「有難う! 私、クロエに出会えて本当に良かった! ここに居る皆と出会えて本当に――」

それを聞いて五家宝は優しく瞳を閉じると、練霧は大きな瞳を潤ませゆっくりと立ち上がった。

「私、wingこと練霧音羽が今ここに居られるのは本当に皆の支えがあったからです。大切な仲間と出会いクロエとも再会出来、そして今こうしてリアルで同じ場所に集まり同じ時を過ごし笑い合う事が出来ている。何だか……本当に夢みたいな事が現実にこうして起きている!」

「ボス……」

「私は皆のお陰で変われた。強くなれた! 皆に出会えて本当に幸せです。皆……大好き!」

涙を浮かべながら笑顔を見せる彼女の姿は一瞬wingの姿に見えた。

「あのコンセプトも……あながち無駄じゃなかった様ね」

そんな向かいから聞こえた声に聞き返そうとすると意味深な笑みを浮かべ彼女は立ち上がった。

「さあ、もうこんな時間よ? 日も暮れて来たのでそろそろお開きにしましょう」

その言葉にゆっくりと立ち上がり帰り支度や片付けをを始める一同。

「それにしても、さっきのハギー凄かったよね! 入学式並に目立ってたよ!」

「し、仕方ねーだろっ! そーいや入学式って……俺、何か言ったっけ?」

「ええっ⁉ 覚えてないの?」

と、驚いた様子で善財はテーブルを拭いていた手を止めた。

「『萩塚蓮です。自己紹介と言っても大して話す事もないのですが……あー、皆さんお気付きの通りこんな髪色ですがこれは生まれつきなんで別に興味本意とか哀れみで話し掛けられても正直迷惑なんで止めて下さい。本心で話したい人だけ話し掛けて下さい。以上』だ。」

「何……それ? ヤンデレ?」

「無論。殿が入学式の日にクラスの自己紹介で放った言の葉」

 その瞬間、忘れていた記憶が脳裏に蘇った。

俺はあの時、回ってくる順番に必死で言葉を考えていた。そして、特技や一発芸等で合わせる様な笑い声を聞いている内に段々と腹が立ってきて――道理で誰も話し掛けて来ねー訳だわ!それに、さっきまですっかり忘れていたなんて……。

「んじゃーわっしはそろそろ先に帰りますわっ!」「あたしもぉ~♪」

気が付くと、リュックを背負ったルナの後を追う様に石衣が俺達に向かい手を振った。

「練霧さん達も帰って良いわよ? それと、そこの一年生に千歳さんと華乃さん、萩塚さんも」

「全員萩塚さんだよっ!」

 粗方のゴミを片付け、魔女っ子リンちゃんの再放送があるからと善財と道明寺が先に別れを告げると次いで練霧と甘奈も会長に言われ渋々俺達は5人で大きな木製の扉を後にした。

「凛様。皆、撤退しました」

そう告げる柚奈の表情はどこか名残惜しんでいる様に感じられた。

「楽しかった? 私は……楽しかったわ」

「はい!」

その表情は、マスクをしていても笑顔が分かりつられて自分の口角も上っている事に気付いた。

そして二人で窓際に立ち、数刻前まであんなに賑やかだった生徒会室の中を眺める。

「ゲームとリアル……」

『凛、君は本当に優秀な子だ! そんな凛の為にお父さんが何か一つだけ欲しい物をあげよう。それはこの世に無い物でもいいぞ? 凛の為だけに作ってあげるんだ! さあ、何がいい?』

そんな父との会話を思い出した。今思うと、それは子会社を取り入れ始めた父だからこそ言える言葉だった。その頃の私は、5歳ながら毎日様々な勉学に励みそれが当たり前だった。

でも……小学校の入学式の日に私の中で一つの疑問が生まれた。

だから私は父にこう答えた。『現実世界と空想世界を繋げたい!』と。普通だったら馬鹿じゃないの? と言われる様な事だけれど、この人なら出来ると私は確信していた。

そうして出来たのが、今は世界中でプレイされているオンラインゲーム『シグナプレス』の原型。それはあの時、私が初めて自分の前に引かれている物に気付き絶望した瞬間――だから憧れた。自由に話せる事、そして皆の浮かべている無邪気なその笑顔に。

「会長ーっ! 羽二重ーっ!」

何処からかそう呼ばれ、辺りを見回す私の手を隣に居た柚奈が優しく握り後ろの窓を指差した。

そこに居たのは、今までここに居た全員がこちらに向かい声を上げ手を振る姿だった。

「あ、貴方達っ! 先に帰ったのでは!」

「「「一緒に帰ろーっ!」」」

「凛様!」

「し、仕方ないわね! そこで待ってなさい!」

急いで窓を閉め、柚奈と身支度を整えると机のPCに表示された集合画像を眺め電源を消した。


「兄さまー届きましたよっ♪」

ノックもせずに入って来た華乃の手には大きな箱が抱えられ、それを受け取り地面に置くと中から一袋取り出しゆっくりと封を開ける。

「ふにゅーっ! 懐かしい香りですっ♪ それにそのパッケージっ!」

「五家宝が特別に発注して作ったらしいよ! これは永久保存版だな!」

「むむっ! 鰻の匂いじゃーっ!」

今度は下からドタバタと足音を立てもう一人の妹が入って来たので三人分を皿に出し口に運ぶ。

「「「うっま~いっ!」」」


 誰もが人生で一度は口にするだろうお菓子『ポテトチップス』。

 それは、子供から大人まで世界中で食べられ愛され続けているお菓子。

 俺は、この袋を開ける度に思い出すであろう。あの戦い、そして好きなフレーバーの話で言い争った練霧と五家宝の笑顔とあの夏のオフ会の事を。


 きっと、この袋の中には俺の青春そして、決して変わる事の無いフレーバーが詰まっているのだろう。



おわり

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