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22:再び深更、結木神社本殿

 夜の本殿は静寂に満ちている──いつもならば。

 それが、この夜は少し騒がしい。一柱の神が、仕える神使に詰め寄っているのだ。

 今日は、神使は人の姿のままであった。手にしていたケーキの箱を御神体である鏡の前に置く。

『スフレチーズケーキを頂きました』

『どうして食べなかったんだい』

 鏡の中の青年は、身を乗り出して訊ねる。さて訊ねられた神使はといえば。

『結木様は甘いものがお好きでしょう』

 顔色ひとつ変えず、返すと、主は大仰にため息をついた。

『確かに好きだけれど。あの子は、近衛と一緒に食べたかったんだよ』

『……』

 それは──分かっている。だから、敢えて食べなかったのだ。主と分けると適当なことを言って。

『気付いていて気づかないふりをするのは、意地が悪いよ』

 眉間に皺が寄った。好き勝手に言ってくれるものだ。

『どうすれば、ご満足頂けるのですか』

 好意を持つな、持たれるなと言った口が、日が経てばこれである。どうしろと言うのか。面倒くさい、と思うが出来るだけ顔に出さないようにする。

『別に、どうしろとも言わないよ。ただ、適当に誤魔化していたら、後々面倒なことになるかもしれないと言っているだけさ』

 そこには、以前のような真面目さはなかった。からかうのを楽しんでいるのだ。

 これからもずっと続くのでは面倒だ。この際、はっきりさせておいた方が良い。

『刷り込みのようなものです。神崎は、そういったことに免疫がないから──』

『刷り込みというと、親鳥のようなつもりなのかな』

『そのようなものです』

『だったら、頑なに姓で呼ばなくても良いだろうに』

『名で呼ぶ仲でもないでしょう』

 あくまで、目的を果たすための協力関係なのだ。

 そもそも、分かっているのだろうか。ことの始まりは神崎結子が糸を切ったことからだが、それを止めずに長年に渡って放置してきた主にも非はある。近衛が糸を結ぶ手助けをしているのは、主が出雲での神議りから追い出されぬためなのだ。

『だって、近衛は神使だろう』

 思っていることに先回りをして釘を差してくる。

『無事、雛が巣立ってくれると良いねえ』

『……努力します』

 主は人好きのしそうな笑顔で、なおも続ける。

『こちらとしてもね、このところ近衛が丸くなったように思うから、嬉しいんだよ』

 主は鏡の中から手を伸ばし、ケーキの箱を掴もうとする。手が触れる間際、さっと箱を取り上げた。

『まだです、結木様』

『どうして。良いじゃないか。シールに"本日中にお召し上がりください"と書いてあるだろう。もうすぐ日付も変わる』

『買ったのは夕方です。また二十四時間経過していませんから大丈夫です。それよりも、本日のお仕事が片付いていないでしょう』

『食べながらするよ』

『いけません』

『……あの子には甘いのに』

 そう言って、主は膨れる。

 甘やかしているのだろうか、彼女を。そんなつもりはないのだが、傍からはそう見えるのか。

 人付き合いが苦手で不器用で、これまでやってきたことに向き合っている姿を見ていると、放っておけない。

 このケーキも、近衛のためにと買ったものだ。

『……』

 箱を開けて、ケーキを取り出す。主のように甘いものを特に好む訳ではないけれど。

 これは、食べなければならない気がした。

 透明のセロファンを外し、一口、かぶりつく。

『あー! 半分ずつするんだろう!?』

 咎める声も聞き流し、残りを二口、三口と食べる。

 どんな思いで買ってくれたのだろう。

 ケーキは、舌の上でとろけてゆく。甘い──甘い、味だった。

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