16:大倉友里
大倉友里は自室のベッドの上で身体を横たえ、ぼんやりと考えていた。
あれがきっかけで何もかもうまくいかなくなったのではないか、と。
──チョキン!
友達だった神崎結子の家は願いが叶う縁切り神社だという。友達──というほど仲が良いとも言えなかったが、何だかんだと一年生の間はいつも一緒だった。
学校生活は、三人では色々と困る。
例えば学校行事の班行動。指定される人数はたいてい四人。三人では、どこかのグループとくっつけさせられてしまう。その時に、二人と一人になっては後々ぎくしゃくしてしまう。三人では困るのだ。
結子は、だから頭数合わせには最適だった。
こちらに興味がない代わりに余計なことを言わない。面白くないけれど、彼女に対しての嫌悪もない。
「私も、ひどいな」
口にしてみると、改めてひどいと思った。自分のことは棚に上げて、あんなことを言ったのだから。
二年に進級して、幸か不幸か四人は同じクラスになった。それだけならば、去年と変わらない一年を過ごしたのだろう。
けれど、幸田麻衣子が輪に加わった。
四人が、五人になった。
それは小さいけれど、放ってはおけない大事件。
そう思っているのは自分だけだろうと、友里は表に出せないでいたけれど。
麻衣子は結子とは違いすぐに馴染んだ。放課後も一緒に寄り道をして、取り留めのない話題で盛り上がった。
麻衣子がすぐに馴染んだから、結子がいつも放課後の寄り道の輪に加わらないことが目立った。どうして来ないのだろう、誘ってあげているのに。
手伝いがあると言うが、たまには時間を作っても良いではないか。これまでどうでも良かったことが、小さな不満になった。その小さな不満は、みるみる肥え太る。気付かないふりをして目をそらしているうちに、不満ははっきりとした形を持っていた。
初めに、誰が言い出したのだったか。
──結子って、付き合い悪いよね。
その一言で、溜めに溜めた不満が吹き出した。友里は自分だけではなかったことに安堵し、表に出すことはないと思っていたことを吐き出した。
たっぷりと水をためた風船を針で突付いてしまったかのように、不満が堰を切って溢れ出す。
どうして、不満を共有してしまうと連帯感が生まれるのだろう。
きっと共有しなければ、あんなことは言わなかった。
忘れたの? ひどいなー、とでも言って笑って流していたはずだ。腹の中に黒い感情を抱えながら。
だが、そうしなかったのは──できなかったのは、三人が自分の味方だと分かっていたからだ。
それに、なあなあのまま別れた彼氏の話を持ち出されたのも不愉快だった。
一年生の夏休み明けに付き合うことになった。
クラスメイトで、五月の席替えで隣になり、よく話すようになった。とんとん拍子で付き合うことになったのだが、友達から恋人に関係が変わると、何だか違う。
決定打はホワイトデー。手作りのガトー・ショコラへのお返しは、丸い缶に入った飴。小学生でもあるまいし。
何を貰ったのかと訊ねられ、不満も露わに披露した。
──別れちゃえばいいじゃん。
──そうだよー。
──結子のところの神社で縁切りしてもらえば?
口々に言われ、放課後に行こうかという話になった。
──わざわざ来なくても良いよ。
結子は、誰かから借りてきたらしいソーイングセットの小さな糸切りバサミで、小指の辺りの何かを切った。切ったと言ってもそれは空気しかない。
おまじないか何かだろうか。そのうち別れられるといいね、なんて軽く言った奈緒だったが、結子は至極真面目だった。
──これで、縁が切れたよ。
確かにそれから、自然と会話をしなくなった。縁が切れたのだろう。
だが、次の恋というものが始まらない。好きになるのは彼女の居る人だったり、告白してもふられたり。
何が悪いのだろう。原因が分からず、だから八つ当たりのように責任を結子に押し付けた。
結子に小指の辺りを切られてから、良いことがない。
休み明けの月曜日。登校するとすでに結子の姿があった。挨拶もせずに席に着くと、何を思ったか近付いてくる。
「おはよう」
だが、何も返しはしなかった。別に用事もないのだし。それでも、結子は立ち去ろうとしない。仕方なく、友里は結子を一瞥した。
「なに」
友里自身も驚くほど冷たい声音だった。それでも結子は怯むことなく続ける。
結子は、彼女にしては珍しく少し緊張した面持ちで、口を開く。
「今日の放課後、うちの神社に来て欲しいの」
それは、これまでで初めての、結子からの誘いだった。