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竜の心臓移植 (旧題 ある竜の転生)  作者: こげら
五章 ある少女の解放
88/92

<か>


 米村担任による制裁レベルは思いのほか軽度だった。どうやら、僕の全精力を注いで詠んだ渾身の力作に、怒りを通り越して呆れかえっていたらしい。


 それでも三十分ほどはあり難い説教が続き、学校を出たのは、十六時を十分ほど過ぎた頃であった。


 僕もやり過ぎたとは思っていたのだ。時間的、精神的、肉体的に究極に追い詰められていたとはいえ、あれは流石に言い過ぎたとは思っていた。せめて一首だけに止めておこうとも考えた。


 しかし僕の手は留まるところを知らなかった。過重労働によって瀕死の重傷に陥っていたはずの我が脳細胞は、ここぞとばかりに息を吹き返し、活性化し、アイデアが湯水のように溢れ出、更に冴えに冴え渡った。僕の生み出した和歌全十首は、特定の個人、厳密に言えば米村先生を、お洒落に雅にコミカルに、そして時には切なく痛烈に風刺した。


 それらは疑いの余地なく、僕の人生の最高傑作、才能の集大成だった。彼女の名誉を守るために、敢えてここには記さないが、この先如何なる分野に於いても、僕があれ以上の傑作を創造することはないだろう。正真正銘、あれらが僕の代表作となる。


 その証拠に、米村先生の第一声は、『君は私を精神的に抹殺する気か』であった。その台詞を聞いて真っ先にほくそ笑んだ僕を彼女が殺害しなかったのは、僥倖としか言いようがない。


 ――まあ、二、三発チョップはされたんだけど……。


 駅までの道すがら、僕は今後の予定に思いを馳せた。


 十八時半に例の病院で隠善兄妹の上の方、あらたと待ち合わせをしている。魔女の呼び出しは縁が引き受けてくれたから、そちらについては心配しなくて良い。


 念のため少し早め、十八時くらいには家を出るとして、それまでには夕飯の準備は終えていたい。食べるのは用事が済んでからで良かろう。縁にはブウブウ文句を言われそうだが、ビーフジャーキーでも齧らせておけば静かになる――。


 ここから駅まで約十五分。バスの時間が丁度合えば五時過ぎには自宅に着く。一本逃しても到着は精々五時半頃だろう。食材はまだ残っていたはずだから、手軽なもので済ませれば、時間には多少余裕がある。


 献立についてあれこれ悩んでいるうちに、駅に着き、やや待ってバスに乗った。そうして一番後ろの窓際の席に腰掛けて心地良く揺られているうちに、僕は穏やかな眠りに就いた――。


 暫くした頃、車体が大きく揺れて目が覚めた。外の景色を眺めてみると、最寄りの停留所のすぐ傍まで来ている。僕は慌てて降車ボタンを押し、バスを降りた。


 日の落ち始めた通学路を五分ほど歩いて自宅に着くと、縁がお帰りなさいの挨拶で出迎えた。


 「魔女に要件は伝えてくれたか?」


 「うむ。つい今しがたの。いつもながらに長々と講釈を垂れておったが、要するに、相分かった、そうじゃ。それから、落ち合うのは屋上にしようとのことじゃ」


 「屋上? 何でまた」


 「それは、あの格好のまま病院の待合室で待ち合わせなどしようものなら、騒ぎになるじゃろうからの」


 「ああ……」


 ――いや、普通に着替えるという選択肢はないのか。あいつだって一応、まともな普段着くらい持ってるだろうに。どうして頑なに戦闘装束を脱ごうとしないんだ。


 「忙しい様子じゃったから、詳しい話は出来んかったぞ? 例の鬼の行方が未だ不明なのじゃと。詳細は後で会ったときに お主から話すが良い」


 「ほう」


 ――まだ解決してないのか。


 あのやり手の魔女にしては仕事が遅い。素人風情がとやかくケチを付けるようなことでもないし、彼女に限って、手抜かりがあったわけではないだろうが、自分を襲撃した世にも悍ましい鬼が未だ野放しにされていると思うと、ぞっとしない。


 ――念のため、今日は縁にも付いて来てもらうべきか。


 彼女の力を当てにするようで情けないが、情けないだけで済むのならその方が良い。死んでしまう方が余程情けない。


 「……分かった」


 僕は制服を脱ぎ、急ぎ夕飯の準備に取り掛かった。その後にくっついて回りながら、縁は話を続けた。


 「私も一日考えてみたのじゃがな」


 「考えたって、あの双子のこと?」


 「無論じゃ。お主が首を突っ込んでいることに、私が無関心でいられるはずがなかろう?」


 「そりゃあ、まあ……。それで、一日考えた結果、何か思いついたのか?」


 「……まあ、の」


 縁はやや口籠ってから言葉を接いだ。


「いや、一日考えた結果、というより、お主から初めに話を聞いた時点で、可能性は浮かんでおったのじゃ」


 「へえ。だったら何でそれを僕に言わなかったんだ?」


 「思いついておったとは言え、それは可能性の低い案じゃった。極めて、の。しかし話を聞けば聞くほど、そうとしか思えんようになってきた。考えれば考えるほど、それ以外にないと思うようになった」


 如何に不可解であっても、不可能を排除して残ったものこそが真実である。彼の有名な名探偵もそのような趣旨の言葉を残している――。


 「私の心臓を受け継いだお主は、人より過敏な目を持っておる。じゃから、たとえそれが人を模しておったとしても、見抜くことが出来る」


 「ああ。そうだよ」


 その能力は、魔女や縁も保証するところである。異常や超常があれば、僕は瞬時にそれを判別出来る。


 「でも、魔女の話じゃあ、巧妙に紛れられれば僕や魔女にだって見破れないこともあるって……」


 尋常じゃないほど、精巧に人を模していれば、見抜けないこともある。魔女は先晩そう言った。


 「お主は、お主や魔女に見破れない異形が、どれほど尋常ではないか、分かっておらんようじゃな。魔女の実力は未だ底知れぬものがあるが――少なくともお主の方は、人の身でありながら異形そのものである私の心臓を受け継いでおるのじゃ。それもただの化物の心臓ではない。化物の中の化物である竜の心臓と、その能力の一部を引き継いでおる。そのお主が見抜けないというのは、ただ事ではない。尋常ではない上に、更に常軌を逸しておる。じゃからこそ私は、あり得ないと、そう判断した」


 「ちょっと待てって。その理屈はまあ、分からないでもないけど、どうして今その話を持ち出すんだよ。お前が一日考えてたのは、あの双子。いや、双子の妹の方。隠善鏡花のことだろ?」


 問題は、彼女が何故あのような異常に衰弱した姿になったのか。その現象はもう既に、終わったことなのか。三年前の失踪がそれにどう関係しているのか、だったはずである。


 僕の体質の話など、全く関係がない。


 「じゃからの、お主よ」


 縁は宝石のように赤く輝く瞳を、まっすぐにこちらへ向けた。


 真相を告げる彼女の声は、僕を気遣うかのような、優しい声だった――。



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