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竜の心臓移植 (旧題 ある竜の転生)  作者: こげら
五章 ある少女の解放
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<に>


 タオルで応急処置を済ませたとは言え、雨で全身ずぶ濡れになり、薄手のTシャツが透けて、若干艶めかしい感じになってしまっている同級生女子を、まさかそのままにするわけにもいかず、結局、積もる話は彼女を自宅まで送って行く道すがらに、ということになった。


 初めの内は他愛のないことをいつものように話しながら並んで歩いていたのだが、どうも伏見は足の具合が良くないらしく、えらく疲れた様子だったので、途中からは伏見を自転車に乗せ、それを僕が引っ張るという形になった。


 遠慮はしたもののかなり限界ぎりぎりだったらしく、『すまないがお言葉に甘えさせてもらう』と伏見は思ったよりあっさり折れ、自転車に跨った。


 「そう言えば、伏見。シャンプー変えた?」


 「ん? シャンプー? さあ、どうだろう。自分の家のシャンプーがどこの何という商品なのかなど気にしたことがないので、分からないが。どうしてそんなことを聞くんだ?」


 自分の使っているシャンプーを把握していない女子高生がここに存在した。何と、僕の彼女である。


 「いや、ただ何となくそんな気がしただけ。いつもより良い匂いがしたから。何か、如何にも高級そうな」


 「ああ! そういうことか。そう言われれば、思い当る節がある」


 伏見は思い出したかのように言った。


 「お。やっぱり」


 僕の鼻は確かだったらしい。


 「うん。今日はちょっと、人の家の風呂を借りる機会があってだな、いつもと匂いが違うのは、その家のシャンプーを使わせてもらったからだろう」


 「そりゃあまた、お前にしては珍しい経験をしたもんだな」


 何度も繰り返してしまって伏見には申し訳ないが、彼女には友達がほぼいない。少なくとも僕の知る限りでは、彼女の友達は、僕だけだった。それは以前、彼女自身が自らの口で証言していたことでもある。

そしてそんな唯一の、なけなしの友人であったところの僕も、つい先頃、友達から交際相手へとコンバートしてしまっている。


 ――もしかしてこいつ今、友達ゼロ人!?


 僕の初めての彼女の社会適合性が疑われた。


 ともあれ、そういう悲しいわけがあって、友達の家へ訪問し、シャワーを貸してもらうなんて、一般的な女子高生なら誰しも経験していそうなイベントとも、彼女は全くと言って良いほどに無縁なのである。


 「その風呂を借りた相手というのは、犬上なのだがな」


 「犬上!? 犬上って、あの犬上? 僕の数少ない友人であるところの犬上祐?」


 意外な名前だった。しかし何故か猛烈に納得がいってしまった。


 ――犬上なら仕方がない。


 彼は周囲にそう思わせる人間なのである。


 「ああ。あの百方美人を完璧にこなすオールラウンダー、犬上祐だ」


 ――百方美人って……妥当なところか。


 「お前らってそんな仲良かったっけ? 自宅に招かれて、気軽に風呂なんか借りちゃうような間柄だったっけ? お前って、同級生男子の誘いにほいほい乗っちゃうようなキャラだったっけ?」


 「私を尻の軽い女のように言うな。そうなったのには、ちゃんと理由があるのだ。お前も知っているだろ? あの男の異常なまでのカリスマ性を」


 確かにカリスマ性で言えば、犬上のそれは一高校生の域を遥かに逸脱している。声が低いわけでも威圧的であるわけでもないのに、どことなく威厳があって、それでいて爽やかで、うっかりしていると、ついつい言い包められたり、結果的にあちらの言いなりになったりしてしまうことがある。


 懐柔、と言うのが正しいのだろうか。しかも彼はそれを天然でやってのける。マルチな才能を持ち、文武両道、眉目秀麗と多方面に活躍する犬上ではあるが、彼の最も優れたところはきっとそこにある。

笑顔で人を取り込む善なる妖怪。まさに、にこぽん。現代の桂太郎とは彼のことだと、僕は常々心の中で思っている。


 「部活が終わった後、学校の近くを走っていたら靴が壊れてしまってな、そんなところにあの男が現れて、うちに予備の靴があるからついて来ると良い、という誘いを受けたのだ。丁度お前に合うサイズのがあるから、と」


 「……あいつは見ただけで女子の靴のサイズが分かってしまう能力の持ち主なのか。僕だったら大バッシングを受けそうな特技だな」


 「やはりお前もそう思うか」


 うんうん、と伏見は頷いた。どうやら彼女も同様の疑問を感じていたらしい。


 ――あの鬼のように厳しいことで知られるバスケ部の練習の直後に、自主トレを慣行してるお前も相当に異常だとは思うけど。


 そして多分、女子のシャンプーの匂いを瞬時に嗅ぎ分けられてしまう僕もまた、少なからず異常なのだ。


 「しかし伏見。そこまでは分からない流れじゃないけど、だからと言って、それでどうして犬上家の、恐らく広大であろう浴場をお前が借りるようなことになったんだよ。いくら犬上が、善意の押し売りみたいな人間だとは言っても、お前がそんな申し出を、はいそうですかと受け入れるとは思えないんだけど」


 伏見空は大別すると僕と同じタイプの人間である。人との間に壁を作り、容易に一線を越えないし、超えさせない。最近になって、お互い多少は改善の傾向が見られている気もするが、他人の家の風呂を借りるというのは、伏見にとっては高過ぎるハードルだったはずだ。


 「それは……、あの親にしてあの子あり、という感じなのだ」


 「親? 親って、犬上の?」


 「そう。あの母親はちょっと尋常ではなかった。息子などより余程魔性だ。あの人に背中を押されて、私はいつの間にか、良い香りのする檜風呂に漬けられていた」


 ――へえ、何だか野菜みたいだな。


 「母親、か」


 犬上祐の母。名前は存じ上げないが、彼女が、伏見の言うように尋常ならざる人物であるということは既に分かっていることだった。


 嘗てまだ幼かった息子を救うために、古めかしくも強烈な犬神信仰を復活させた張本人こそ彼女であり、罪悪感から、犬神のヒントを犬上邸の堅牢な土蔵に残したのも彼女である。


 そして彼女の生み出した犬神は、十七年の長きに亘って、犬上祐を助け続けた。記憶の隅に追いやられて尚、あの祟り神は、守り神として犬上を守った。そのエピソードからだけでも、犬上の母親が如何に特異で、愛情深く、優しい人物であるのかは窺える。


 「女の私であれほど圧倒されたのだ。犬上家を訪ねる時には、注意した方が良い。あの人の破壊力は最早、人智を超えている」


 「何かそこだけ聞くと、人間兵器みたいだな、犬上母」


 「いや冗談ではなく、実際に多くの男性をデストロイしているかもしれないぞ? あの人は犬上祐から天然成分だけを抽出して、それを更に濃縮し、乾燥させ粉末にしたような人なのだ」


 とても手間がかかっているらしい。


 「天然な美人。加えて胸も大きいとくれば、周囲の男性はさぞ悶絶してきたことだろう。お前も気を付けた方が良い」


 「あのな伏見、僕は友達の母親を不純な目で見るような破廉恥な男子じゃないぞ? お前、さては僕を信用していないな」


 「いやいや。信用しているとも。何せ、あの愛くるし過ぎるほどに愛らしい縁ちゃんと一つ屋根の下で暮らしておきながら、四か月間、手の一つも出していないというのだから、お前の操の固さは誰よりも信頼している」


 ――操って……女子高生が男子高校生に対して使う言葉だったっけ?


 「いや、正直に言うと逆に疑わしいと最近は思うようになっているのだ。こいつ、本当にそっちなんじゃないかって。犬上と仲が良いのは、そういうことなんじゃいのかと……」


 伏見の表情に影が差した。


 「やめて! そんなシリアスな顔をしないで! 本気で疑われているみたいだから! おかしな勘違いをするんじゃない。僕は生粋の女好きだあ!!」


 僕は一体何を宣言させられているのか。


 「ふっ。冗談だ。本気でシリアスな表情を浮かべていたわけではない。私が浮かべるのは、シリアルくらいのものだ」


 「そっか」


 ――多分、牛乳とかに浮かべるんだろうなあ。


 ……縁みたいなことを言いおって。


 「なあ伊瀬」


 一級河川を横断する橋に差し掛かった頃、伏見は再び真面目な表情を作った。


 先程の大雨で、川はほとんど溢れかかっているが、ふわりとアーチを描く幅の広い橋梁は寸前でその被害を免れていた。伏見の話では、一つ隣の端は水没してしまっているらしい。今日の雨はそれ程酷かった――。


 「こんなことを聞くのは野暮なのだろうが、聞かせてほしい」


 足元を水が轟々と流れている。何かの拍子に欄干を越えてしまったら、恐らく命は助かるまい。などと頭の隅で思いながらも、僕は伏見の言葉に耳を傾けた。


 「お前はどうして、私の告白を了承したのだ? いや勿論、私としてはこの上なく嬉しいし、正直今も喜びを抑えるのでやっと、という感じなのだが、何と言うか……意外、だったのだ。私はてっきり、こっ酷く振られるものと思っていたし、だからそれなりに覚悟もしていた。それなのにお前は……」


 本当に野暮な質問だった。彼女は今、『私のどんなところが好き?』という、大変難儀な質問を僕に投げかけたのである。もし当事者ではない人間がこれを聞いたら、面倒くさい女だな、などと彼女のことを非難するだろうし、『馬鹿ップルめ、勝手にやっていろ』と僕共々叱りつけてしまうところだろう。


 伏見はそれを承知で尋ねている。


 「すまない。厄介なことを言っているのは分かっている。しかし私は、他人が自分のことを好きになるというイメージが全く湧かないのだ」


 「そうなのか? お前ってそれなりに、モテそうなイメージがあったけど」


 伏見には友達がいない。それは彼女が孤高の存在であるからだ。流れに屈せず、空気に流されず、いつ如何なる時にでも、如何なる相手にでも物を言う。周囲と協調することを必ずしも善しとしない。今時にしては珍しいタイプの日本人だからである。


 彼女は軋轢を厭わない。偽りの言葉で誤魔化さない。軋轢を生む可能性があっても、それが必要だと思えば、鋭利な言葉を投げかける。そうして人を傷付けてしまうこともある。だから彼女は、農耕民族の精神の逞しいこの国では、どうしても、どこにいても周囲からある程度浮いてしまう。


 伏見空が人間関係を構築することに難のある性格をしているのは、明らかな事実だ。


 しかしその鋭くも全うな、古い言い方をすれば、竹を割ったような人間性を快く思い、心地良く感じる人間は、何も僕ばかりではないだろう。小柄ながらも凛とした雰囲気を醸し出す、見た目と内面のよくマッチした学年屈指のクールビューティーに想いを寄せる男子は、多くはなくともいるはずだ。


 特に、罵られたい、いじめられたい、踏みにじられたいなどの特殊な願望を持つ層に属する人々にとって、彼女は至高だろう。


 実際、過去に何度か、伏見のことが気になっている、という男子高校生の淡い内緒話を、小耳に挟んだことがある。無論、盗み聞きしたわけではない。勝手に耳に入ってきただけなのだ。


 大衆受けはしないが一部のマニアから絶大な人気を集める。僕の伏見に対するイメージは概ねそんなところだった。


 「そんなことはない。私は告白をしたことも、されたことも一度たりとてなかった」


 「へえ……」


 ――まあ、はっきり言って怖いもんな。こいつに振られるの……。


 そう考えれば得心が行く。舌鋒の鋭さに於いて他の追随を許さない彼女に告白をして、成功すれば良いものの、失敗した場合のリスクを考えると、ラブレターをしたためる手を止めたくなる気持ちも、同じく惨めなプライドを後生大事に抱えて生きている男として、理解できなくもない。


 伏見空は、オブラートに包むということを知らない女の子である。いや、正しく言えば、オブラートを千切っては投げ千切っては投げするような、そんな豪儀な女の子なのである。


 「果たし状、なら小学生の時、一度だけ貰ったことはあったがな」


 伏見は誇らしげな顔で言った。が、そこは断じて誇らしげな顔をすべきところではなかった。


 「果たし状って、お前は江戸時代の住人なのか?」


 ――小学生の発想じゃないだろ。


 そんな果たし状を差し出されちゃうような奴だから、いつまで経ってもお前宛のラブレターは発送元で留まったままなんだよ――。


 「……伊瀬には、縁ちゃんがいるだろう?」


 伏見は不意に縁の名前を引き合いに出した。どうしてここであのドラゴンの名前が出てくるのか、僕には分からなかった。


 「前に言ってくれただろ? 私のために命を捨てることは出来ないけど、命を懸けることは出来るって。それは、縁ちゃんがいるからなのだろう?」


 僕は足を止め、自転車を止め、改めて伏見に向き直った。伏見は珍しく、少しだけ不安気な、少なくともいつもの覇気に満ちた表情とはかけ離れた顔をしていた。


 雨が上がってまだそれほど時間は経っていないというのに、早くも暑苦しいアブラゼミの鳴き声が復活し始めている。雨雲から完全に抜けきった太陽が、水浸しになった地面を熾烈に照らして、ムンムンとした熱気が立ち上ってきていた――。


 伏見の指摘は見事に的を射ている。僕があの晩、伏見に切った啖呵は、まさに今彼女が言った通りの意味だった。


 縁と出遭ったことによって、僕は死ねなくなった。僕を大切に思ってくれる彼女のために、自分の価値をより重く再定義した。僕は今や誰のためにも、犬上のためにも、伏見のためにも、両親のためにも、そして縁のためにだって死んでやることは出来ない。


 僕が命を捨てたことで救われた自分を、そうして犠牲になった僕を、彼女はきっと許さないだろうから。だから縁が僕を想う限り、この二つ目の心臓は死守しなければならない――。


 「でもそれは、今となっては、お前のためでもある」


 これから自分が言おうとしていることに、一抹の薄ら寒さを感じ、羞恥心に身悶えしそうになった。

そんな状況で、珍しく勇気を振り絞って言葉を接いだのは、彼女がこれと同じ類の苦痛を心に負いながら、それでも目的を遂行するための努力を怠らなかったからに他ならない。


 告白と了承を以って、僕たちはついに対等な関係になったはずだ。それなのに彼女の好意だけに甘んじていては、余りにも不平等だろう。


 僕は伏見と、付き合ってやっている、わけではない。切っ掛けは彼女だったが、彼女と同じ想いを僕は持っていた。だから即答した。


 なれば言わねばなるまい。彼女がそうしてくれたように、他人との間に壁を作る彼女が、こちらの分を合わせて、壁を二枚もぶち破って会いに来てくれたように、僕の方もいい加減、言葉にしておかなければならなかった。


 「僕は伏見のことが好きだよ。だから付き合おうと思った」


 ――理由は、まあ、きっと高尚なものではないのだろうが……


 「僕が生きるのは、今日からお前のためでもある」


 極めて冷静に紳士的に格好をつけ気障に言ったつもりだったが、縁からもらったせっかくの心臓が、今しがた死守せんと決意したはずの心臓が、今にも壊れてしまいそうだった。


 ――穴があったら入りたい。なければ掘って潜りたい!


 こうも直球に人に好意を伝えるのはこれが初めてかもしれない。なんて、齢十七になんなんとするむくつけき男子高校生が気付いたところで、誰にも得はないだろうが、それは確かに思いがけない気付きだった。


 振られるのが怖い。自分に自信がない。僕はそんな昨今の時流に乗った、所謂草食系男子である。いや、本当は草も食ったことがない。絶食男子である。


 伏見にあらぬ疑いをかけられてしまうのも当たり前だった。


 しかし、僕が縁に手を出さないのは、何も僕がへたれで甲斐性なしの男であるからではない。伏見は良からぬ誤解をしているようだが、そもそもがそもそも、僕は縁に対して恋愛感情を抱いていないのである。


 彼女への――命を分かち合った竜への感情は、恋とか愛とか、そういう領域の話ではない。


 「あいつは人間じゃないからな」


 人ではなく、普通ではなく、全うな生物ですらない。今は人の皮を被っていても、その本質は竜であり、僕たち人間が言うところの化物である。


 「僕たちは一緒にいることは出来ても、本質的に相容れない」


 人と竜とでは、在り方からして異なっている。


 あの夜、あの悍ましい姿を目の当たりにした瞬間に僕はそう悟った。それは彼女を拒絶する理由にはならないし、彼女が大切であるということを否定する根拠にもならないが、多分縁も、分かっているだろう。


 僕たちはいづれ、別れることになる。


 いつかは分からないが、いづれにしてもその時はやってくる。どんなに粘っても、寿命か他の何かで僕が死んでしまえば、あいつは独りになる。僕が死んだ後の世界で、あの不滅のドラゴンは、死なず、朽ちず、生き続ける。殺されても生き返り、殺されては甦り、そうして永久に転生を繰り返しながら、永劫を生きてゆく。


 その破滅的な未来をどうにかしてやりたいとも思うが、どうにかして良いものなのかも分からない。


 だって、彼女は僕に出会ったのだから。僕が一人目だったかもしれないが、一人目があったのなら、二人目や三人目が、あるかもしれないではないか。生き続けるということは、そういう、未来の、在るかも分からない可能性に賭け続けるということではないのか。その可能性を捨て、死を推奨することは、受け入れるということは、悪ではないのか。


 人である僕はそんな風に考えてしまう。


 「でもそうか。好きな相手に、あんなわけの分からん愛玩動物みたいな女がくっついてたら、普通は嫌がるものだよな」


 ――見た目はただの女の子だもんな。


 「悪い、伏見。さっきはほとんど勢いでOKしちゃったけど、僕はあいつを、少なくともあいつが僕を必要としてくれているうちは、放逐するつもりはない。たとえそれで……」


 「いや、伊瀬。その心配は無用だ。そんな我が儘を言うつもりはない。私は、お前が好きだと言ってくれただけで、もう満足なのだ。満足過ぎて死にそうなくらい」


 伏見は微笑んだ。ちょっと絶句してしまうくらい、愛らしい微笑みだった。


 「……そう、か。そりゃあ、良かった。まあ、あいつのことは小うるさい小姑か阿保な連れ子くらいに思ってくれてれば良い」


 「うん」


 と、また伏見はくすりと笑って――


 「いや、正直なところ、その提案は喜ばしいとさえ言えるのだ。お前と付き合うことによって、もれなく縁ちゃんを好き放題に出来るというのだから、最早言うことはない!」


 「いや、好き放題して良いとまでは言ってないけど……」


 「前々から思っていたのだ。あのふわふわの頬っぺたをすりすりしたいとか、膨らみかけの胸をさわさわしてみたいとか、太腿と太腿の間に顔を埋めてみたいとか、とにかく日がな一日抱きしめていたいとか!」


 「どうして女子高校生であるところのお前が僕と同じ願望を!?」


 ――さてはこいつも、あの愛玩生物の虜なんだなあ!?


 「ん? 何だ、伊瀬。やはりお前も仲間だったか。妹とか娘とか言っておきながら、縁ちゃんで不埒なことを考えているのだな」


 満面の笑みだった。


 「この世には、それとこれとは話が別、という便利な言葉があってだな」


 「分かっている。いくら人徳の権化たる伊瀬とは言っても、男の子だもんな」


 ――お前は女の子なんだけどね……。


 「人徳という言葉が穢れちゃうから、その異名だけは返上させて!」


 ともあれ、この日、僕が自転車に乗りながらもスキップを踏みつつ帰路に就いたことは、最早説明する必要はないだろう。



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