表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の心臓移植 (旧題 ある竜の転生)  作者: こげら
五章 ある少女の解放
75/92

<い>




 僕が彼を初めて見た時、彼は既に死の危機に瀕していた――。

 




 横断歩道を渡る少年を、一台の乗用車が猛スピードで跳ね飛ばそうとしていた。


 そして傍らの少女はその光景を、涙も枯れ尽したかのように、ただただ立ち尽くし、呆然と眺めている。これから悲劇が起ころうというまさに最前列に、少女は立っていた。


 すぐ手前の電柱の足元には、以前にもここで事故があったのか、萎れかけた花束が供えられている。その光景があまりに不吉で、不気味で、暗示的で、背筋を冷ややかなものが抜けた――。


 歩行者用信号機のLEDランプは青く点灯していた。


 少年は青信号を信用しているようだった。彼の両親がそう教えたから、だろうか。学校の先生や周りの大人たちが、信号が青の間は安全だと、口を揃えて言ったからだろうか。


 信号が赤から青に変わって、点滅して、そしてもう一度赤に変わるまでの間、歩行者の身の安全は保障されている。そんな常識は大人から子供まで、日本国民の誰もが知っている。


 僕も、そしてその少年もまた、知っていた。


 だからその時、青は渡れというごく当たり前なルールを、規則を、知っていたからこそ、彼は猛スピードで突進してくる乗用車に、まるで気付いていなかったのである。


 だから、振り向いた頃にはもう遅かった。少年が自分の力だけで回避するには、死は余りにも近くにまで、迫っていた――。


 ――届け……。


 僕は今、死に難くなっている。竜の祝福を受けたこの体は、常人の域を遥かに逸脱して、傷の治りが速い。人に知られれば、異端視されてしまうほどに、常軌を逸している。


 最悪、巻き添えを食らっても死にはしない。ただ、この体の異常性が知られることになれば、少しばかり生き辛くはなるだろう――。


 そこまでの思考が一気に頭を駆け抜けて、その頃には少年の頭が腕の中に納まっていた。


 いや、実際は結論ありきだったのかもしれない。助けるという前提があって、だから、それまでの思考は、逡巡は、もしかすると記憶に後付けされたものなのかもしれなかった――。


 僕はそのまま、体を捻りながら全力で左足を蹴り、背中で受け身を取る形で反対車線へと倒れ込んだ。


 「ぐえっ」


 男子高校生一人分と、男子小学生一人分の質量、それに速度を掛け合わせた力が瞬間的に背中にかかった所為で、結果として、蛙が轢かれた、みたいな声が出てしまったが、まあそれは些細な代償だった。


 腕の中の少年は無事だ。そして幸い僕の方も、背中の痛みはこの際考えないこととして、どうやら五体満足で生還出来たようである。


 少年の様子を確認してほっと一息吐いてから、ようやく周囲を見渡してみると、歩行者信号青の交差点に、猛烈なスピードで突っ込んできた黒い車の姿は最早見えなくなっていた。どうやら、ブレーキも一切掛けず、一直線に走り去ったようである――。


 「何してんだ! 邪魔だよ、邪魔! 早くどいてくれえ!」


 倒れ込んだ車線にもすぐさま車がやってきて、運転手が窓を開けてそんな心無い言葉をかけた。


 何してんだ、とは酷い物言いである。今の間一髪の救出劇が世の中に知られれば、表彰物のファインプレーだっただろうに、この粗暴な運転手は、一部始終を見ていなかったのだろうか。


 「すみません」


 軽く会釈をしながら謝罪の言葉を口にして、負け犬根性がすっかり染みついているなあ、などと、僕はつくづく思うのだった。


 少年の手を取って、小走りで車道から捌けると、片側一車線の道路を次々と乗用車やらトラックやらバスやらが走って行って、何事もなかったように普段の交通流を取り戻す――。


 「大丈夫か? どっか擦りむいたり、頭打ったりしてないか?」


 少年は心底吃驚したような面持ちでこちらを見上げた。言葉も出ない様子である。


 目立った外傷はなさそうだが、危うく命を落とすところだったのだ。驚いて、言葉に詰まってしまっても仕方がないだろう。


 見たところ、小学四年生か五年生といったところか。気の強そうな、身長の割に凛々しい顔立ちをした少年である。


 暫く、恐らくは数十秒ほどして、少年は我に返ったように口を開き――


 「おっさん、手……」


 とだけぶっきらぼうに言った。声変わり前の、まだ幼さを残す声だった。


 「お、おう……」


 どうやら僕に手を握られていたのが気に入らなかったらしい。


 相手はこれから思春期に差し掛かろうという男の子。子供扱いされるのが何よりも嫌なお年頃だ。


 僕は少年の手を放した。


 「うわ、手汗が……」


 残酷なことを言いながら、少年はその手汗の付着した右手を鼻のあたりに持ってきて、顔をしかめている。……何だか、とてつもなく車道へ飛び出したい気分だった。


 そう、僕も僕とて、絶賛思春期真っ盛りの傷付きやすいお年頃なのだ。高級な花瓶を扱うようにしてもらわなければ、簡単にひびが入ってしまう。


 ――あのトラックが良いかな?


 おっと、本気で品定めをしてしまった。


 ……いや。いやいや。所詮は幼い子供のすること。そんな若気の至りに一々目くじらを立てて、道路に飛び出していては、命がいくつあっても足りない。子供とはこういうものなのだ。彼らはただ、刃を納めるための鞘を授からずに生まれてきただけで、彼にも、ましてや僕にも、多分罪はない。


 『抜き身のナイフ』と書いて、『こども』と読む。


 僕は性善説より性悪説を支持している。そしてその信条は今日のこの日、この瞬間を境に、支持から信奉へと昇華した――。


 「あ、危ないところだったな。青信号でもああいう無謀な大人が突っ込んでくることがあるから、気を付けるんだぞ」


 心の平静をどうにか取り戻して、大人の対応をどうにか取り繕おうとして、ぽんっ、と軽く頭を叩いてやろうとしたが、『手汗の件』があったので自重した。


 驚くべきことに、僕は小学生に自重させられていた――。


 しかし、男子高校生、そろそろ十七歳になろうかという僕が如き若人を捕まえて、おっさんとは如何なものか。


 勿論、小学五年生だか六年生だかの年端の行かない子供から見れば、僕などもさぞかし立派な大人に見えてしまうのかもしれないが、とは言え、流石におっさんはいただけない。その単語には、敬いの精神が全く以て含意されていない。


 ――おっさん。


 如何にも侮った言い方である。年相応の人間に対して言うのならまだしも、明らかにお兄さんくらいの年齢の人間に対して言う場合、これは完全に侮りであり、舐めであろう。


 というわけで、人命救助をしただけで、見ず知らずの小学生にまで舐められている僕なのであった。


 ……いや、ほんと、納得いかない。


 これがあの犬上だったならば、ちゃんと、お兄さんと呼ばれていただろうか。或いは伏見であったなら、お姉さんと、年相応の代名詞を用いられていたのだろうか。この子供は、僕だから、僕のような見た目をしているから、僕が如何にも虚弱で軟弱で抵抗力の低そうな雰囲気を放っているから、それに見合った態度を取っているのだろうか。


 だとすれば、ここは大人として注意してやらねばなるまい。相手は前途ある子供なのだ。子供だからこそ、ここはきちんと叱ってやるべきだ。世の中を渡っていくための然るべき振る舞い方というものを教示してやるべきだろう。手汗の件も含め、びしっと言ってやろう。


 一見温厚そうな人物でも、穏やかな相貌の裏に恐ろしい本性を隠しているかもしれない、思いがけないギャップがあるかもしれない、その侮りが命取りになるかもしれないということを、ここは敢えて心を鬼にして教え諭してやるとしようではないか。


 つまり、ギャップ萌え、の逆バージョンみたいなことだ。


 ――……萌えの逆ってなんだろう?


 奥深そうなテーマに足を突っ込みかけたが、余計な思考を振り払い、僕は改めて口を開いた。


 「少年。いくらなんでも、おっさんっていうのは、酷いんじゃないかな?」


 「……」


 少年は目を逸らしたままである。そんなことに一々目くじらを立てて説教を垂れようとするな、とでも言いたげな不貞腐れた表情だった。


 何だろうこの徹底的な拒否反応は。僕がこの少年に何かしただろうか。僕のしたことと言えば、荒れ狂う暴走車からこの少年を救うという、極めて善意に満ちた行為しかしていないはずだったが……僕の手汗がそんなに嫌だったのだろうか……?


 ――そりゃあ手汗くらいかくよ! こっちも死ぬかと思ったんだから!


 いくらそう簡単には死なないと分かっていても、十七年間で培ってきた経験則はそう簡単に払拭できるものではない。車に轢かれるというのは、感覚としては未だに死に直結している。


 「そりゃあ僕はあんまり子供から好かれるタイプの人間じゃないけどさあ……」


 こうもあからさまに態度で示されると、流石に胸が痛かった。


 「あっ……!」


 僕の独り言を無視して、少年は突然に驚愕の声を上げた。


 彼の視線は、車道を挟んだ向こう側に釘づけになっていた。


 その視線の先を追い掛け、目を向けようとしたその時、少年は走り出した。信号は赤である。


 「おい馬鹿っ」


 咄嗟に腕を掴んだ。勿論、先ほどの手汗まみれの手で、少年の細い腕を掴んだのである。


 ぐいと力を込めて少年を歩道に引き戻した直後、目の前を車が通過した。それもぎりぎり、少年の鼻の先を掠めるほどの至近距離を、通過したのだった。


 「何してんだお前! 死にたいのか!?」


 「妹が……。妹が!」


 「妹?」


 少年は酷く混乱し、焦り、腕を振り解こうと足掻いた。その抵抗を力づくで押さえつけ、僕は少年の手を伸ばす先を見た――。


 呆然と立ち尽くす、車に引き殺されそうになっていた少年とよく似た顔をした少女。無我夢中で少年に駆け寄る最中、その悲愴に満ちた表情を、僕は確かに目の端で捉えていた。


 その少女が、少年が妹と呼ぶ少女が、反対側の歩道で、ぐったりと地面に伏している。ぴくりとも、動いていない。まるでもう、息絶えてしまったかのように、まんじりとも動かない……。


 信号が青に変わり、車の流れが止まった。


 拘束から解放された少年がまず駆け寄って、僕もすぐさまそれを追い、途中で追い越した。


 うつ伏せに倒れる少女。身長は兄と思われる少年とさして変わらないように見える。しかしその体格は、性差と言ってしまうには、あまりにかけ離れている。


 少女の体は、恐ろしく、病的なまでに痩せこけていた。筋肉や脂肪が極端に少なく、仰向けに裏返そうとして掴んだ肩が、少し力を込めただけで崩れてしまうのではないかと怖くなるほど、脆く感じられた。


 ――こんな顔だったか?


 先程の印象とは違って見える。あの時は、視界の隅に捉えただけで気にならなかったが、しかしこれは本当に先ほどの少女なのか……。


 ――いや、今はそんなことより……。


 やるべきことがある。


 「きょう! 起きろよ!」


 少年は膝を地面につき、妹の名を呼んだ。瞳に涙を溜め、必死で体を揺すりながら、反応のない、精気のまるで感じられない少女の名を呼んだ。きょうと呼ばれた少女の顔色は、限りなく死人に近いそれだった。


 「せっかく助かったのに……、お前が……、お前がこんなことになったら……」


 「落ち着け!」


 そう言葉にしたのは間違いなく、自分自身を落ち着かせる為でもあった。


 いや、今目の前にいる少年が、子供らしく狼狽えていてくれたからこそ、僕は冷静に判断することが出来たのかもしれなかった。


 「心臓は動いてるか?」


 少年は少女の胸に耳を当てた。その間に、下あごをくいと上げて気道を確保し、口元に頬を寄せて呼吸の確認をする。


 「動いてない」


 少年は縋るように言った。


 「そうか……」


 そうとだけ短く返事をしたのは、今にも崩れてしまいそうな少年に、呼吸も止まっている、などとはとても言えなかったからである。


 少女の心臓は動いていない。少女は呼吸をしていない。


 まだ体温は残っているが、彼女は今まさに、生命を終えようとしている。


 ――思い出せ思い出せ思い出せ!


 去年の救命救急講習。心肺停止の場合、どう対処すべきか。


 ――まずは周囲の安全確認……は出来てる。出血もない。


 ――次、次、次は……。……子供の場合、心肺蘇生優先……?


 朧気な記憶でも、何もないよりはましだった。とにかく今は、一刻も早く行動を起こすことが最重要である。心肺停止状態では、応急処置の迅速さが生死を分けるという。これは確かな記憶であり、常識だ。


 何もしなければ、この子はこのまま、死んでしまう。それだけは明白である――。


 少女の胸の中心を両手で強く、速く、断続的に圧迫する。胸が沈む度に、肋骨が折れてしまいそうで恐ろしいが、心肺の復活が優先だったはずだ。


 コンクリートに膝を立て、ぐっ、ぐっ、とマッサージを繰り返していると、夏休みに入った大学生だろうか、異変に気付いた三人組の若者が、車を降りて駆け寄ってくる。


 とにかくその中の一人の目を見て、ほとんど叫ぶように声を発した。


 「救急車!」


 青年は慌てながらもすぐにポケットから携帯電話を取り出し、119をダイヤルした。


 ――次、次は!


 「あなたはこの先にコンビニがあるのでAEDを!」


 言われると青年は急いで駆け戻り、脇に寄せていた車を発進させた。


 残った一人はこちらが指示を出す前に、着ていたシャツを一枚脱いで少女の頭の下に敷いてから、救急に電話するもう一人の青年に、所在など、詳しい状況を伝えた。二人の精悍な若者の表情は、多分僕がそうであるように、緊張し切っている。


 「お前、人工呼吸できるか?」


 「だ、駄目……。おれじゃあ、無理だ……」


 少年はへたり込みながら、それでも心配そうに妹の手を握っている。


 「じゃあ、文句言うなよっ」


 ――心臓マッサージ三十回に人工呼吸二回、心臓マッサージ三十回に人工呼吸二回。


 横たわる少女の額に左手を置き、同じ手で鼻を摘みながら、開いた口を自分の口で覆ってゆっくりと息を吐く。


 少女の胸が僅かに膨らんだ。


 ――出来、てる……?


 繰り返し、心臓マッサージ再開。AEDか救急車が来るまでは、とにかくこれを延々繰り返すしかない。


 一セット目が終わってすぐ、少女の相貌にすっと血の気が戻った。心なしか、こけ切った頬にもふっくらと丸みが戻ってきているような気がした。


 それでもまだ息はしていない。心臓も止まったままだ。


 ――もう一度!


 ……もう一度……。

 ……もう一度……。

 ……もう一度……。

 ……もう一度……。

 ……もう一度……。


 ……もう一度――。


 心臓マッサージと人工呼吸を交互に十セットは繰り返しただろうか。AEDを借りに行った車が戻ってくるより早く、救急車のけたたましいサイレン音が耳に飛び込んできた。


 「――戻った!」


 少年が叫んだのは丁度そんな時である。


 心配そうに様子を窺っていた大学生風の青年が、大きく手を振って救急車両を呼ぶ。僕は手を止めて、脈拍と呼吸を確認した。


 呼吸は多少浅いような気もするが、確かに戻っている。脈もある。胸が上下に動き、処置前には微塵も感じ取れなかった生命の気配を、今は強く感じられる。


 「――ふっ」


 立てていた膝を折って、その場に尻をついた。救急隊が到着し、心肺機能も一応は復活したところで、緊張の糸が途切れたようだった。


 固いコンクリートに膝を立てていたために両膝から流血しているが、傷自体はもう塞がっている。特に痛みはない。


 取り敢えず、すべきことは全てした。まだ命が助かるかは分からないが、一先ずこれで、お役御免だ――。


 心肺機能、と言えば、僕は今現在相当にこの機能が強化されているので、流石に息は切れていなかったが、夢中で心臓マッサージをしているうちに、汗が噴き出ていた。


 まだ気温の上がり切っていない朝だったとは言え、心臓マッサージなどという苛烈なエネルギー消費を伴う運動をするには厳しい季節である――。


 いつの間にか、周囲に人だかりが出来ている。


 僕はその人混みの中に、静かに後退った。あまり長居をして、事情を聴かれたりするのは面倒だと思ったからである。


 話を聴かれるついでに、膝の怪我の具合などを見られでもしたら、それこそ具合が悪い。血が出ているのに傷が全くない、という異常に気付かれてしまわないとも限らない。


 もし万が一連絡先を聞かれて、後に警察などが絡んで来たら尚更面倒である。国籍不明、戸籍不詳の少女りゅうと生活をしているという、後ろめたくはなくとも後ろ暗い事情が僕にはあるのだ。


 自意識過剰かもしれないし、警戒し過ぎかもしれないが、受動的な形でのお上との接触は極力避けたいところだった。


 幸い、このご時世には珍しいほどの好青年三人がほとんど最初から状況を共有してくれているので、後のことは彼ら先輩方に任せよう――。


 人に気付かれず姿を消すことが出来るというのは僕の数少ない特技、十八番である。実際はただ影が薄いだけなので、あまり誇れることではないのだが、しかしこういう状況にあっては役に立つ性質だった。


 実際、騒動の中心人物であるところの僕を、お前は残るべきだと、引き留めようとする人間は誰一人としていなかった。


 救急車が患者を乗せて無事に出発するまでの光景を、僕は数十メートル離れたところから見届け、その場を後にした。


 ――凄い現場に居合わせてしまった。いや、居合わせたと言うより、思いがけず人命救助に携わってしまった。それも立て続けに……。


 今になって興奮が押し寄せてくる。


 僕は今まで、人の命に関わる現場の最中にいたのだ。


 魔女や勇者や竜や神様が、関わっていなかったからなのだろう。犬神や稲荷神、それに縁の時とはまた別な、不思議な高揚感があった。


 ――あの少女は助かるのだろうか。


 先程の少女の姿が瞼の裏に焼き付いている。


 華奢という範疇を超えて、細く不健康な体躯。酷く乾燥した肌。ささくれ立った唇。機能を止めた肉体。倒れる直前の、凡そ小学生がするものとは思えない絶望的な表情。


 僕が駆け寄った時、彼女はもう、人間より物体に近かった。これまでも幾度か経験してきた、死が、あそこには確かに横たわっていた――。


 これ以上気にしても仕方ないことなのに、どうしても考えてしまうのは、慣れない経験をして、気持ちが昂っているからなのだろうか。


 ――あんな経験をすれば、誰だって余韻に浸りたくもなるか……。


 自分はちゃんと、あの子の命を守れてやれたのか。


 そんなことを考えてしまうのも、当然のことなのかもしれなかった。だって、もし彼女が助からなければ、それは自分の処置が間違っていたからだと、図々しくも否応なく、責任を感じてしまうのが、人間という傲慢な生き物の性なのだから……。


 ――八月二十四日の朝。僕が彼ら双子に出会ったのは、夏休みももう終わろうかという、そんな季節だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ