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竜の心臓移植 (旧題 ある竜の転生)  作者: こげら
一章 ある失敗の代償
7/92

<六>


 彼女の言う通り、彼女の生家と呼ぶべきものは、本当に僕の住んでいるアパートのすぐ傍にあった。


 アパートから徒歩三分、女が案内したその場所は、僕と女が最初に出くわしたまさにあの場所である。


 「お前、この神社の娘だったのか?」


 天地神社という『あめつち』と読むのか『てんち』と読むのか分からないこの神社が、彼女の生家ということらしい。こじんまりとした神社の割に大袈裟なネーミングである。彼女があのような突出しておかしな言動をしてしまうのも分かる気がする。


 この間引っ越してきたばかりの僕が天地神社について知っているのは、この神社が決して大きくないことと、御神体がやや赤み掛かった色をした鏡であることくらいである。


 普通なら神社の御神体が何で、どういったものかというのは、わざわざ調べでもしない限り分からなそうなものだが、僕は偶然にも天地神社が奉じる御神体を目にしたことがある。それもつい二日前のことだ。


 学校の帰り道、今日やその他の日と同様に通学路であるところの天地神社の前を通ると、何やら妙に人が集まっていたので、何かと思い興味本位に僕は神社に足を運んだ。と言うのもこの天地神社、普段は訪れる参拝客などほとんど居ないのである。


 一年間ほぼ毎日のように僕はこの神社の前を通っているが、石段を上る人を見るのはせいぜい一週間に一度くらいのものだった。それが、この日は少なく見積もっても四十人程が、つまり凡そ十か月分の参拝者が集結していたのである。イベント事に無頓着な僕が、つい顔を出したくなったのも不思議ではなかったと思う。


 神社という神聖な場所で行われる以上、騒がしい類のイベントではないだろうと分かったし、何かの祭事であるだろうことも容易に想像できた。だから僕はちょっとした探求心でその祭事を見学した。


 その時に、あの御神体を見た。祭事というのは、御神体をお披露目する儀式だったらしい。これは家に帰ってから調べて分かったことだが、数年から十数年に一度、不定期でその儀式は執り行われているのだという――。


 さておき、だから僕はこの神社についてそれ以上のことをほとんど知らなかった。娘がいるなんてことも勿論そうである。


 一昨日の儀式の前にも僕はこの神社を何度か訪れたことがある。一回目はこの町へと引っ越してきた時。別に特段信心深いわけでもないが、新しい生活の始まりということもあって、心機一転、挨拶がてらに参拝してみるのも日本人としては悪くはないか、と今考えてみれば不思議な感慨に陥ってのことだった。


 後の数回は全て休日の散歩のことである。町の様子をあてどなく彷徨いながら眺めるという行事を、僕は今でもたまに行っている。時に自転車で時に徒歩で、三十分から一時間くらい無目的に移動した最後に、この神社の石段や境内に腰かけてペットボトルのお茶を啜るというのが僕の数少ない日課の一つなのだ。


 「あれ、もしかすると、この神社の最常連僕なんじゃ……」


 思いがけない発見だった。


 しかし、そんな常連の僕でさえこの神社の娘など一度として見たことがない。本殿の他に二棟の建物がある天地神社には、宮司だか神主だか知らないが恐らく神職であろう男性が住んでいることは僕も知っている。かなり年配の老人だったはずだ。僕の知る限り、この神社に居住しているのは彼だけだった。


 「お前、ホントにここの娘なのか?」


 「娘か、と問われれば正確にはそうではないが、ここが私の生家と言って良いじゃろう」


 「ふーん。そうだったのか」


 ――じゃあこれからは散歩のコースから外さなきゃな。良い感じの休憩所だったのに。


 説明不足も甚だしいが、正直どういう事情があるのか気にもなってきたが、それを聞くのは不躾だろう。聞かれたくないことの一つや二つは僕にだってある。今回のことが彼女にとっての一つや二つに当たるかどうかは不明だが、一か八かで地雷原に踏み込むほど僕は浅はかでも命知らずでもないし、そこまでこの女の背景に興味があるわけでもない。


 今日を最初に、そして今日を最後に僕とこの女の関係は断たれるのだから。


 「ここまでで良いよな」


 僕の役目はここで終わる。この石段の下までが、僕の良心の有効範囲だ。


 我ながらよくやったと褒めてやりたい。今日は良いことをした。決して誇れることではないが、気分は悪くない。


 「うむ、十分じゃ。最後に、人間よ……」


 女はたっぷりと間を取った。


 ――最後に、名前でも告白するつもりなのだろうか? それとも、せめてお名前だけでも、なんて町娘お決まりの台詞でも吐くのだろうか。


 どちらにしても関係ない。僕は彼女の名前を知りたくないし、彼女に僕の名前を知って欲しくもない。


 まあ、もしも後者の問いが来た場合、僕の方も、名乗るほどの者ではございません、と僕に相応しいありきたりでお決まりの定型句で返答して一切の禍根を断つこととしよう。


 「――次はステーキ食べたい」


 「次はない」


 摂氏マイナス百九十六度くらいは冷たいであろう冷血な声と態度で、僕は即座に言葉を返す。


 全く、この女に一般的な感性を求めた僕が馬鹿だった。彼女と出会ってから、僕は自分の愚かさを自覚してばかりである。


 「……じゃあ、またな」


 僕はありふれた別れの挨拶をして、今度こそ平穏な我が家へと取って返した。





 嵐の過ぎ去った部屋は普段に増して、いっそ閑散と言って良いくらいに静かに感じられた。


 「……あれ、僕、家ばれてんじゃん」


 と、無事我が家に到着してから気付く。結局お互い名前も知らぬまま、僕としては今生の別れをしたつもりだったが、あの女からすればまたいつでも僕の家に押しかけられる状況が出来てしまっている。


 彼女がまた僕の家に来れば、そしてまた僕の家の前で騒げば、僕には対抗する手立てがない。


 ――僕の社会的地位が人質に取られている!


 「戦慄!」


 あいつを部屋に入れる以外に取れる手段があるとすれば、それはもう通報しかない。だが、通報した場合の手間と、あの女を家に招き入れて食物を献上してやる手間を秤に掛けると、どうだろう。もしかするとどっこいくらいになってしまうんじゃないだろうか。


 更によく考えると、通報したところで女子中学生の迷惑行為なんてものは、せいぜい厳重注意くらいで済まされてしまうだろうし、僕は何かしらの問題を抱えた高校生として、ご近所をはじめとした世間様にみなされてしまうのかもしれない。


 何ということだろう。最早どん詰まり。八方塞がりの雁字搦めとは僕のことだ。いや、まだ彼女が再びこのアパートに襲撃してくるか否かは定かではないのだが、しかしもし本当にそうなってしまったら、僕の平和な生活は少なからず奪われることになる。


 ――ああ、あの時後ろを振り返っていれば、あの時返事をしなければ、あの時玄関を開けなければ、こんな風に後悔することもなかっただろうに。


 彼女は僕に対して、大恩があると言い、迷惑を掛けたくないとも言った。だからと言って、彼女の言葉をそのまま鵜呑みに出来るほど、僕の彼女に対する信用は高くない。


 と言うより、信用性なんてものはゼロどころかマイナスなのである。


 普通に考えれば当然だろう。あんな格好で外を出歩く、いや家の中ででもあの格好はアウトだ。


 家の中でさえ憚られるべき格好で、通行人に私を養えなどと宣い、あまつさえ人の家の玄関先で脅し文句を並べ立てるような女だ。僕があいつに対して思うことがあるとすれば、それは信用などではなく、不信感と不審感でしかない。


 後悔と先行きの不安、つまりあの女のことで頭を満たされた僕は、勿論悪い意味で満たされているということを強調するために敢えて言っておくが、この晩、布団に入ってから三時間、眠りに就くことが出来なかったのである。


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