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竜の心臓移植 (旧題 ある竜の転生)  作者: こげら
四章 ある少女の希求
57/92

<壹>


 校舎から出たところで、突風が音も気配もなくやってきた。そしてそのままあっという間に、夏の湿気と熱だけを残し去っていった。


 「――痛っ!」


 突風の直後、東棟から中央棟へ向かう途中、一回の渡り廊下に差し掛かったところで、僕は悲鳴にも似た苦悶の声を聞いた。女性の声である。


 声のした方、体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下の方を見ると、一人の女子生徒が足首の辺りを押さえて蹲っていた。どうやら怪我を負ったらしい。


 ――転んだ? のか。今の突風で。


 相当の痛みのようである。蹲るという反応から見ても、また彼女の歯を喰いしばった形相から見ても、明らかにただ事ではない。風でバランスを崩したのか、飛ばされてきた何かにぶつかったのか、何にせよ負傷している。


 「大丈夫ですか?」


 そう僕が人として全うな反応が出来たのは、周囲に他の通行人がいなかったためか、僕も少しは真人間として成長してきたためか真相は不明だが、兎にも角にも僕はその女生徒に近寄って、声を掛けた。


 ……表現にどことなく不審者感が出てしまったが、しかし苦悶に喘ぐ同窓の徒をまさか放置するわけにもいかない。不審者の汚名を被ろうとも、常識人として、なけなしの勇気を発揮して、ここは声を掛けるべきだったのである。


 この学校に於いて、と言うか全世界に於いて極端に友達が少ない僕には、知り合いと呼べる間柄の人間もまたほとんどおらず、この蹲る女生徒も当然知り合いではないわけだが、胸の校章の色から察するに一つ上の先輩、三年生のようである。


 先輩。部活動にも委員会にも加入していない生徒にとっては、縁遠い言葉である。入学してからもう一年以上が経過しているが、僕が先輩と呼ばれる立場の人と言葉を交わすのは多分これが初めてだ。


 「う、うん。大丈夫。ちょっと挫いた……? だけだから」


 短めのポニーテールを結った先輩は、僕の声に顔を上げた。大丈夫と言う割には、かなり痛そうな表情をしていた。


 「あー。保健室」


 「どうした?」


 と、僕が保健室の必要性を尋ねようとしたところで救いの手が差し伸べられる。体育教官室から職員室へ向かう途中だったであろう、体育科の男性教職員が偶然にも通りかかったのだ。


 「谷代? お前、何かされたのか」


 ……と言うか、滅茶苦茶疑われていた。救いの手は確かに差し伸べられたが、それは僕という胡乱な男子生徒の魔手から彼女を救うための手であるようだった。


 ――あ、あれれ? おかしいなあ。僕は善良な一般市民として、また一生徒として、勇気を振り絞って怪我を負ったらしい女子生徒を気遣っただけなのに、どうしてこうも疑いの眼差しを向けられているのだろう? そんなに怪しいのだろうか。僕なんて、親元を離れて暮らしていることと、自宅で竜を飼育していること以外は、極めて一般的な生徒であるはずなのに、何だろうこの信用のなさは。僕には人を気遣う権利すら与えられていないのだろうか。


 何だか自暴自棄になりたい気分だった。


 「――違います。私が一人で転びました。風に煽られて」


 今度は先輩の方が、負傷の身で僕に救いの手を差し伸べる。


 「風?」


 「はい、今しがた突風が。この人は声をかけてくれたんです」


 「そうか。立てるか。とりあえず保健室まで連れてくぞ。ほら君、手伝って」


 「え……あ……、はい」


 ――いや別に良いんだけどね。僕としても手伝うことには全くやぶさかでないんだけど。僕を疑ったことはなかったことになるんですね、先生。そうですか、あーはいそうですか。はいはい。大人としてそれはどうかと思いますけど、それはあれですよね、リアル反面教師というやつですよね。自分の評価が下がることなんて気にせず、僕同様、汚名を被るのを覚悟で、僕という生徒に悪い手本を見せてくれてるんですよね。成程合点分かりました。


 まあ、こういう扱いには慣れている。慣れ親しんですらいる。いつものことだ。本当に気にするほどのことでもない。多少イラッとはするし、少々ウルッともくるが、辛くはない。


 反面先生、と僕によってあだ名された教師と僕は手負いの先輩を管理棟一階の保健室までエスコートした。


 痛みはそれなりに残っていたようだったが、全く動けないような痛みではなかったらしい。元々の運動能力が高いらしく、僕と反面先生の補助もほとんど借りずに、先輩は片足で跳ぶようにして歩いた。初めの痛がり方がかなりのものだったので、だからこそ僕はすぐに保健室へ行くべきだと判断したのだが、そこは不幸中の幸いだった――。


 先輩を保健室の主に任せ、元来の目的、返却し忘れた数学のノートを職員室まで取りに行くという本来担任が担うべき面倒な仕事も無事終え、僕はホームルームへと帰還した。


 ホームルーム、と言っても、あまりホームという感じではない。どころかアウェイと感じることも多くなってきた今日この頃である。ホームルームならぬ、アウェイルームだ。何せこの教室には、あの男がいる。


 「任せた」


 犬上の机に回収したノート達をドスンと置く。これにて任務完了。後は野となれ山となれ。


 ……まあ犬上に託したからには、野にも山にもならないだろうが、というか野にも山にも花が咲いてしまうのだろうが、ともあれこれでようやく昼休みである。


 「おー、遅かったな」


 「まあ、ちょっとあって。良いから早く配れよ。そういう分担だろ」


 犬上祐。男子バスケ部の次期部長。その容姿と人柄で学校中から絶大な人気を集める我がクラスの学級委員。つい先日、ただの思い込みによって犬神などと言う、とうに朽ちた信仰を復活させた天然にして天才。そして今日に限れば、僕の日直の相方という肩書がこれに加えられる。


 ――流石の手並みで犬上は預かったノートを返却していく。クラスの半数以上もの生徒の顔と名前が一致しない僕には中々出来ない芸当だ。勿論それを見越しての役割分担である。つまり、僕が職員室までノートを取りに行き、犬上がそれを配るという適材適所な分業だったのだ――。


 作業を終え、僕の座る前の席に犬上が腰かける。今日は僕と同じく弁当らしい。左手の壁を背もたれにする形になってから犬上は弁当の包を解いた。


 僕がホームルームのことを、アウェイルームなどと、ありもしない造語で表現したのはこの為である。いや、為ではなく、所為である。ここ最近僕がクラスメイトたちから妙な眼差しを向けられるのは、他ならぬ犬上祐の所為なのである。


 何故、日向者と日陰者、本来相容れるはずのない二人がさも仲良さ気に並んで弁当を突いているのか、おい日陰者そこ代われ、と彼ら彼女らは思っていることだろう。


 犬上が僕と一緒に昼食を食べるようになったのは、しかもただ隣で無言のまま作業のように、罰ゲームか何かのように食べ進めるのではなく、最近あった耳よりな出来事や興味深いテレビ番組の話などをしながら、談笑しながら食べるわけだが、そんな習慣が始まったのは、ついこの間のことである。


 犬神のことがあってから、と必ずしも断定することはできないが、確かにあれが切っ掛けではあっただろう。犬上はそのことで僕に恩義のようなものを感じているようだし、僕と積極的に関わり合いになりたい、と考えているらしい。友達になってくれ、なんて小恥ずかしい告白まがいの真似をされたのだから、それくらいは断定しても良かろう。


 いや、僕としても犬上と話したりすることがつまらないわけでも、嫌なわけでもないのだが、寧ろ犬上という僕とはかけ離れた人種の話を聞くことも、またそういった人物に自分の話や考えを聞いてもらって、意見を交わすこともそれなりに楽しいものではあるのだが、如何せん周囲の視線が僕には痛過ぎるのだ。


 僕が採用してきた今までの対外政策といえば、それは勿論、完全無欠、抜け穴も例外もない、八方塞がりの鎖国政策である。朝学校に来て自分の席に座り、鞄の中身を取り出し授業に備え、授業中は真面目にノートをとり、休み時間には寝たふりをして、昼休みには一人で黙々と弁当を食べ進め、午後の授業が終われば誰よりも早く誰にも気付かれぬままに帰宅する。この間、一言も声を発さないのがベスト――だったのだ。


 そんな存在感の薄い幽霊のような生徒が、人数合わせみたいな存在が、いきなり、ある日を境に学校の人気者と昼食を囲み、更には楽し気に談笑をするようになったとあっては、彼ら彼女らが無遠慮にも当人に驚愕の眼差しを送ってしまったとしても無理からぬことだ。


 二年五組の生徒たちの中には、僕の声を初めて聴いたと言う者も数多くいるだろう。学期初めにクラス全員で自己紹介合戦をさせられたことがあったから、実際はそんなはずはないのだが、ただ体感として、僕はそれ程までにこのクラスで存在感を放っていなかったのである。


 別に皆に僕の声を聴かせようとか、そんな思惑は全くなかったが、寧ろ務めて小さめの声で犬上とは会話していたつもりだったが、そんななけなしの気遣いも空しく、意に反して僕は、と言うよりは多分、そうであって欲しいという願望も込めて、僕と話をする犬上は少なからず注目を集めることになった。


 それが僕にとっては居心地が悪いのである。一年間、何よりも目立たないことを目標に学校生活を送ってきた僕には、若干ショックが強すぎるのだ。


 犬上祐なる大物は、鎖国政策を展開してきた弱小国が国を開いて初めて付き合う相手としては些か強大すぎる。


 仕方がないと言えば仕方がないことではある。いや犬上の所為、なんて身勝手な責任転嫁をしてしまったが、何のことはない、自業自得と言えばまさにその通りだ。これは当然の結末である。他人との接触を拒絶してきた僕には、当然の報いであり、ばつが悪いのは当たり前なのだ。他人に否定されるくらいなら、未承認のまま、いないかのように過ごす方が楽だったから、楽をしてきた分、今が少しだけ面倒なだけだ。


 犬上との会話を拒む理由もないので、こればかりは慣れるしかない。クラスメイトがこの光景に慣れてくれるのを待つしかない。


 「そういえばこの学校って、七不思議みたいなのってないよな」


 さておき、何の脈絡があったのか、何がそういえば、なのかはよく分からないが、本日の話題は、学校の七不思議、についてであるらしい。


 確かにこの学校、僕の通う県立東柳童高校ではそういった類の伝説は聞かない。そもそも学校の七不思議、という文化自体が全国的に衰退してきているのかもしれないが、我が校もそれなりに歴史のある学校である。七不思議、とまではいかずとも、そういった話の一つや二つくらいなら確かにあって良さそうなものだ。


 ――あっても良さそうだが、


 「別になくても良さそうなものだけど。七不思議なんて。や、同じように、あって困るものでもないんだろうけどさ。大体、七不思議とか学校の怪談のある学校なんて、今のご時世少数派なんじゃないか? 小学校も中学校も、僕のところはなかったぜ?」


 「そうなのか。俺のとこは、小学校も中学校もそういう噂は少なからずあったけど。」


 「へえ。例えば?」


 「うーん、例えば、そうだなあ。『消えた給食費の怪!』とか?」


 「……それは明らかに犯人がいるだろ。怪でもなんでもなく、ただの窃盗事件だろ」


 ――人を疑うということを、そろそろ覚えろよ。と言うか、給食費なんてこの時代、振り込みなんじゃないのか? 古い小学校あるあるだな。


 七不思議同様、これもまた廃れつつある文化だ。


 「何でいきなりこんな話題なんだよ。男子高校生の昼休みの話題が、学校の七不思議って、ちょっと幼稚過ぎやしないか? オカルトの話をして良いのは、大目に見て中学二年生までのはずだろ?」


 「はずって……。いやそれがさ、どうもここのところそうでもないらしいんだよ」


 「はあ? どういう意味だ」


 ――まさか僕が一人で弁当を食べている間に、オカルトが高校生の昼休みの定番話題として復権したとでも言うのだろうか。歴史は繰り返すというが、だとしたら随分早く繰り返すもんだな、歴史って。


 「今時の高校生はそんな話で盛り上がってんのか。よく分からないことになってんな」


 「いや、うちの高校に限っての話だと思うけど。オカルト染みた噂が流行ってるのは。一週間くらい前からかな」


 一週間くらい前。県立東柳童高校では一週間ほど前から、オカルト染みた噂が流行し始めた。そう言われれば何ということはない。そんなもの、原因は明らかではないか。僕と犬上は、誰よりも分かっているはずだ。


 一週間前と言えば、七月の第二週が始まった頃。いや、発端は更に一週間ほど遡る。七月の初め、我が校である事件が発生した。校庭に無数の穴が掘られるという現象に端を発し、その事実が明らかになった翌日、二年生のとある教室の窓ガラスがことごとく粉々に砕かれた。一部の、と言うより一名の生徒と一名の教師、付け加えるなら一匹のドラゴンを除いて、その真相を知る者は未だにいない。


 犯人も動機も一切不明の、不合理で不可解な怪事件。その真相を巡って、様々な憶測が校内を飛び交ったことは言うまでもない。そしてそれら雑多な憶測の中に、霊的な、オカルト的な解釈を加える者も、少数ながらいた。意見というほどに確立されたものではなかったし、『もしかしたらそんなこともあるかもしれない』程度の冗談半分から始まったものなのかもしれないが、そういう冗談が一定の支持を得てしまうだけの不安感が生徒たちの間にあったのは事実である。


 その不安や流言が落ち着き始めたのが、丁度一週間ほど前のことである。犬神のことがあってから一週間が経った頃、事態はようやく沈静化した。何か理由や切っ掛けがあったわけではない。ただ何となく、時間が少し経過したから、落ち着いた。風化した、と言うのが適当だろうか。


 犬上の言う、オカルト染みた街談、学校の怪談がこの時期、この高校で復活したのは、その名残のようなものだろう。事件が未解決のままに収束したことによって、謎が謎のまま残されたことによって生まれた心理的な空白を埋めるのに、荒唐無稽なオカルト話が丁度適役だったということだ。……なんて、まあ僕個人の推測に過ぎないが、大きく的を外してもいないだろう。


 本人に遠慮なく言ってしまえば、これは正真正銘犬上の所為であるし、また真相を明らかにすべきでないと判断した僕や担任の責任でもある。


 ――こいつはあんまり自覚してないみたいだけど……。


 犬神の恩恵の期限がついに切れたのか、はたまた得意の天然なのか、どちらにしても気付いていないのなら、それはそれで良いのかもしれない。誰よりも人に優しい犬上は、自分にはとことん厳しい奴だから、変に責任を感じさせると、またぞろおかしな行動を起こしかねない。犬神という実績があるだけに、その心配はより切実だ。


 「噂、ね。まあ、噂や流行ほど確かじゃないもんもない」


 「そうか? 噂や流行ほど、明確に世相を表すものもないと思うけどなあ」


 「……大局的な視点だな……。だけど、噂なんて日々移り変わるものじゃねえか。噂や流行が世相を反映するんだとしても、それは期間限定の世相だろ? 期間限定じゃない世相ってのもおかしな話だけど。それに昔から、人の噂も七十五日とも言うしな」


 「いやいや、伊瀬。七十五日って、よく考えたら結構長くないか? だって二か月半だぜ? 四月から始まった噂が五月を経て六月を経てまだ続いてる可能性だってあるわけじゃんか。周りはそうじゃないかもしれないけど、噂を立てられてる当人たちからしてみれば、そりゃ結構な地獄だ」


 何故悪い噂に限定して話しているのかは謎だが……二か月半。


 「そう言われると、短くはない……かも。まあでも、一時的なものであることには変わりはないだろう。僕は噂とか流行とか、だからあんまり気にしないようにしてるけど」


 僕は流行を気にしない。歯牙にもかけない。悪く言えば、疎い。


 「あっはっはっ。それは見ればわかる」


 爽やかに犬上は笑う。


 ――全然笑い所じゃないんだけど。何で見れば分かるんだ? そういうのって雰囲気で分かってしまうもんなのか?


 というか、こいつ自分がそこそこ酷いことを、お前は如何にも流行遅れだ、という趣旨の発言をしていることに気付いているのだろうか。……いや、気付いてるわけないか。

それでも許せてしまえるのが犬上のずるいところなのだ。


 「噂はまだしも流行って、最近じゃあどうも胡散臭い言葉になり果てた感があるんだよなあ。ファッション誌だかに、『今年の流行はこれ!』って紹介されるだけで、それが本当に今年の流行になっちゃうんだぜ? どんだけ流されやすいんだよ。なんて、ついつい思っちゃうよ。何だか業界と資本主義に踊らされてるような気がして、闇の深さを感じるというかさ。ちょっと狂気染みてると思う」


 「単に服装って意味で使われがちだけど、ファッションって言葉自体、本来『流行』って意味らしいもんな」


 ――へえ。そういえばそんなことも聞いたことがあるようなないような。


 「まあ伊瀬の意見は、表現が誇大過ぎる気もするけど、分からないでもない」


 ほう。犬上祐。相容れないと思っていたけれど、中々話の分かる奴だ。


 「しかしそこへ行くと、お前みたいな奴は、流行には割と敏感なんじゃないのか? クラスである程度の地位を得るには、それなりのファッションが必要だろ?」


 「俺は別に大した地位を得ているつもりはないし、そこまでファッションにこだわりがあるわけでもないけど。それにしても伊瀬。お前、ファッションに対する偏見が凄いな。親の仇か何かなのか? ファッション」


 ――僕の両親を殺したのは、ファッションです。


 凄い文章が出来上がった。


 「……や、僕の両親は普通に健在だけど」


 夫婦関係こそ破綻したが、別に死んではいない――。


 「流行と言えば、『海外セレブの間で流行ってるから』っていう台詞も、ぞっとするものがあるよな。いやいや海外セレブ関係ないじゃん! ジャパニーズ一般人じゃん! なんて僕みたいな流行遅れの庶民は思っちゃうわけよ」


 いやはっきり言って、ださっ! って思っちゃうのである。


 「そもそも皆がやってるからやってます、って、格好悪い台詞の代表じゃなかったっけ? 協調って言えば聞こえが良いけど、それって言い換えればただの迎合だろ」


 斯く言う僕とて人の顔色を窺うことだってあるが、しかし最低限の反骨心、ロックの魂は持ち合わせているつもりだ。それが必ずしも良いことなのかはさておき、出来るだけ穿ったものの見方をするように常日頃から心がけている。


 ――それをここで宣言してること自体、格好悪い気もするけど。


 「迎合って。……伊瀬、何と言うか、お前本当は、流行を気にしないタイプなんじゃなくて、流行が嫌いなタイプなんじゃないか? その口振りだと」


 「……た、確かに」


 好きの対義語は無関心だと言われるようになったが、だとすればどうやら僕は流行を気にしていないわけではないようだった。そう言われてみれば、成程、人の目ばかりを気にする僕が如き自意識高い系男子が流行を気にしないでいられるはずがないということは、道理である。


 「じゃあやっぱり、伊瀬は私服については、あんまり頓着しない感じなんだな」


 「僕の私服がお洒落じゃないってことは否めないけど、っていうか、完全に僕自身も認めるところだけど、『じゃあやっぱり』っていう前置きはやっぱりどう考えても失礼なんじゃないのか?」


 ――誹謗中傷に慣れている僕だから、ダメージはないけど、こいつ、僕以外でもこんなこと言ってんのか? だとしたら本当に凄いカリスマ性だな。


 「あ、ごめん。ちゃっかりしてたぜ」


 「ちゃっかりってっ!」


 ――天然で言ってるのかと思ってたけど、実はわざとだったのか!? 怖っ!


 「いや……うん。そうだなあ。僕のお洒落度はかなり低いとは思うよ。中学時代に買った洋服を未だに着てたりするし、お世辞にもお洒落とは言えないだろうな。いやだってさ、服装に於けるお洒落って、色々大変というか、面倒くさそうというか」


 ファッション性より機能性を重視しているということ以外にも、僕には僕なりのれっきとした言い訳がある。


 「そうなのか?」


 「まず服を買いにいくにしても、お洒落じゃない奴がお洒落な店に入るのって、相当ハードルが高いんだよ。お洒落な服着た店員がさ、え? お前みたいなお洒落じゃない奴がこの店入るの? みたいな目で威嚇してくるからな」


 お洒落な店に入るには、まずお洒落な服を装備していかなければならない。これが、お洒落じゃない人が中々お洒落になれない矛盾である。


 「段々とお洒落のレベルを上げてくっていう手もあるだろうけど、そんなわらしべ長者みたいな、気の長いことをするのも面倒だし。いやそう思うと、お洒落に気を配ってる奴って偉いな」


 「服装に気を配ってる奴は、そんなこと一々、考えてないと思うけどな……。いや、と言うか、そもそも何の話してたんだっけ」


 ――うん。確かに、脱線し過ぎだ。雑談に脱線も何もないんだろうけど、そろそろ話しを戻すとするか。


 ……えーっと、何だっけ。……そう、校内で流行している、オカルト的な噂話。


 「そうだ。伊瀬の流行嫌いの話」


 ――え、別に何だって良いけど、そこに戻るのか。


 「嫌いってわけじゃないけど、流行って、ともすればかなり危ういものにもなるだろうからさ。それなりに注意は払うべきなんだとは思うよ。不注意で、ついうっかりで、おかしな流れに巻き込まれてもつまらないからな」


 流行とは時に恐ろしいものだ。そんな実感をしたことはないかもしれないが、常識的に知っている。大袈裟に言えば、それは思考の放棄をも意味するのだろうし、集団心理や熱狂と同じ領域にカテゴライズされるものでもある。


 「まあたかだか学校の怪談如きでそこまで警戒する必要はないんだろうけどさ」


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