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竜の心臓移植 (旧題 ある竜の転生)  作者: こげら
四章 ある少女の希求
56/92

<零>


 努力は人を裏切らない、という言葉がある。努力は必ず報われる。或いはそういう言い方だったかもしれない。たとえその時、その場面では報われない努力があったとしても、その後の人生で努力したことが必ず役に立つ時がくる、だとか。


 しかし実際はどうだろう。現実はどうだろう。僕なんてまだまだ人生経験の浅い若造であることは自覚しているつもりだが、努力して、それが一切無駄になることなんて、割とよくあることではなかっただろうか。


 努力したことそのものが何よりの財産なのだ、という説もあるらしいが、そんなものが一体何の慰めになるというのか。あの時頑張ったから今の成功があるのだ、と思えることなんて、寧ろ稀なケースであったはずだ。


 目標の為に努力している人間が欲しいのは、将来何かの役に立つかもしれない経験値などではない。本人にしてみれば努力したという事実はさして重要ではない。彼ら彼女らが求めるのは、満足できる結果だけだ。


 求めたものに手が届かなかった人間に、お前はよく頑張った、なんて言ったところで意味がないのは明らかである。逆にそんな言葉で納得してしまうようなら、それはきっと大した努力でも、大した望みでもなかったのだ。


 努力すればするほど、望みを叶えた時の喜びは大きくなる。だが一方で、努力すればするほど望みに届かなかった時の絶望もまた大きくなる。ハイリスクハイリターンだ。


 喜びを得るためには、苦しみを被るリスクを冒さなければならない。そう考えると、目標に向かって努力するという行為は、ある種のジレンマを内包していると言えなくもない。初めから頑張ったりしなければ、目標に届かなかった時、努力を否定された時、満足のいく結果を得られなかった時に、一々打ちのめされたり落胆したりしなくて済む。


 しかしそれでも人間は、何かの為に努力しようとする。何故そんなリスクを負ってまで頑張るのかと問われれば、それはきっと存在意義を手に入れるためだと、例えば彼女なら、そう答えるのかもしれない。


 彼女の欲求は決して特別なものではない。差異はあれど、恐らく誰しも、僕もまた持っているような、ありふれた欲求であり、欲望だ。


 それを彼女はコートの上に立つことだけで満たそうとした。そのために、彼女は他の一切を切り捨てた。青春という特別な時間の全てを、競技に奉げたのである。命を懸けていたと言っても、過言ではない。


 しかし結果として、彼女の望みは叶わなかった。彼女の努力は見事に裏切られた。血の滲むような努力、などと在り来たりな表現では表しきれない、彼女の努力は、一人の人物の残酷な言葉と、その後の理不尽な決定によって手酷く否定された。


 きっとその瞬間、彼女は人として生きる意味を失ったのだ。人として、人のまま生き、そして認められることを諦めた。張りつめて、張りつめて張りつめて張りつめてきたものが、ぷつりと切れてしまった。


 彼女の積み重ねてきたものを考えれば、それはもしかすると仕方のないことだったのかもしれない。誰にだって、彼女にだって折れてしまうことはある。何かに頼ったり、縋ったりすることは決して悪いことではない。


 だけど僕には、そうして変わってしまった彼女を、頼った結果、縋った結果、願った結果、変わってしまった彼女を、認めることはどうしても出来ないのである。それは何より、変わる以前の彼女を、否定することになるのだから。そんな裏切りを僕は絶対にしたくない。


 努力は人を裏切らないと言う。それはきっと正しい。


 だって、人を裏切ることが出来るのは結局のところ、人だけなのだから。そして彼女を裏切ったのもまた一人の人間であり、それは他ならぬ彼女自身であったのだから――。


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