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竜の心臓移植 (旧題 ある竜の転生)  作者: こげら
一章 ある失敗の代償
4/92

<三>

 彼女のことについて念のため言っておかなければならないのは、彼女こそが神社の石段で踏ん反り返っていた中学生くらいのイカレ系女子ということである。そしてもう一つ加えておくべきは、やはり彼女は頭のおかしい女であるということだった。


 「それで? どういう了見で家までストーキングしてきたんだ?」


 階段の途中で別れてから彼女は、小癪にも一旦諦めた振りをして僕の後を付けていたらしい。


 この件に関しては僕の方にも落ち度がある。こんな頭の悪そうな中学生の尾行に気付けないなんて、どれだけ油断していたのやら。もし一回でも後ろを確認していれば、こんな事態には陥らなかっただろうに。


 そうである。僕はついに面倒な事態に出くわすだけでなく、陥ってしまった。面倒のレベルが二上がり、MPが十くらい下がった。


 「そんなことより腹が減った。我食べ物を所望す」


 時代錯誤、地域錯誤甚だしい奇抜な衣装の奇天烈な女は、座卓を挟んだ対面に腰を落ち着かせた。ふてぶてしくも偉そうに、食料品を献上せよ、とのことである。


 そういえばさっき神社で会った時も『自分を養え』的なことを命令していた気がするが、彼女は一体どんななキャラクター設定で自らを拘束しているのだろうか。


 何だろう。まだ二言三言しか彼女の言葉を聞いていないが、内容からして、ヒモキャラとかだろうか。


 ヒモキャラのイカレ系女子。分類学上はイカレ目、腹ペコ科、ヒモ属なのだろう。成程確かに中々斬新かもしれない。新たなジャンルの開拓かもしれない。新規市場の開拓者たる彼女たちにとって、それは最高の賛辞である。


 中二病。彼女を一言で言い表すとするならば、まさにそれである。


 思春期真っ盛りの彼女は、只今人生をロールプレイングしていらっしゃる。余りの痛々しさに目を覆いたくなる。頭の天辺から爪先まで、全身傷だらけ。重傷、重篤。危篤状態と言っても良い。例に洩れず彼女もまた何年後かには強烈な後悔を味わうことになるはずだ。


 尤も僕がそのような心配をしてやる義理も義務も全くないのだが、可哀想だとは思わないでもない。何しろ、道行く人に片端から話しかけ、無視され、挙句には見ず知らずの赤の他人の男の家へと押し入ったのだ。赤面どころでは済まない。僕だったら一年くらいは引き籠ってしまうだろう。来るべきその時のことを思うと、哀れに思わずにはいられない。


 但し付け加えて言及しておかなければならないのは、この場面この局面に於いて最も哀れなのは、そんな幼気ならぬ痛々しい中学生に、自宅への侵入を許してしまったこの家の主である、ということだ。


 「言っとくけど僕にはいつだってお前を放り出す準備があるんだからな」


 「ふんっ。一度室内に入った以上、私は梃子でも動かぬぞ。動かざること星の如し、じゃ」


 何やら自慢げに胸を張っているが、多分、山の如しのもっと凄い版みたいなことを言いたかったのだろうが、まさかこの女、天体が運動しているということを、それもかなりの高速で動いているということを知らないのだろうか。そうなってくるといよいよ哀れだ。因みに人を哀れむというのは僕の中では上位の侮辱行為である。


 ……つまり僕は現在、僕自身に対しても上位の侮辱行為を発動していることになる。


 「あっそ。ところでさっき、玄関の外に朝の残りのおにぎりと温めた味噌汁を置いといたけど、食べたいなら食べて良いぞ」


 「おにぎりっ! 味噌汁っ! 温かい!」


じゅるり。


 ……はしたない小娘である。


 「お主何故それを早う言わんのじゃ。」


 梃子でも動かないと豪語した女は、しかし餌を与えられるとあっさりと動くのだった。それこそ天体運動並みの速さで、女はしゅたっと立ち上がり玄関へとダッシュした。えげつないほどの食い意地だ。最早清々しい。


 少女は餌に喰いついた。勿論、僕の撒いた餌は、疑似餌である。


 「ちょっと待て、箸を忘れてるぞ」


 床にブレーキ痕が残りそうなくらいの踵での急ブレーキ。


 「ん? ふむ。うむ、確かに箸は必要じゃ。この体になったからには仕方ない。郷に入っては郷に従えとも言うしのう。中々気が利くではないか、人間」


 引き出しから出してやった使い古した割り箸を受け取ると、その一秒後には女は玄関の外へと飛び出していた。


 ガチャリ


 ――何の音かって? そんなことは決まっている。玄関の鍵が閉まった音だ。他ならぬ僕によって鍵が閉められた音だ。


 おにぎり? 味噌汁? という愛する探し人を呼ぶかのような儚い女の声がドア越しに聞こえてくる。無論、そこに彼女の探し物はない。


 ――だから準備は出来ていると言っただろう。馬鹿な女子中学生を騙す準備など、常に出来ているも同然だ。


 「あれ? 何か極悪非道っぽい」


 とにかく、これで平和は守られた。一膳の割り箸という尊い犠牲の上に。


 「さては! さてはさてはさては。お主まさか、謀ったな! この私を。偉大なるこの我を。尊大なるこの我を!」


 食べる物もないのに、一銭の価値もない棒っ切れを二本だけ持って自分のことを偉大だとか尊大だとか宣う女の姿は想像するだけで酷く滑稽で、思わず頬が緩む。


 ――第一、尊大は否定的な言葉だろ。


 「さて、しょうがないから晩飯でも作るか」


 夕方の何もしない時間を奪われてしまったため、ほとんど休憩もなしに仕事に取り掛からなければならない。全く迷惑な話である。あの夕方のぼうっとした時間を過ごすために、僕は日々を懸命に過ごしているというのに、これでは生きている意味がまるでない。


 冷蔵庫を見渡して決まった今日の献立。白飯、朝残しておいた味噌汁、塩鯖、野菜炒め。


 「沢庵……、は明日の朝だな」


 僕の料理の腕は決して高くはない。正直、一人暮らしを始めてからというもの、僕は自分の料理をおいしいと思ったことがない。失敗という概念の存在しないはずの冷凍食品やカップ麺に至るまで、どういうわけか上手くいかないのは、母から受け継いだ呪いだろう。どれも食べられないほどではないが、味気なく、おいしくない。


 そうはいっても一人暮らしをしている以上、体調不良は死活問題であるからして、出来るだけバランスの良い食事を摂るようには心掛けているつもりだ。特に野菜は気を付けて摂取しないと、どうしても疎かになってしまう。別に嫌いなわけでもないのだが、初めの頃は一日で食べる野菜が出来合いの漬物だけ、なんていうことも珍しくはなかった。


 ともあれ、調理開始。取り敢えず換気扇。不都合にも二切れある塩鯖の切り身をグリルに放り込んで、その間に野菜炒めだ。


 キャベツ半玉、もやし一パック、玉葱半個、韮一束、大蒜一片、適当に処理したいつもより量の多いそれらを、炙った豚の細切れ少しと炒め合わせる。


 食材を全てフライパンに投入したところで、今度は味噌汁の鍋に火を入れる。一応鯖の焼け具合を確認してから、野菜炒めの味付け開始。塩胡椒少々、鶏がらスープの素、醤油は香り付け程度に。


 ご飯は釜で保温してあるからこれで全行程終了である。丁度味噌汁も煮えてきた。有り難いことに、最近では出汁の素なる便利グッズが販売されているため、僕の様な人間にも人として最低限の味噌汁程度なら作れるのである。


 普段ならフライパンに乗っけたままの炒め物を今日は大きめの皿に出して、ご飯と味噌汁を茶碗に盛った頃には鯖も良く焼けていた。拭いたテーブルに完成した料理たちと箸を並べてお膳立て完了。


 「……見た目は悪くないんだけどな」


 正しい手順で作られた料理は、一見どれも美味そうだ。塩鯖はよく脂が乗っているらしく皮が照っているし、葱と豆腐とわかめが入った贅沢な味噌汁も湯気が立って日本人としてはそそられる光景である――。


 「さて」


 さっきから聞こえないことにしていたドアの外の騒音をそろそろ止めなければ、僕の社会的地位が著しく低下してしまう。幸い左隣は空き部屋、右隣の大学生はこの時間だとまだ帰ってきていないだろうが、限度というものが在る。風評というのは怖いものなのだ。


 「おい、間違えて二人分の飯を作ってしまったから、やぶさかながら恵んでやる」


 と、ここまで言ったところであることに気付く。手の込んだ何かのコスプレ姿の女が、人の家の玄関先で号泣していたのである。もうキャラも何もあったものではない。ひっちゃかめっちゃかだ。


 「悪いことをした子供を罰として外に締め出す親の気持ちって、こういうものなのかなあ」


 泣き疲れてしゅんとした少女は、味噌汁、おにぎり、温かい、と相変わらずの呪文を唱えて、目を擦りながら僕の指示に大人しく従った――。


 「お前、家の中くらいそのコスプレ脱げよ」


 深い赤を基調としたフード付きの外套は、華奢な少女の体をすっぽりと覆っている。さっきまで神社の階段やら、玄関前の廊下やらに座っていたため、清潔とは言えない。特別潔癖でもない僕ではあるが、食事の時くらい外套を脱ぐのは当然のマナーだ。


 「人間。我にこのローブを脱げと申すのか?」


 「外套ってのは外で着るから外套って言うんだぜ? 家に入れてやったんだから脱ぐのは当然だろ。寒いってんなら暖房でも入れてやるから、脱ぎなさい」


 偉そうに聞こえるかもしれないが、この状況、この場面では僕が誰よりも偉いので偉そうに言わせてもらう。腹を空かせた知らない子供に一汁二菜の夕食を恵んでやろうというのだから、異論はないように思う。


 「いや、寒くはないのじゃが、しかし良いのか? 言っておくが、私この下には何も着ておらんぞ? 私としては別に裸を見られたところで何とも思わぬが、人間の文化では普通、異性の裸というのは交尾の際にしか見ないものではないのか?」


 ――女子中学生が交尾とか言っちゃって、後で死ぬほど後悔すると何故分からないのだろう。そのプロフェッショナル魂には感服せざるを得ないが、そこまで徹する価値のあるものだろうか。コスプレって。


 いやいや、そもそも彼女はただのコスプレイヤーではない。ロールプレイヤーだ。外見だけではなく中身まで何かになり切っているのだ。巷に溢れる一般コスプレイヤーと同じ物差しで考えてはいけないのかもしれない。


 「はいはい、分かったから。そういうの良いから、ご飯が冷める前にとっとと脱いでください」


 いくら他人の家に押しかけてしまうような変人だろうと、流石にローブ一丁で外を出歩く人間など居るはずがない。そんな人間が居たら、そいつは紛れもなく変質者であり、ほとんど犯罪者だ。治安の良さだけが取り柄のこの平凡な町に、そこまで飛び抜けて常軌を逸した人間などいるはずがないのである。


 彼女だって、自らが生み出した妄想に囚われているに過ぎない。だから、ローブの下にはきっと、何てことはない普通の衣服を身に纏っているのだろう。脱衣を拒むのは、自分のキャラクターから逸脱したコスチュームを見せたくない、或は自分で見たくないからである。僕の持ち得る知識では、この病はそういうものだ。


 しかしそれはそれ、マナーはマナーだ。彼女もプロならば、けじめというものをつけなければならない。時と場合は弁えるべきである。


 「そうか。ならば仕方あるまいの。お主が良いというのなら私が躊躇う理由は何もない」


 などと往生際悪く格好をつける女は、首元の紐を解きようやく派手派手しい衣装を脱いでくれた。


 ばさり


 ローブは音を立てて床に着地した。


 「……………………」


 ――人間本当に驚くと言葉を失うものなのだと、僕は高校二年生になって初めて知った。点二十四個分の沈黙と驚愕である。


 女は僕の予想に反して、しかし本人の言葉通り、ローブの下に何も身に付けていなかった。年頃の女子なら装着しているだろう上半身用の下着も、年頃でもなく女子でもなくとも身に付けて然るべき下半身用の下着も、その他一切の布を、女はまるで身に付けていなかった。


 僕はこの時の映像を、生涯忘れないだろう。


 「初めて見たっ!」


 ――違う違う。そうじゃなかった。そうだけどそうじゃなかった。夢だけど夢じゃなかった。駄目だ駄目だ、落ち着かなければ。僕の品性が、有って無いような僕のなけなしの品性が消滅してしまう。


 気が動転するのを手元の緑茶を再び啜って落ち着ける。そうだ。冷静に考えれば分かることだったではないか。この女が常軌を逸しているなんてこと、初めから分かっていたはずだ。こいつは常に、犯罪すれすれの行動を取ってきた。


 それを愚かにも希望的観測に縋ってしまった。僕の手に負える範囲の変人レベルで収まってくれなどと、虫の良過ぎる話だ。人生は甘くないなんてことは、とっくに知っていたはずだろうに。


 「ごめん。一回、そのローブ着直してくれる?」


 「何じゃ。脱げと言ったり着ろと言ったり、注文の多い人間じゃ」


 そうだった。脱げなどと言ったのは僕だった。裸だって言っているのに、脱ぎなさいだなんて命令したのは何を隠そう僕だった。もしかすると、犯罪者的なのは僕の方なのかもしれなかった。


 それから僕は即座に行動を起こした。これは勿論、彼女のために僕の所有する衣服を引っ張り出すという意味での行動である。勘違いはしないで欲しい――。


 箪笥から引っ張り出せたのはせいぜい寝巻用のTシャツとパーカー、ジャージの短パンくらいのものだった。流石に使用済みの男性用下着を履かせるわけにもいかないので、貴重な新品を卸さざるを得なかった。


 それら一切を女に手渡して、脱衣所で着替えて来いと今度は丁寧にお願いする。


 「すみません。この僕の洋服に着替えてきてもらえませんか」


 丁寧にお願いしたことで、変態感は寧ろ上乗せされたようだった。げへへ、を最後に付ければ立派な変態の完成である。


 「これで良いのか?」


 脱衣所から脱出してきた女は、ややぶかぶかながら、レンタルの衣装を着こなしていた。


 「ああ、うん。前は閉めた方が良いかもね、うん」


 「私はこういう類の衣服を着たことがないからして、やり方が分からぬ。閉めて欲しいのなら、人間、お主が閉めるが良い。」


 「あ、ああー。ああ。はい」


 ――くそう、くそう。中学生風情が、中学生風情が! しかも馬鹿な中学生風情が! こんなことで僕をドギマギさせやがって。畜生。人生最大の屈辱だ。情けないったらない。女子中学生相手に、僕は一体何を緊張しているんだ。パーカーのチャックを閉めてやるだけなのに、目の前の布切れ一枚を挟んだ向こう側にさっきの裸体があると思うとどうしても意識してしまう。


 はっきり言って興奮する!!


 くそう。姉か妹でもいれば、こんなことにはならなかっただろうに。ああ、悔しい、耐性が欲しい!この少子化社会め。あの親め。


 などという責任転嫁を内心でしながらも、僕の真顔は崩れない。


 「ん? 人間よ、さっきから顔が赤くなってはいないか? 耳なぞ真っ赤じゃ」


 真顔は崩れないが、文字通りの顔色は異常をきたしているようだった。


 当然だ。まだ中学生とは言え、女の裸を直接見たのだ。直視したのだ。直に、生で、ライブで、裸眼で。自分で言うのも本当に何だが、少々純朴な高校生なら赤面くらいはする。僕の名誉のために詳細な描写は避けるが、悔しいかな目の前の女の裸体は、僕程度の男子高校生を赤面させるには十分な代物だった、本当、悔しい!


 「ところで人間よ」


 「何だよ、人非人」


 僕のことを人間と呼ぶ以上、彼女の中で彼女は人間ではないのだろう。だから僕の暴言も彼女にとっては暴言ではなく、寧ろ正当な呼称であるはずだ。


 「もう食べても良いのかの?」


 もう一刻も待ちきれないといった様子である。凄まじい角度の話題転換だ。こちらとしては食べ始める前に、彼女の目的やら何やら色々聞きたいことだらけなのだが、さっきから腹の虫がうるさ過ぎるので、仕方がない。僕も僕で、混沌とした今日の一連の出来事で、すっかりカロリーを消費し尽くしてしまったようである。


 「もう良いよ。疲れたし、食べよう」


 こちらの心労など気にも留めず、少女は幸せそうな笑顔を湛え、手を合わせた。これだけの破天荒な行いをしておきながら、律儀なことである。人の平穏を乱しておいて、そんな憎めない様な一面を今更見せられても挨拶に困る。


 そういう良識を持ち合わせているのなら、どうして初めから披露してくれなかったのだろう。


 思わずため息が漏れる。


 「これ人間、何をしておる。早く手を合わせぬか」


 「え? ああ、そっか。そう言えばそんな慣習もあったっけ」


 ――近頃は一人での食事が多かったから忘れていた。まさか中学生に諭されるなんて思いもしなかったが、この行事は奪った命への感謝でもあるのだった。自分が作った料理に対しても、手を合わせるのは自然か。


 「……じゃあ、頂きます」


 女は手を合わせ直して―― 


 「待ちに待ったり、頂きますっ!」


 こうして僕は、久々に一人ではない食卓を、否、一度たりとも囲まれることのなかったその食卓を、それも見ず知らずの変態女と今宵初めて囲むことになったのである。


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