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竜の心臓移植 (旧題 ある竜の転生)  作者: こげら
二章 ある再開の約束
20/92

<Ⅵ>


 彼女への質疑応答によって明らかになった事実を、もう一度ここでまとめておく必要がある。


  一緒に生活するからといってお互いの秘密を全て開示すべきだ、なんておこがましいことを僕は決して思わないが、それでも有耶無耶にできない問題もあるだろう。棚上げにしておいて、手痛いしっぺ返しを喰らってもつまらない。明らかに出来ることがあるならば、今のうちにつまびらかにしておくべきなのだ。


 まず初めに、彼女を付け狙うあの、竜殺しと呼ばれたあの男の正体についてだが、竜退治を専門とする現代の勇者、という認識が、僕の中で最も分かり易い、理解しやすい解釈である。


転生を繰り返す竜を、転生する度に殺すのが、彼の役割なのだそうだ。勿論、それは彼という個人の役割ではなく、竜殺しという、ポスト、座に課された使命である。


  死ぬ度に転生し、永い生涯を生き続ける竜を毎度退治するには人間の寿命は余りに短すぎる。


 縁は細かい説明をしなかったが、もう何代にも亘って、彼らの一族はその使命を勤勉に果たしているのだという。もう何度かも分からないくらい、彼らによって彼女は殺されてきたのだという。


 彼女はそれを当然のこととして受け入れている。


 何故平気なのだと、何故お前は怒りを露わにしないのだと、僕は彼女に問うたが、彼女の返答は、人間が竜を恐れるのは自然であり、排除しようとするのもまた自然である、とそう答えるだけだった。


 ともあれ、昨日の茶髪の男が、その勇者だか竜殺しだかの何代目か何十代目かであることに間違いはないようである。同時に、余り釈然としないままではあるが、彼が彼女を狙う理由も明らかになった。


 つまり、出来事を整理して、再編成して簡潔にまとめると、まず僕という人間が、偶然にして彼女という竜の転生体に出会い行動を共にしていたところ、彼女を殺すことを生業とする竜殺しが、彼女の居場所を突き止め、そこがたまたま僕の家であり、邪魔立てする僕を切り殺し、彼女の抹殺を図ったものの、名付けられたことによって本来の力を手にした竜に、退散を余儀なくされたということである。

そこから先は最早説明の必要もないだろう。特記すべき点は既に語り尽くされている。


 「僕の雑魚キャラ感が凄いな」


 ――改めて考え直してみると、何だこれ。完全に僕、噛ませ犬じゃないか。


 モブキャラも良い所である。いや本当に、初めの一行目と二行目の途中くらいまでは、記すべきですらないんじゃないかと思えてならない。


 そこがなくても、話の筋は通ってしまう。要点を掻い摘んで説明したつもりだったけど、僕に関する描写は、要点には含まれないんじゃないのか?


 まあ、普通の男子高校生にしては頑張った方か。僕くらいの人間にはこの程度の活躍加減が丁度いいのかもしれない。そもそも活躍したいだなんて僕は思っていないし。


 「いやいや、キーキャラクターじゃろう。お主に名付けられていなければ、私は確実に死んでいた。あの時お主が、私を突き飛ばしたりせんかったら、あの時お主が私を部屋に入れてくれなかったら、私は為す術もなく殺されていたじゃろう。殺されて、また再び転生を繰り返していたじゃろう。……それにお主はとんでもないことを忘れておるようじゃ。……お主はとんでもないものを盗んでいったようじゃ」


 「お前の心か?」


 何でこいつは、あの名作に於ける、あの名警部の名台詞を知ってるんだ?竜のくせに、現代的な知識があり過ぎるんだよな、こいつ。その辺り、どうもまだ胡散臭い。


 と言うか、わざわざ言い直してまで言うようなことかよ。


 「そうじゃ」


 「……心じゃなくて心臓だからな。僕がお前から盗んだのは」


 「おお! 巧いこと言いおる」


 ――感心されてもな……。


 僕と彼女の長話は真昼頃まで続いた。何せ僕には確認すべき事項が多すぎたし、質問を重ねる度に疑問は増えていくというのだから始末に負えない。


 僕が結局どうにか理解できたことと言えば、この世には竜殺しなる職業が存在し、昨日の男がまさにそれであったことと、その竜殺しに殺された僕の体は竜の心臓を移植されたことによって復活したということ、竜を自称する彼女が精霊術などというファンタジー色の強すぎる力を備えていること、竜殺しと竜は何代にも亘って闘争を繰り返してきた宿敵同士であること、そしてどうやらこの代に於いてはその闘争も一時停戦になったということ、くらいのものである。


 これだけのことを理解するのに二時間半もの時間を僕は費やしてしまった。ファンタジーの素養は一般的な日本人並みにはあると自負していたのだが、実際に事態に直面してみると、そう簡単に受け入れる態勢も耐性も体制も僕にはできていなかったようである。


 ――ファンタジーが実際だなんて、矛盾以外の何者でもないんだけど。


 「して、さっきの話の続きなのじゃが」


 と、相も変わらず僕の対面に座る縁は言う。


 「お昼ご飯は何なのじゃ?」


 「そんな話は一度たりとも話題に上っていない」


 ――何どさくさに紛れてお前の都合の良い話題に切り替えようとしてんだよ。そうは問屋が卸さねえよ。


 「第一、お前の話を聞いてたから、まだ朝の食器の片付けもしてないんだよ。と言うか、今日は買い弁の予定だったから昼の食料なんて用意されてない。僕一人分の食料でそうなんだから、いわんやおまえの分をやだ」


 「な、何とっ! ではお主よ、私とお主は夜まで何も食べずに過ごすということなのかぁ!?」


 驚き過ぎだよ。こいつ、飯が用意されることが当たり前のことだと思ってやがるなあ、さては。生意気なヒモだ。


 ……真剣な話、そのことについても一度よく考えなければならない。衝動に任せて、見切り発車的に同棲なんて言ってみたはいいが、今の生活費で二人分の食費その他諸々をカバーするのは困難だ。


 ただでさえ、僕の料理の味が劇的に改善したために、食費が嵩みそうな予感がしてならない中、加えてもう一人分の、それもよく食べる育ち盛り、と言って良いのかは微妙ではあるが、しかし大食漢であることは間違いない彼女の食事まで提供してやらなければならないのだから、当然である。


 ――まあ、料理の味が圧倒的に改善されたことと、縁と一緒にご飯を食べることはセットみたいなもんだから、分けては考えられないんだけど……。


 どちらにしても母には一度正式に相談する必要がある。母の古いつてで借りているこのアパートの一室も、契約上、僕一人しか住んではいけないことになってる。彼女を隠し通して生活するのは難しいだろうし、それは酷く不義理なことだ。


 ――にしても、こいつを母さんに紹介しなきゃならないのかあ。


 ……やだなぁ。そもそも何て紹介すれば良いんだ? この場合。


 『いやあ何というか、学校の帰り道に偶然知り合ってさあ、なんか話を聞いている内に分かったんだけど、どうやらこいつドラゴンっていうことになってんだよ。いやそれでさあ、笑っちゃう話なんだけど、こいつ竜殺しの専門家に命付け狙われてて。はっはっはっ。いやまあ、その件については僕が一度心臓を串刺しにされたこともあって解決というか、気にしなくて良いことになってんだけどね、まあそんなわけで、そんな感じで僕、こいつと一緒に住むことになったんだよ、おかしいだろう? はっはっはっ』


 ……そんな感じってどんな感じ!? おかしいのはお前の頭だよっ!


 と、僕だったら絶対に言う。思うのではない。口に出して言う。お前はまともじゃないと、無理矢理にでも病院へ連れていく。


 僕は病院へ、彼女は警察へ、連れていかれるかもしれない。


 ――あー、これは今は考えるべきじゃない。


 取り敢えず、一まず今は彼女の要望に応えて昼食のことについて考えておく方が、僕の方も幸せだろう。幸せというか、不幸せからは逃れられるだろう。先行きの不安を先送りにすることくらいはできるだろう。


 そう次から次へあれもこれもと考えていたら僕の身が持たない。ストレスで死んでしまう。


 人間は未来のことを考えるから不安になるのだと、何かのテレビ番組で言っていたが、成程合点がいった。今の僕はまさに将来のことをあれやこれやと考えて、不安に陥っている。


 縁は僕のことを損な性分をしていると見做したが、きっとそれは正しい。失敗するのを恐れる僕は、いつも前もって考えてから行動するし、それが正当だろうと思ってきた。しかし考えてみれば、後先の事を考えずに行動出来てしまう人間の方が、僕の様にうだうだと将来起こるかもしれない不利益について考える人間に比べて、どれだけ人生を謳歌しているかなどということは誰の目から見ても明白だろう。


 本当に、損な性格をしている。ただ同時に、そういう人間がいるからこそ、社会は適切に回っているのだという、思い上がりも甚だしい意地汚いプライドみたいなものが僕の中には僅かながらにある。


 下らないとは思う。だが長年の習慣というのは恐ろしく中毒性が高く、そのみすぼらしい何かを未だに捨てられないでいる。


 人間死んだところで大して変わらない。


 「仕方ない。昼飯買ってくるから、お前はそこでワイドショーでも見てろよ。大人しく」


 「私も行く。私も連れてっておくれ、丙。買い物というのを一度してみたかったのじゃ」


 「駄目」


 「何故じゃ? お主だけ外に出てずるいではないかぁ。けちん坊っ」


 駄々をこねても駄目なものは駄目だ。僕にはそれを容認できない理由がある。


 「……お、お主まさか、私をここに監禁するつもりなのかあ! 一生ここに閉じ込めて、二度と外の景色を拝ませないつもりかあ!? 挙句の果ててにペットか何かのように、調教して思い通りにさせる気なのじゃなあ! 私が竜だからっ! 初めから、私の体だけが目当てだったのじゃなあ!」


 僅かに膨らむ目下成長中と思しき胸の辺りを両手で隠しながら、怒ったような、怯えるような素振りを見せる自称竜。


 「この極悪非道のロリコン大魔王めっ!」


 「人聞きが悪過ぎるわあっ!」


 ――買い物に連れていかないって言っただけで、何でここまで言われなきゃならないんだよ。それに竜は多分一般家庭じゃ飼えないよ。


 「お前、考えてもみろよ。こんな昼日中に女子中学生風の女と男子高校生な男が一緒に歩いてたら、周りからどんな目で見られるか、想像できないわけじゃねえだろ?」


 通報……はされないだろうが、それでもお巡りさんに巡り遭ってしまったら、事情を聞かれるに決まってる。そうなった時困るのは、他でもない縁だ。


 まさか、絶賛居候中のドラゴンです、なんて言う訳にもいかない。


 「そ、そういうことならば、仕方がないのう。私は甘んじて、監禁生活を受け入れるしかないようじゃ」


 「だから、人聞きの悪いことを言うな。じゃあ、ちょっと行ってくるから、鍵は閉めとけよ」


 「うむ。行ってらっしゃい、お主」




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