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竜の心臓移植 (旧題 ある竜の転生)  作者: こげら
一章 ある失敗の代償
2/92

<一>

  

 四月も終わりに差し掛かった頃。ある日の放課後、僕は担任教師から職員室横の空き教室へ来いと呼び出しを受けていた。


 「先生、何故僕は呼び出されたのでしょうか」


 勿論、教師、生徒間の禁断の逢瀬を重ねようというわけではない。三十前後の女性教師、担任の米村先生は、確かに魅力的な女性ではあるが、僕の中ではどちらかと言えばお節介好きのおばさ、……もとい、お姉さんという位置づけにある。


 さばさばした性格の担任、生徒同士の空気感を良く理解していて、余計なことは喋らない。気兼ねなく本音を話すことが出来る、という点に於いては良き師であり、また善き大人である。


 しかし、いくら我がクラスの担任が信頼に足る人物だからと言って、授業が終わった放課後に、二人きりの教室でお話しをするような間柄になりたいと僕は思わないし、何か説教を受けなければならないような重大な問題を起こしたとも思えない。


 成績とて決して良い方ではないが、呼び出しを受けるほど悪くもない。だから、僕にはここでこうして呼び出されるような理由は何もなかったはずなのだ。波風を立てない、を信条とする僕がそんなミスを犯すはずがないのである。


 「クラスが変わってそろそろ一か月。どうだ? 新しいクラスは」


 「先生、僕の質問を無視しないで下さい。さもないと、次の授業改善アンケートの『先生は質問に適切に答えてくれましたか』の項目の評価を一にしますよ」


 「ここは県立高校だからなあ。そんなことをしても私の給料には響かないよ」


 「でも校長だか教頭だかに白い目で見られるんじゃないんですか? 僕はそれくらいの嫌がらせが出来れば満足です。下手にやり過ぎて逆に成績を落とされるのも嫌ですからね」


 担任の意図を大凡把握したところで、僕は脅迫に交えて意思を表示した。当然のことながら、この場合の意思とは『早く帰らせろや』という意思である。


 「成程。その発想はなかったよ。相変わらず君は下卑た考え方をするんだな」


 「生徒に向かって下卑たとか言うのもどうかとは思いますけどね」


 一年の頃も担任だったこの人は、恐らく僕の身を案じている。こうして他愛ない会話をすることで僕の身に悪い変化が起きていないか推し量っている、といったところだろうか。余計なお世話も良いところだが、それが教師たる彼女の務めなのだから、文句は言えまい。誠実に職務を遂行する勤勉な人間を、僕のように怠惰な人間が咎められる資格はない。


 「で? どうなんだ? 新クラスは」


 会議用の机を挟んでパイプ椅子に座る担任は同じ質問を繰り返した。


 ――早く帰りたい……。


 どうせこんな個人面談に意味なんてないのだ。僕に変化は起きていないし、困りごとが発生しているわけでもない。有り難い担任の金言で僕の人間性に変化が生じるなんてこともありそうにない。


 オールグリーン。問題なし。よって、面談を続行する理由もない。端から問題など発生していない。


 「別にどうもこうもありませんよ。相も変わらず平穏でつつがないスクールライフを満喫してます。分かってるんじゃないですか? 担任なんだから」


 僕の生活は一年生の頃から、去年から何も変わっていない。クラスも変わり、周囲の環境も変わっていく中で、僕の生活だけは同じまま、同じ場所で回っている。朝起きて、学校へ行き、授業を受けて、帰る。そのルーティンを僕はずっと守り続けている。


 「変化なし、ね。君はそんな学校生活で良いのかい? そんなつまらなそうな顔をして、それで君の高校生活は満足なのかい?」


 脱力感に溢れる見た目や喋り方に反して、中々どうして熱血なことを言う先生である。こういう熱意がありながら、それでいて暑苦しくもない人間を、僕は凄いと思うし、格好良いと思う。正直、好ましいとさえ言える。僕にもっと覇気があれば、卒業と同時に求婚していても不思議ではない。


 ……いや、それは流石に言い過ぎだった。断じて訂正しておく。


 「平和というのは何よりも尊いものですからね」


 「物は言いようだな。ただ君のそれは平和じゃなくて、退屈というやつだけど」


 「退屈でも、戦争や混沌よりマシでしょう」


 「そうだね。退屈なのは悪いことじゃないし、戦争や混沌なんて大変な状態よりはマシだよ。でもマシなだけであって、それは良好とは言えない。……なあ、こんな古びた台詞は吐きたくもないけど、高校生活ってのは人生で一度きりのものなんだ。それを君は去年のようにこの先も過ごしてしまうのか?」


 「そんなこと言い出したら、僕の人生のどんな瞬間も一度きりですよ。高校生が特別なわけじゃありません。青い春なんて煩わしいことは、好きな人だけでやってれば良いじゃないですか。何も強いられて嫌々やるものじゃないでしょう」


 「はぁあ、それはそうだけども。君の言ってることは至極正しいんだけどね……」


 続く言葉を先生は言わなかった。


 「こうして話してみれば面白い奴なのに、何と言うか私のような立場からしてみれば、……勿体ないというか、悔しいというか。勝手な期待だろうとは思うけど、そういう気持ちがあるってことも分かっているんだろ?どうせ君は」


 「さあ。買被りじゃないですか? 僕はこう見えて、高名な朴念仁として業界では名前が通ってますから」


 「……分かった。今日はもう帰りなさい。一人暮らしで色々忙しいんだろうし」


返事を誤魔化した僕を、しかし先生はそれ以上追及しなかった。


 「はい。さようなら、先生」


 きっとこの先生は良い人で、良い先生だ。生徒の事情を分かってくれるし、熱心に親身になってもくれる。安月給でよくもまあそんな風に働けるものだと、尊敬もしている。だけど、申し訳ないのだが、僕はそういう善意に対して応えることが出来ない。必要と思えないことに対して、怠け者の僕はどうしても動けない。


 ただそれでも、気遣って心配してくれる大人が居るというのは僕のような人間にとっても嬉しいことで、それだけで少し安心出来て、だから今は十分だ。


 「ああ、また明日」


 微笑む担任に、ドアを開けながら僕は言う。


 「先生。……いつもありがとうございます」


 せめてそれくらいは言っておかなければ、心配を掛けている分それくらいは感謝しておかなければならなかった。


 「本当に君は――」


 僕は夕方の教室を後にした。


 

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