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竜の心臓移植 (旧題 ある竜の転生)  作者: こげら
二章 ある再開の約束
19/92

<Ⅴ>

 重要度が低くなったとは言え、ここで昨日起きた事の顛末を公表しないのは如何にも公約に反するだろうから、僕にはそれを明らかにする義務がある。


 如何に思い出すのが辛かろうと、如何に思い起こすのも忌々しかろうと、どちらにせよいつかは向き合うか、逃げるかしなければならないのなら、まだ傷が乾いていない今のうちに、処置しておく方が僕としても後腐れがないだろう。後顧の憂いがないよう、今こそ僕は昨晩の出来事を整理しておくべきなのだ。


 縁からの伝聞であるからして、情報の誤りや、事実とずれる部分が多少あるかもしれないが、それこそ話の本筋さえ把握出来れば十分だろうと思う。


 気を失って、と言うか命を失いかけていたために状況を直接目撃していない僕が、彼女から伝え聞いた話だけで全てを語ることなど、そもそも出来はしないのである。


 あくまで僕が彼女から聞き及び、理解した範囲で、それでは順を追って、最早遅きに失した感のある伊瀬丙という僕の死からのエピソードの解説を始めよう。


 話は僕が竜殺しに貫かれ、まさしく絶体絶命の状態にあった時点から始まる。


 冒頭から、この場面の縁の回想は、何とも歯切れの悪いものだったので、僕もまた歯切れ悪く語るしかないのだが、それは要領を得ないあの自称竜の女のせいなので、僕には責がないはずだ。


 つまり、話の導入部分の時系列がどうにも曖昧なのだ。僕がいつ彼女に名前を明かし、いつ彼女に名前を与えたのかが定かではないということである。


 僕は僕で、毎度毎度言い訳がましいようで申し訳ない限りではあるが、胸に巨大な風穴が開くという事件が発生していたため、それがいつだったか、正確には覚えていない。


 と言っても、だから、僕の胸風穴事件の後であることは確かではあるし、そして恐らくはあの男を彼女が退ける前であったことも推察できる。縁の、曰くあっぱれな采配のカードには、当然のことながら彼女の尋常ならざる超常の力が使用されたのだろうから、そう考えるのが自然だ。


 更に申し訳ないことに、そのあっぱれな采配とやらも、縁には語る気がないようだった。


 それじゃあ、本当にあっぱれだったかどうか分からないじゃないか、という僕の全うな指摘にも、彼女はのらりくらりとあることないこと嘯いて、ついには煙に巻かれてしまった。僕の追及力不足は否めないのだろうが、しかし頑なに、彼女はそのことについて明かそうとしないのだ。


 事の顛末を明らかにするなどと豪語しておいて、それこそ公約違反じゃないかという指摘は尤もである。何故なら、昨晩の事で説明を要される事態など、この二点くらいしかないからだ。それら核心的な部分の解説が為されないのなら、最早解説は不要と言っても良いくらいである。


 しかしながら、だからと言って残り全ての説明を省くのも誠実さに欠くであろうから、申し訳程度の言い訳のような補足をするとすれば、僕に名を与えられ竜本来の力を手にした縁は、心臓の一つを僕に移植し、四つあった心臓を三つに減らしながらも、どうにかこうにかあの竜殺しを言い包め退けた後に、大気を操作し、僕の意識のない体を宙に浮かせて、我がぼろアパートにまで運び入れたということである。それから血みどろの僕の体をシャワーで流し、着替えさせ、ベッドに寝かし付けたのだそうだ。


 因みに、水をも自由に操ることのできる彼女が、わざわざシャワーを使ったのは、単に労力の差なのだという。


 「精霊術を使うのは疲れるからの。使わずに済むのならその方が良いのじゃ」


 彼女の扱う超常的な力を、縁自身は精霊術と呼ぶ。どちらかと言わなくとも、荒々しく武骨なイメージのある竜には凡そ似つかわしくない、柔和な語感ではあるが、彼女がそう呼ぶのであれば、わざわざそれを否定する必要もない。所詮は呼称に過ぎないのだ。


 だから一々、彼女の扱う超常的な力、なんて長々しい説明付きの名前で呼ぶのも煩わしいので、次からは恥ずかしながら、僕も精霊術と、そう呼ぶことにする。


 「で、その精霊術のことなんだけど……」


 ――うわ、口に出すと思ってたより恥ずかしい!


 「……その精霊術とやらの御威光で、あの男を撃退したってことなのか? 結局のところ」


 「まあ、そう思ってくれておれば良いかの」


 「何だよそれ。絶対違うじゃん。何でそうも頑固に、そこを隠すんだ? お前は。僕に言えないような後ろめたい事実でもあるのか?」


 「乙女の秘密じゃ」


 「あ? 何だそりゃ」


 可愛く言っても駄目だ。


 「お前が乙女とか言ってもいまいち信憑性に欠けるんだよな。可愛気ってもんがねえんだよ、お前には」


 「そうか。私は可愛くないのか。他の誰でもなく、それをお主に言われてしまうと、私とて落ち込まずにはいられないの」


 などと、本気で落ち込む素振りを見せる縁。そんな顔をされても困る。


 「えっ、え、あー、いや、別に可愛くないとは言ってねーよ。可愛気がないって言ったんだ、僕は」


 女の子に対する免疫のなさがここでも発揮されていた。


 「しかし可愛いとも言っておらん。男という生き物は、可愛いものに対しては可愛いと口に出すが、可愛くないものに対しては、まるで興味がないかのように、存在していないかのように可愛くないとさえも言わぬ」


 男ってそんな最低な生き物だったっけ?


 男がそういう生き物なら、きっと女は、可愛いものに対してもそうでないものに対しても同様に平等に、際限なく、或は見境なく、可愛いと口走ってしまうような生き物なのだろう。


 僕は一度、路傍に見事に巻かれた犬の糞に対して、可愛いなどと言ってきゃぴきゃぴしながら写真を撮っている女子高生の一団を目撃したことがある。僕はその、ある種狂気的な光景を生涯忘れない。


 「つまりは、そういうことなのじゃろう?」


 「え? いや、まああの、さながら出来の良いソフトクリームが如き巻きっぷりは、確かに芸術的と言わざるを得なかったけど、それとこれとは話が別なんだぜ?」


 「え、いや、何の話をしておるのじゃ? お主は」


 本当に、全く別の話をしていた。


 こんな感じで、僕がいくら厳しい追及をしても、彼女は口を割らないのだ。いつの間にか話題を逸らされて、うやむやにされてしまう。


 いやまあ、今回に関して言えば、僕が自ら進んで話題を逸らした気がしないでもないのだが……。


 「分かった。もう良いよ。お前に話す気がないなら、僕は諦める」


 くどくどとしつこく繰り返し述べてきたように、そこはさして重要ではない。彼女がどのようにあの男を言い包めたのかを知ったところで、何かこの先の行動に影響を及ぼすわけでもないのである。


 ただ少し気になる、というくらいのちょっとした好奇心というか、野次馬根性みたいなものなのだ。


 ……別に、僕の仇を討ってくれとも思わないしな。


 不思議なことに、余りに現実感がないからなのか、僕にはあの男に対する憎しみのような感情は、少なくとも今のところはほとんどない。こうして後遺症もなく完全復活を遂げてしまっては、恨むにも何を恨んで良いのやら、分からなくなっているのかもしれないし、或はまだ実感が湧いていないだけなのかもしれない。


 下を向くと光景が甦って胸が疼くような感覚に襲われるほど体は明確に出来事を記憶しているのに、頭では現実だったのだと明確に理解しているのに、自分が殺されたなんてどこか遠い別な誰かの話のようで、別世界のお伽話の中のことのようで、恨むほどには感情が昂らないのである。


 馬鹿は死んでも治らないと言うけど、沸点も死んだところで変化したりはしないということなのだろうか。


 沸点の高い僕は死んでも変わらず、冷めている。恐らくそれは、長所などではなく、僕の短所と言うべきところなのだ。


 「じゃあ、あいつは何でお前を付け狙ってたんだ? あいつは誰なんだよ」


 「あの人間は竜殺しじゃ。私はあの者の天敵じゃ。じゃから、何故あの者が私を付け狙うのかという質問には、こう答えるしかあるまい。あやつが竜殺しであり、私が竜であるからじゃ、とのう」


 どうせまともに取り合ってはもらえないだろうと半ば諦めつつ投げやりに投げ掛けた僕の質問に、予期せぬことに彼女から返答が返ってきた。


 内容を直ちに理解することは僕には些か難しいが、それでもこのことについて縁は正確な答えを持っているらしく、しかもその情報を明らかにするつもりさえあるようである。


 「竜殺しって、あの馬鹿みたいにでっかい剣の名前じゃなかったっけ?」


 聖剣竜殺し。彼女はそう言った。


 一度は僕を終わらせた、僕の背丈よりもあるだろう巨大な鉄色の塊。切裂くより、叩き切ることに特化した、まさに竜の首を落とすための形状を備えたあの剣を指して、彼女はそう言ったのである。


 「そうじゃあ。そしてあの者の異名でもある。役職と言った方が分かり易いかの。つまりはジョブじゃ。ジョブ。職業。竜殺し、竜退治のエキスパート、どんなドラゴンでもお任せ下さい、じゃ」


 ……そんな職業に需要はあるのだろうか。専門家って、それだけで食っていけるのだろうか。


 何か、事実が明るみに出ることによって、分からないことが益々増えていっている気もするが、そこはめげずに一つ一つ潰していくしかない。


 ファンタジーが、僕の知らない世界が実際に存在しているのならば、それは聞くのも辟易する中二設定集などとは比べ物にならないくらい、膨大な、それこそ一つの世界に匹敵するほどの情報量が内包されているはずなのだ。少し話を聞いた程度で、理解しようとすることの方が無謀な話である。


 「ドラゴンキラー、竜殺しの英雄、聖剣使い、呼び名はいくらでもある。時代によっては……勇者と呼ばれたこともあったかのう」


 「勇者ねえ。……そんな感じじゃなかったけどな。あいつは」


 童話や漫画、ゲームなどに登場する勇者は、いつだって悪者を懲らしめて善を為し、正義の味方であろうとする。そういう行いをするからこそ、彼らは勇者と称えられる。逆に、正義の味方ではない勇者など、存在しない。


 勇者という言葉の本来の意味からは少しずれているのだろうが、それが僕の勇者という言葉に持つ印象である。サブカルチャーの影響をもろに受けた生粋の日本人である僕にとっては、勇者=正義の味方なのだ。


 しかし昨日のあいつは、ただの殺人鬼にしか見えなかった。人を殺すことに何の躊躇いもない、そんな怪物にしか、人ならざる、人外の、化物にしか、僕の目には見えなかった。


 正義の味方などとは程遠い、悪にしか、見えなかった。


 「お主の目にはそうは映らんかったのかもしれんが、しかし一般的に見て、勇者は竜を退治することを望まれるし、竜は勇者に退治されることを望まれるものじゃ」


 「望まれるって、誰に」


 「それは決まっておろう。いつの時代も、何かを望むのは人間じゃ」


 当たり前じゃ、と縁は、本当に当然のことのように、何でもないかのように言う。


 それは、竜が人間に殺されるのは当たり前だという意味だ。


 もし彼女が真に竜だと言うのなら、彼女は一体どういう心境で、そんなことを語っているのだろうか。他ならぬ自分自身が、愛する者たちに殺されても当然だなどと、どうしてそんなことが言えるのか、ただの高校生でしかない僕には分かるべくもない。


 では何故、人間は竜を殺すことを望むのだと、しかし僕は尋ねられない。純正の人間である僕が、彼女にそんなことを訪ねるべきではないのである。


 「そんな顔をするでない。私は何も気にしておらん。お主は気を遣い過ぎなのじゃ。お主のそういう性格、私としては嫌いではないが、損な性分じゃと思うぞ?」


 全く、そんな風にお前がまるで気にしていない様子だから、僕が心配してんじゃねえか。


 「それより、未来の話をしようではないか。丙!」


 そんな風に楽しそうに笑うから、尚更不安になるんじゃねえか。


 「未来の話って、あの竜殺しにリベンジマッチでも仕掛けんのか? 完全復活を遂げた、万世不滅のドラゴン様の全力を以てすれば、それも容易いんじゃないのか?」


 「何じゃあ? お主はそうして欲しいのかの?」


 「……いや、それだけは絶対にやめてほしいな」


 それは余りにぞっとしない。


 「私もじゃ。血生臭い話はなしにしようではないか。私はただ、お主とだらだらとした日常生活を、送りたいだけなのじゃ」


 同じだと、僕は切実にそう思った。




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