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竜の心臓移植 (旧題 ある竜の転生)  作者: こげら
二章 ある再開の約束
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<Ⅲ>


 やはり、大方の予想通り、と言ってもあまり的中して嬉しい類の予想ではなかったのだが、出来れば的中しないで欲しいとさえ僕は思っていたのだが、しかしそんな淡い期待を裏切って、僕が学校を無断欠席したことの当たり前の措置として、あの世話好きの女性教諭、県立東柳童高等学校二年五組の担任、髪の長い三十前後の独り身教師、米村担任は、僕のスマートフォンを鳴らした。


 時刻は丁度一時間目の授業を終えた頃である。


 「伊瀬! 無事かっ!?」


 電話機のスピーカー越しに、担任の冷静さを失った声が鼓膜をはち切らんばかりに僕の耳へと伝導する。


 一日、と言ってもまだ一時間目が終わったばかりなのだが、学校を無断欠席したくらいで大袈裟な大人である。その心配は痛み入るばかりではあるものの、些か過保護過ぎるような気もしないではない。


 それだけ心配なのか、それ程僕が危うく見えるのか、自覚する限りに於いて、自分がそんな保護欲をそそられるような人種であるとはとても思えないのだが、少なくともあの担任の目にはそうは映っていないらしい。


 自分などという不確かなものは、確かに周りから見なければ正確に捉えられないのだから、評価は常に自分以外に付けられるものなのだから、僕はもう少し自覚を持って、脇を締めて襟を正して行動をするべきなのかもしれない。


 それにしても、過保護過ぎるっていうと、保護されまくりって感じがするな。


 「おいっ、聞こえてるのか、伊瀬」


 「ああ、はい。すみません。今日はどうにも体調が悪くて、学校に連絡をするのも忘れていました」


 嘘だ。


 「嘘だっ!」


何故分かるっ!


 「いや、本当ですよ。ですからね、ごほごほっ、おえっ、ううぇーっ、オロロロロロ」


 「……ああ、いやあ、分かった。取り敢えず無事なことは分かったよ。安心した。分かり易く説明してくれてありがとう」


 「そこは心配するところです! ……いえ、すみません。そうです。嘘です。体調は万端…と言えるかは微妙なところですけど、元気です」


 どのみち、この担任相手に虚言を吐いたところで、どうせすぐに看破されるのだろうから、ここで何か取り繕うことに意味はない。


 後々ネチネチとしつこく問われる方が面倒そうだし、昨日みたいに脅迫されるのも二度と御免だ。


 「そうかい。いやあ、こっちこそ取り乱してすまなかったな。君の声を聞いて安心したよ。今日は学校、休むんだろ。じゃあ、また月曜に」


 そこで呆気なく担任は、恐らく学校の職員室の受話器を置こうとした。


 「えっ。あの、良いんですか? 理由も聞かず」


 僕はこれから、長々と長電話をして、事情を根掘り葉掘り聞き出されるものと覚悟していたのだが、対して担任の方はそういう魂胆は持ち合わせていなかったらしい。拍子抜けも良い所である。


 「ああ。君の無事が確認できたからな。それに、君が学校を休むからには、何かそうしなければならないだけの理由があるのだろう?」


 やたらめったら心配してくるくせに、この信用は何だろう。僕はこの担任を信用しているが、逆にこの担任が僕を信用する根拠など何もなかったはずなのだが。


 「いや、でも」


 「私は教師として、君の担任として、君という愛する生徒に学校生活を大事にしてもらいたい。だけど、学生だからといって学校を一番大切にしなければならないなんて、そんな決まりはないし、そんなことを言う大人が居たら、それはその大人が間違ってると私は思うんだよ」


 「は、はあ」


 「だからな、伊瀬。大丈夫。頑張りなさい」


 不安な僕を、変化に怯える僕を、しかし信頼すべき担任は何も知らないままに背中を叩いて、励ましてくれる。


 全く、一体何をどう頑張れというのか。この人が一体今の状況の何を知っているというのか。頑張りなさいだなんて、無責任にも程がある。


 「はい。ありがとうございます」


 高校に入学した頃から、僕のことを気に掛けてくれている見た目に反して熱血な、その熱で人の世話ばかりを焼いている大人を、だから僕は尊敬している。彼女に頑張りなさいなどと言われてしまったからには、僕は頑張らなければならないのだ。


 次の時間にも授業があるということで、そこで通話は終了した。


 「ククっ。中々物分かりの良い人間じゃの」


 電話機に耳を引っ付けて、文字通り耳を傾けていた縁が嬉しそうに笑う。


 「ああ。あの人は物分かりの塊みたいな人だからな」


 「良かった。お主にも頼るべき人間がいたのじゃの」


 何故そこでお前がほっとするのか、と問いただすのもそこそこに、僕は朝の家事に取り掛かる。せっかく先生の計らいで、何の後ろめたさもなく学校を休めることになったのだから、有効に時間を活用しなければならない。


 腹が減っては戦が出来ぬ、血を失っては家事が出来ぬ。まずは朝食の準備からだ。


 朝から肉とは贅沢だが、丁度昨日のロース肉がまだ残っている。貧血解消には打って付けだろう。


 薄くスライスしてなんちゃって生姜焼きにでもするか。後はホウレンソウがあるから、お浸しでも作って、それに味噌汁をつければ完璧だな。


 そう言えばご飯がない。昨日はそれどころじゃなかったからなあ。仕方ない。冷凍しておいたのをチンしよう。


 「なあ、縁。昨日あの後、お前がここまで運んでくれたのか?」


 ふと不思議に思って、とは言っても昨日から不思議なことばかりが起こっているから、何となく口から出まかせに、口を突いて出てきたというだけなのだが、率直な疑問を僕は彼女にぶつける。


 「あの状況で他に誰がお主を運ぶというのじゃ?」


 「まあ、そうなんだけど。お前、その体で僕を運ぶの大変じゃなかったか?」


 僕の体重は六十キロ前後。女子中学生の平均体重について当然僕は熟知していないが、身長から大まかに見積もって、こいつは大体四十キロちょっとといったところだろうか。


 自分の体重を二十キロも超える、しかも自重を支えることもしない死体の如き人間の体を、ほとんど死にかけの僕の体を、百メートル以上運ぶのは、恐らく相当な重労働だっただろう。


 というより、まるで筋力の気配を感じない柔らかそうな華奢な体で、この女が年上の男を担いで歩いたとは、僕はどうしても信じ難いのだ。


 「それほど大した仕事ではなかったわい。何せあの時、既にお主から名を与えてもらっておったからの」


 「あぁ? 僕がお前に名前をつけてやったこととそれが、どうして関係してるんだ?」


 「その辺りの説明は後でということになったのではなかったのか?」


 「そうだけど……。まいっか。じゃあちょっと待ってろよ。ぱぱっと作るから。朝飯」


 特別な意気込みがあって聞いたわけではない。後できちんと説明するならば、僕としても追及は後回しにして、今は朝食の準備に集中だ。


 「いやいやお主よ。私にも何か仕事を与えぬか。この国では、働かざるもの食うべからずと言うのじゃろう?」


 「ああ。いや、その前に、お前、服着替えて来いよ。そこの引き出しに入ってるの、適当に使って良いからさ」


 僕の与えたトータルコーディネートを、縁はあっさりと血に染めてしまっている。他でもない僕の血液なのだろうが、これから調理をしようというのなら、流石に不衛生に過ぎるだろう。


 ……あれ。じゃあ何で、僕の服は汚れてないんだ?


 胸に風穴を開けられ、血液が集中する心臓を貫かれたはずの僕自身が、まるで汚れていない。どころか、纏っている薄手のシャツには、開いているはずの巨大な穴さえも、開いていない。


 「お前、まさか、勝手に着替えさせた?」


 「うむ。仕方なかろう。あの血だらけのままベッドに寝かせるわけにも、いかなかったしのう。お主を無事ここまで運んで、服を脱がせ、シャワーで体を流して、忍びないとも思うたが、衣装箪笥から服一式を取り出させてもらった」


 「忍びないと思うところそこじゃねえよ!」


 お前が忍びないと思わなければならないところは、もっと他にあるだろ。僕の裸を、僕の全裸体を、生まれたままの姿を、それじゃあお前は見たってことだろ。


 「くそう。もうお嫁にいけないよ」


 「案ずるな。然るべき工事を施せば、大人になる頃には、男として生まれたお主でも、嫁入りすることが出来る時代が来るじゃろうよ」


 「そういうことを言ってるんじゃなーい」


 発想が怖すぎるよ、お前は。お前の将来を僕は案じまくりだよ。


 「まあ、良いではないか。これでお互いがお互いの生まれたままの姿を見たわけじゃ。お相子じゃお相子。いやどうじゃ? 私は意識のないお主の衛生管理のため、一種の医療行為として、やむなくお主の裸体を見ることになったわけじゃが、見る羽目になったのじゃが、対してお主の方は、私に命じて、命令して私の裸体を自らの固い意思の下に目撃したわけじゃが。どうじゃろうのう、どうじゃろうのう? この場合どちらの方がより悪質なのじゃろうのう。私も嫁の貰い手を失ってしまったようじゃが、お主、どう落とし前をつけてくれるのじゃ?」


 「うぐはぁっ!」


 返す言葉もなかった。僕の裸くらい、何てことはなかった。


 「なんてのっ。ふふふっ。冗談じゃ。お主は本当に可愛い奴じゃ。憂い奴め」


 「……僕をからかうな。良いから、というかついでにお前もシャワーくらい浴びて来いよ」


 そして邪魔者はいなくなった。これでようやく心置きなく集中して朝食作りに取り掛かれる。


 僕と、彼女のための、新しい命での初めての食事を、僕はどうしても楽しいものにしたいのである。




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