ある竜の過ち
『そうは問屋が卸さぬぞ? 人間よ』
『そう易々と死ねると思うな』
『私がそう簡単に、お主を見殺しにするとは思わんことじゃ』
『汝、名を示せ。我は竜。名なき竜』
うるさい。こんな時にまでお前の中二病に構ってやれるほど、僕は寛容な人間じゃねえんだ。僕の眠りを妨げるな。僕のモノローグに入ってくるな。このジェダイマスター。
『眠るにはまだ早いじゃろう? 人間よ』
何言ってる。僕はもう眠くて仕方がない。頼むから静かにしといてくれ。眠らせてくれ。子供は黙って、布団に入る時間だろ。
『眠ってしまって良いのか? 何かやり残したことはないのか? お主よ』
ああ。やり残したことなんて何もない。もう満足だ。お前が無事だってんなら、死んだ意味もあったしな。
『ふふっ。お主は本当に愉快な人間じゃあ。この変わり者め』
馬鹿言うな。僕は至って平凡な男子高校生だ。お前と違って変わり者でもなければ、変人でもない。
『しかし本当に良いのか? お主は、またこうして、楽しくお喋りしたり、美味い夕食を一緒に味わったり、したくはないのか?』
さあ、どうだろうな。
『私はしたい。私はしたいぞ、人間。お主はどうなんじゃ?』
あのな、僕はもう死ぬんだ。今更何を言ったところで、意味なんて
『お主は、どうしたいんじゃ』
……
『どうしたいと、聞いておるのじゃ』
そりゃあ、
……そりゃ出来ることなら僕だってもう一度、美味いもん食べて、下らない話して、楽しいこと沢山して、笑って……
『聞かせておくれ。人間の子よ』
……だから、つまり
『知っておるはずじゃ。言えるはずじゃ。言ってみよ、人間。恥ずべきことではない。その言葉を言えるということは、誇るべきことじゃ』
……ああ。
そうか。そうかもな。そうかもしれない。
『お主はどうしたい』
僕は
……生きたい。生きていたかった。これからも生きていたい。
お前とまた料理をしたい。お前とまた一緒にご飯を食べたい。話したい。笑いたい。もっと楽しい事、一杯したい。
やっと楽しくなってきたんだ。
今度は、今度こそ。
『ああ、私もじゃ。可愛い人間の子よ、お主の名は?』
名前。僕の名前は、伊瀬丙。
伊賀の伊に瀬をはやみの瀬、丙午の丙で伊瀬丙。
『そうか。丙。救けてくれてありがとう。救ってくれてありがとう。こんなに嬉しいこととは思わなかった』
僕の方こそ、ありがとう。僕はお前に救われた。お前こそ、僕を救ってくれた。
『そうか、そうかあ。丙、大好きじゃ。愛している。この愛は特別じゃ。お主だけのものじゃ。じゃから丙。……私の命をお前にあげるよ』
命?
『そうじゃぁ。言ったであろう? 私は竜じゃと』
ああ、そんなことも言ってたっけ。僕はまるで信じてはいなかったけど。
『丙。私の愛し子。私に名前を授けておくれ』
名前。
お前の名前。
お前の名前は……
縁
窮屈な繋がりと温かいしがらみの中で生きるように。
『あぁ。佳き名じゃぁ……』
『我は竜。名は縁。柵の調停者なり。人の子伊瀬丙より授かりしこの名にて、血潮は実りがため、骨肉は栄がため、四魂は汝がため、ここに初めて礎とならん』