15F―地上
エネルギー光を受けていたヘルアビスから、天井へと広がっていた植物の根のような部分が、突然、ボロボロと崩れて俺達の頭上に落ちてきた。
「ちなみに、何のウイルスなんだ?」
『タバコモザイクウイルスという、植物ウイルスです。彼らフィーンドは植物ウイルスには全く耐性が無いのです』
やがて、ヘルアビス自体も、支えていた根幹部分が崩壊して床上に落ち、その前身に白い斑点を浮かべていた。
逃げ遅れたフィーンド達も床上へと落ちてきた為、俺達は慌てて隠れる場所を探したが、最も近い避難場所は、ヘルアビスが崩れた後の499階だった。
500階から地上までの様子を小稲がスキャンすると、蟻の巣の様な地下迷宮が広がっていた。フィーンドはヘルアビスが出来るまでは、蟻の様に地中に部屋を作り、そこで仲間を増やしていたらしい。しかし、ウイルスが蔓延した今となっては、センサー状に敵の姿は探知されなかった。
「最初から、あの巨人相手にウイルス弾を撃てば良かったんじゃ?」
「その時は、奴らは死にもの狂いで私達を襲ってきただろう。死ぬか生きるかの選択しかないのなら、生き残る為に多少の犠牲を出してでも、私達を数の暴力で殺しただろう」
「ルゴール博士は、出来れば使わずに済んだ方が良いと言ってました」
「小稲……今、それを言われても……」
「理由があるんです。フィーンドはこの星の生物ではないらしいんです」
「説明して貰えるか? ルゴール博士から色々と聞いたのだろう?」
「ええ……洗脳されそうになった時、私は逆にあのハイヴとルゴール博士を洗脳しそうになってしまいました。その時に、何があったのかを全て記憶に焼き付けられてしまったんです」
「……もしかして、それで雰囲気が変わった?」
雪刃さんがそう尋ねると、小稲はそうかもしれないと言う。
「フィーンドは、この惑星C9の先住民が、他の惑星から連れてきた生物兵器です。しかしこの星の先住民は連れてきたフィーンドによって滅び、そしてこの星で破壊と殺戮を繰り返していたフィーンドはウイルスによって滅びました」
「その他の惑星とこのC9の地上にを繋ぐワープゲートを再稼働させたのは地球人です。しかしウイルスが再び伝染し始めた今、彼らフィーンドはもうこの地下へは入って来ないでしょう」
「どうして太陽系軍は地上にウイルスを散布しないんだ?」
「フィーンドが、この星の植物と生物を全滅させる為に、大気を破壊したからです」
「そ、そこまでしたのか……」
「大気のない今、地表にウイルスを散布しても意味がありません。しかし太陽系軍は一つの計画を進めています。他の惑星とこのC9を繋ぐワープゲートの周辺に、一時的にウイルス入りの大気を発生させ、フィーンドの力が弱まっている間に門を破壊するというものです」
「なるほど、でも、その為にはまず、このヘルアビスをなんとかしないと、という訳ね」
「はい。おそらく、ルゴール博士にも、そして太陽系軍にも、ヘルアビスが破壊された事は感知されているでしょう。作戦はすぐにでも行われるかもしれません」
「どうしてルゴール博士はウイルスを使わなかったの? 遺伝子工学の博士としての意地?」
「簡単です。フィーンドが居なくなればアビスも必要がなくなるからです」
「……やっぱり、人間、歳を取りすぎるのはよくないな」
代理人として話をしている小稲は、全てをその脳に記憶してしまったが為に、ルゴール博士の影響を多く受けてしまっている様だった。
博士にとってアビス、ミシュテカ、パラダイスは最高の作品であり、それはフィーンドという敵が居てこその存在だった。
もし地上からフィーンドが掃討され、そして平和になれば、当然ビースト達は不要になり、アビスも不要になる。それでもミシュテカとパラダイスはこれからもずっと受け継がれていくと思うが……。
「カガネ隊長、これからどうします? 地下に関してはフィーンドを駆逐するという目的は出来たわけですけど」
アベリアさんの質問に、さすがの隊長もしばらくの間、考え込んでいた。
ネクスターベースへ戻り、アサリナ大佐に指示を乞うのが妥当な所だが、もう一つの案として地上に出て太陽系軍と連絡を取る道があった。
まだ地上にフィーンドが居るが、地下の掃討は出来たという事が太陽系軍に伝われば、フィーンドの掃討作戦がすぐに始まるだろう。
ネクスターベースへ戻り、アサリナ大佐に指示を乞えば、ルゴール博士の説得をしなければならず、場合によってはルゴール博士はアビスという作品を守る為に反乱を起こす可能性もあった。
既に、どちらにもヘルアビスが陥落した事が分かっているとなれば、この小隊がどちらへ動くかで話が変わって来る。
「……地上へ行こう」
カガネ隊長が出した結論は、太陽系軍との連絡を行い、博士の暴走を止める事だった。
ヘルアビスが無くなった今、地下から放たれているエネルギー光は天井にぶつかって不規則に拡散していた。その余波から充電を行った俺達は、小稲から貰ったスキャンデータを元に、地下のアリの巣を通って地上を目指し始めた。
――BF100
地下5000階からの長い旅は、もうすぐ終わる。フィーンドとルゴール博士、太陽系軍の百年近くにわたった戦いももうすぐ終わる。
ここまでこれたのは、勿論俺一人の力では無かった。カガネ隊長の優秀さは勿論、エルイルの判断力、小稲の人並み外れた能力、そしてアベリアさんと雪刃さんの状況判断力。全てが必要だった。
あの巨大な門からハイヴまで到達するのに、大人数での侵攻はありえなかったし、また、ハイヴとパラダイスの関係も、軍隊という組織単位ではどう判断すべきか難しい所だっただろう。
戦争にヒーローなんて居ない、というエルイルの言葉が、今更ながら、自分に突き刺さってくる。何しろ、この戦いの英雄はエルイルだ、と言ったのは俺自身だったから。
――BF50
アリの巣の中では、ウイルスに感染し、もがき苦しんで死んだフィーンド達の屍があちこちに散らばっていた。初めてセンサーに地上の平らな土地が見えた時、俺はそのただの直線を見て、一人感動していた。
ゴールだ。とうとう俺はゴールまで来たんだ。そう思いながら、その横線の上にはもう何も遮る天板が無い事を何度も確認した。
地上には、感染を恐れた為か、フィーンド達の姿は無かった。もはや俺達の歩みを妨げる者は居らず、俺達はとうとう、惑星C9の地上に辿り着いた。
――15F
実際には、地球人が元々住んでいたコロニーの残骸の横から、俺達は地上に出る事になった。
眼下には滅びた街が円形状に広がり、そのあちこちに穴が開いて、フィーンド達が地下へ潜った跡が残っていた。
そして空! 見渡す限り無限に広がる空間と、そこに瞬く無数の星々!
俺は満天に広がる星空を見上げ、言葉を失う代わりに、小稲の側に駆け寄って彼女の身体をしっかりと抱きしめ、共に星空を眺めた。
エルイルとアベリアさんも並んで、この大空に広がる星々を見上げ、カガネ隊長と雪刃さんは、やれやれといった感じで、俺達を側から見ていた。
まだ戦いそのものは終わってはいない、しかし、俺個人の戦いはここがゴールだった。
「太陽系軍、こちらネクスター、カガネ小隊。通信届きますでしょうか?」
一時の感動の時間を終えた後、小稲と雪刃さんは協力して、最大出力で軌道上にあるという太陽系軍の宇宙ステーションに連絡をとった。
『こちら太陽系軍、バロウ大佐だ。ヘルアビスの陥落はこちらでも確認した。ネクスターはフィーンドの掃討に成功したのか?』
「私、小隊を率いるカガネと申します。太陽系軍より貰い受けたMZ式のウイルス弾を用いてヘルアビスを陥落させ、地下からフィーンドは撤退しました」
『君達が現在居る場所は、元首都だった所だな。すぐに救命艇を降下させよう、その場所から東に2キロの所、5分で救命艇は到着する』
「いえ、あの、私は……その……了解しました」
太陽系軍のバロウ大佐は、分かりやすいほど軍人らしい人だった。その口調はアサリナ大佐やオルフェ中佐とは全く異なり、カガネ隊長の意見など聞くような人種ではなさそうだった。
それを察した隊長は、あって話をするしかないと考えを変え、救命艇の到着地点に移動する事にしていた。
予定通り、俺達の到着よりも早く救命艇は空き地に降下しており、俺達はカーゴハッチの方からMZ式に載ったまま、救命艇に乗り込む。
そして、カーゴルームに空気が満たされた後に、MZ式のコクピットから降りた。
「あなた達が……ネクスターですか……」
目の前には分厚い防護服を着込んだ地球人が居た。地球人産まれの地球人を見るのは初めてだが、別段ミシュテカに住む人達と変わりはなさそうに見えた。
「すいません、まず、危険物質のチェックをさせて下さい」
防護服を着た人はそう言うと、一人ずつ、センサーを手動で当てていき、全員に危険物質が付着していない事を確認して、カーゴルームの外の人間に、親指を立てて合図する。
するとカーゴルームに光が灯り、出口が開いた。
「先ほどはすいません、自分はネクスターという人達を見るのが初めてで……本当に全身レベルでプラグジャックをつけているんですね」
「ネクスターでは、こうしなければNCWに乗れませんから」
「いえ、その、なんていうか、とても綺麗です。感動しました」
そう乗務員が評するのも仕方がなかった。俺達ネクスターは全身にプラグ口をつける為に、NCWに載る時には衣服を着る事が出来ない身体になっていた。だからスタイルの良いカガネ隊長は特にボディラインが目立った事だろう。
「しかし、困ったな……こうなるとは……」
とカガネ隊長が呟いた。通信だけすませて、すぐにアサリナ大佐の所に戻るつもりだったのだろう。それが戻るどころか、助けられて宇宙ステーションに連れて行かれる事になってしまった。こうなってしまっては、アサリナ大佐の所に戻るのも難しい。
しかし、他のメンバーは、完全に拍子抜けしていて、搭乗員から借り受けたタオル地のガウンに身を包みながら、やや硬いソファに座り、間の抜けた顔で辺りを見ていた。まるでミシュテカに戻ってきた様な面持ちだった。
5分ほどかかって衛星軌道上まで上昇すると、そこは地上どころか惑星C9が丸い惑星だと確認出来る光景になり、俺は目を丸くしてその壮大な光景に見とれるばかりだった。




