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ただの人でなくなる時


 カガネさんに続き、講義室を出て廊下へと出る。廊下に出て左へと曲がり、5歩ほど進むと、前方の遠くからワーカーの歩く足音が聞こえてきた。

 それよりも手前の曲がり角で右へと曲がり、通路の上に処置室という文字と矢印が書かれているプレートに従って進む。

 程なく磨り硝子の扉の前に到着し、ポーンという電子音と共に扉がスライドして開くと、途端に薬品の匂いが漂ってきた。


「ジャックイン処置、5名」


 カガネさんが受付にそう言って書類と俺達の承諾書を渡すと、衛生士の服を着た女性はカーテンの奥へと去っていった。

 薄いピンク色のカーテンが各所につり下げられ、迷宮と化している処置室で、俺達は壁際に置いてあるベンチに無言で座る。カガネさんは処置室の奥でドクターと話をしている様だった。

 時折、ズキュン! という何かが発射される音と、小さいうめき声が聞こえてくる。あれは別の処置か或いは治療を受けているのだろうか?


「はい、お大事に」


「ありがとうございました」


 そちらの方から、老人の医師の声と若い患者の声が聞こえてきて、少しホッとした。途端にカーテンの奥からカガネさんの声が響いた。


「コーブ」


「は、はい」


 名前を呼ばれたコーブはベンチを立つと声のした方に行き、カーテンを潜って中に入る。


「はい、ここで服を脱いで、そちらの処置服に着替えて下さい」


 看護師さんの声に応じて、コーブがもぞもぞと衣服を脱ぐ音が聞こえ、その後に処置服を着る衣擦れの音が聞こえた。


「二回注射しますけど、痛くないですからね」


 と看護師さんが言い終わる前にトススッと二回、機械が何かを発射する音がした。コーブの声が聞こえない所から察するに、痛くはなかったらしい、多分。


「では、先に進んで、奥の椅子に座って下さい。三分ほどで薬が効きますので、効いてきたら、手をあげて下さいね」


 という言葉だけが伝わってくるこの状態が、俺達にとっては、とても辛い状態だった。頭の中で色々な想像をしつつ、しかしこの静かな部屋では私語も慎むべきだろう。

 沈黙だけが過ぎていき、そして時間が経つと、かなり奥の方で声が聞こえた。

 その後に、プシューという扉の閉じる音がして、様々な音階でパワーゲインが変化していく音が奏でられる。ルー、ルー、という低い音。ブゥゥンという重低音、ピピッピピッというチャイム音。その他にもうねるような音、そしてギアが回る音などが聞こえてくる。

 ここでもし、悲鳴が聞こえたら、俺達は逃げ出していたかもしれない。逃げられないのは分かっているから、一人ずつ処置をして、他の者には聞こえない様にして下さいとお願いしただろう。

 しかしその心配は無く、悲鳴らしき人の声が聞こえる事は無かった。代わりに奥の方で老医師が何かに躓いて、いて、と言う声を漏らしていたぐらいだった。


 そして待つ事10分程度で、フラフラになったコーブがカーテンの奥から現れた。上半身に包帯を巻かれ、看護師さんに付き添われて、別の部屋へと連れて行かれていく。


「麻酔が覚めるまで、あちらの病室でゆっくりして下さい」


 コープが付き添われて別室の中に消えると、看護師さんが戻ってきて、手首に着けられたパッド形のディスプレイを確認し、俺の名を呼んだ。


「セトルさん、こちらへ」


「はい」


 コーブのあの様子を見る限りは、痛みは全部麻酔で感じなくなるみたいだった。カーテンを開けると、四方をカーテンで囲まれた部屋に入る。


「ここで服を脱いで、そちらの処置服に着替えて下さい」


 言われた通り、自分の私服を脱ぎ、下着一枚になると、滅菌済らしき薬の匂いのする処置服に袖を通す。

 そして左、右とマジックテープで衣服を固定すると、看護師さんが小さな銃の形をした注射銃を持ってきた。それは幼年学校でも見た事がある物で、痛みがない為、子供でも泣かない物だった。

 それを右腕に当てられると、トスス、という音共に二本のシリンダーの中身が空になるのが見えた。痛みは全く無い。代わりに目眩らしき感覚に襲われた。


「では、先に進んで、奥の椅子に座って下さい。三分ほどで薬が効きますので、効いてきたら手をあげて下さいね」


 と言われたが、既に麻酔はひどく効いていて、一人ではまっすぐあるけない状態だった。それを察して看護師さんが左腕を持ち、ゆっくりと歩いて行く。前方には直方体の物体があり、その扉が開いていて、中に殆ど横になれる様なリクライニングシートが見えた。そこまで行くと、自力で箱の中に入り、身体を横たえる。

 麻酔の方の薬は既に効いているのだが、それとは別に、三分ほど経つと、異様な眠気に襲われてきた。きっと薬とはこの事だろうと思い、手をあげる。


「眠くなってきたら、そのまま気を楽にして下さいね。起きたらもう措置は終わってますからね」


 この言葉を、この箱の中で言っていたから外には聞こえ辛かったのだろう。看護師さんが側を離れ、そして箱のスイッチが入れられて、扉が閉まる。

 真っ暗の世界の中で、安心させる為か、何故かお花畑の立体映像や、船に乗って川を進む映像が見え、そしてドシュッという音と共に、俺の頭部と視界は激しく揺れて意識を失った。


 それから数分後の事だろう。多分。コーブが10分程度で出てきたのだから、俺もそのぐらいの筈だった。看護師さんに連れられると、俺もフラフラになりながら、別室へと連れて行かれた。その時に小稲達が横に居たかどうかなんて、見る余裕は無かった。ベッドまで案内されても、横にコーブが寝ているかどうかなんて気にする事も出来なかった。

 仰向けになり、ふんわりとした枕に首を横たえた時、首の後ろ一帯に全く感覚がないという事だけは分かった。


 それから俺達5人はすやすやと眠り続け、6時間ほどして目覚める事になった。


「そろそろ、起きてもいい頃じゃないか?」


 カガネさんが部屋に入ってきてそう言うと、皆、起きていたらしく、ベッドから身体を起こした。



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