我が生涯に一片の恋なし
一人で歩く帰り道。
それは少し寂しくもあり、嫌なことを思い出してしまう。
けど、不思議と俺の心は寂しくもなかった。
嫌なことを思い出すこともなかった。
今日歩く帰り道は、何故か心地よかった。
とまぁ、どうでもいい俺の心の内は置いといて、現在帰宅中です。
え?なんで置いとくのかって?だって興味ないでしょ、俺の心の内なんて。興味あるやつがどうかしてる。
交差点に差し掛かりいつも通り右に曲がろうとすると、その先に子どもと手を繋いで歩いている母親の姿が見えた。その手には買い物袋が握られている。
「あ、買い物するの忘れてた」
今日は特売あるんだよな。そのために土曜日に買わなかった分があるというのに。危ねぇ危ねぇ。
同じミスは2度と犯しませんよ?
そうして右には行かずに左に曲がって行く。
――――――
「めんどくせぇ~」
一人歩きながら愚痴る。
今日はいろいろあったから家に直行したいがそういうわけにも行かない。今日は特売なのだから。
「なんで今日が特売なんだよ。土曜日だったら1度に買い物して終わったのに」
もういっそのことこれからは特売とか無視して買おうかな、とか考えてるうちに公園前を通りすぎる。
そういえば佐々波と初めて会ったのもここなんだよな。
佐々波がいい歳こいて迷子になって、家まで送っていったんだよな。そして、その途中で旨い焼き鳥屋台に寄って…………あれ旨かったよなぁ。食いたくなってきた。近くまで来たついでに寄ろうかな?と考え寄り道を決行する。
すまん、妹よ。飯が少し遠くなるが待っていてくれ。焼き鳥買ってやるから。
そうして、歩くことしばし。ようやく焼き鳥屋台が見えだす。
よかった、どうやらまだ販売しているみたいだ。
焼き鳥の香ばしい匂いが俺の鼻を刺激する。
これまたいい香りで。1、2本食ったら何本か持ち帰りにさせてもらおう。
そう考え、焼き鳥屋台に近づく。
「すいません、焼き鳥7本ください」
「あいよ」
金を出して焼き鳥を受けとる。そして、再び匂いが鼻を刺激する。
食欲のままに手近なベンチに座ろうと思い屋台の隣に座ろうとする。
そしてようやく気づく。誰かがすでに座っていることに。
その人は焼き鳥を手に持って固まっていることに。
というか見覚えがある気がする。
その人は口を開く。
「く、紅葉くん……?」
佐々波だった。
――――――
「佐々波はいつもここに寄ってるのか?」
「たまにねー。ちょっと恋しくなっちゃって」
もうすでに屋台は店仕舞いをして、ここにいるのは俺と佐々波だけ。
どうやら佐々波は帰る途中でここに寄ったらしい。
相変わらずの焼き鳥好きだな。
手に20本くらい持ってるぞ。金持ちめ。
しかもこの場で食いきる気でいるし。
けどそんな佐々波は大好物である焼き鳥にありつこうとせずただ俯いていた。頬を赤く染めて。
そして俺はその行動に心当たりがある。ありすぎだ。
俺も気まずくなりつい顔を逸らす。
佐々波もいつもと様子が違う。
いつもの佐々波だったら会話を途切らせずに喋ってたはずだ。
そんなお互いに違う様に余計に黙り込んでしまう。
ヤバい、どうしよう。何も喋れない。
中学生のころに会話スキルを身につけておくべきだったぁ~~~!!
そしてとうとう我慢ができなくなったのか佐々波が立ち上がる。
「も、もう暗くなってきたし、わ、私もう帰るね!それじゃ!」
「え、ちょ、ちょっと!」
佐々波が全速力で帰ろうとする。
で、でも、佐々波………
「そっち逆方向だぞ」
「………………………………え?」
佐々波は家とは真逆の方向に走ろうとしていた。
いや、道くらい覚えとけよ。
「…………………もしかして私の家覚えてるの?」
「まぁ、あまり難しくない道のりだったからな。そう遠くはないし」
土曜日に佐々波を送ってったときに道のりは覚えてしまった。
何度か親の事情で通った覚えがあったし、特徴的な建物とかあったから。あまり覚えるのに苦労はしない。
すると佐々波はもじもじとし出して告げる。
「…………お、送ってくれない?」
デジャヴった。
――――――
「佐々波って方向音痴だったのか?」
「そ、それ言わないで…………」
恥ずかしそうに言う佐々波。
佐々波が方向音痴なために結局俺が送ることになってしまった。
暗い道を歩いていく。
正直言ってその姿は可愛いと思ってしまった。
けど、佐々波よ。高校生にもなって方向音痴はないと思うぞ。
「今まではどうやって帰ってたんだよ」
「行き帰りは基本バスを使ってたのー。バスを使えばさすがに間違えないしー」
なるほど、バスね。それならさすがに迷わないわな。
学校の近くまで行けばあとはそこらへんを歩いている同じ高校生についていけばいいから迷わないだろう。
帰るときは佐々波の家の近くにバス停があった覚えがあるから、あそこからだったら家も見えるだろうし。
「それじゃ、なんで今日は歩いて?」
「…………………………焼き鳥を食べたくて」
ボソッと呟く佐々波。
それなら親に買ってもらえばいいじゃん……と思うが、佐々波にはこだわりがあるらしくどうやら出来立てホクホクを食べたいのだとか。
俺はレンジでチンするなりなんなりやればいいと思っているのでそこらへんのこだわりはよくわからん。
「でもそれで迷子なら本末転倒もいいところだよな」
「…………面目ございません」
さらに落ち込む佐々波。
ちょっと言い過ぎたかな?
少し喋ることをやめると再び静けさが残る。
町の喧騒や音が聞こえるがあまり気にもならなかった。
しばらく歩くと佐々波が口を開く。
「紅葉くん」
「なんだ?」
「私のことどう思ってるの?」
「ブフォ!?」
俺が驚きで佐々波のほうを見ると気恥ずかしさからなのか俯いている。
そしてゆっくりと顔を上げたかと思うと俺を上目遣いで見てくる。でもなぜかそのときは可愛いとは思わなかった。
佐々波の目は真剣味の色を帯びていた。
それで悟る。真面目に聞いているのだと。
そして………俺に真剣に答えてほしいのだと。
「ねぇ、私はね昔も似たようなことがあったんだ」
「に、似たようなこと?」
「うん」
俺が返答に困っているところを見て佐々波が語りだす。
まるで俺に考える時間を与えるように。
その裏には………誤魔化さないでほしいという願いも見てとれた。
「実はね、ここに小学生のころ1回来たことがあるんだ」
「転校して来る前?」
「うん。お母さんの事情で1日きりだったけどね。そのときは私、初めて来たこともあってちょっと浮かれてて…………出掛けているときにお母さんとはぐれたの。もう何もできなくて、でもそんな自分が悔しくて泣いたなー。そのときここの道を歩いていたんだ」
どうやら佐々波は昔から方向音痴だったらしい。
まぁ、初めて来た場所ならしょうがないかもしれないけど。
「ベンチに座ってうずくまってて…………そのときだったんだ。知らない子どもに声をかけられたの。」
「知らない子ども?」
「私からしたら全員知らない人だけどね。たぶん同い年かなって思うんだけど。その子が大丈夫?って聞いてきて…………」
『大丈夫?』
『う、う………お母さんとはぐれちゃった………』
『どこらへんではぐれたの?』
『あ、あっち……………』
『そっか。なら一緒に行く?』
『…………え?』
『実は、俺もさっきお母さんとはぐれちゃって、少し歩いていたんだ』
「…………………それ、その子も迷子になってないか?」
「ははっ、だよね。でも、あの時の私には心強かったんだ……」
『いや~俺もこのあたりはあまりよくわからないんだよね~』
『ははっ。なにそれ、君も迷子じゃん。人のこと言えないよぉ』
『ま、まあね。…………お?泣き止んだ?』
『え?あ、そうかも。へへ……』
『あれ?あの人こっちに向かって手を振ってない?』
『あ、お母さんだ!お母さぁ~ん!』
『美麗!こんなところにいたの。大丈夫だった?』
『うん。この子と一緒にいたから大丈夫だった!』
『あら、ごめんね。うちの子が迷惑をかけたみたいで』
『大丈夫です。俺の家ここの近くなんで』
『え………?』
『ありがとうね。美麗、行くわよ』
『え、あ………うん』
『じゃあね』
『う、うん。じゃあね』
「そいつ、いいやつだな」
「うん。私のこと気遣ってくれて、嬉しかった」
そう言って微笑む佐々波。
子どものくせになかなか気がきくやつがいたもんだな。
俺には真似できないな。
「そんなことないよー」
「……………………ちょっと待て。俺口に出してなかったよな?」
まさかついに佐々波にまで心を読まれるようになってしまったのか。俺どんだけ読まれやすいんだよ。
「それよりもさー」
「おのれ。わかってて無視するのか」
「返事…………そろそろ聞きたいな」
「っ…………!」
佐々波が俺の正面に回り込んで顔を覗いてくる。
その顔には先程見た真剣味を帯びた目が見える。
もう、言い逃れはできない。
決断しなければならない。
だから正直に言おう。
恋って……………いったいどういうものなの?
すいません!!結局言い逃れみたいになってしまいました!
実は俺恋をよく理解していないんです!
だから佐々波が抱いている感情もよくわかっていません!
やべぇこれ俺最低だな!
シリアスな雰囲気をぶち壊す天才だな俺!
佐々波になんて言えばいいんだ!?
俺が返答に言い淀んでいると佐々波が先に動き出す。
後ろを振り返ったかと思ったら佐々波が声を発する。
「……………なんてね」
「………………………へ?」
「今はまだ聞かないことにするよ」
「な、なんで…………?」
「だって紅葉くん、よくわかってない顔してるもん」
「う、うそ!?」
咄嗟に顔を手で覆う。
うおぉ!?また読まれた!?
今読まれちゃいけないとこなのに!
「そんな中途半端な気持ちの返事なんて聞きたくない。ちゃんと理解した上で言ってほしい」
「…………………ゴメン」
俺が謝ると佐々波は微笑んで許してくれる。
こういうときは俺がなんとかしなくちゃいけないのに佐々波に迷惑をかけたな。
いつか自分の答えを見つけてしっかりと佐々波に伝えたい。
心の中からそう思えた。
「それじゃ、私の家もうそこだから。ありがとー、送ってくれて」
「え?あ、あぁ」
顔を上げると佐々波の家が見えた。
目的地さえ見えれば佐々波もさすがに迷わないだろう。
そう思い俺も帰ろうとすると
「それと、あんまり悩みすぎてもダメだからねー」
佐々波がそう言うと家に向かって駆け出していく。
見えなくなるまで見送ると俺も振り返り歩いていく。
やっぱり恋というものがよくわからない。
友達じゃダメなのだろうか。
それでは満足できないのだろうか。
でも……………今はこうでも…………もしいつか俺も恋をしたら、そのときは………………
学校から来るときに通った交差点に差し掛かる。
このまま真っ直ぐ行けば家に帰れるはずだ。
そして歩いているとスマホが鳴り出す。
取り出して確認すると、桜からのメールだった。
『お兄ちゃん遅い!お腹が減って死にそうだよ!』
「買うの忘れてたあぁ~~~~!!!」
メールでもう少し遅くなる、と伝えて元来た道を逆走する。
――――――
家を見据えて歩きながら自分の思い出を振り返る。
お母さんと会う少し前―――
『あ、猫だ!可愛いなぁ~』
『お、本当だ。俺も触りた………て、なんで逃げ出す!?』
『あはは。逃げられちゃったね』
『ぐぬぬ。納得いかない』
『そういえば君なんていう名前なの?』
『俺か?俺は紅葉だよ。久城紅葉』
『くれは?変な名前~』
『それ言わないでよ!少しは気にしてるんだからな!?』
『今日はありがとうね。紅葉くん』
『…………………おう』
「今日はありがとう。紅葉くん」
そう呟いた声は町の喧騒に紛れて誰の耳にも届くことはなかった。
恋は悩んで見つかるものではない。
見つけようとして見つかるものなんて所詮は脆い。
俺はそう思う。