いい恋しよう 思春期の春
ここは東棟2階にある空き室。
見渡せばそこかしこに誇りが積もっており、長年使われていなかったことが分かる。
篠沢先生から聞いた話だとここが恋愛活動部の部室になるらしい。
この学園では本格的な部活動は、5月から始まる。
だから、今私、遠藤明日菜がここにいる理由はない。
なのに私はずっと窓際で立ち尽くしていた。
今更になって思う。
なぜ昨日あんなことを言ってしまったのだろうか。
きっと、久城くんは気分を悪くしているだろうと思っていた。
でも、そんな心配は杞憂だった。
今日の1日を見る限り久城くんは全く変わっていなかった。
まるで、昨日は何もなかったかのように。
中学校のころから何も変わらない。
久城くんとは同じ中学校出身だった。
中学校のころから久城くんは優しい性格をしていた。
細かいことにすぐ気がつき、心配してくれ、優しく気遣ってくれる。
自分に災難があったとしても、何事もなかったように平然としている。
そんな久城くんが羨ましかった。
私はそんなに人に対して優しくできなかったから。
同級生ともうまく馴染めずについ敬語で喋ってしまう。
私はそんな自分が嫌だった。
だから昨日も自分勝手にあんな態度をとってしまった。
久城くんは何も悪くないのに。
謝りたい。でもうまく言葉に出せない。
あぁ、ダメだ。これじゃあ、昔と同じだ。
「…………………………変わりたいな」
ポツリと呟いたその直後、勢いよく扉が開かれる。
ガラッ!
思わずびっくりして振り向く。
そこには
「久城くん………?」
久城くんがいた。
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今、目の前に遠藤がいる。
まぁ、当然だ。知ってて来たのだから。
伝えるべきことは山程ある。
あとはそれを行動に映すだけだ。
まだ驚きの表情をしている遠藤に向かって俺は
「ゴメン!」
土下座した。
誰だ。情けなって思ったやつ。
しょうがないんだよ!これしか思い浮かばなかったんだ!
昨日の今日にしたって、結局原因分からないし、かといってこのままじゃ良いわけでもないし、これしかなかったんだ!
頭を下げ続けていると、クスッという声が聞こえた。
あれ?もしかして…………笑われてる?
顔を上げるとそこには笑っている遠藤の姿がいた。
「え、ちょっ!なんで笑うの!?」
「あ、ゴメンね。なんだか変わらないなって思って」
そう言われても俺は意味がよく分からない。
だって俺、土下座しただけだし。
とりあえず土下座したままでは話そうにもうまく話せないので立ち上がる。
「…………………ゴメンね。いろいろ迷惑をかけて」
「…………………いや、別にいいよ。俺こそゴメン」
部屋が静けさに包まれる。
遠藤がポツリと呟き始める。
「怖かったんだ」
「怖かった?」
「うん。昨日、久城くん、その……………キス………された、じゃない?」
「え、あ、あぁ」
遠藤が顔を赤く染めて言う。
俺もつい昨日のことを思い出すと気恥ずかさから顔から湯気が出そうになる。あぁ、ダメだ。忘れよう。少なくとも今は忘れよう。
「あの瞬間を見たら、なんだか久城くんが手の届かないところに行きそうで怖かったんだ………」
遠藤が少し顔を強張らせる。
手の届かないところって………俺が変態なのかどうかということか?
うわぁ、確かにそれは嫌だな。
自分の友達が変態だったら本当に怖い。
「……………なにか場違いなこと考えてない?」
「へ?なにが?」
至ってマジメに考えたんですが。
そんな俺を見て遠藤は小さくため息を吐き出す。
あれ?俺が変態なのかどうかということじゃないのか?
でも誤解されたままは嫌だな。ちゃんと言っておかないと。
「一応言うと俺は変態じゃないからな」
「……………もういい」
一応は余計だったかな?と俺は思っていたがどうやら遠藤は納得したらしい。
なのになぜか不満げな顔をしている。
まだ疑っているのか?
むぅ、それはそれで俺が不満だ。
「まぁ、まだ自分が自覚していない面があるかもしれないしな。そこらへんは善処していくよ」
「ねぇ」
「ん?」
「久城くんはすごいね。どんな問題があっても前向きに考えていける。私はできないよ。どうしても悩んで、昔と何も変わらない…………ダメな私のまま」
遠藤は思いつめたように全て吐露する。
中学校から悩み続けていた自分の嫌いなところを。
ずっと隠してきたことを。
きっとまた久城くんに甘えているところがあるかもしれない。
そう分かっていても堪えられなかった。
「私も久城くんみたいになれるかな?」
「憧れを持つのは自由かもしれないけどその人みたいになるってのは無理だと思うぞ」
「え?」
「聞くけど、誰かと同じになろうとしたらそれで変わったって言えるのか?」
問いかけてくる。
まるで本当にそれでいいのか、と聞いているかのように。
「それに、悩むことは悪くもないだろ。悩んでるってことはそのことに真剣になって考えてくれてるってことだ。相手にとってそれほど嬉しいことはないよ」
「……………でも」
「少なくとも俺は嬉しいぞ。友達が真剣に悩んでくれてたのなら俺は嬉しい。例え結果に繋がらなくても、一緒に考えてくれてただけでもう充分だ」
「………………っ!」
遠藤が突然目を背ける。その顔は真っ赤に染まってたように見えた。
うぅ、ちょっと恥ずかしいから反応してくれないと気まずいんだけど………。
場に沈黙が再び訪れる。
気まずい。気まずすぎる。
遠藤はこちらに顔を見せようともしない。
とうとう俺が面白ウンチク話100選でも喋ろうかとしたとき
『~~~♪』
スピーカーから音楽が鳴り始める。
これは…………下校の時間が迫ってる合図!
時計を見るともうだいぶ遅い時間になっていた。
チャンス!
「おっと!もう時間が遅いからそろそろ帰ろうぜ。あ、そういえば今日帰りにスーパー寄って食材買うんだった!さあ、急がねば!」
「待って」
無理やり理由をつけて帰ろうとする俺を引き止めるように言う遠藤。
「ん?な、なんだよ」
「あのさ、私や佐々波さんのこと、どう思ってるの?」
「そんなの友達に決まってるだろ」
遠藤の問いかけに俺は即答する。
出会ってあまり日も経っていないが信頼関係に時間は関係ない。
自分がその人のことを大切に思っているかどうかだろ。
俺が即答すると遠藤は顔を再び真っ赤にする
「そ、そうなんだ。…………………………よかった」
「何か言った?」
「い、いや、なんでも!」
遠藤がなんかボソッと言った気がしたけど………ま、いっか。
「それじゃ、またな」
「うん。また明日」
そう言って別れる。
実を言うと、遠藤が小さく言った言葉は俺の耳に届いていた。
《…………………………よかった》
その言葉は俺の胸に溶け込んでいく。
正直に言って嬉しい。
遠藤も俺のことを友達だと思ってくれている。
友達同士だと喧嘩をしてしまうこともあるかもしれないが、それはお互いをより深く知ろうとしていることと変わりはない。
少なくとも俺はそう信じている。
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「…………………………」
部屋の中でうずくまる女の子。
端から見ればダンゴムシのマネでもしているのか?と思うような光景だった。
私なんてことをぉ~~~~!!!!
女の子の心の中は荒れていた。
やってしまった!ずっと隠してきたことを言ってしまった!
しかも好きな男の子に!
うわぁ~~!!私のバカぁ~~~!!
心の中で叫びに叫びまくる。
少し落ち着きを取り戻すとあのセリフが脳裏に浮かび上がる。
《少なくとも俺は嬉しいぞ。友達が真剣に悩んでくれてたのなら俺は嬉しい》
そして、再び女の子の心の中は荒れ始める。
小説を書いているとつい自分の本音が紛れ込んでしまうときがあります。
※9話より抜粋
『単純に幸せそうにしているやつがムカつくんだよ』
失礼。つい本音が。