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ワンライ自選集

トラッパー

作者: yokosa

【第66回フリーワンライ】(自主練)

お題:

恋愛依存症

小指の糸

戦争の英雄と平時の悪魔


フリーワンライ企画概要

http://privatter.net/p/271257

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

「――ねえ、ちょっと。あなた、起きて」

「……ううん?」

 それはほとんど呻き声に近かった。眠くはないが、やけに身体がだるかった。特に腕が酷い。身体の下敷きにでもしていたのか、感覚が希薄だった。揺り返しの痺れを予感しつつ、彼はゆっくり目を開いた。

 ジョンが想像したのは早朝のベッドだった。だが、予想に反して辺りは薄暗かった。妙にほこりっぽい。そこはスプリングの効いたマットレスなどではなく、硬い作業台か何からしかった。

 何より解せないのは、彼が横になっていないだけでなく、誰かと背中合わせで座っていることだった。

「やっと起きたのね。ここどこだかわかる?」

「いや……ええと……何?」

 彼を起こした声が再び聞こえて、それが少女のものであること、恐らく密着して背中合わせになっている本人であることに気付いた。体温から柔らかさを想像してどぎまぎするが、そんなことよりもこの異常事態だ。

「痛っ!」

 振り向こうとすると、手に鋭い痛みが走った。小指の付け根だ。手指を動かして確認する。どうやら彼の手と彼女の手、小指と小指同士を何かで縛られているらしい。力が入らず、自由に動かせなかった。

「なんなんだこれ」

「たぶん結束バンド」

「え?」

 無意識についた悪態まがいの一言に、間髪入れず答えられて思わず聞き返した。

「父がね、電気工事の仕事してるの。それでちょっと触ったことあるから」

「そうなんだ」

「ちっとやそっとじゃ切れないわ」

 ひょっとすると彼女は、自分が目覚める前に色々試行錯誤したのかも知れない。ジョンはそう考えた。

「そもそもここはどこなんだ」

「あなたもわからないのね。もしかしたらと思ったんだけど」

「申し訳ない」

 頼り甲斐のない男と思われただろうか。こんなわけのわからない状況なら、男が率先するべきだろう。

 ジョンはにわかに奮起した。

「ねえ、君、もしかしてジュリア・ミラーだろ」

「そうだけど……でもどうして?」

「いや……その、匂いで。時々学校ですれ違うから」

 ジョンにとって彼女の匂いは特別だった。ハイスクールの華、というやつだ。

 しかし匂いで判別したと告白するのはまずかっただろうか。変態と思われるかも知れない。

「……あなたは?」

「俺はジョン。よろしく……でも困ったな。身動き取れないし……時間もわからない」

 目を凝らしてもほとんど何も見ることは出来なかった。雑然とした雰囲気は感じるのだが。どこかの作業場だろうか。

「……時間ならわかるかも」

 ジュリアが背後でごそごそと動く気配がする。

「ちょっと左手こっちやってくれる? そう――よ、っと」

 ごとり、と何かが落ちた。手で触ると、プラスチック特有の感触があった。

「これは?」

「携帯ラジオ。角にアンテナがあるから引っ張り出してくれる? スイッチ押すわ」

 小指が縛られて自由に動けない中、アンテナを引き出すのはちょっとした苦労だった。方角までは調整出来ないが、上手く電波を拾ってくれることを祈るばかりだった。

 かちっ、とスイッチ音。

『――ム戦争帰還兵の男が町を――徘徊――武器を所持しており――罠を駆使するゲリラ戦の――カークスビルでは住民に注意を呼びかけ――合わせて高校生二名の行方を――以上、午後十時のニュースでした――』

 それきりラジオは沈黙し、ノイズを出力し続けた。しばらくして途絶える。彼女がスイッチを切ったようだ。

「今、カークスビルって」

 地元の名前。行方不明になった高校生二人。そして容疑者の情報。導き出される答えは一つだった。

「まずいな。どうにか逃げ出さないと」

 どうやら今は犯人は近くにいないようだ。そういえば、ラジオをつけさせたのは軽率だったかも知れない。もしも近くにいて聞かれていたとしたら。

 ジョンはかぶりを振って予感を打ち消した。不安感を感じている場合ではない。ポジティブにならなければ出来ることも出来なくなる。

「ねえ。実は私、ライター持ってるんだけど」

「ライター! それなら拘束を焼き切れる! でもなんでそんなものを」

「私だって隠れてタバコぐらい吸うわよ、そりゃ。悪い?」

「全然! 最高だ」

「ちょっと待って……左のポケットに……あった」

 ジュリアが左手に何かを握っているのを後ろ手に感じる。

 そこでふと気付いた。結束バンドを焼き切るのはいいが、どこをどうやって? ゴムのように引っ張って真ん中を焼くというわけにはいかない。小指は完全に密着していて離すことは出来ない。

「どうしたの?」

 急に黙り込んだジョンに対して、ジュリアが聞いてくる。心配そうな気配。

 ジョンは覚悟を決めた。二人して火傷を負う必要はない。

「ライター貸して」

 右手で受け取って、手探り――指探りか――で持つ。なんとか二人の背中の間にスペースを作り、着火口を左手の小指付け根に近づけた。

 勿論、ジョンの手の方に、だ。

 耐えろ。耐えろ。耐えろ。口の中で繰り返す。心の中で繰り返す。

 着火。

 火が、


 ジョンは外の空気を肺に送り込むと、二酸化炭素とともに嫌な匂いを吐き出した。

 あれから両方の結束バンドを焼き切り、運良く近くにあったミネラルウォーターで患部を冷やすと、用心しながら二人は得体の知れない暗がりから脱出した。作業場のようだと思ったのは正解で、捕らえられていたのは材木加工場だった。

 幸いにも犯人に出くわすことはなかった。二人を拉致した後、再び町へ繰り出したのだろうか。

 火傷の跡がまだ痛むが、こするわけにもいかない。ジョンは顔をしかめながら歩いた。

「ジョン、大丈夫?」

「君が怪我するよりかはマシさ」

「ありがとう……ねえ、ジョン。ジョン・マレル」

 強がって先導していたジョンだが、フルネームで呼ばれては振り返ざるを得なかった。

 ジュリアが神妙な顔つきで立っている。恐怖から来るものだろう、強張った顔を無理に笑みの形に変えた。

「その……本当に。怪我が治ったら、デートしない? それから……」

 それから。

 その言葉に内包された意味に、甘酸っぱい期待感が込み上げる。ジョンも無理に笑いかけた。小指をかばいながら、彼女に手を差し出す。

「うん。でもまずは戻ろう。それから……それからのことは、それから」

 ジュリアがおずおずといった様子で――当然小指は気にして――手を取ろうとする。が、不意に後ろを向くと、左腰の辺りを振り払った。

「ごめんなさい。ちょっとスカートが引っかかって。

 さあ、行きましょ」


 ジョンから見えない角度で、ジュリアは左ポケットから中身を取り出した。ポケットの膨らみがなくなる。

 ジュリアは近くの茂みへと取り出したものを捨てた。

 それは結束バンドの束だった。



『トラッパー』了

 罠師は誰だ?


 先週日曜にあった本ちゃんの六十六回ワンライに参加出来なかったので自主練タグを付けつつ投稿してみる。

 一応構想三十分ぐらい、執筆一時間ぐらいでワンライのルールに則ったつもりだが、変な時間に始めたせいで変な時間になってしまった。

 お題「戦争の英雄と平時の悪魔」で『ランボー(First Blood)』を連想したからこんな内容になったが、やりたいのはヤンデレ話だった。ちゃんとそうなってるだろうか。

 あ、しまった。ラジオは本物の放送じゃなくてカセットテープから流した偽物のつもりだったんだけど、これじゃよくわからんな。失敗した。

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