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クラスメイトは児童でした

 「...」


 昼下がりの眩しい光が室内に入り込むグラン学院の一室で、自信なく椅子に沈んでいる男性と必死にフォローをする女性の姿あった。いうまでもなくリシュと風斗である。


 備え付けられた装飾の施された棚には薬品が立ち並び、ふかふかなベッドも配置されている。ここが医務室だということは初見の人間なら誰しも気づかないであろう豪華絢爛さには、目を疑いたくなるものがある。


「ほ、ほらこの世界に昨日来たばっかですし仕方が無いですよ?ほら元気だしましょう!」


 今日何度目かの必死のフォローは風斗の沈んだ目と自傷気味な笑みでかき消される。その様子に何度となくリシュも落ち込み、沈んだ空気が漂う結果になってしまう。


 こうなった原因は、すこし遡ることになる。


 -----------------------------


 風斗の意識が、夢の中だと告げる。そして空から落下している。気づいた時には既に山をも超えるいちに居て真っ逆さまに落下してゆく。ただ風の感触もなく地面もない。見えるのはただただ真っ暗な闇。


 恐れも恐怖も何もかも無駄に思える暗闇と、トラウマになりつつある落下のコンボで風斗は混乱に陥っていた。風の感触や風景などないが確実に自分が落ちていると自覚する。焦りは汗となり涙となり、体から流れ出ていく。


 本能で分かる、この落下もすぐに終わることが。嫌だ死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない嫌だ嫌だ嫌だ!暗闇にぶつかると思い目をギュッとつぶった瞬間―。


「はぁ、、、はぁ、、、はぁ、、、ん」


 風斗は夢から覚めた。息があがり、涙はとめどなく流れ、体はガタガタと震えている。途中で夢だと気づいたとしても恐怖から逃れることは本能が許さない。


 未だ震える体を両手で抱き締めるような恰好になり、息を整えようとする風斗。


  環境に恵まれて忘れていたが死を直前に感じる体験をしていたのだ。そのことを忘れようと思ってはいても意識の片隅で隠れ、このように出てきてしまう。


 そんなことを考えながら息を整えてふぅ...と短いため息を漏らした。


「装えないほどにこの世界にうろたえているのかも...」


 一言本心を漏らすと顔を洗うためにベットから立ち上がる。地面の感触を確かめながら洗面台に向かう時にドアをノックする音が響いた。


 風斗がドアスコープから覗くとリシュが立っている。すぐさまドアチェーンをかけて開くと、リシュが怒ったような声を上げた。


「なんでチェーンつけるんですか!」

「ご、ごめん昔からの癖で」


 苦笑混じりの謝罪をしながら風斗はリシュを部屋に招き入れる。早朝の寝巻き姿の男性が美少女を部屋に招き入れるという、ちょっとした事件が起きているが、双方ともに鈍感なのか全く気づいていない。


  きちんと制服を着ているリシュに内心、制服も似合うなと思いながら風斗は椅子に腰掛ける。


「本当ならお茶でも出したいんだけど部屋に慣れていなくてね、ごめんね」

「大丈夫です。私が押しかけてしまったので......。」

 

そう笑みを浮かべながら話すと、突然心配したように風斗の頬に触れた。


 心臓が痛いほど高鳴り風斗の頬がほのかに赤く染まる。ビクッとしながらもその手に自分の手を重ねながらどうしたの、と笑いながら尋ねた。


「涙の...跡ですね」


 心配しそうな顔に未だ心臓は音を奏でるが、風斗は少し笑いかけ大丈夫だよ、と伝えた。


 人に心配されるのなんて何年ぶりだろうか。周りの人間は少年のの些細な変化にも、些細でなくても気づけない。いつの間にか広がった、春野風斗なら大丈夫だろうという風潮やイメージが彼をより孤独にしていく。


  幾度となく自分を追い詰めた考えにいつしか慣れていた風斗に、会ったばかりのリシュが変化に気づき心配してくれている。その出来事に内心嬉しさを覚えながら、リシュに今朝来た本題を持ちかけ話題を逸らした。


「リシュ、髪の毛の色お願いできるかな?」


 心配する表情は変わらないが手を風斗の手からどかしこほんと咳払いをする。どうやら自分が来た理由を思い出し先程までの自分の行動の恥ずかしさに気づいたらしい。


 姿勢を正すと装飾魔法かけ始めた。


  風斗の髪の毛の色がつむじから綺麗な黄金色に変わっていき、毛先まで染め上げ、目の色も完璧に緑色に変えた。


 その魔法を平然とやってのけるリシュに感心しながらお礼を述べる風斗。少しの談笑を得てからリシュが部屋から出ていき、風斗も寝巻きから部屋のクローゼットにかけられていた制服に着替えると部屋を出た。


 慣れない制服に身も気も引き締まる思いをしながら校舎へと歩き始めたのであった。


 --------------------


 この王都グラン学院は完全飛び級制であり六~十八歳の様々な年代の生徒が授業を受けている。


 クラスは第一等等級から第五等等級まで割り振られており、一番下は第五等級である。


 異世界からの転移者ということで類まれなる才能やスキルに彩られ、初めての授業で学院最強と呼ばれるものを倒したり、教員に何故か気に入られ第一等学級に入れられる...ということはなく風斗は普通に第五等学級に転入になった。


 その話を学舎の教員室から受け今は教員と二人で話をしながら教室に向かっていた。


「風斗くん、君はカリスト教授の遠い親戚だそうだね。箱入り息子でなんにも知らない親戚の子をこの学校に転入させるとは...カリスト君、君ってやつは...!!!」


 カリスト教授の古い旧友らしいマッシー教授に、移動中散々自慢話を聞かされうんざりしていた(態度には出さない)風斗はなるほどと思った。


 異世界転移者居るんだけど勉強させたいから学校に入れるね、なんてことを言った日にはカリスト教授の信頼が地に落ちたりパニックになる。


 親戚とすることで転入が楽になり、無知識ということも箱入りだとすれば合点は行く。まぁ無理矢理感も否めないが変な設定でなくて心底ほっとする風斗。


 道中考え事をしながらも傍らではマッシー教授の自慢話は続く。


「その時私とカリストは右腕を...っと教室についたようだね。随分語ってしまってすまない。次回はもっと簡潔に話すようにするよ!」


 そうゆう問題ではないんだがどうやら風斗が適切に相槌、笑顔を見せることをとても好意的に受け取ったようだ。異世界へ来たとしても元いた世界の処世術は癖として使ってしまうらしく、またやってしまったと内心後悔しながら新しいクラスに胸を一人踊らせる風斗であった。


「ようこそ第5等学級へ」


 教室の扉が自動ドアが開く。そこに待っていたのは...


 幼児だらけのやけにくそ騒がしい空間だった。


 -----------------


「わーでけぇやつ入ってきたぞー!!!」

「先生〜リッケル君がまた女子泣かせました〜」

「うわーーーん!!!!!!」

「てめぇまたチクったな!泣かせてやる!」


 色々なところで喧嘩が起き、泣き声が教室中を反響し耳がちぎれそうになる。教室の窓のカーテンでターザンごっこをしている子もいれば、隅でごっこ遊びに勤しむ女児の姿。箒でチャンバラをしている男児もいる。


 その様子に呆気に取られている風斗の横で、眉をぴくぴくと震わせたマッシー教授の怒号が響く。


「リッケル!お前またぬいぐるみを取ったな!いつも人のものを奪うなと言っているだろう!リリー、マリー、リナリーのリー三姉妹!授業時間はすぎている!早くおままごとを止めなさい!トニー!カーテンで遊ぶなとあれほど昨日言っただろう!全員席につけ!」


 マッシー教授の怒号の後に流石にやりすぎたか、というような沈黙が訪れる。仕方ねぇなぁと言ったふうに各々は遊び道具をしまったりして席につき始めた。マッシー教授はひび割れた壁やビリビリに破かれたカーテンを直すとこほんと咳払いして言った。


「今日から皆の仲間になる春野風斗くんだ。遠い地域での出身となっていて知識はみんなよりも疎い。先輩として色々なことを教えてくれ」


「これから皆よろしくね!」


 ニッコリと満点の作り笑いを浮かべる風斗。大抵の人はこれで好印象を受けるだろう。一部の女児はうっとりとした表情を浮かべながら頷いている。


 誤解のないように説明しておくが風斗は特段イケメンな部類に入る訳では無い。


 が、しっかりと整った顔はしており、生きていく過程で得た人を惹きつけるカリスマ性の雰囲気で好印象を与えているのだ。もちろん本人も自覚しており、この技を行使している。


 だがその雰囲気も知らないと言ったふうな男児もいた。ダンっと勢いよく机に乗り威勢よく吠え始める。


「結局はいいとこのボンボンじゃねぇーか!ペッ!てーゆーかよー、先輩には!」


 そこまで言うと全身に力を溜め始めたのか下半身に全重心をかける。


「リッケル!またお前か!いい加減にし―。」

「マッ君は黙ってろよ!先輩には...敬語だろーーがーーーーーーー!!!!!!!」


 そう大声で叫ぶと机を力強く踏みしめ、真っ直ぐ風斗に頭突きをしてくる。


 教室は児童ざっと三百人は余裕で入ってしまうような丸いホールであり、当然風斗は教卓と思われる場所で自己紹介をしている。


 リッケルと風斗の距離は遠く百メートルはあるが視界で追えぬスピードでその距離を縮め、一瞬のうちに風斗のみぞおちに石頭をぶつけた。反応しきれなかった体が壁に無慈悲に打ち付けられ風斗の意識が遠のく。


 マッシー教授の怒号と自分の腹に立つ勝者の顔を見ながら風斗は意識を手放していった。マッシー教授ってマッ君って呼ばれているんだ...そんなことを考えながら。


 -----------------


 胸あたりの鋭い痛みに目を覚めるとそこには見覚えのない天井と見覚えのある心配顔があった。


「リ...シュ...?」

「風斗さん!もう心配したんですから!」


 そう言いながら手を握りしめてくる。イマイチ状況の飲み込めない風斗にリシュが教えてくれた。


 風斗がリッケルの頭突きによって気絶したこと、気絶した風斗をマッシー教授が抱えて医務室に運び込んだこと、絆創膏を補充しに来たリシュと偶然会い風斗を任せリッケルを懲らしめに行ったこと。


 もう心配しました!というリシュの言葉に苦笑いをしつつ、フラフラと立ち上がり椅子に腰掛ける風斗。頭を抱えうなだれるような格好になり、か細い蚊の鳴き声のような声でリシュに聞く。


「リ、リッケルって何歳なの...?」

「え~と、この間七歳になったんだって自慢してきましたね」


 その時の光景を懐かしむように頬を緩ませるリシュの様子と、うってかわり風斗は萎んだ花のようにテンションをただ下げる。


 ほぼ十歳差の子に負けた...しかも完膚なきまでに。


 負けることを恥と思わない性格だが一回り下の子にボコボコにされた事実は、心底メンタルに来るものがある。しかも異性の人にその醜態を見られるという最悪な状況も相まって、穴があったら入りたい状態なのである。


 そして冒頭に戻る。


 何度目かのフォローが空回りをし、リシュはどんな言葉が今の風斗に必要かを真剣に考える。表向きな軽い言葉ではまた相手にされず傷つけるだけだ。かといってかける言葉が見つからない。


 自分のひ弱さに嘆きながら必死に次の手を探すリシュ。その様子に気づきながらもどうしようもない虚無感に苛まれた風斗がふいに、ポツンと喋り始めた。


「僕にも...知識があれば飛べるかな...」

「えっ...」

「不覚にもリッケルの頭突きカッコいいなぁって思ったんだ。あんなに飛べたり動けたら、少しでもあの空が怖くないかなって」


 今日何度目かわからない苦笑いを浮かべながら、風斗はリシュに顔を向ける。


 今朝の涙の跡、少しだけ湿っていた寝巻きの首筋、汗でしっとりした髪の毛のことを思い出す。風斗の観察眼ではなくとも何かあったことをリシュは感じていた。


 だが原因がなにかはわからなかったし聞いてはいけないデリケートな問題だと察し何も聞かずにいた。しかし今の発言で確信した。昨日の出来事が未だに忘れられないのだ。


 今自分自身で風斗を助けることが出来るとすれば…


「特訓です!」

「えっ」


 予想もしない発言に思わずリシュと同じような言葉が出てしまう。


「明日から二日間休みです、今ない知識や経験を積んでいきましょう!先生役は任せてください、何を隠そう私、第一等級首席ですから!」


 ふんと胸をはるリシュに暗い気持ちが晴らされていくような気分に陥った。ふふっと笑うと、いつもの距離を取るような態度はどこへやらという風に、風斗はリシュの目をしっかりと見据える。さっきまでの自称気味の目線などではない、意思を固めた漢の目だ。


 その気合いに気圧されながらもリシュもしっかりと見つめ返す。


「本当に何も知らないし、迷惑をかけるかもしれないけどそれでも僕は君から学びたい。いつか、なんてそんなことは言わない。すぐに君と、リシュと一緒に授業を受けたい。だからそのために力を貸してくれるかな」


 若干告白チックだが本人は全くそんなことは意図していない。リシュ自身も真剣な気持ちに向き合おうとしているので気づかない。


 初めて会った時のような朗らかな笑顔を浮かべながらリシュは風斗に向けて言葉を紡ぐ。


「はい、いくらでも手を貸します。一緒にこの学院を歩きましょう!」


 燦々と光り輝く太陽の光が窓から医務室に入り込んでくる。今までの暗い雰囲気は一変して決意に満ちた二人の心地の良い雰囲気が漂っていた。



次回ついに戦闘入ります。やったぜ。長くなっても自分の納得いく戦闘を書きたいです。

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