ただ、貴方に会いたい
「はぁはぁはぁ、早く行かなきゃ!」
「姐サン!」
「でもでも!でも...風斗さんが!」
「落ち着いて。リシュも相当危ない。」
今にも街から飛び出しそうなリシュをジアが止める。今にも崩れてしまいそうなそんな腕で、ジアはリシュの腕を掴んだ。
「ぐ、ううううう......」
こぼれ落ちる涙に、その場にいる全員が為す術なく、立ちすくむ。この街を守る為に、仲間が一人で戦っているのに何も出来ない痛み。
今にも飛び出してしまいたいのは、ポポやジアも一緒ではあった。そんな泣き崩れるリシュの目の前に、アキレスが現れる。
「話は聞いたよ、リシュ君。」
「アキ...レス......様。では!」
藁にもすがる気持ちで、リシュはアキレスの瞳を見るが、その瞳は悔しさに満ち溢れていた。
「私も助けたい。助けてばかりのお人好しな少年を!でも出来ないんだ...出来ないんだ......!」
「な...ぜ...ですか?」
絞りでるような、そんなか細い声で鳴く事しかリシュには出来ない。
「...先の戦いの余波があまりにも大きすぎる。奇跡的に死者は居ないものの、負傷した兵士や住民が優先される。さらに、街に進軍してくるならこちらの守りに兵士を割かねばならなくなる。」
苦虫を噛み潰したような顔で、現状を報告せざるを得ないアキレスの立ち位置。何度も救ってくれたただの少年に対して何も出来ない立場と状況。
そんな思いが言葉にはこもっていた。
「話は聞かせてもらったぜ」
雨降りしきる重い空気を覆すようなそんな声が、辺りに響く。
「君は......」
「ああ、俺はここらの乗組員の船長だ。アキレスさん、あんた俺らがそんなに弱いと言ってんのか?」
海兵とは違い、荒くれ者のような人物。船長と名乗った眼帯の強面の男は地に根を張ったように仁王立ちしながら、この街のトップに話しかける。
「そんなことは......!」
「なら守るだけじゃねぇ。漁ってのは待つだけじゃねぇんだよ。てめぇのケツはてめぇで持つさ。突然の嵐にゃ女神様便りだがな、来るとわかってる大物に臆する俺たちじゃねぇよ!なぁおめぇら!」
その言葉に傷付いたもの達も、そうではない者たちも、大きく首を縦に振る。手には鎌を、フライパンを、武器になりそうなものならなんでも手に持ち、己の意志を見せる。
「......!」
「あんたの築き上げたもんはそんなヤワじゃねぇさ。お嬢ちゃん」
「は、はい!」
やり取りを眺めていたリシュ。いきなり話を振られるとは思っておらず、変な声が出た。
「あんたにとって風斗のあんちゃんは、大事な存在かい?」
「風斗さんは......。」
流れ出る涙をゆっくりと拭い、しっかりと立ち上がり、船長の瞳に心を合わせる。
「はい、とても大切な方です!」
その返答を聞くと、船長はニカッと銀歯の歯を見せながら笑うと納得したようにうなづく。
「町は俺たちに任せときな!未来の旦那様助けてこい!」
「みっ!だっ......!」
「私も覚悟を決めよう......」
「あ、アキレスさん......?」
アキレスは見当たりのいい所に立つと、全員に届くような怒号にも似た言葉を話し始めた。
「この街は現在魔物たちによる侵略を受けている!」
「「「!」」」
驚きはするが、アキレスの声を聞き逃さないように喧騒がなり止む。
「そしてそれを救ってくれている人物、いや人物達がいる!皆はもう分かっているだろう。風斗、ジア、リシュ、サンドラ、そして私の街の住民であるポポの協力があっての事だ。だが、今なおその現状は変わらない。」
名指しで言われた者は、ジアを抜いて全員が頬を赤くする。ジアはキョトンと頭を傾ける。
「今より北の森、ニシャの森から魔物達の大群がここ海の町を目指し進軍をしている。」
「「「!?」」」
「混乱はわかるだろう。海からの侵略、そして森からの侵略。だが、それを今なお食い止めている人物が居る。私はその人物を救い出したい!全員とは言わない、だが腕に覚えがある者、負傷していない人間は私についてきて欲しい。大切な人を守る力を...彼女に、彼女達に貸してはくれないだろうか!」
いつしか雨の音しか聞こえないそんな静寂の場所。だが、次第に振動のような人々の方向が場を木霊する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「やってやろうぜええええええええええええ!!!」
「当たり前だああああああああああああああぁぁぁ!!!」
人々の歓声の中、アキレスがリシュ達の目の前に歩みを進める。
「すまない、不甲斐ない町長で。」
「いんや、100点満点さ」
「い、いいんですか?」
「決断が遅くなってすまない、救い出すぞ風斗君を」
「...はい......!」
止めどなく流れる涙を必死に拭いながら森のある方角を眺めるリシュ。懇願するだけのか弱い少女はもうそこにはいなかった。
「待っててください、今貴方を助けに行きます」
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リシュ達が森を向けて出発し、数時間ほど。かなり早く移動しながら来たとはいえかなりの時間が経過してしまっていた。
道中襲いかかる少数の魔物達を亡きものとしながら、平原を目指す。
アキレスやリシュ達、着いてきた魔法使い
傭兵が肩で息をする頃。前方での大きな魔法の反応を感知する。
小さな林を超え、魔法に反応があった場所へ足を運び―。
「な、なんですかこれ......?」
ようやく言葉をリシュが発する。緑豊かな平原だと聞かされていた光景とは比べ物にならないほどの惨状。
血と雨と泥で塗られた地面。太陽の光を浴びるような大きく生える葉っぱは、ほぼ焼き尽くされ、爽やかな自然の息吹ではなく、死が蔓延したような臭いが立ち込める。
そこらに生えるように置いてある首のない死体、死体、死体。そして地面に突き刺さる様々な役割を終えた武器達。
今なお背景の森の中から蠢く魔物達の量。視認するだけで胃の中を吐き出してしまいそうになるのを、リシュは既のところで止める。
「こ、これを風斗君が......?」
アキレスも困惑の表情を浮かべている。それはジアもポポもサンドラでさえ困惑と恐怖が混じり混じった顔を浮かべる。
そして怯えるように体を震わしていた。
「そ、そうだ風斗さ―。」
「アアアァアァアァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「「くっ!?」」
耳を塞ぎたくなるようなそんな絶叫が、平原の中央、獣の死体に集るような蝿のように群がる魔物達の中から聞こえた。
「これは......」
「風斗さん!」
いつの間にか走り出した彼女を止める人間は、もうそこにはいなかった。意を決めた人物を、彼女のあの真剣な眼差しを止めることが出来なかった為だ。
血でむせ返りながら、涙を浮かべながらも叫び声の上がった場所まで走る。大事な大切な彼に会うためだけに、ただひたすら足を動かす。
「(風斗さん!風斗さん!......風斗!)」
「ぅぅぅぅうううううううああぁぁぁぁ......」
よくあの彼を見つけたと言えるだろう。ようやく会えた死の頂点に降り立つ彼は、リシュが最後に見た少年とはかけ離れていた。




