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心の剣

 二週間ほど経ち、風斗の身体が全快した曇り空の日。それは突然の出来事だった。風斗の止まっている宿を振動させるような巨大な振動。窓の硝子が割れ、寝ているベッドの横に山のように積まれている本が崩れる。


 突然の事に寝ぼけた頭が覚醒する前に風斗は剣を持ち、サンドラも同じように唸り声をあげながら、窓の外を睨んでいる。地団駄のような振動が無くなるまで、おおよそ五分は経ったのだろうか。


 風斗の頭も眠気を捨て、神妙な面持ちでフードを身にまとい、ドアを開けた。同じように完全防備に身を包まれた二人の美女。リシュとジア。

 三人と一匹は会話を交わさず、軽く視線を交えた後、止まっている宿を飛び出した。


 阿鼻叫喚の嵐に包まれる海の街。市場の食物は散らばり、何処も彼処も誰かが泣いているような空間。無傷の家もあれば、揺れに耐えきれず半壊したような家もチラホラと見える。


 風斗は周りを見渡しながら、観察眼を発動させた。ぐるぐると回りながら、より強く、濃いマナを探し当てる。


「海の方向にマナが集まってる。行こう、みんな」


 こくりとつぶやき、先を急ぐ一行。逃げ惑う人々を避けながら、観察眼を発動させた風斗は前方で泣いている女の子を見つける。


 揺れの恐怖で家から飛び出してしまったのだろうか、それとも違う理由だろうか。泣いている女の子を風斗は見て見ぬふりで捨てることは出来ない。それは何も出来ずに泣いていた自分と重ね合わせたからだろうか、それともこの街で少しずつ守る認識が変わったからだろうか。ひとまず助けようと思った瞬間、瞳の焼けるような痛みを感じる。


「...ぐっ......! 」


 そして目に映る光景。海の方から飛んでくる水の矢に体が貫かれ、涙を流しながら風斗に手を伸ばし、絶命する少女の姿。伸ばした手が届かずに空を消える、そんな光景が朧気に、蜃気楼のように写り、掻き消されるように消えた。


 目の前には依然涙を流す少女と、胸を掻き毟るような不安感、焦燥感。その正体を確認せず、風斗は叫んでいた。


「『風纏』! 」


 体にまとわりつく風。強引に少女との距離を埋め、抱き抱えるようにその場を後にした瞬間、少女の居た場所に矢が地面を穿つ。


「お兄ちゃ―」

「ここは危ないから、屋根がある場所に行こっか」


 何が起きたか分からない少女を、付近にあった家から様子を見ようとドアのそばにいる女性に預け、風斗は膝を着く。


 瞳から流れる血、血、血。そして眼球に針を指しているような痛み。だが、止まっている暇はないと、風斗は血をぬぐい取り、海へと急いだ。


 時間にして一時間はかかるであろうその距離を10分足らずで駆け抜ける。風纏を用いた風斗に追いつけるのは、巨大な白い獣サンドラの脚力ぐらいだ。海を迎え入れるかのような巨大な浜に到達すると、等しくそこでは戦闘の火蓋が切って落とされていた。


 鎧に身を包まれた騎士と、海兵の服に身を包んだ兵士達が、海から陸へと侵略するような形の魔物達を阻んでいる。盾で、槍で、剣で、小舟で、樽で。なんでもいいから、進行を妨げようとした意図を感じる。


 そしてその数千にも及ぶ兵士を指揮する男、アキレスを風斗は見つけた。


「アキレス様! 」

「君は...風斗君! 来てくれたか!」

「これは? 」


 海からその命を生み出された様な異形の怪物は、今なおその歩みを止めない。そして刻一刻とその数は増していく。


「先程、黒い扉が空から降ってきてから、この有様さ。」

「黒い扉!? でもよくこの人員を―」


 言いかける風斗の言葉を遮りながらアキレスは言葉をつぶやく。


「予言さ」


 戦場を睨みつけながら、兵士に魔法使いに指示を飛ばす。その額に皺を寄せられていた。今にも爆発しそうなほどの、凄まじい怒りを留めながら。


 風斗は聞く。


 町外れに住む老婆が、予言としてこの現状を教えに来たことを。そしてそれを伝え、息を引き取った事。


 ただの嘘として、戯言として一蹴できる事柄だが、命を削ってまで伝えにきたことと、切羽詰まった様な表情を浮かべたその姿勢を、ただの老いぼれの言葉として捨てるには出来なかった。そしてそれらは現実となった。


 風斗は柄を地面に突き刺し、アキレスの前に跪く。


「私の剣は、この街を守る盾となりましょう。どうかご指示を! 」


 風斗がこの街を守る意味などない。これほどの事態ならば仲間を連れ、早々に逃げるのが最良の一手だろう。それは風斗がこの世界に契約をしたような自身の意思。偽善と呼ばれるような、自身の正義を振りかざさない。邪魔するものだけを射殺す心の剣。だが、捨てさるにはあまりにも心を通わせすぎた。


 街の人と街の魔物と心を通じ合わせ、友人と呼べるのではないかと期待した人物を作ってしまった。だから風斗は使い捨ての剣でも、助けられるのなら―。


 どんな考えを持ったかは分からない。だが、アキレスはしばしの時を使い、決断を託す。


「私は君の上司ではない。風斗君、君の好きなようにするといい」


 その言葉に風斗は、アキレスを見る。これは破棄だ。この街に縛り付けることへの完全な破棄。魔神をも倒せるほどの冒険者を野に放つ、真なる心の答え。風斗は何も言わない。だが、溢れる暖かい感覚をその身に感じながら、風斗は剣を鞘に入れる。


「リシュ、ジア。」

「ん......。」

「はぁはぁはぁ、なんで...しょうか?」


 いつの間にか追いつき涼しげな顔のジアと、膝に手を置いて肩を上下させているリシュ。


「力を貸してくれ、頼む」

「ん」

「はぁはぁ、もちろ...時間下さい!」


 リシュの様子に自然と笑みがこぼれる風斗。そして真剣な眼差しにし、言葉を吐いていく。


「目標はこの海に出現した黒い扉の破壊。膨大なマナを保有する海に存在してるから、それだけで魔物を量産できる最悪の状態だ。理由は分からないけど、断続的にしか魔物は出てきてない。それでも一気に数百体は出てきているけども」

「私は結界を町に貼ります。お二人とサンドラはすみません、前線に......。」


 立て直したリシュが言い淀むように、言葉を紡ぐ。水の矢が降り注いできたことを考えると、これからも遠距離攻撃が来る。リシュの仕事は人民を守る為のものだが、自分が前線に出れない事を悔やんでいるのだろう。


「こっちは任せて、リシュは最強の結界をお願い! 」

「はい! 」


 そして風斗はゆっくりと海を見る。その眼差しは、初めて来た時に眺めたような瞳ではない。自然と据わる瞳に、ゆっくりと、だが確実に、感情の波は穏やかに張り詰めていく。体の芯が冷えるような殺意。瞬間、二つの場所が弾け飛ぶ。砂浜と、海辺。


 音もなく、現れた風の殺意に騎士にいかんなくその力を発揮していた、巨大な魔物は首を切り落とされる。


 山々のような筋肉を誇っていた魔物は、自身の体を眺めながら、海に落ちる音を聞く。そのまま見えない風は、周囲の魔物の首を跳ね、跳ね、跳ねていく。騎士と海兵は驚愕の現象に、口を開けたまま。


「お、おい新手の魔物か!? 」

「いやでも、俺達には―。うわあああああ後ろからでけぇ犬があああ! 」


 白き獣は、来る魔物を牙で、尾で、爪で切り裂いていく。そのあまりの荒々しい姿に男たちは恐怖どころか、よく分からない熱狂的なテンションになっていった。


「おい、そこだ!もっとやれわんこー!」

「かっこいいぞ!わん―」

「ガルゥ」

「「嘘です嘘です、調子に乗りました」」

「フン......」


 見えない風に、見える獣に蹂躙されていく魔物だが、沖には夥しい量の魔物。まるで、波のように蠢いていく。そしてそこから遠距離魔法を放つ。


 綺麗な放物線を描きながら、腰の抜けた兵士を狙う流星の一撃。水を撒き散らせながら、確実に息を止めるその一撃。


「......!」


 目を閉じ、その時を待つ兵士だったが、いつになっても自分の体が血で濡れないおかしな事に気付き、目を開けた。


 そこには、空に溶けるような少女と、空中を自由に飛びまわる2機の盾。少女は兵士に少し笑いかけると、海辺へと飛ぶように移動していった。


 そこに違う矢をハートに受けてしまった兵士を残して。



街に縛りつけられたくない風斗と、町に留めさせ魔物の脅威から守って欲しいアキレス。二人は立場が違うという違いがありました。

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