戻ってきた日常、前編
また間隔が空き、申し訳ありません。
ここからは久々の日常パートが続きます。
「魔人...か......」
重々しく、思考をゆっくりと回すようにアキレスは考える。
平常時であれば頭の隅に追いやる程の怪談話。
顔に刻まれた皺が深みを増し、深緑で統一された清潔感のある部屋は、異様な重圧がその場を支配している。
深みのあるランプの暗い灯りが、この場をより一層緊張感のある部屋へと育てているのも、過度な緊張感の理由だろう。
アキレスは考える。
昨今のアクアダンジョンでの異常な魔物の発生量。近郊の集落における被害申請の数、そして目の前の少年少女達の体の傷を見る限り、これはただの怪談話ではないと......。
「私達新人と言われる冒険者で倒せる魔人でしたので、恐らくは相手も発生してまだ間もないと思います」
ぶらりと力が入っていない右腕を野放しにしながら、風斗は訴える。
「ですが、最後にメフィストフェレスと名乗った魔人は気になる単語を言っていました。」
アキレスは年取ったであろうテーブルに付けていた目線を、風斗に動かす。
最低限の動きしかしないのは、その分思考に集中したいからだろう。
目線が合った風斗はゆっくりと、その単語をアキレスに向けた。
「『魔王様』と」
その単語を言われた途端、アキレスの瞳が少し開かれる。
被害状況、魔人という存在に皺一つ動かない男を、動かす程の存在力。
風斗は微小な動きから概ねその事を考える。
「(伝承や物語では何度かその名を見たことはある。でも実在するとは。
そして災害と謳われる魔人を使役させるほどの者が実在することはアキレスの反応からも......)」
思考の海に溺れようと集中はするが、いかんせん体が邪魔をしていた。風斗の体の傷一つ一つが、思考とは遠い場所まで風斗を引っ張る。
戦闘時とは違い、脳内麻薬が出ていない今。直にその痛みと戦うのもあと数分と言った所だろう。
「(大丈夫ですか?風斗さん......)」
小声で心配するリシュに微笑みだけ返すと、再びアキレスの瞳から心へ訴えかける。
「お早いご決断を......」
「......」
ゆっくりと瞳を閉じ、顎にかけていた手を解放させる。
時計の音が嫌に響くような感覚の中、アキレスは重く口を開いた。
「現状戦える者は極わずかだ。気温は心や体を著しく機能低下させる。だが、出来ることはしよう。
小隊を幾つか巡回に、中隊を街の防衛に回らせよう」
「畏まりました。私たちは...ぐっ...何を」
途中で意識を正す為に呼吸を置く風斗。その様子にアキレスは、先程までの圧力は何処へやらといったふうな状態に戻す。
「とりあえずは何も無いよ。君たち旅の冒険者は、今すぐに休んで欲しい。
貴重な情報をありがとう、報酬はまた後日に正式な書とともに届けよう。まずはこの切手を持ってこの民家を訪ねなさい。
この時間まで医療を専門としている場所だよ」
痛みに耐える風斗に代わり、リシュが切手を受け取る。
「アキレス様、風斗さんの事は私に任せてください。小隊、中隊編成の事お願い致します。」
綺麗なお辞儀と共に、リシュは風斗に肩を貸す。痛みで視界がぼやけ、体は熱が籠っている様に熱い。
「......すまない......」
背後で、風に消えそうなか細い言葉を風斗は聞いたような、そんな気がした。
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翌朝。魔人という自然災害が迫っていたとは思えない快晴、港町の活気ある掛け声。
その様子を窓から眺めながら、包帯を無造作に何重も巻かれた風斗は、側の小さなトレーに乗っけられた液体を飲み干す。
「まっず......」
不意に出てしまうそんな言葉。昨日、甲斐甲斐しくも看病してくれた女医に聞かれでもしたら、雷魔法が頭に飛んできそうだ。
その様子を軽く身震いした後、瓶に少し残った液体を眺める。
味は無いがどろりとした喉越しと、その後に来るピリピリとした異常を発する感覚。
体の痛みや治療より良く促進する薬でなければ、誰もが口にしない代物だ。
「体調は、どう?」
空にとけるような水色の髪の毛を揺らしながら、少女は問う。
名はジア。とても可憐な少女ではあるが、その実機械人形という滅んだはずの生き残りであり、風斗の血液を糧に生きている。
「流石に昨日よりかはいいかもね。この世界の治癒魔法やらなんやらに感謝だよ」
そう言いながら風斗は右腕をあげて見せる。ジアは小首を少し傾けたが、主である風斗がひとまず無事であることを確認すると部屋を出ていった。
「(最近、一人でいることが多いなぁジア。)」
しかし、と間を置く風斗。冒険を共にし、自らを主として認めてはいるが一人の友人として踏み入っていけない線を考える。
実際魔人討伐後、かなり損傷が激しいらしく風斗の少量の血液を貰っても中々動けないでいた。
「(動けないよりかは、まぁいいのかなぁ)」
そんな事を考えながら、そして息を少しだけ吐くのと同時に、病室の扉が勢いよく開け放たれる。
「風斗さん! 大丈夫ですか!?」
「おはようリシュ。大丈夫だよ」
突然の来訪者に対しても特別驚く素振りも見せず、風斗は少女に朗らかに笑いかける。
光を透かしてしまいそうな印象を受ける銀髪、燃え盛るような深紅の瞳に整った顔立ちの美少女と言って過言ない少女。
走ってきたであろう事は、先程の階段を上る音と上下する肩から見て取れる。
泊まっている宿から大通りを通り、風斗に会いに来たのだろう。
両手には貢物のようなもの達が多く、少女の懐を占領していた。
「ここまで大変だったんじゃない?」
おどけた調子を大きく見せながら風斗は、息を整えている少女に問う。
ふぅ、と小さく息を吐いてから少女は話す。
「私達の事が広がってるみたいで、様々な方から感謝のお言葉とお品を貰いながら来ました」
その戦利品達を置くと、風斗の医療用のベッドに腰掛ける。
日が当たるとより彼女は綺麗に見えた様で、風斗は頬が熱くなるのを感じながら目をそらした。
「こ、ここ最近はゆっくり出来てなかったからね」
熾烈な戦闘を超えても彼も男なのだ。近寄られるだけで、心臓が騒がしくなる。
「そうですねぇ」
ゆっくりと腕を伸ばすリシュ。その細い腕には無数の小さな戦闘の跡たちが乱立している。
その様子に風斗は小さく拳を握る。
街に来るまでの事を話していたリシュが、思い立ったように話を変えた。
「そういえば! ここ最近風斗さん、通行手立て見てますか?」
「ああ、そういえば......」
と、通行手立てを見ようと体を動かそうとするが包帯でぐるぐる巻きにされたことを思い出し、まずは包帯を解くことからした。
「デタラメに巻かれていたと思ったけど、巻き方自体にも魔法陣のような効果があるなんて、思わぬ収穫だよ。」
そう言いながら包帯を解き終え、意識を体に集中させる。
マナの流れを体の中に感じながら、己の置かれている状況を確認する。
「(右足の裂傷、神経も少し傷ついてる。助骨にヒビ、頭蓋骨も少し。そして右腕がかなりボロボロだね、これは)」
ふぅ、と小さくため息を吐きながらこの世界の医療に感謝する。
「(魔法は凄いね。実際右腕はもう捨てていたけど、ここまで回復するなんて。医者の言う通りあと2週間程で全快かな)」
一人で思考を回しすぎたことに気づき、目の前で頬を膨らませているリシュに謝りながら風斗は通行手立てを手に取った。




