討伐
非常に感覚が空いてしまいました。
申し訳ないです。
壁にたたきつけられた時、笑い叫んだ時、体に腕を突き刺した時、そしてコアを砕いた時。
隙だらけのその瞬間達に風斗の体が動かなかったのは、身体的な疲労によるものか、それとも恐怖からだろうか。
その事実には、風斗にすら理解が届かない。
ただ確かな事は奥歯が上下に怖がっている事と、目の前の恐怖が音を立てながら変容している事実だけだった。
異様とも言えるその様子に身体は氷のように動かない。それに反してじっとりと脂汗が体を包み込む感覚。
リシュとジアも似たように体が動かないでいた。
そんな三人の状態を知ってか知らずか、メフィストフェレスの手足は三本ずつに増えていく。
瞳は有鱗目、体は緑色の鱗に覆われ、瞳には獣が、口元にも鋭い獣が、手足、身体その全てに道化師ではない獣が宿った時、それは産声を上げた。
「アギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャアアアアアアアアアアアア!!!」
愉快そうに耳を劈く笑いを浮かべ、ぬめりと滴る体液を鱗の間から滴らせているその化物。
全身の毛穴から恐怖が抜け出てしまう感覚に締め付けられる気持ちになりながらも、柄を握る力は増していく。
心臓の音が鼓膜の傍でノックを続け、身動き出来ない空間が出来上がりつつある。しかし、化け物はお構い無しに、震え上がる捕食対象を見つけてしまった。
「アギャー!!!」
鼓膜を震わせる咆哮を上げた途端地面を蹴りあげ、空中を這うようにデタラメに体を動かしながら風斗達に突進を始める。
「ッ! 避けろ! 」
体が無造作に叫んだ声に、呆気に取られていた二人も意識を取り戻す。
お構い無しの化け物の身体から伸びる腕の鋭い爪は、地面をバターのように切り裂いた。
リシュとジアはすぐさま避けるが、化け物の獲物は風斗。
迫り来る殺意の爪を大きく後ろにジャンプし、躱していた筈だった。
「痛っ!」
確かに爪は当たっていない。だが、風斗の胸から腹にかけて鋭い傷跡が残る。
幸いにしてか、浅く入ったようだが、血液が滴った。
「(外見的なリーチだけじゃないっ!)」
すぐ様、観察眼をマナ感知に切り替える。すると、メフィストフェレスの爪にかけてや足に掛けて、えもいえぬ気持ち悪いマナが這うように掛かっている事に気付いた。
リシュとジアも、標的を変えた見えない爪による攻撃に苦戦をしている様子。
風斗の様子に気づいた二人がすぐ様、マナ感知を行った為か、大きな外傷はない。
だが、爪による攻撃、そして魔法のボールのような攻撃を連携して行うメフィストフェレス。
さらに姿を擬態し、瞬間的な目くらましも行う為、攻撃のリズムが取りづらい。
レイピアで攻撃を防ぎながら、リシュは違う腕を魔法で捌いていく。だが、圧倒的な手数の前に体には傷が増えていってしまう。
無限にも思えるその攻防に先に根を上げたのは、リシュの方だった。
「あっ―」
目には見えていた。
体も反応していた。
だが、意識が力がそこまで行かない。軽く腕を動かすだけで、防げるその攻撃がスローモーションのように確実の自分を殺す、その軌道が見えてしまった。
「「リシュ!!! 」」
だが、疾風と水速がその攻撃を防ぐ。
「ありがとうございます! 」
誰かが危なければ、誰かが救う。三人はこの短い期間で、意思疎通無くして連携を行えるようになっていた。
「ジア! 俺が囮になるから、腕を一本吹き飛ばして欲しい! 」
「了解」
短く端的な言葉を吐いた瞬間、大きな巨体のメフィストフェレスの体を飛び跳ねるように、大きなしっぽに向けて移動する。
「メフィストフェレス! こっちだ! 風魔法『迅速の風槍』! 」
メフィストフェレスの瞳を目掛けて放った魔法。動き回る相手に当たるはずもないが、図体がでかいメフィストフェレスの額に見事に当たる。
額から黄色い血が吹き出した瞬間、後方でも光が現れた。
「槍技『戦乙女の槍』! 」
ジアの大きなランスによる槍技が、メフィストフェレスの四肢をもぐ。そして壁に叩きつけられる脚の1本。
「アギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
空気が振動する絶叫をあげるが、風斗達はもう止まらない。
「剣で受け止めるより、相手の懐に飛び込んで避けて行こう! 」
「はい! 」
二人の斬撃が黄色い血飛沫を上げながらメフィストフェレスを切り刻んでいく。
痛みに悶え、がむしゃらな攻撃を放つが知恵ものとはいざ知らず、ただの獣に遅れる二人では無い。
後方ではジアが、その大きな槍で戦果を上げ続けている。
だが、
「!?」
後方から吹き飛ばされるように飛んできたジアが、リシュと重なり壁まで吹き飛ばされてしまう。
「切り落とした腕が再生しているのか! 」
ぬるりと体液を滴らせながら、新しく産み落とされる腕達。絶望が体を蝕もうとする。
だが、風斗は力を込める。壁にたたきつけられた二人が今だなお、体を起こそうとしているから。
守るべき二人が居るから。
「(回復に回した分、メフィストフェレスのマナが極端に減った。攻めるなら、今! )」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお」
観察眼をフルに発動させ、メフィストフェレスの腕を回転するように切り刻む。
「アガアアアアアアアアアアアアア」
対抗するメフィストフェレスの腕をいなし、眼前まで瞬間移動にも似た登場をする。
「剣技『神威豪風斬』! 」
横に薙ぎ払われた嵐のような斬撃に、メフィストフェレスの瞳が切り裂かれる。
その痛み、恐怖に顔を覆うが風斗はもう止まらない。一陣の風となりて、哀れな道化師の息を止めようと走る。
「メフィストフェレス、これで終わりだ! 」
腹の下に移動した風斗が、身体中のありったけのマナを集める。
「体を軸とし、剣を武器とし、この空間に穿て!」
「剣技『風穿つ杭』! 」
右腕と剣に集まったマナが、大爆発のように弾け飛ぶ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
凄まじい衝撃と共にメフィストフェレスの体に穴が開けられるが、貫通はしていない。じたばたと逃れるように逃げようとするメフィストフェレス。
だが、風斗は逃がさない。
風力場と空中歩行の技能を使い、黄色い血が迸る体に近づく。
「剣技『風穿つ杭』! 」
二発目の空間を穿つような一撃に風斗とメフィストフェレスは地層を抜け、上の階層に飛び出た。
「はぁはぁはぁ...... 」
口から大きな血を吐き出しながら、朦朧とする目で宿敵を見る。
全身の血管が脈打ち浮き出るような感覚、重度のマナ枯渇症状を受けながらも剣の柄は手放さない。
「はぁ......はぁ.......」
這うようにメフィストフェレスの体に近づくと、そこには大きな風穴が空いた哀れな道化師が横たわっていた。
「こひゅー、こひゅー」
「メフィスト...フェレス......」
剣を支えにゆっくりと立ち上がる風斗。見下ろす形で言葉を紡いだ。
「どうして、こんな事を」
光のない瞳がちらりと風斗の方に動く。そしてまた天井を見つめるように戻ると、言葉をこぼすように投げかける。
「魔王様に...お願い...されたから......」
「どうし―」
次の言葉を放つ前に、メフィストフェレスはうわ言のように言葉を紡ぐ。
「ああ......レディースアンド...ジェン―」
哀れな道化師は最後に口元に笑みを浮かべ、ゆっくりとその命を終えた。
「っ! 」
その途端心を侵食されるような、言葉に表せない寒気が体を走ったかと思うと、風斗の目の前に海のダンジョンは消えた。
代わりに華やかな街のサーカスを遠目に見る爬虫類の魔物が見える。
楽しそうなその眼に既視感を覚えたが、すぐさまその風景は取り壊された。
そして意識は、海のダンジョンの無機質な現実へと戻される。
目の前の道化師の死体が塵になっていく様を見つめ、風斗は頬をかいた。
そしてメフィストフェレスの体が消えるのを確認した後、風斗は身体を引きずるようにして、二人の元へと帰っていった。




