海の街ナーシサス
六日目です。1週間の感覚がわかんなくなってきたので土曜日までの連続更新としておきます。
今回はあまり話が進みません。この世界の制度について、リシュの髪の毛のお話です。
秋風香る星空の元、風斗達はこの旅何度目かの野宿を行っていた。
盗賊の件の後、狼の手当をし健やかな寝息を立てながら寝る狼の姿にほっとする。
そして今日起きたことを話していた。
「知識としては入っていたけど、奴隷ってやっぱあるんだね。」
リシュの入れたコーヒーを、コップの中で揺らしながら視線を落とす。
奴隷。
奴隷特有の刻印を施すことで、様々な命令を無理やり行わすことが出来る従属契約の一種。
「ルーゲンでは禁止されていますが、他の国では労働力として重宝されているそうですね...」
奴隷刻印を施された狼たち。
商品として扱われていただろう。
奴隷、そしてそれを商品として売り出す商人の存在。
この異世界と元いた世界の考え方の違いをありありと見せつけられた気がした風斗。
暗い海のような空気を変えるため、リシュが話題を白いオオカミに移す。
「それにしても白狼族が居るなんて驚きでした。」
「んっ、白狼族?」
ジアが不思議そうに白狼と呼ばれる狼のたてがみを撫でる。
「狼の中でも魔法を扱うことが出来る希少な狼です。その希少性ゆえ、冒険者達に狩られ数が少なくなったと聞きましたが...」
風斗は傷付いた狼を見る。
健やかな寝息を立てているが、その体には無数の傷が痛々しく残っている。
「この子も住処に戻してあげたいね。」
風斗がぽつりとこぼした言葉を、二人は汲み取る。
満天の星空の下、ゆっくりとした時間がしばし流れてから風斗は、疑問に思っていたことを口にした。
「そういえばネモさんやシランさん、リシュの髪の毛の事ですごい驚いていたけどあれはどうして?」
風斗はルーゲンから出た時のことを思い出していた。
大事な娘が旅に出ると言い出したことへの動揺はもちろんある。
だが、彼らの視線はずっとリシュの髪の毛に釘つけられていたことがずっと引っかかっていた。
リシュは困ったように笑いながら事の経緯を話し始めた。
「私の髪の毛の色や目の色は、10歳の頃までは変色魔法の時と同じだったんです。」
綺麗な黄金色、そして青い海を彷彿とさせる碧眼。
その色を思い出しながら、リシュは昔話のように語る。
「11歳の頃、母の誕生日で使う、綺麗な花を探しに森を探索していた時です。
森の中で淡い色の光が溢れている箇所があって、不思議に思って近づいたんです。
そしたらそこには、傷ついた妖精が力なく地面に倒れていました。」
風斗は勉強した内容を思い出す。
妖精、魔物とはカテゴリーが違う一種の種族のようなもの。
この世界のマナというマナに愛され強大な力を持つが、本人達は基本気まぐれに生活している。
人里に表れ力を貸したり、逆に魔物側に肩入れし、世界を崩壊させようとしたり、とてもイレギュラーな存在であった。
「私は急いでその妖精を家に連れて、回復するまでお世話をしました。
勝手に連れてきたら怒られると思ったので親には内緒でしたけど。」
いつの間にか風斗の横に座っているジアもその話に聞き入っている。
「そこから数日たって妖精は完全に回復してくれたんです。
鈍色の体は白く輝く綺麗な体に、ボロボロだった羽は傷一つないほどに。」
満天に空を散りばめたかのような珈琲を、一口含み続きを話す。
「その後からですかね。髪の毛の色が銀色に染まり、瞳の色が変わったのは。
いつの間にか妖精の姿は消えていて、机の上にあったのはこの紙切れだけでした。」
そう言いながら鞄の中から紙片を取り出す。
蛇がのたうち回った様な筆跡の字でなにか書かれていた。
「読めない...ね。」
「ん、見たことない字」
風斗がこの世界に来てから勉強をした、どの言語も当てはまらない文字だった。
いや文字というカテゴリーに入れていいのか、という疑問さえ浮かぶ。
「まぁ当分はゆっくりと旅をしながら、北のエルフの森に行きたいと考えてます。」
「エルフってあの、ものすごく長生きの?」
「はい、知識が豊富で魔法を得意とする種族ですね。エルフの方々の知識を借りたいなと思っていまして...」
次第に声が小さくなるリシュ。
風斗はそのことに気づき、優しく声をかける。
「じゃあナーシサスの後は、エルフの森を目指そうか。この狼のことも、ジアのことも聞ける気がするし」
その言葉にほっとしたような、少し申し訳なさそうな姿に風斗は笑ってしまう。
髪の色や瞳の色を親に打ち明けず、一人で抱え込んでいた彼女のことだ。
エルフの件も謙遜して後回しにしてしまうだろうと風斗は考えていた。
「(俺たちを縛るものはもう居ない。
だからもっと自由に考えてもいいんだよ、リシュ。)」
穏やかで少し肌寒い夜風が一行を撫でる。
少しの談笑の後、今日あった出来事を忘れるように三人はすぐに寝息を立てたのだった。
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朝を超え、一行は海の街ナーシサスに急ぐように歩みを進める。
白狼族の狼は起きるや否や警戒に喉をならしたが、昨夜のように風斗に襲いかかることはなく、適度な距離をとりつつも三人に同行している。
数個の村を経由しながら太陽が寝静まった頃、三人と一匹は海の街サーシサスに到着した。
煌びやかな街並みの光を浴びて反射する海。北風が海の匂いを、風斗の鼻に運んでくる。
海の抱擁に抱かれたような街並みを堪能したい気を抑え一行はすぐさま宿を探す。
幸いな事に宿はすぐ見つかり、白狼族の狼もペットとして見られているのか同室可であった。
部屋割りの件でやはり少し揉めたが、風斗と白狼族。リシュとジアの二部屋を借りることができた。
足早に一行は軽くお休みの挨拶を交わし、割り当てられた部屋に歩みを進める。
木製の整った扉を明け、生まれたての羽毛のようなベットに風斗が体を預けた。
「はああああああ」
慣れない旅や出来事の重なりで、蓄積していた疲れがどっと押し寄せる。
「グルルルゥ」
部屋の隅で小さく体を強ばらせる白狼族。その様子に風斗が気づくとゆっくりと体を起こす。
視線が交わり、少しの緊張感が場に滲み出した。
そしてゆっくりと、言い聞かせるように風斗が言葉を話す。
「君に危害を与えるつもりは無いよ。簡単に信じて欲しいなんて事も君には望まない。
慣れない土地で、嫌な体験をした後に言われる言葉なんて気休めにもならない。」
白い狼は言葉を理解しているように、風斗の瞳をしっかりと見定める。
「俺もほとんどおなじ境遇だからさ。
だから信じろとか、仲間になれ、とかじゃなくて。」
そして風斗もゆっくりと白い狼の瞳を覗き込む。黄色い瞳がじっと風斗の次の言葉を待ち望んでいるかのような印象を受ける。
「上手く言葉に出来ないけど...。
その、君のそばにいさせて欲しい。サンドラ」
その言葉にゆっくりと白い狼の瞳が開かれていく。
嘘偽りもないその言葉の温かみが白い狼の傷ついた体に染み込んでいく。
「いつまでも名前が無いと不自由だと思ってさ。少しの間だけでもと思ったんだけど、どうかな」
返事はない。
だがフンと鼻を鳴らすと警戒に強ばらせていた体を崩し、体を丸めるように目を閉じた。
その様子に満足気に頷くと、ゆっくりと瞳が落ちていく感覚に風斗は身を委ねた。




