この学園の頂点
ざわざわとざわつく会場。今の今まで興奮で盛り上がっていたとは思えないほど、人々は様々な憶測や考えを隣人に披露していた。
様々なドラマを産んだ第五等級の面々の活躍や、最後にゴールテープを切った男子生徒の姿に最後の種目だということもあって会場は過去一番の盛り上がりを迎えていた。
さらにゴールテープを切ったあとに起こった出来事。第一走者を襲う魔獣の一撃を防ぐ学園随一の優等生、リシュの存在。
会場の盛り上がりはその熱量とともに、天へと登るような雰囲気だった。だが、リシュの認識阻害結界によりその場の中が一切見えなくなってしまった。
その後の会場警備に当たっていた数名の教師が結界の中に入っていった事もあり、会場は騒然とする。同じように観客と共に見守っていた教師カリストは、少しの間険しい顔を見せる。
「(最後に少し出ていた魔人特有のマナ反応。リシュ君が貼った認識阻害、少しきな臭くなったね...)」
少しの思考のあと、カリストはその場をあとにする。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
結界の中では警備のための教師が数名現れ、生徒の避難と魔人と言われる存在の拘束、連行。一部始終を見ていた生徒の対処など慌しく時は流れていた。
そんな中、風斗はただぼうっとその様子を眺めていた。昔であれば率先して活動をし、ポイントを稼いでいたが動こうとした矢先にリシュに窘められ、現在リシュの回復魔法を受けている。
懸命に回復魔法を施すリシュを横目で見ながら考えていた。
「(リシュって怒ると怖いんだよなぁ...)」
吹き飛ばされた時にできた頭の傷を治しているらしく、出血は止まっている。一通りの回復魔法が終わるとリシュは風斗の隣に腰掛けた。
何を話すわけでもなく同じように少し遠くを見つめる。ほんの少しだけ悲しそうな、切ない雰囲気を風斗は感じた。そして風斗から話を切り出す。
「リシュ、最後はありがとう、助かったよ本当に。」
下手に元気よく場を和ませるでは無く、静かに、思ったことをリシュに落ち着かせるように話す。
その言葉を皮切りにリシュはハッとした表情をとり、俯き、泣き出してしまう。綺麗な瞳から流れ出す涙の粒が地面にあとをつけ続ける。
驚きはしたが、風斗はそっと置かれている手の上に寄り添うように自らの手を重ねる。孤独で本当の意味で味方がいなかった風斗だからこそ、今の状況に人の温かさがどれだけ救われるか理解していたからだ。
少しの間そうしていると、ぽつりぽつりとリシュが言葉を紡いでいく。
「助けられたとは...思っていません。」
「助けられたよ。」
か細い声は今にも風に溶けてしまいそうだ。
「少し出遅れていたら、死んでいたかもしれません......。」
「でも間に合った」
「それでも...!」
そこでリシュは風斗の目を見た。春の陽気に照らされたような、そんな雰囲気を彼女は感じる。
「やっと目を合わせてくれたね」
暖かいその眼差しや、言葉に触れる。本当の意味で初めて風斗を見たのかもしれない。そう思うと彼女の中の蓋が溢れた。
「うわああああああ、うっうっ!本当に、、、死んでしまうって、グスン、、、もう風斗さんに会えないかもって、えぐっ、、、ヒック、、、」
泣きじゃくる涙を拭いながらも、ぐしゃぐしゃになった彼女の顔を見る。自然と対照的に風斗の顔は笑みが溢れる。
「な゛ん゛で笑うんです゛が!!!」
「ごめんごめん。こうして他人に心配してくれる経験なんて無かったから」
そう言いそっとリシュを抱き寄せる。驚いたリシュだが、そのままなすがまま、肩に顔を埋めた。風斗の体温を感じ、止めどなく流れていた不安と涙は嘘のようになりを潜め、言葉にできない安堵感が心を満たす。
「嫌なマナを感じたんです。魔物の上の存在とされる魔人の。」
ぽつりぽつりと事の経緯を話し始める。
「どうやって侵入したのかはわかりませんが、変装魔法を掛けていたので水魔法を放って...」
事情を話し終え、数分間そのままの状態でいただろうか。風斗が優しく話しかける。
「そろそろ行こうか、リシュ」
そう言い不意にそばを離れようとする。だが―。
「嫌です」
「!?」
リシュは断固として同じ姿勢を解こうとしない。なんなら幾ばくか抱きしめる強さも強くなっている。ぎゅうと音がなりそうなほど、強く抱きしめられ風斗は身動きができない。
しかし風斗が今すぐこの体制を解除しなくてはならない理由が二つあった。
一つは風斗も健全な男子高校生という事だ。皆が惚れ登るほどの美少女を抱きしめるという行為ですら、危ういのに近すぎるゆえに女子特有の甘い香りが鼻を通り抜ける。
息をすることさえ緊張するにも関わらず体が密着しているせいで、ダイレクトにリシュの体の柔らかさを感じてしまう。
最初はなんの邪心も下心もなく、抱きしめた風斗だったが数分立ち、さすがに現在の状況に気づき、ダラダラと冷や汗を流す状態に陥っていた。
奇跡的にか分からないが、周りに生徒や教員が居らず、この状況に水を刺すようなことが起きていないという事が救われる。結界のおかげで客席からは中の様子が見れない事も相まって二人は風斗が気づくまで抱き合っていた。
そしてもう一つというのが。
「え、えーとお邪魔しちゃったかな?」
その声にハッとしたリシュが急いで風斗から離れ、身を正す。ただその顔は真っ赤に染っており、今にも蒸発してしまいそうな雰囲気を醸し出していた。
「い、いえ大丈夫です、なんの問題もないです。オール大丈夫です!」
捲し立てるように見繕うリシュの眼前に居るのは緑色の髪を揺らしている教師、カリストだ。バツの悪そうな視線を漂わせながら苦笑いをこぼしている。
プシューという音が出そうなリシュの代わりに風斗が疑問を投げつける。
「どうしたんですか?カリスト先生。」
「詳しい話や聞きたいことは多いとは思うけどね。風斗君、リシュ君閉会式が始まるよ?」
二人はお互いに顔を見合わせると、外側に目を向ける。生徒や教師が既に会場に居ない理由はこれだ。
「まずいね!リシュ、急ごう!」
「は、はい!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。そのために私が来たんだから」
疑問を浮かべる二人の手をカリストが持ち、何ともないように魔法を展開する。
「『転移魔法』」
瞬間、二人が元いた場所から他の生徒たちと教師全員、客が見える場所に移り変わる。
驚きに風斗が固まっていると、リッケルや第五等級の面々が走りよってくる。そこにはマッシー教授もいる。
「風斗兄ちゃあああああん大丈夫だったかああああああああぁぁぁ!」
「風斗君んんんんんんん!!!君ってやつは君ってやつは!!!」
そんな面々を若干無視しながら風斗はカリスト先生を見る。
転移魔法。存在は知ってはいたが、発動するためには様々な魔法構築や理論、計算を必要とする魔法。それを難なくやって退ける彼の存在は完全に異質であった。
「か、カリストせんせ―。」
「そう云えば、そうだったね。公の場では初めてお会いするのは。」
そう言い、パチンと指を鳴らす。するとカリストの服が変容する。深い青色のローブに、赤色の線で描かれている王都グラン学院の紋章。さらに左胸には星で象られた五芒星。
風を受け揺れるローブをはためかせ、風斗を見据える。
「挨拶が遅れた。第一等級の担任兼、王都グラン学院第9代学院長。カリスト・エドウィンだ。遅れたが風斗君、入学おめでとう」
広く広がる青空に、深い青がそびえ立つ。その姿は風斗の知っている、カリストではなくそれは正しく学園の頂点に君臨する者の姿であった。




