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王都グラン祭後編 1-1

「ああ、リシュ嬢。儚げで冷たいその表情の氷を溶かし、私が貴方をこのくらい監獄のような場所から救い出しましょう。どうかこの手をとってください」


 晴れわたる空の下、王の見舞う場所から少し低い位置に設置されている第一等級の特別部屋。ほかの観客の席とは少しだけ豪華に作られており、他とはわかりやすいほど半楕円形に突起している。


 今はリシュ以外の第一等級の面々は居らず、代わりに騎士の格好をした数人の男子生徒が傅く形になっていた。無駄に豪華に作られているリシュの座っている椅子も相まって、さながら女王とその臣下のように見える。


「貴方の茨のような表情、雰囲気をこの私が可憐な花と咲かせましょう。ささ、どうぞ私の手を」


 黒歴史並みの誘い文句を永遠と垂れ流しながら、器用に順番を守り言葉を紡いでいるこの生徒達。


 等級こそはバラバラだが、その顔立ちは美形も美形。金髪長髪の紳士そうな生徒や、童顔ブロンドショートのショタっ子など色とりどりな逆ハーレム状態である。


 普通の女子なら吐血ものの案件だが、リシュの仮面が剥がれることは無い。一貫して冷たい表情のままであった。


「(早くこの時間が終わってしまわないでしょうか......)」


 第一走者から余すことなくこのような状況が、一回につき数十分は続いておりリシュは気づかれないようにため息を着くばかりであった。


 誘う側は無理だと判断したら、お題を探すために違う場所へと行くが、それまではすべてリシュが対応しなければならない。


 しかも学園では笑顔を見せないというクールキャラで通っているため反応が取れない。最初の数年は丁寧に断わってはいたが、反応するたびに会話は増しより疲れてしまうため、苦い思いをしながら無視することになっていた。


 断るほうもそれ相応の覚悟や疲労があるのだが、それを彼らは知る由もない。現在も赤毛の少年が勝気な誘い文句で話しかけてはいるが、リシュは微動だにしない。まるで氷の彫刻のようにそこに座っている。


 瞼を閉じ何度目かの小さなため息を吐き、彼女は視線を前方に戻す。


 数人の生徒がやれやれといった風にその場をあとにしようとした時、ふと風が吹いたようなそんな気がした。気がしたという曖昧なことだけではなく、その直後確実に風がその場を覆う。


 少しだけその風に目を守るように手をかざし、さっきまでは風が吹いていませんでしたよね?と思いながら前方に目をやると―。


 そこには微笑みを携えた風斗がいた。リシュの体に驚きが駆け巡る。


「(どうして?)」


沸騰した血液が全身に隅々まで行き渡る感覚に、脳が侵されていく。


「(なぜ彼がここに?)」


 この可能性を考えなかった訳ではない。だが彼はこの体育祭でしっかりと進級をするつもりだ。しかも運要素があるこの競技では確実に勝ちに行くだろうと考えていた。


 何も自分のためではない。この世界で得た仲間たちが積み上げたものに応えようとする、彼のひたむきな心をこの半年間の間にただ感じていた。


 邪魔するものには容赦はしないといいつつ、その思いを少しだけ彼の周りの大切な者の気持ちに寄り添うようにと。

自分もそこに居てくれれば良いなぐらいにリシュはそう思っていた。


 見開かれそうな瞳に理性を注ぎ、仮面を被り直す。いくら彼の前とていつもの自分に戻ることは出来ない。それはこの数年の自分を、名も知らぬ誘いに来ていた彼らを裏切る結果になってしまうから。


 仮に声をかけてしまってもプライドが高い者が多いこの学園では、何かしらの不利が彼に働いてしまう。


 紡ぎ出したい、応えたいという気持ちをうんと我慢し、唇をしっかりと噛みめ真っ直ぐに風斗の瞳を見つめ返す。そしてその口からの言葉を待つようにするリシュ。


 その様子に一瞬面をくらいながらも、コホンとわざとらしく咳をする風斗。突然現れた男子生徒に周りは固まっているが、そんなことは関係ないと少し顔を赤くした風斗が口を開いた。


「リ、リシュ嬢。貴方のような美しい姫君が、こ、ここに居るのはさぞかし退屈でしょう。私が貴方様を城下に連れていきましょう。ど、どうかこの手を」


 ぎこちなく言いながらほかの生徒と同じように傅く風斗。


 目線は下に降りており、今はもう耳まで真っ赤だ。さぞかし応えたのであろう、差し出された手のひらは小さく震えている。


 数秒後、返事がないことに気づき、風斗は目線をリシュに戻す。


 そこには彼女の凍てつく様な表情があった。


あるにはあったが、風斗と目線が会うとその体が少しずつ小刻みに揺れだした。それは徐々に大きくなり、やがて―。


「ぷ、ぷぷぷぷ、、、、、、あっはははははははははははは、、、あっはははは!!!」


 ついには吹き出してしまった。


 数分前の凍てつく氷の女王はどこへ行ったのやら、今は腹を抱えながら大爆笑をするリシュという一人の女子生徒の姿があった。


 その異様な光景に周りの生徒は空いた口が塞がらないようで、オマケにお手本の様に目も点としてぱちくりさせている。しかも周りの客席も観客も少し静まり返り、リシュの動向に気を張り巡らせている。


 彼らはリシュのファンであり、席を近くにしたのも彼女を見たいという下心だったが、初めての自体にさすがに動揺が広がっている。そしてその当の本人は未だに腹を抱え笑っていたが、目元の涙を拭いながら風斗に話しかけていた。


「はぁ、お腹痛い。なんですか風斗さん、それは。もう我慢してたのに最悪ですよ!」


 やれやれと言ったふうに顔を仰ぐリシュだったが、未だに頬は緩んでいる。対する風斗はその場から立ちながら膝を払い、頬をポリポリ掻きながら肩をすくめる。


「いやぁ、近くまでは来たものの、皆同じようなことしてるからそれが伝統なのかと。そんなに笑われるとは思わなかったけどね…」

「で、伝統じゃないですよ。ぷ、ぷぷぷ、、、もう」


 未だ可笑しそうに思い出し笑いをするリシュに風斗も笑いかけ、目元を緩め、じっと見つめる。目が合うとリシュも目元を緩め、どうしました? と言ったふうに微笑みながら首を少しかしげる。


 笑顔を見たことがなかった生徒や観客はその様子に、熱に犯されたようなうっとりとした表情を向ける。


「僕に君を守らせてもらえないかな。」


 優しげな口調を告げ、右手を差し出す彼。


「はい、守ってください。」


 同じように優しい言葉を紡ぎ出し、彼の右手をとる。


 あまりの美しさに声もあげずにいる彼らを他所に、現在の状況把握をする風斗。さらに有無を言わさず、リシュを抱き抱える。簡単に言えばお姫様抱っこだ。


「ちょっ!?風斗さん!?」

「時間取っちゃったね、一気に駆け抜けるからちゃんとしがみついててね!」


 そういうと風纏をかけ、その場から姿を消す二人であった。


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