王都グラン祭中編 1-3
スタジアム周辺では、未だ冷めぬ熱を少し帯びた屋台が片付けを始めており、少しの活気と寂しさを残しながらスタジアムは一時閉幕を迎えていた。
月明かりに照らされて、昼間とは違う顔を見せる学生寮のバルコニー。ネグリジェに包まれ、紅茶のカップを手にし、はるか遠くの風景に目を向けている美少女。
金髪の長髪は月明かりに照らされてさらに優美に、薄いピンク色のネグリジェは調和の取れた彼女のプロポーションを隠すには些か役割不足だが、危うい妖艶さを醸し出すには十分すぎる成果を上げていた。
その横に佇む、異世界からの来訪者風斗。一日目の最後の種目を終わり、自室に向かおうとする彼を幾数人もの生徒や観客、果ては教師までもが通行を妨げ、こみ上げる興味をぶつけていた。
第五等級の生徒が第二等級の生徒を、単騎で退けたのだ。さらに異常な強さの体術や、魔法理論などを独自に展開している事など、様々な要因で彼は今注目株と言える。
風斗は逃げるわけでもなく、教師などについては原理や考察を述べ、生徒には疑問点をあげるように会話をし、会場の客には軽く会釈や笑顔を向け上手くその場を去った。
要は言葉でうまくまとめ、教師達にぶん投げ、適当に苦笑いしていたのだ。その成果もあり、数十分ほどで解放された後は屋台を回り、夕食を手に入れて自室に戻る。
その頃には太陽はなりを潜め、月光が辺りを優しく照らしていた。食事を済ませ、今日の汗を流し終え就寝しようとする彼のドアがノックされるのは数秒後。そして現在に至る。
リシュの部屋に備え付けられているバルコニーに二人で佇み、紅茶を嗜む。ここまでは美少女とお茶を飲むという羨ましい光景だが、口を開くその美少女によって羨ましい雰囲気はぶち壊される。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ずる゛い゛です゛ぅぅぅぅぅぅ!私も競技に参加してみたかったですぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
ほぼ濁音が入った言葉に風斗は苦笑いをこぼす。この世界に来てから基本的にリシュと居ることが多いので、だいたい彼女が何を思っているかはおおよその推測ができていたことだが。
「第五等級の皆凄いじゃないですか!ほとんどの競技で一位を取って!あんなゴーレム考えつくなんて!しかも的当ての競技ではほとんどの二等級の人たちを気絶にして、あれはどうやったんですか!?他にも...」
溜まっていた興味や疑問を滝のように溢れださせる。だいぶ溜めていたのであろうことが、その途切れもない言葉の並びに読み取れる。
いつの間にかある程度砕けた口調になっているリシュ。初めて会った時に感じた清楚な美少女感は、どこへ行ってしまったのか、風斗にも謎である。
だがそれほどまでに風斗に心を打ち明けているという証明なのだが、風斗はその事に気づかずに一つ一つ丁寧に質問を返す。一通りの説明を終えた風斗にリシュが ほぉーと小さく感嘆の声を漏らす。
「そんな抜け道があったんですね、気が付きませんでした」
「危ないから先生達には伝えたから対処はされると思うけどね。でも第五等級のみんなもうまくやってくれたみたい」
的当ての競技で風斗が生徒に対して行っていた空気砲のような行為をする場合には危険な点が何個かある。
マナ操作で命令式を組み込まれていない、もしくはマナ操作が及んでいない物、例えば巨石などが降り注いでしまった場合には、身体強化を施していたとしても命の危険がある。
第五等級の面々は地形破壊はしていても、それを他の生徒に故意にぶつけるという行為はしていなかった。飛ばす破片もマナ操作で瞬時に命令式を書き換えているか、強くマナ干渉された物体がぶつかり得点が上がったのだろうとリシュが考えを述べる。
さらに一通り二人で、今日の起こった事などを話し合う。途中、屋台で買ったお茶菓子をリシュが出し、紅茶と2人の会話がさらに進んだ。
いつの間にか高く登った月明かりに二人は会話を一旦止め遠くを見る。喋るのに夢中になり過ぎていて時間が過ぎていたことに気づいていなかった二人。時刻は十二時を回ろうとしていた。
学園の眼下に広がる街の光はほとんど無く、夜空には星空が広げられていた。風斗は思い馳せる。このような経験はあっただろうか、と。ゆっくりと星を見る時間や、めいいっぱいに輝く星達を見れる場所などあっただろうかと。
様々な事が起きたスタジアムでは、昼間の喧騒が嘘のように静寂が満ちていた。
空になったカップをテーブルの上に起き、リシュの方に目線を向ける風斗。この少女に会ってからの自分は、言葉にならない変化を遂げている。心地よくもムズ痒い、そんな感情が心の中に渦巻くのを感じる。
そんな事を風斗が考えているなんて露にも感じていないだろう、向かいの少女は風斗と目が合うとニッコリと微笑み返す。
「ふう、もうこんな時間か、長くいてもあれだから僕はもう行くね。なんか...久々に喋った気がしたけど楽しかった。」
「仕方ないですよ。開催中は私は身動き取れないですし......。」
身動きという単語でかつての自分を少し思い出す風斗。学園でいつも独りでいるリシュのことが、ようやく少し理解出来たような気がした。
「まぁ、リシュは人気者だからね〜」
悪戯っぽく笑う風斗に頬を膨らませるリシュ。そこにはもう昼間のような冷たい表情はなく、年齢に伴った笑顔を咲かせていた。軽い挨拶を交わらせ、装飾が施された部屋を後にする。
内心、リシュの今まで見なかった一面のことで戸惑いを隠せない風斗であったが、久々の会話と慣れない競技の疲れからか思考はあまり回らない。
自室に戻った風斗は二日目、自分が出る競技がないことを確認するとふかふかのベットに身を委ねるのであった。
---------------------
第五等級の大躍進は止まることも無く無事に二日目を終え、総得点数は1500点を超えている。
その時点で進級は確実だが、手を抜くことや油断することは無く確実に目の前の競技に集中している様子だった。あまりの事態に様々な目測が飛び交い、身体検査などが実施される事態にも陥ったが、現在ではその混乱も身を隠している。
残る競技数は三十二個。昼食を終えた現在、会場は第五等級の動向に目を向けており、他の等級の生徒もこれ以上無様を晒す訳には行かないと躍起になり、さらなる熱気を産んでいた。
そして三個ほど同時進行で行われていた競技に変化が起きる。
次の風斗の出る『騎士選抜走』では、この競技がメインで行われるそうで全体のスタジアムが変形し、複雑な街路樹のようなものが形成。
最初に生徒達がいるスタート地点などからは所々客席に伸びる道までもが出来ていた。騎士やら選抜の文字が並んでいるが、要は借り物競争である。
開始と同時にスタート時点からお題を引く場所付近まで移動、その中から魔法で作られた紙を一枚引き、対象の物や人物を客席等から借りる。場合によっては会場の外までも出るらしいが、あくまでも最終手段だ。
そのまま対象物をゴールまで導くのだが、巨大な街路樹を行かなくてはならない。さらにその場所には他の等級や、教師が陣取っており、連なる魔法から対象を守りゴールまで導かなければいけないという難易度が高い競技になっていた。
勿論、各等級対抗であり各々から一回で十人ほど選出されている。現在八人目が終わり、九人目の走者達がスタートしたところをトリの風斗と第五等級数名の男子生徒が眺めていた。
競技を出ることは今回で二回目となるが不思議と緊張はなく、どんな対象になるかな、とワクワクしている様子であった。
最後の走者であることで数多くの生徒を見てきたが、対象となるものは殆ど共通点がなかった。簡単な風船や、花、魚などを持っていった生徒もいるが、おそらく自分の祖母であろう年配の方をおんぶしてゴール、火を噴く花のような小さな魔物を運び、頭が黒焦げになる生徒もいた。
流石に人を運ぶ場合は魔法による妨害が少なく、年配を運んでいる生徒にはほぼ実害がなかった。実害がないからというが一位になれることも無く、いかに早く見つけ、早く安全にゴールするかということが求められる競技らしい。
こればかりは運も含まれているので、点数が殆ど大差なく、最後の走者数名に各々の等級の命運は握られているという状態だ。今までに見た事を軽く頭で整理し直すと小さく息を吐き、落としていた視線を前方に向ける。
暫くしたら開始の合図が頭上に響くだろう。一日目と同じように二日目の夜はリシュと感想を言い合い、終わったがその時の別れ際の顔が未だに離れない。
今日が終わって欲しくない、明日が来ないで欲しい。そんな印象を受ける悲しげな笑顔は、その時ばかりは儚げな少女を表現していた。
頭を振って目の前のことに集中をする風斗。合図を出すための教員が歩みを進めているのでもう数秒もしたら始まるようだ。
スタートラインに、ほかの等級の生徒と同じように立ち並ぶ。初めから風纏をしてしまってもいいが、その場合はあとによる生徒や教師からの質問攻めで貴重なリシュとの時間が減ってしまう。
ただでさえイメージ力の重要な魔法だ。確実にめんどくさいし、何より大切な友達との時間は減らしたくない。ある程度の身体能力でいい線まで行くと考えていた風斗は、お題のことで頭がいっぱいであった。
「では、位置について。すぅ...初め!!!」
スタートラインの端から端の二箇所の高台から声を合わせ頭上に魔法が飛びはじける。
開幕の合図だ。各生徒は身体強化で猛スピードでかけていく。土煙があたりに充満し、夏の気温もあってか蜃気楼のような現象も起こしていた。
連日にも限らず、初日の活気を全く失っていない観客の歓声が会場に響き渡っている。
他の生徒と同じように身体強化だけでお題が示される場所までやってくる。同じように着いた数人の生徒がお題を引いたあとに、風斗もお題を引いていた。
目の前で掌をかざすと、目の前に一枚の紙が現れ様々な文字や文章を代わる代わる猛スピードで映し出す。
これは手のひらにマナを少し集めるだけで出現する遠隔魔法の一種であり、学園の機密内容で命令式は公開されていない。普段は特定の人物のマナ干渉しか受け付けないが、現在はこの競技のためにほぼ全ての生徒が行える。
数個の文章や単語を滑りで飛ばしながら風斗の前に一つのお題が現れる。
「うーん...こう来たか」
風斗は出されたお題に少し苦笑気味に笑いながら、お題の元へと駆け出して行った。




