あれからの日常、後編
遅くなりましたすみません。
十四階からなる豪華絢爛な学生寮を両脇に抱え、千人規模の生徒を収容できる巨大な七階建てのグラン学院の学舎。昼間の高く昇った太陽の光を爛々と受け、眼下に広がる草原をバックにしている光景はさながら一つの絵画作品のようである。
現在昼時であり、一階の売店コーナーや二階の食堂では大多数の生徒が賑やかに食事や会話を楽しんでいた。かくゆう風斗もその中に混じって昼食を食べている......わけではない。
その本人はどこにいるのかというと現在七階建ての学舎の最上階をダッシュしている。少し前のリッケルとの戦闘で体のマナをほぼ使いかけ、身体強化も出来ずマナ枯渇の症状も出てきていた。
体の血管が浮き出て脈打ち、目は充血気味に赤くなり始めている。なので風纏はおろか簡単な身体強化でさえできずにいた。その状態になっていても走り続けているには訳がある。
白を基調とした壁に囲まれている深紅の絨毯が敷かれている長い廊下を走り抜け、装飾に施された扉をバァァン と勢いよく開ける。
「ご、ごめん!リシュ、かなり待たせたかもしれない!」
そう謝罪を言うと空気を切る勢いで頭を下げ続ける風斗。
その突然の出来事に部屋の中でソファーのようなものに座っていたリシュだったが、素っ頓狂な顔を浮かべていた。だがあまりにも何度もシュッシュッという空気音とともに頭を下げ続けるので、堪らなく可笑しくなりケラケラと笑いだしてしまう。
「はぁ〜可笑しい。そんなに謝らなくても大丈夫ですよ?」
いまだクスクスと笑いながら目元の涙を拭うリシュ。そのお手本のような仕草に吸い込まれるように見入ってしまい、頬を叩きながら席に座る風斗。
整った容姿に絹のような長い金色の髪の毛。海を連想させるような美しい碧眼と、きめ細やかな白い肌は触れてしまいたいと思える艶やかさを放っている。
美しいという言葉を体現しているかのような同い歳の少女から漂う艶のある雰囲気に、幾度となくこの数日間の間に煩悩が湧き出たか。
健全な男子高校生であれば当然の反応である。
どうして二人で会っているかというと朝の髪の毛の色を変える時の世間話でリシュが独りで昼食などを取っていることを知り、一緒に食べないかと風斗が提案したのだ。
その次の日からこうして二人だけで昼食をとっている二人。
和やかなイチャイチャ空間が生成されている...と思いきや一切そんなことはなく、交わされる会話の大半は魔法のことやこの世界のことである。
初めの頃は独りで昼食をとっていたリシュに気遣い二人で和やかに過ごしていたが、生まれたての赤子のように興味が溢れ出ている風斗だ。
いつの間にか雑談は質問や魔法の生成の話になり、しかしそれはそれとして楽しんで引き受けるリシュの姿となっていた。部屋に入ってくる夏の気配を帯びた日差しを受けながら二人は会話を進める。
「この間話した風の剣を今日やったんだけど、だいぶ難しいね。形を形成するだけでマナをほとんど使っちゃったよ。」
いつの間にかマナ枯渇の症状もなくなり先程から食らいついていたハンバーガーもどきを置き、そう話す風斗。先程とのリッケルとの戦いで発動した幾本の風の剣はここでの会話を参考にし、何日もの試行錯誤を行っている新しい魔法であった。
本来なら自由自在に動かせるような攻撃的な魔法ではあるが、いかんせん発案から日数があまり経っておらず戦闘中に発動するにはマナも経験も足りていない。
「最近リッケルの成長が凄いんだ。初めて負けていられないって、もっと彼より強くなりたいって思ったんだ」
そう言葉を紡いでゆく風斗は元いた世界では常に、他人に対して最適解を求め続けてきた。
負けることも処世術の一つだと感じていたので、いつしか勝負事はただの自分への好感度イベント程度にしか感じていなかった。
その風斗が初めて勝ち続けていたいと思った相手。溢れ出る興味や知識欲から放たれるものをぶつけたいと思った相手。ハンバーガーもどきを食べるのを再開し、むしゃむしゃと食べている風斗をじっと見つめているリシュ。
彼女は彼女で思う所があり、ここ最近の風斗の成長ぶりに感心しながらも曇りのような気持ちを抱えながら生活していた。そのモヤがなんなのか掴めないままサンドイッチのようなものを頬張り、ふと風斗と目が合う。
先に見ていたのはリシュだがそれがバレるのは恥ずかしいので、小首をかしげながらも、どうしました?というふうな柔らかい笑みを浮かべるリシュ。
そんなリシュにいつしか真剣な眼差しを向けてしっかりとした口調で言う。
「いつかはさ、リシュにも勝ちたいと思うよ」
その真っ直ぐな言葉にリシュが感じていた曇り空が風に流されて行くような気がした。
「でもそのためには進級試験をクリアしないとね」
なんて笑いながら話す風斗に、晴れやかな笑顔を向けるリシュの姿がそこにはあった。
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昼食を終えると生徒達は皆各々のクラスに戻っていく。エレベーターの前では生徒達がごった返しており、日本の満員電車さながらな地獄を描いていた。
しかし風斗はそんなことを露も知らずに階段を風纏で高速で上がっていた。昼食の時間でだいぶマナも回復していたのと、身体強化系同時発動の練習のための普段の日課だ。
長い螺旋階段を上り、これまた蛇のように長い廊下を歩いた先にある教室にたどり着く。昼前に戦ったあとのリッケルの傷跡は既にそこにはなく、白を基調とした調律された廊下や壁が鎮座していた。
最近の訓練による騒がしい音は聞こえずやけに窓を打つ風の音だけが響く。
普段であれば昼食の時間が終われば午前の続きということで、数人かの生徒が自主練に勤しむ音や、リッケルの魔法練習の音が響いてくるのだがその一切が聞こえない。
不思議に思いながら開閉音を感じさせない自動ドアを通ると、静かに待っている生徒達が何も無い広場でじっと座り何かを待っていた。
風斗が入ってきたことに気づき、幾人かの生徒が口々に黒板を見ろという仕草をしてくる。
『話があります、座って待っていてください、マッシーより』
達筆な文字でそう書かれた文字たちが目に飛び込んできた。
静かに待っていろとは、何処にも書かれていないのに言葉を出さずに静かに待っている生徒達の面影には、あの頃の馬鹿にされていたならず者達はいなかった。
何はともあれ待つしかないので風斗も生徒達と混ざり同じように座って待っていた。
しばらく時計の針が進む音が響くと自動ドアの開閉と共にマッシー教授が現れる。
静寂が場を支配していたが入ってきた教授の姿を見た生徒達のざわざわとした演奏が徐々に響き始めた。
マッシー教師も昔の風貌はなく、身につけている淡い水色の教師服は見る影もなくボロボロになっていた。
背中から地面に伸びる白衣のような水色の外装の所々の裾はキザキザに破れており、程よい位置に施されている装飾のボタンは、ほつれた糸と共に仲睦まじく外に投げ出されていた。
魔法の紋章が施されている薄い紅色の手袋は今は見る影もなく、泥のようなものが付着し、しっかりと袖の部分がボロボロになっている。
当の本人のマッシー教授は綺麗な金髪の長髪をこれでもかと放置しており、ブンブンと周りにはハエらしき虫のようなものが飛び回っている。
髭も伸び放題で目の下には隈がくっきりと出ており、頬はなんだが切なくなるようなほど凹んでいた。
ここ数日風呂にも入らず徹夜で作業したことは人目で生徒の皆が分かった。
久々の登場に引き攣る笑顔を携えながら生徒達は歓迎し、素直に喜ぶマッシー教授だがその意図を知ってか知らずか、満面の笑みを咲かせるもんだから生徒達の笑顔はより一層引き攣った。
黒板の前まで歩みを進め、へたへたと座り込み生徒達に話し始めた。
「数日のあいだこの教室を空けていてすまない。君たちをより成長させれる事を思いついたら、いてもたっても居られなくてね。説明ではなく皆に見てもらった方が早いと思う。早速付いてきてくれ」
マッシー教授から発せされる凄まじい臭気に顔を歪めながらもならず者学級の面々は着いてゆく。
講義が始まったのか廊下に響くのは、ならず者学級の足音だけであり、それ以外は静寂を貫いていた。
白を基調とした廊下の壁に廊下に敷かれた深紅の絨毯を歩いた先にある、エレベーターに着くが百人単位の生徒達全員が全員乗れるわけもなく、三回に分けることにした。
運悪くマッシー教授とエレベーターに乗り合わせた風斗を含め生徒達は、必死に鼻をつまんでその殺意にも似た悪臭に耐えていた。
その様子を面白そうに見物しながら、私はそんなに臭うかね、と嗅ぐ仕草をする。己の悪臭に舌鼓を打ちながらも風斗に顔を向ける。
「皆の様子はどうだった?」
「各々で身体強化に勤しんでいますよ。ほとんどがある程度の時間を保ちながら身体強化できるようになってます。」
鼻声で伝える風斗に穏やかな表情で答えるマッシー教授。
自分のいない間にもしっかりと成長をしているクラスの皆を誇らしげに感じているのであろう。
虚空を見ながらじわぁと涙が溜まっていくのがわかる。
静寂とともに目的地へと案内していた機械がチンッ と一階の広場につくことを教えた。ドアが開くと生徒達は我先にと密閉された空間から、逃げ出すように出てゆく。
別のエレベーターからもならず者学級の生徒達が着いたのであろう。ぞろぞろと談笑しながら悪臭の放つ教師へと向かってきていた。
数百人規模の生徒が一階のエントランスに授業中に集まるのは見慣れない光景なのか、売店の売り子の人達がチラチラと横目で見ている。
そんな目線にシカトを決め込みマッシー教授は「ここから外に出るよ」とだけ伝えると生徒達をハーメルンの如く外の広大な緑が続く丘に連れてゆく。
各々様々な表情をしながら先生のあとをついてきており、 ザッザッ と地ならしのような音が外の広大な土地に響く。一同が目指しているのは赫赫たる校舎をあとにした広大なグラン学院の誇る土地である。
目印などないためマッシー教授の後に続いて五分ほど緑の大地を歩かされている面々。成長はしたといっても低学年の子どもたちが多いのだ。
そろそろ口々にまだかなぁ、と話始める頃、ピタリ と先頭が歩みを止める。
皆が一律に足を止め太陽をバックにしたマッシー教授を見上げる形でいた。その様子を見ると高々と語り始める。そうあの日のように。
「皆も知ってのとおり私たちが魔法のことを学ぶには些か時間が遅すぎた。進級できるチャンスはもうそこに迫っている。約一ヶ月後だ。
だが私が思っているより君たちは早くに身体強化をものにしてくれた。心から誇りに思う。だがそれでもまだ遅い。ほかの彼らは私たちが胡座をかいている間に切磋琢磨し己を磨き続けているのだ、今まさに!
だから私は考えた。君たちから目を背けた私は深く君たちに今、何が重要なのかと。身体強化をものにした君たちにはさらにそれを伸ばしてほしいのと、現在できる魔法をさらに強いものに、さらに鋭いものにしてほしい」
生徒達は口をつぐみ、食い入るように耳を傾けていた。目は太陽にも負けじと爛々と輝いている。
「これが私が君たちに渡せる最高傑作だ!」
パチンと指を鳴らしてみせるマッシー教授。その音に呼応するように大地が振動し始めた。
突然のことに風斗やリッケルを含めた全員が驚愕を顔に出していた。
「巨大強化城、ハッスルくん二号!!!」
掛け声とともに中世を彷彿とされる雰囲気を携えた巨大な城が、マッシー教授の背後に現れ生徒達の口がこれでもかと開かれたのはほぼ同時の出来事であった。
ついに本格的に体育祭へと物語を羽ばたかせます。そしてプロットが尽きたので死ぬ気で書き上げていきたいと思います。
なにかご不明な点や至らぬ点がありましたらご指摘お願いします。




