あれからの日常、前編
王都グラン学院における等級分けはその強さを示すものとなっている。しかし等級に限らず一定数の在籍期間と卒業認定試験を受け、合格ができればどんな生徒でも一律に卒業ができる。
だが等級が上がれば上がるほど得られる講義の質も高くなり、また受けれる依頼のランクも高くなるので報酬も段違いに多くなる。強くなればなるほど在学中はもちろんのこと、卒業後のステータスとなるのだ。
そして等級を上げるチャンスも、もちろん存在する。個人で上がるには日々の成績や依頼をこなした数。
クラス単位で上がるには年に二回、夏と冬に行われるクラス対抗の鬩ぎ合い、ようは体育祭で良い結果を残せば等級が上がることが出来るのだ。
今の季節は春もしばしなりを潜め、夏の匂いが漂ってくる、体育祭も待ち遠しく待っている時期だ。
そしてあのならず者学級達は大歓声の記憶から一週間が過ぎようとしていた。
マッシー教授のあの演説は「ならず者学級の叫び声」として学舎中に広まっており、当の本人は第五等学級の生徒や教師陣からは熱血教師として周りにからかわれ、私はクール系だ...と頭を抱える日々を過ごしている。
爽やかな日差しが肌をやく昼頃、第五等学級では学舎の中の賑やかな声とは裏腹に鍛錬に勤しむ声が響いていた。
数百人規模で入る円形の巨大な教室には使い込まれた椅子や机などはなく生徒と同じ数の姿見が立ち並び、その前には息も絶え絶えとなっている生徒達が各々疲労をその体から表現していた。
常識やマナーなどの内容や座学しかほとんど入学してからしていなかった第五等学級のならず者達には、基礎訓練の身体強化でさえこの有様である。
ならず者学級の面々は決して保有マナは少なくはない。が、マナの流れを常に一定に保つ、体の中のマナに意識を集中するといった繊細な操作が長続きせず四苦八苦していた。
それでも投げ出さなかったことはひとえに『ならず者学級の叫び声』の一件があったからだろう。
「はいそこ!ダラダラすんなっ!疲れたら一旦休憩すること!そうしねぇと効率が悪くなんぞ!」
疲弊している生徒達に怒号を飛ばしているのはリッケルだ。
小さい体からは想像もできないほどの声量で時には鼓舞し、指摘し、完全にならず者学級のリーダーに舞い戻っていた。
リッケル自身、教室で一番マナ保有数が高くその量は風斗やマッシー教授を凌ぐほどであった。
鍛錬などで保有マナ量は増やせるとは言ってもやはり、生まれ持った量が大きければ大きいほど様々な魔法が扱える。
さらにマナの扱いにも長けており、いち早く身体強化をマスターし今では頼れるクラスメイト、指導者として君臨している。
もちろん己の身体強化をしながらであり、止まりながら全身に張り巡らせるのと、動きながら張り巡らせるのとでは難しさの次元が違うのだが…
それをなしえているには一重に天才、とも言うべきだろうか。
ここ数日マナの扱いに関しては知識よりは感覚的なものが強いため同世代のリッケルのほうが指導者には適しているとマッシー教授はみんなに話し、自分は次の工程の準備だとほとんど教室を開ける状況が続いていた。
「風斗兄ちゃ〜ん!メリーとアネッサにポーションお願い!」
快活な声が響くと同時に教室に一陣の風が駆け抜ける。瞬時にメリーとアネッサと呼ばれる少女の元に人を惹き付けるような笑顔と共に少年が現れた。
「無理は良くないよ?はい、ポーション」
肩が上下するほどまでに披露していた二人の体にマナポーションが駆け巡り、マナ枯渇で浮かび上がっていた顔の血管もみるみるうちに可愛げのある顔に戻っていった。
ポーションを届けたのはもちろん風斗である。
部分的な『風纏』も全身に纏えるように、そして体のコントロールも完全にマスターしリッケルと共に生徒の補助を行っていた。
風纏での高速移動で百人単位のクラスメイトの元に駆けつけ身体強化の補助やマナ枯渇で疲弊した子へのポーション補充などを行っていた。
昼を指している時計の針が幾ばくか歩数を進めた後、風斗とリッケルが目配せをし始める。そして二人は慣れた手つきで生徒達の誘導を行い始めた。
疲労が現れている生徒が多くなってきたのと、昼頃になったということでしっかりとした休憩を挟むという日頃の日課だ。促されるまま壁際に移動しへたり込む生徒も居れば、片膝をついて流れる汗を床に滴らせている生徒もいる。
よぼよぼと脚を引きずるように生徒達が全員壁際に移動するのを見ると風斗とリッケルはお互いに向かい合った位置で教室の真ん中に立っていた。
その目は真剣そのものであり、先程までの柔らかな笑顔は風斗にはなく、二人の周囲の雰囲気は刀のように研ぎ澄まされている。
「僕は風斗兄ちゃんがまた勝つ方にミミミルク棒二本かける」
「私はリッケルが勝つ方にシュワッチをかけるわ!」
慣れないマナ操作で完全に体が疲弊しているにも関わらず生徒達は各々どちらが勝つかをかけていた。ここ数日、身体強化をいち早くマスターしたリッケルが風斗に休み時間になると戦いを挑むということが日常化していた。
断る理由もなく、実戦経験に繋がるので風斗も付き合ってはいるがその全てに勝ち越している。
最初は遊び程度にやろうかと思っていたがリッケル曰く、本気でぶつかんないと意味無いじゃん!という意志の元、闘っているので繰り出される全ての攻撃が確実に大怪我もしくは死を連想させていた。
一応マッシー教授にも話したが年が離れていてもこのような決闘事が多いらしく、日々怪我が絶えないこの学校には凄腕の治癒師が多いそうで大事には至ってないらしい。
最初は相手を殴るなどに抵抗があったが、手加減しているとこちらがやられてしまうと腹をくくり、今に至る。だがやはり技能的なものは天才を持ってしても、その努力量ではるかに凌ぐ風斗に軍配が上がっているのだ。
「今日こそは兄ちゃんを負かしてやる!」
「まだ兄ちゃん顔したいから負けるわけにはいかないよ」
お互いに笑顔をつらぬくがその目だけは相手の動向を探るような鋭い視線を崩さない。ざわざわとお菓子をかけていた声も止み、ただただ無音だけがその場に鎮座していた。
数秒の時が永遠にも感じられる静寂の中、二人の二ヘラァとした笑顔が同時に消え、表情を落とした。
目にも止まらぬ速さで先に出たのはリッケルだった。
身体強化中の体のマナを右足に集め床を蹴り、猛る左足を風斗の顔に向ける。
コンマ数秒の攻撃、目で追うことができない速さで風斗の顔に命中したかと思ったが次の瞬間、蹴りだした左足は空中を舞い代わりに右足を掴まれ地面に叩きつけられるリッケルの姿がそこにはあった。
勢いよく叩きつけられ、カハァという小さな嗚咽と共に肺の中の空気を全て出すリッケル。
ぼやける瞼に活を入れつつ一瞬の間に思考を巡らせ、未だ右足を持っている相手へと鋭く視線を刺す。そして指先の人差し指を向けながら苦しながらに、魔法の名前を小さく呟いた。
「ひ、緋弾!」
人差し指の前に小さな円形の紋章が浮かび、鋭利な紅い流星を吐き出す。
夜の空を駆けていたならば流れ星と小さな子供は、はしゃぐだろうその赤い流星の現実はただただ相手の息の根を止める殺意の流星だ。
紅い流星は寸分違わず風斗の心臓あたりに迸った。
紅い殺意の先にいた風斗は瞬時に人差し指が出る前に腕を離しており、両腕を空へ掲げ軽い風魔法の放出で無理やり上体を床に叩きつけ紅い流星を回避していた。
頭上を超え、遅れた前髪を少しチッと焦がすと、後ろの壁に風穴を開け、さらにその向こうの廊下にまで焦げあとを作っていた。
この様子を見るにその威力は桁違いであろう。
昼時で第五等学級に人があまりいないという状況であったがためにけが人はいないが、何も知らない人間が身体強化なしでこの魔法に当てられていたらと考えると、最悪の事故現場と化していたであろう。
そんなことはお構い無しと二人はお互いにすぐさま体制を立て直し、肉弾戦を真正面から行っていた。風斗は風纏を発動し己の攻撃スピードを数倍にあげながら、リッケルも体内のマナを存分に使い身体強化をしながら応戦していた。
目にも止まらない速度で打ち合う四肢を教室で見ている者以外は認識すらできないであろうそのスピード。周りの観戦者は息をすることも忘れ必死に目をマナ強化で施しその猛る争いを追っていた。
風纏と身体強化した拳がリッケルの腹に真正面に襲いかかる。それを身体強化した右腕で強引に払い退けると、左膝で風斗の脛を砕く。
苦悶の表情で膝をつく風斗の顎に右足のアッパーキックが炸裂した。観察眼で些細な予備動作に気づき、咄嗟に両手で守るような行動をとるがリッケルの方が一歩上手であった。
マナを右足の関節に集中し、その速度を寸前で少しあげ、風斗の防御を掻い潜ったのだ。鼓膜を揺らす、空気の炸裂音と共に風斗の体は空中に放り込まれる。
その隙をリッケルが逃すわけもなく風斗の体に残虐な暴力は降り注ぐ。地面につく頃にはガハァという大きな吐血とともに体中がボロボロになっていた。
地面に着いた瞬間、距離をとる風斗。風纏を発動していたとはいえ個人の速度をあげる魔法であり、防御はほぼ身体強化でしか補えない。
身体強化ではマナ保有数の高いリッケルの方が強く、体は満身創痍で口からは血が流れ、肩で息をしている状況だった。
ほぼ無傷状態のリッケルが残忍な笑みを浮かべ、提案してくる。
「兄ちゃん、もう降参しなよ。やっと俺が勝ったって事でいいじゃん!本当に死んじゃうよ?」
リッケルのその顔は三日月のように曲がった口で歪んでおり、勝利を確信した顔になっている。口から流れる血を拭いながら不敵な笑みを浮かべあっけらかんな態度をとる風斗。
瞬間姿が消え、その姿を捉えることは常人には無理なほどな速度で動き回っていた。空気を切る音だけが教室中に響くがリッケルだけは呆れたという風に溜息をつき、両肩を竦めた。
「またこれ?最初は驚いたけどマナ感知で場所がバレバレだよ」
そういうと目にマナを込め始めるリッケル。目が淡い炎の色に彩られ周囲に目を配る。風斗の風纏にも弱点が存在する。それはマナ感知に引っかかるという事だ。
マナ感知とは目にマナを込め、周囲の隠れている強いマナや魔法トラップなどを感知する初歩魔法であるが最も重要視される魔法の一つである。
なぜ重要な意味を持つかというと魔物や高濃度のマナ地帯では、この魔法が大いに役に立つからだ。魔物はマナの塊であり、普段生きているだけで体から体内のマナを放出している。
なので遠くにいる魔物の軍勢や隠れている魔物を発見したり、高濃度のマナが凝縮されたトラップを避けることも出来る。最初の風斗がリッケルの火弾を感知したものよりも高性能な代物だ。
当然風斗もその後でしっかりと学び、何度も戦いの中で使っている。体内のマナまでは見えないが、風纏で体外にマナを放出しているので赤い塊がただ動いているだけという光景で場所がわかるということである。
目には見えないが尋常ではない反応速度で、マナの位置さえわかれば反撃できるのが今のリッケルの実力である。
そのことは教室の中の全員が知っており、今風斗がしている行為はただマナを無駄に消費していることにほかならないという認識であった。
風斗にかけていた者達はみな落胆の表情を見せ、リッケルを応援している人間は初の勝利の予感に歓喜をリッケルと共に顔に浮かびあげらせていた。
見えない風の流れがフッ、と消えるとリッケル後ろに現れた。
しかしそれを予期していたようにリッケル。
「そこに出てくるのは知ってんだよォォォォォォォ!!!」
自らを鼓舞する雄叫びをあげながら上体を捻らせ左足の回し蹴りを後ろに放つ。
チッと空気を焦がす音がする刹那勝利を確信したリッケルが見たものは、苦悶に歪ませ体をへし折られる風斗の姿―。
ではなく、広く高い教室の天井であった。懇親の左回し蹴りは虚空をさまよい、いつの間にか足下に屈むような体制で攻撃を避けている風斗に、支えにしていた右足を掴まれ、最初のように床に叩きつけられていた。
右足をあげる格好で釣り上げられていたので今回は頭を強打し、その鈍い痛みに悲鳴を上げる間もなく風斗が静かに呟く。
「周りを見てみ、リッケル」
「?......!!」
リッケルの周りには数本の剣が浮いていた。半透明のそれはロングソードの様に先が鋭く尖っており、今にも確実に敵を射抜かんとその矛先を向けていた。
苦悶の表情を浮かべじっと動かないでいたが、ふっと笑うと逆さ吊りの上体から手をぶらんと差し出し、参りましたとだけ呟くリッケルの姿がそこにはあった。
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何人かが疲労から回復し、お昼ご飯を食べに教室から出ていく中リッケルや多数の生徒達は輝く目を風斗に向けながら質問攻めにしていた。風斗は困りながらも全ての質問に答えていく。
先程の最後の決定打までまとめるとこうだ。風纏で高速移動している間に周りに自分のマナを漂わせ時間差で剣に形成されるように命令式を与えていた。
多大なマナを消費するが命令してさえすれば周りのマナを吸収して剣になる。 風斗としてもかけではあったが見事に成功した。
あとは背後に忍び寄り、その瞬間マナを自分の背の高さに大量に放出、その後高速で風纏は解く。簡易的なデコイを作り、リッケルの攻撃を誘導して避け、最後の形にもっていったということだ。
その説明に、より目を爛々と輝かせる年下たち。
「実際何度も負けるかもって思った時もあったし、この数日のリッケルや皆の成長の速度は凄いよ!僕も負けてられないって心から思う。」
屈託のない笑顔でいう風斗にリッケルを初めとする生徒は褒められ慣れていないのか、てへへと頬をポリポリとかいている。
その仕草にキュンと胸を掴まれながらも、ごめんね、待たせている人がいるから!、と皆と別れる。教室のドアを後にし教室を後にした。
「(小さい子に対して本気で...僕って小さいなぁ)」
そんなことを考えながら。
なにか分からぬ点や至らぬ点がございましたらご連絡頂けると嬉しいです。
わりとリッケルみたいなガキ大将系がデレるの、、、、、大好物です




